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わたしは変わったんだって伝えたい。植本一子『愛は時間がかかる』インタビュー

植本一子

誰かのつらさに、大きいも小さいもない

植本一子

お母さんとの関係がパートナーとの関係に重なっちゃっていた部分も?

重なっちゃってたのかな。幼いときにそのままの自分を認められるみたいな経験があれば、相手をその人として見ることができるようになってたんじゃないかな、と思うことはあります。「お母さんに認められたい」という気持ちをずっと持ってて、それをパートナーにぶつけてたんじゃないかな、みたいな。

ただ、パートナーとの関係が自分のなかでスムーズに行くようになったら、母への気持ちもそんなに重たくなくなった感じはすごくありますね。すべてにおいて「理由があるよね」と考えられるようになったというか。それまでは全部「自分が悪いんじゃないか」みたいに思いがちでしたけど、それをしなくなったかな。

帯に引用されている《誰かのつらさに、大きいも小さいもない》という言葉もとても印象的でした。つらいことがあっても「あの人のつらさに比べたら些細なことだ」と封じ込めてしまう人は多いと思います。

わたしも「トラウマ治療」っていう名前から、フラッシュバックが起きたり、生活もままならない、自分よりも大変な思いをしている人が受けるものだって思ってたんですよ。そうじゃないよ、って伝えたかったのも、本を書いた理由のひとつです。

つらさって人それぞれの感じ方だから、数値化しづらいですよね。だから「自分がつらいって思うなら、認めればいいじゃん」と。「この程度だから」みたいには何事も思わないほうがいいと思います。放っておくと積み重なっていったりするし。早め早めに対処しないと、とんでもないことになることってたくさんありますよね(笑)。

「わたし程度でそんな……」と植本さんご自身も思っていたんですね。

思ってました。トラウマって大きな言葉だし。そもそもカウンセリングを受けることも躊躇する人は多いと思うんですよ。でも、カウンセラーに話をするって、面白そうなことでもあると思うんです。いや、それはそれでしんどいですけど、心療内科で薬をもらうだけでは根本が治らないんじゃないかっていう気持ちもわたしにはあって、カウンセリングをおすすめしたい気持ちは昔からありました。その延長線上にありますね、この本は。

夫のECDさんが亡くなる直前から受けはじめたそうですね。

断続的にですけど、もう5年続けてます。ただ、しんどくなったら行って、なんとなくよくなってきたらやめる、みたいな感じで、終わりがないから「どう書いたらいいんだろうな」とはずっと思ってたんです。今回は6回で完結したので、文章にしやすいと思って、ちょっと気合を入れました。

僕も昔、身近な人間の問題に対処したくてカウンセリングの本を乱読したことがあるんですが、いちばん衝撃的だったのが中野葉子先生の「傾聴」の態度かもしれません。植本さんがお母さんとの話をしたとき、思ってもみなかった認識が口をついて出て「びっくりした」と言ったら「でも、そう思われたってことなんですね」と返しますよね。プロの凄みを感じました。

そうなんですよね。肯定も否定もしない。あれ、わたしも友達とやっているオープンダイアローグのとき、たまに口をついて出ます。「あー、そう思ったんだね」って。相手の言うことを否定しないって難しいじゃないですか。いったん受け止める、みたいなときにはちょうどいいというか、いい言葉だなと思います。

オープンダイアローグはメンタルヘルス的な観点でやっているんですか?

そうです。2週間に一回、4人ぐらいで。自分のピンチのときのライフラインのひとつとして始めたんですけど、新しいメンバーも入ってきたり。そのときピンチの人の話をみんなで聴く感じで、ずっと続けてます。

自分が変わると相手も変わる

植本一子

治療によって重たい荷物を下ろして、ご自分でも書いている通り「変わった」という印象が強いですが、世の中には「人は変われない」と言う人もいますよね。植本さんは「変われる」派ですか?

人のことはわかりませんけど、自分自身は変われると思ってます。あと、自分が変わると相手も変わるということを今回、実感しました。トラウマ治療を経て言動が変わったら、パートナーもたぶんストレスがだいぶ減ったと思うんですよね。新たな関わり方を模索中です。

関係が変わったことについて、パートナーは何かおっしゃっていますか?

特に「変わったね」みたいな話をすることはしてないんです。もしかしたら向こうにとってはわたしが変わったことが若干のストレスになってる可能性もありますけど。

他人って、自分の思い通りには動いてくれないですよね。そのことをいかに割り切るかというのは大きなテーマだと思うんですが、植本さんのこの経験は、とても大きな一歩だったんじゃないかと。

諦めるみたいなところ?

