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わたしは変わったんだって伝えたい。植本一子『愛は時間がかかる』インタビュー

植本一子

植本一子さんが4年ぶり7冊めの本愛は時間がかかるを上梓しました。

身近な人の一挙手一投足に心を乱され、自らの手で関係を壊すことを繰り返してきたという植本さん。現在のパートナーと長く居心地のいい関係を作りたいと切望し、一念発起して原宿カウンセリングセンターでトラウマ治療を受けました。『愛は時間がかかる』は、2022年9月から11月まで3カ月続いた治療の記録です。

読むだに胸が痛むエピソードも、EMDRという治療法も、担当された中野葉子先生の卓越した手腕も、劇的な治癒の過程も、周囲の人たちとの交流も、植本さん一流の率直な筆致で余すところなく記されています。

profile
植本一子(うえもといちこ)
2003年にキヤノン写真新世紀で荒木経惟氏より優秀賞を受賞。 写真家としてのキャリアをスタートさせる。2013年より下北沢に自然光を使った写真館「天然スタジオ」を立ち上げ、一般向けをライフワークとしている。おもな展覧会に2019年「アカルイ カテイ」(広島市現代美術館)がある。​2016年刊行の『かなわない』(タバブックス)をはじめ多くの著書を発表。
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読んでくれる人のために

植本一子

《書くということは、自分のためであり、それ以上に誰かのため、いま読んでくれているあなたのためなのだと、今回強く実感したのです》とあります。ご自分のためという部分はなんとなく想像がつきますが、読んでくれる人のためというのは、どういったことを想定されたんでしょうか?

本って広がっていくものじゃないですか。自分自身が他の人の本に救われてる部分もあるので、この本でもそういうことがあるのかな、と思ってるところはあります。あと、わたしの本を読み続けてくれてる人のために、自分が「こんなに変わったんだよ」って知ってほしい、報告したい気持ちもありました。

「学んでもらう」みたいな意図があるのかなと思ったんですが、そういうわけではない?

それはおこがましいです(笑)。これまでの本もそうなんですけど、自分みたいにしんどい思いをしてる人がどこかにいるんじゃないか、ってずっと思ってて、そういう人たちに届いた感覚もあるから。学んでほしいというよりは、自分に起きた変化のことも、こういうやり方があることも知ってほしい。「教えたい」はおこがましいけど、「伝えたい」っていう感じはあります。

「わたしがこれだけ変わったんだから、みんなにとっても何かいいことがあるかもしれない」みたいな思いはあったのかなと。

「いいことがあるよ」っていう感じはありますけど、2割ぐらいですね。記録することは自分にとっても大事で、昔に戻らないために書いて記憶を固めていくみたいなところもあるから、やっぱり自分のために書いた部分が大きいです。記録しておいて、自分で読み返すことで「こういうことをしたからもう大丈夫」とどんどん強化していく、みたいな。8割はそれです。

昔の本はあまり読み返さないそうですが、そうするとこの本は……。

あー、わりと読んでるかも。そこはいままでとちょっと違うかもしれないですね。ゲラの状態でも何回か読んだし。

ゲラは読まないわけにいかないでしょうから、ちょっと気が早い質問なんですが(笑)。

なんか、読んでて明るい気持ちになります。よくなってるから。ちょっと落ち込んだときとか、読むと「めちゃくちゃ頑張ったよな。あのときがあったからいまはだいぶ落ち着いてるんだな」と再確認するみたいなところがありますね。

脱・日記

植本一子

今日のカメラマンの中野さんみたいに、植本さんの本をこれまでずっと読んできた人にとっても、びっくりするような本になるかもしれませんね。

どうでしょうね。(中野さんに)どうでした?

中野 正直、植本さんの本は読むのにけっこうパワーがいるので、メンタルが安定しているときに読む感じでしたけど、今回はバーッと一気に読んで、全然違うと感じました。僕もカウンセリングを受けたことがあるんですが、カウンセラーって一緒に歩いてくれるじゃないですか。僕も読みながら、植本さんの横を歩きつつ自分にも向き合うみたいな感覚がありました。

うれしいですね。カメラマンまで読んでくれるとはありがたい。わたしはカメラマンの立場でそこまでやったことないです(笑)。

きっとこういう読者が多いんじゃないかなと思いますし、僕も、明るく力強く前向きな読後感を得ることができたという意味ではこれまでで一番なんじゃないかと思います。

うん、前向きかもしれない。前向きですね。これまでとはちょっと書き方が違うところもあるし、初めてのエッセイなので。

初めてのエッセイというのは?

