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感情はコントロールできない。まずは、知ること。脳科学者・恩蔵絢子『感情労働の未来』インタビュー

感情はコントロールできない。まずは、知ること。脳科学者・恩蔵絢子『感情労働の未来』インタビュー

認知症の母親を長年介護し、その模様が『NHKスペシャル 認知症の母と脳科学者の私』としても放送されて話題になった、脳科学者の恩蔵絢子さん。昨年、上梓された『感情労働の未来 脳はなぜ他者の“見えない心”を推しはかるのか?』(河出書房新社)は、介護経験を元に人間の“感情”の重要性にフォーカスした1冊です。

感情はコントロールできないという大前提に立った上で、どのように感情を動かせば人は幸せになれるのか? AIの台頭や優位性を認め、“推し活”のメリットにも触れながら、人間らしく生きるためのヒントが詰まった本書について、お話をうかがいました。

profile
恩蔵絢子(おんぞうあやこ)
1979年、神奈川県生まれ。脳科学者。現在、東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。著書に『脳科学者の母が、認知症になる』(河出文庫)、『認知症介護のリアル』(ビジネス社 / 共著)など。
https://x.com/ayakoonzo
https://ayakokonzo.blogspot.com/

感情労働とは?

脳科学者・恩蔵絢子

もともと恩蔵さんの専門は“自意識と感情”だそうですが、今回は感情労働、つまりは“他者の見えない心を推しはかる”ということに着目して、1冊にまとめようと決められたキッカケって何だったんでしょうか?

やっぱり母の介護経験ですね。8年の介護の中で、母のためにと信じてやったことが母を傷つけてしまう結果になったり、上手くできなかったこと、わからなかったことがたくさんあったんです。そんな経験から“人のために感情を使うって、一体どういうことなんだろう?”ということに意識が向いたんですよ。

それで、私、悩みだすと日記みたいなメモを書く習慣があるんですね。母が亡くなったのが2023年なので、2021年頃からかな。認知症が進んで、母とどうやったらコミュニケーションを成立させられるだろうか?ということに、より悩むようになったら、そのメモがどんどん溜まっていって。そのメモが直接『感情労働の未来』になったわけではないのですが、自分の生活の中の切実な問題が、この本を書くきっかけになりました。

私は本を書きながら自分の切実な問題を考えるのが一番好きです。ただ「どういう本にしていきましょうか?」という話し合いを担当の編集者である高木れい子さんとしたときに、「今回は最後までお母様の話は書かない方針でいきましょう」と言われたんです。今から思うと本当に素晴らしい提案でした。

介護の中で考えていたことから始まったのですが、決して『脳科学者の母が、認知症になる』の続きとして母の話をするのではなく、少し母という個人から離れた普遍的な話が書けるように、ゼロから考え直してまとめていったんですね。結果、こういうタイトルの本になるとは、当初は思ってもいませんでした。

『感情労働の未来』というタイトルからイメージするものって、人によってバラバラかもしれないですよね。そもそも「感情労働とは何か?」という定義にも関わってきますし。

もともとは社会学の分野で生まれた概念で、職場や企業のルールに従って自分の感情を動かすことにより、業務の中で感情が搾取されるという意味合いの言葉なんです。なので、本来は人を相手にするサービス業の方々や、介護職とか看護職とか、ケアの仕事に従事している方々に使われることが多いんですね。

このような職業では、企業のルールとして、自分の本当の感情は押し隠して、どんな状況のときでも笑顔でいることを求められたりします。ただ、母の介護を通して、そういった職業の方々とたくさんお会いするようになって気づいたのが、自分の感情に対する無理が溜まって疲れ果て、離職にいたるまで追い詰められている方もいれば、なぜだか、すごく活き活きとお仕事に臨んで生き甲斐にできている方もいるということでした。感情労働っていかにも疲れそうだけれども、ポジティブなものにもできる可能性があるんだと知りました。

