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ヤギから学んだ、居直る強さ。内澤旬子『カヨと私』インタビュー

内澤旬子

ヤギになりたい

カヨたち家族への内澤さんの目線もユニークでした。違う種の生き物ですし、人間として彼らの生命に責任を持ってあげなきゃいけない部分はもちろんありますが、ペットみたいに人間に寄せるのとも違う。観察と共感が同時にずっと進行しているといいますか。

カヨが育ててくれたんだと思います。ベタベタかわいがりたい気持ちもあったんですけど、カヨはあんまりそういうのが好きじゃないので、「離して!」「あ、はい。距離をとって眺めます」みたいな(笑)。あとすごく要望がはっきりしているので、「わかりました。これはできますけど、これは無理です」「なぜ!」みたいになるんですよ。ある種、対等とまでは言いませんけど、独特な関係は、カヨと作ってきた感じですね。

僕の印象としては限りなく対等に近い感じでした。

対等にしたいんです。責任は人間がとってあげなきゃいけないので、そことの兼ね合いを見つつですけど、本当だったらヤギ……ヤギになりたいっていう。

(笑)。そういう独特な関係のひとつの象徴が、茶太郎の去勢を大人になるまでしなかったことだと思うんです。

そうですね、うん。そこは迷いました。

その葛藤も記してありましたが、おかげでちょっと目を離した隙に出産直後の実母とつがってしまったわけで、野性の力を見せつけられましたよね。

本当にびっくりしました。体がどうしても弱ってしまうし、すぐ妊娠すると。実際、他のヤギたちと比べると、カヨはちょっと足腰の老いが早いんですよね。出産で痛めたんだなと思います。あと、ちょっと太り気味で体重が支えきれない感じもするんですけど。食い意地が張っているから(笑)。いろいろとみんなの健康を考えつつやっています。

内澤旬子

イノシシは最近増えたんですよね。

ゴン子が2018年からいるんですけど、ついこの間まどかちゃんが来ました。出張の前日に罠にかかって、戻ってきたらレストラン送りにしようと思っていたんですけど、その1、2日で人間に慣れちゃって、ヤギ舎の大家さんがまた飼いたいって言い出したんですよ。

ゴン子は聞かん気が強いし、怖がりで神経質で、名前の通り檻に鼻をゴンゴンぶつけて、1、2カ月経っても鼻から血を出していたんです。野生動物ってやっぱり難しいなと思っていたんですが、まどかはすごくおとなしくて順応性が高い。本当に個体差がすごいんです。

そもそも罠にかかるイノシシとかからないイノシシがいるわけだから、頭のいいやつも悪いやつもいるんだろうな、とは思っていましたが、それ以上のことはわからなかったんです。飼い始めるとそれがわかるのが面白くて、おかげでイノシシの知識に幅が出てきました。すごく楽しいんですけど、困っちゃうんですよ……。

はまる材料がどんどん増えていっちゃうわけですもんね。

東京に戻れないですよ、これじゃ(笑)。どんどんお金を使わない暮らしに慣れてきちゃって。前ほど躍起になって稼がなくなってきたし、もう東京に戻るのはハードルが高すぎて。毎月高い家賃を払わなきゃいけないじゃないですか。いまの家は買っちゃったからもう家賃はいらないし。

いま見える東京

内澤旬子

いまの内澤さんに東京はどんなふうに見えていますか?