他のは一応、日記っていう体なので。

あ、そうか! それで書き方が違うと。

そうそうそう。一個一個にタイトルをつけただけで日記がエッセイになるという革命を起こしました(笑)。「脱・日記」ですね。

「脱・日記」には何か理由があるんですか?

やっぱり変わりたいって思ったんでしょうね。そもそも本にするつもりもなくて、大変だからとにかくやり終えようとしか思ってなかったんですけど、途中で「これは記録しとかないともったいないな」って。さっきお話しした通り自分にとって記録するのは重要なことなんですけど、日記形式じゃなくしたから「脱・日記」という(笑)。

日記形式の代わりに、パートナーへのお手紙というスタイルですね。

治療を受ける目的がパートナーとの関係をよくしたいということだったので、「こういうことをしてる」って誰よりもまずパートナーに報告したいと思って。だから最初は本当に彼に向けて書いてたんです。途中で「本にできるな」って思ったのは、伝える対象が広がった感じですね。

ちょっとだけ、向き合えるようになった

植本一子

治療期間がけっこう短いですよね。ストレスも強かったのでは?

一週間から10日の間に一回行くっていうのを6回続けたんですけど、1、2回目で「効くな」って感じがあったから、その後は楽しみもありつつ、不安もありつつ。やってる最中はめちゃくちゃしんどかったですけど、それ以前に抱えていたものが苦しすぎたから、どうにかして変わりたいっていう気持ちのほうが大きかったんですよね。

EMDR(※)という治療法を僕はこの本で知りましたが、眼球運動で脳が本来持っている情報処理の働きを活性化させて、何年もかかる統合のプロセスを短期間で進めることができるそうですね。夢をみているときと似た状態にさせるという記述も読みました。

※ 日本EMDR学会事務局 EMDRとは

夢みてるって感じじゃないんですけど、過去の出来事が思い出されることにはなります。一場面だけ思い出して始めるんですけど、そこを起点にしてぶわーっていろんなイメージが広がっていく感じ。不思議なんですけど、もう覚えてないと思ってたことをたくさん思い出しました。

思い出したことを口にするのを繰り返すうちに、見える風景は同じなのに感じ方が変わる、みたいなことが起きていくと。

そうです、そうです。わたしもなんにも知らなかったので、狐につままれたような感じでした。先生の声がけはありますが、いろんなことを思い出したり、その果てに考え方が変わったり、自分のなかで勝手に進んでいくんですよ。本当に不思議です。

人間の脳ってすごいですね……。

知らず知らずのうちに「他者にも考えがあるんだ」っていうことに気づいた、みたいな。トラウマと呼ばれる経験に関して、本当に自分の思いとか考えしかなかったと思うんですけど、そこから解放された感じはありますね。

人にはそれぞれ立場はあるとか、人それぞれ感じ方は違うとか、頭ではわかっていたと思うんです。それが本当に腑に落ちていくみたいなプロセスですか?

なんだろうなー。何か気になったエピソードとかありますか?

僕の印象に残ったのはお母さんの鉛筆のエピソードです。

あー、なるほど。パートナーとの問題を解決したくて治療を受けたんですけど、どうしても母のことがめちゃくちゃ出てきたんですよ。これまではたぶん母を客観的に見ることができてなくて。やろうとは思ってたし、向き合いたい気持ちもありましたけど、どうしても怖かったんです。それが今回、本当にちょっとだけだけど、できるようになったかなって。母にされたことはきつかったし、「合わないな」みたいな感じはいまもあるんですけど、「お母さんにはお母さんでしんどい面があっただろうな」ってやっと考えられるようになった感じです。母とのことは母とのことで、そのうちやることになるかもしれないとは思ってるんですけど。

鉛筆のエピソードが印象的だったのは、植本さんとお母さんの関係がお母さんとおばあちゃんの間にもあったことがわかったというか、お母さんが子どもだった時代の気持ちを追体験するようなこともあったのかな、と思ったんです。

あんまり意識はしてませんでしたけど、言われてみるとそうですね。「真ん中の子は割を食う」みたいな話はよく聞かされてたけど、「お母さんにはお母さんの理由があったよな」みたいなことは、わかってるようでわかってなかったと思います。

これを読んだ友達が「校長先生の前で親に土下座させられたエピソードが強烈すぎて、もっとやばい話が出てくるんじゃないかと思って手を止められなかった」って感想を伝えてくれたんですね。そうして客観的に言われると「やっぱりやばかったんだな」と思うんですけど、ずっと「なんであんなことになったんだろう」っていう自分の気持ちしかなくて。治療を通して「あれ、お母さんとお父さんもきつかっただろうな」って思い出した感じはあります。

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