そういったところから、感情労働に興味を持たれたと。

はい。ただ、脳科学的に見ると、自分の感情を他人によい気持ちになってもらうように抑制したりする、つまり、他人の感情に働きかけるために自分の感情を調整する、という脳の仕組みはサービス業やケアの仕事に限った話ではなく、誰もが同じなんですよ。

他人に気を遣って自分の本当の感情をないがしろにしがちというのは、仕事場だけでなく家庭でも、またSNS上でも同じで、現代人みんなに通じることなんですね。「笑顔でお客さんに対応しなくてはならない」という企業のルールに従って、感情を抑制することが従来の感情労働だったけれども、今はみんな、なんのルールもなくても、自分から自分の感情の規制をしている、たとえばSNS上なんかでは炎上しないように、本当に感じていることを言わないようにしたりしているところがあると思います。

さらにはChatGPTなど、ものすごく賢い人工知能(AI)が登場して、自分の個人的な悩みをAIに聞いてもらったりすることができるようになって、「こんなときどんな言い方したらいいと思う?」とか、感情の使い方までAIに教えてもらうようになっていて。人間の感情ってなんだったっけ、と考える機会も増えてきて、本書では感情労働というものを広く扱うことになったんです。

感情をネガティブな文脈だけで語りたくない

脳科学者・恩蔵絢子

“感情”って理性と対比で扱われることも多くて、例えば「感情に流されてはいけない」みたいに、ネガティブなものとして使われがちだと、本書でも書かれていましたが、むしろポジティブなものであるはずですよね。

母の認知機能が衰えていったときも、最後まで残っていたのは感情だったんです。言葉でのコミュニケーションが難しくなったときでも、母は音楽でなら自分の感情を表現できました。母は音楽家だったので、昔ながらのとてもきれいな発声で、悲しい曲が聴こえてくると自分の悲しみをのせて、歌っていましたね。

言葉で「悲しい」と言えなくても、自分の気持ちが表現できて、それを聴いた私が本当にきれいだと思って、「すごいね」というと、母はとても満足した顔になりました。自分の気持ちが伝わることって、とても大切なことですよね。それぞれの人の感情って一番大切にしなければならないものではないでしょうか。

感情を無視していたらすごく辛いし、みんな生きづらくなってしまう。芸術作品における感情表現は素晴らしいと言われるのに、日常的には、「感情的になったら理性的にはなれないんだよ」などと言われたりするのは、なんだかおかしいと思います。

わかります。クリエイティブな分野においては、いかに作品に感情を投影させて受け手の感情を揺さぶれるか?というところが肝なので、感情にはポジティブな意味合いしかないですし。

だからコロナ禍のとき、コンサートが中止になったり、美術館も閉鎖になったり、自分の感情を満たすようなイベントが「不要不急」なこととして、我慢しろと言われたことは、命を守るためには仕方がなかったけれども、実は、感情が大切にされなくても、命を落とすことはあると私は本当のところ思っているんです。

感情というものを、ネガティブな文脈だけで語りたくはない。ただ、私自身、もともと人の目をとても気にする性格で、自分の感情を我慢することがとても多いんです。それで、人に気を遣いすぎて、言えなくなった感情が溜まって、飲み会の時に爆発してしまったり、よく失敗しています。私にとっても常に難しいものですね。感情は。

以前、「学者は自分に問題があることを専攻しがちだ」と言われたことがあるんですが、恩蔵さんも自分にとって難しいから“感情”を研究されているんでしょうか? 

大学院に入って脳科学の研究を始めたとき、テーマに悩んでいたら「人間は自分の一番苦手なことを研究するんだよ」って、私の先生も言ってましたね。確かに、自分がどう見られるのか?という自意識だとか、感情をどう使うか?ということに関しては、思春期から今までずっと悩んできています。

そもそも感情って、コントロールできるものなのか、というところから、今回の本では考え直しました。市場では「アンガーマネジメントが大切だ」といわれたりしますけれども、感情って、抑えるばかりでなく、まずは、自分がどんな気持ちを持っているのかにちゃんと気づくことが一番大切なのではないかと思うんです。