消費がすごい。消費で成り立っていますよね、一日の暮らしが。そこにはまっちゃえばそういうものだし、それが悪いと言ってるわけでももちろんなくて、むしろそれで世の中のほとんどは回っているわけですけど。田舎にいても消費をし続けることはできますけど、しなくてもなんとかなっちゃうんですよね。

都会暮らしでは一歩外に出るとお金がかかりますものね。

そうそう。特に出張で東京に行くと家がないから、ずっとお金を払い続けている感じ。こっちで暮らしていると、食べ物もご近所の人からもらえたりしますし。この間は近所で急死された方がいて、「(亡くなった方が管理していた)畑にいっぱい野菜がなっているからもらってほしい」と言われていきなり野菜がどっさりと。サツマイモは収穫が遅れたので半分くらいは鬆(す)が入ってしまっていて、イノシシのごはんになっていますけど。芋づるもたくさん採れたのでヤギにあげています。

島の耕作放棄地にはだいたい果樹が残っているんですよ。放置状態で実ると山から猿が食べに来るから、許可をもらえるところはなるべく穫ります。この間、お茶の木を見つけたんですよ。畑と畑の際に植えてあって、秋に「これがお茶の花だよ」って教わってから、5月ぐらいに葉を摘んできてお茶を作ったら、けっこうおいしいんですよ。

スーパーで野菜を買うのがバカバカしくなりませんか。

まったく買わないところまではなかなか行き着けませんけど、少なくはなりますね。例えば干し柿を作るとだいぶお菓子を買う量が減りますし。柿も大量に実るんですよ。カラスに全部食べさせるのは惜しいので穫ってきて、干し柿にならないものはヤギやイノシシにあげます。玉太郎は好きだけどカヨはあんまり食べないんですよ。食の好みもそれぞれ全然違って面白いです。

ひとつ感心したのが、野生植物の名前にとてもお詳しいことでした。

詳しくなったんですよ、しょうがなく(笑)。『山と渓谷』に連載していた「ヤギ飼い十二カ月」を単行本にするために原稿整理しているんですけど、植物中心のヤギとの生活みたいな本です。食べる草と食べない草があるし、毒性のあるものは避けなきゃならないので、とにかく草を観察して調べているうちに、季節も強く感じるようになりましたね。

そういう意味では本当に生活は大きく変わりました。やっぱり東京に戻るっていうのはなかなかないかなぁ(笑)。最初のころはまだ東京に片足だけ重心が入っているような気持ちもありましたけど、コロナでそういう感覚が本当になくなっちゃいました。最近は「さすがにこれはまずいんではないか?」みたいな気持ちもありますよ。

その気持ちも今後なくなってしまいそうな気も……。

そうなんですよね~。我慢してお金を使わないのはストレスになるけど、草をむしったり干し柿を作ったりしていると時間がかかってしかも楽しいので、お金を使わないことにストレスを感じないんですよ。そうなっちゃうと「まぁいいか」みたいになりますよね。

買うのは本と漫画ぐらい?

最近、大手のチェーン書店で働いていた若い人が書店を作ってくれたんですよ(※)。それで手に取って買うこともできるようになりました。高松にも素敵な本屋さんはあるけど、パッと行けるわけではないので。あとはなるべくツイッターで新刊情報を見るようにしたりしています。

※TUG BOOKS(@TUG_BOOKS

今後のことはどんなふうにお考えですか?

あんまり考えていないです(笑)。本は書いていきたいのと、通販(※)で鹿やイノシシ肉を細々と売っていますし、最近はクラフト的な作品を売ることも考えています。本を出したときに作った段ボール人形が自分で気に入っていて、レーザーカッターで量産できないかなと思ったり……。あと、イノシシの毛でアクセサリーを作ったりとか。そんなことをのんびり考えています。本当にのんびりしちゃっていますね。

小豆島ももんじ組合

書くネタには困らなさそうですね。

そうかな? そうかもしれないですね。もうちょっとまじめに農業のことを書いてみようとも思っています。ヤギ舎の大家さんがブドウ農家で、去年からワインを仕込んでいるんですけど、取材をしていくと、畑を増やしたくても増やせないとか、耕作放棄地が薮になってしまって獣害を起こしていたりとか、小豆島独特の問題と地方あるあるの問題が絡まり見えてきて面白いんですよ。なるべく居住者ならではの視点が活かせるものを書いてみたいです。