諦めるというか、割り切るというか。「ま、他人だし」みたいな。

「他人だし」って言うと寂しい感じもしますけど、苦しさはなくなりました。相手の一挙手一投足に右往左往してばっかりでしたけど、それがなくなって「あ、こんなに楽なんだな」ってやっと思えるようになったから。それに付き合ってきたパートナーは大変だったろうなと思いつつ、それがなくなってどう思ってるのかは聞いてないな、と思ったから、ちょっと聞いてみたいですね。そういう植本が好き、みたいなところもあったかもしれない。いまそう思いました(笑)。

いまのいままでその発想がなかったこと自体、大きな変化ですよね。

確かに! 「知らないと不安」みたいなところがあんまりなくて、「ま、大丈夫でしょ」ぐらいに思えるようになった感じはありますね。

すごいですね。

よかった(笑)。実はいま音信不通なんですよ。それには理由があって、向こうが連絡を取りたくないんだろうな、ってなんとなくわかってるんですけど、前だったらパニックを起こして、本に書いたように、家まで突撃するとか絶対やってたはずなんですよね。「ま、何か理由があるんだろうし、ちょっと時間が必要だね」と思えるようになったのは、相手のことを考えることができるようになったってことかもしれないです。

最近、トラウマ治療後に書いた日記(※)を読んでくれた人から「前向きな感じで読めます」みたいな言葉をもらったんですよ。「あ、やっぱ文章にも出てるんだな」と思ってうれしかったですね。日常的なやりとりの大半を占めているパートナーとの関係が自分のなかではスムーズになって、思い煩うことがなくなったので、だいぶすべてが楽になった感じはあります。だから文章にもちょっと違う視点が入ってるんじゃないかなと。

※ 植本一子 金川晋吾 滝口悠生『三人の日記 集合、解散!

植本一子 金川晋吾 滝口悠生『三人の日記 集合、解散!』
植本一子 金川晋吾 滝口悠生『三人の日記 集合、解散!』

違う視点というのは?

以前は日記にもパートナーにまつわることをいっぱい書いてた気がするんですけど、あんまり書いてないかもしれない、最近は。

なるほど。ものすごく楽になったんですね。

「アーティストは幸せになったら作品を作れない」説ってあるじゃないですか。それが若干、頭の片隅にあって、「しんどいままでどこまで行けるか」みたいな思いもあったと思うんですよ、いままでは。でも本当にもう無理だと思って、治療を受けることにして、変わって、心が穏やかになって、何も書けなくなったかっていったら、全然そんなことはなくて。目線が変わって、また違うものを書いてる感覚です。いまの自分で書けるものを書けばいいや、って思えるようになったという。

書くという行為がご自分に及ぼす影響も変わりましたか?

前の本があんまり読めないっていうのは、そういうことかもしれないですね。苦しさを吐き出すために書いてたみたいなところはあったのかなと思います。だいぶポジティブかも、今回の本は。

お母さんとの和解の予感の予感の予感の予感ぐらいもある気もします。そう簡単なものではないでしょうけれど。

和解はたぶんないんですよ。もう諦めるみたいなところに若干、足を突っ込んでるんじゃないかな。前向きな意味で「お母さんはこういう人なんだね」っていう感じかもしれないですね。

植本さんの心と身辺に起こった変化も、トラウマ治療やカウンセリングのすごさもとてもよくわかる本だと思いました。メンタルヘルスに問題を抱えた人が多い時代、たくさんの人に読んでほしいです。

うれしい。100万部売れてほしいです(笑)。

ありがとうございました。僕からはこんなところですが、最後に植本さんから何かありましたら。

今回の本では、取材を受けることにすごく緊張があるんですよ。とても繊細なことが書いてあるし、本当に剥き身の自分だから、「何を突っ込まれるんだろう?」とか「傷つけないで……」みたいに身構えてしまって。でもお受けしてよかったです。

えっ、本当ですか?

はい。

よかった……(笑)。

これまでの本では、書くことで整理して「置いてきた」みたいな気持ちがあったんですけど、全然整理されてなかったことが今回わかりました。あれはあれで必要な作業だったとは思うんですけど、今回は全然モノが違う感じがして、本当に大事にしたい経験を一冊にしてあなたのもとへお届け、みたいな感覚がありますね。

植本一子

撮影/中野賢太@_kentanakano