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米マイクロソフトのエンジニア、牛尾剛が“スーパーハッピー”な理由とは?『世界一流エンジニアの思考法』インタビュー

米マイクロソフトのエンジニア、牛尾剛が“スーパーハッピー”な理由とは?『世界一流エンジニアの思考法』インタビュー

パッションや楽しさを奪って無理を強いることに意味はない

チームメンバーを独立した個人として尊重して自主性に任せるのはすばらしいと思うんですが、実力が担保されていないと難しいかも?という気もするんですが。

僕はそうは思わないな。個人の感想やけど。だってみんなできるから。マイクロソフトだって、できる人もできへん人もいると思いますよ。僕、三流やし(笑)。サーバントリーダーシップって実はわりと古くからある概念で、1970年代にもう論文が出てるんですよ。結局そのほうがコマンドアンドコントロールよりも効率がいいってことがだんだんわかってきたってことなんじゃないかな。

なんで「みんなできる」って言ったかっていうと、脳を借りれるんですよ、他の人の。例えば新人くんやったら、こっちは大学でコンピューターサイエンスを専攻した人が基本なんで、一応プログラムは組めるんですよ。でも実務とは違うじゃないですか、当たり前やけど。そういうときは先輩やまわりの人の知識を借りたらいいんですよ。「この設計を考えたいんですけど、レビューしてくれませんか?」みたいに。そうして助言をもらったりしながらやっていく。さっき言った日本の新人の扱いと違うのは、主体性が本人にあるんですよね。言われてやるのではなくて、その人が自分で必要なことを見極めてミーティングを設定して、人を呼んできたりするから、楽しさとか身につく度合が全然違うんです。

その意味では新人も年とってる人も区別はないんです。ジョブレベルの違いはありますけどね。みんななんとかするし、みんな一緒。あんまり上下関係がないのもすげえ心地いいですね。

日本にもそういう会社は増えていくでしょうし、すでにあるかもしれませんね。僕がこの本で個人的にいちばん衝撃的だったのが《「納期は絶対」の神話は捨てよう》でした。ふだん納期は絶対の世界でやっていると「納期を守れない、ダメな人間だ俺は」みたいな日々ですので(笑)。

わかるわかる(笑)。僕も衝撃でしたよ。こっちはさっき言ったみたいに、ほんまに必要なもんにしか納期がないんです。僕らの会社で言うと、5月ごろに大きなカンファレンスがあって、そこで新製品の発表をするから、そういうのには納期あるかもしれん。でもそれ以外はほぼないというか、僕らはよくETA (Estimated Time of Arrival=納品予定日) って言いますけど、「だいたいこのへんでできるかな~?」ぐらいのノリなんで、言葉のニュアンスも違うんですよね。

文化的な違いもあるかもしれんけど、そもそも計画っていくら綿密に立てても、言うたら星占いみたいなもんじゃないですか(笑)。何百年も続いてるような産業であればある程度は予測できるかもしれんけど、特にソフトウェアなんて、僕らのようなコードを毎日書いてるような人間が「5日ぐらいでできるかな」と思ったんが1カ月ぐらいかかるとか余裕であるんすよね。それぐらい予想がつかないのに、無理やり納期に間に合わせることにどんだけ意味があるんかな?ってのはこっちに来て思いました。

納期がなぜ生産性をぶち壊しにしているのか?|牛尾 剛

日本にいたときは思考停止してたっていうか、「そういうもんやから」と思ってたけど、例えば1週間リリースが延びて何か問題が起きるかっていうと、あんまりないと思いません? それよりも品質が上がったほうがよくないですか? 納期通りにアプリをリリースしても、バグだらけやったらみんな使ってくれなくなるじゃないですか。1週間延ばしていいものをリリースしたほうが、絶対みんな使ってくれますよ。

ソフトウェアエンジニアリングの世界では、「Q(Quality=品質)C(Cost=費用)D(Deliverly=納期)はトレードオフの関係にある」って言われるんです。だから納期をタイトにしたら他の項目がだいたい犠牲になるんですよ。でも日本人はやろうとするじゃないですか、休日返上で(笑)。それってたいていろくなことにならなくて、だいたい品質が犠牲になるんですよ。本人のパッションや楽しさを奪って無理をさせて、強引に納期に間に合わせて、当然のように何かが犠牲になる。そんなんで本当にいいのかなって思います。日本がそのやり方でIT業界で勝ってるんやったら話が別やけど、負けてるじゃないですか、ぶっちゃけ。だから素直に見習ったほうがいいと思うんですよね。しかも働いてるほうもスーパーハッピーなんやし。

働いている人がハッピーじゃないとなかなかハッピーな製品はできなさそうですよね。イヤイヤ作ったらイヤイヤ商品しかできないような。

ですよね。失敗を恐れて「あれやったらあかん、これやったらあかん」って作ったら、つまんないもんが出来上がるじゃないですか。

そういう課題が見つかったのがアメリカの場合は1970年代で、それから50年かけて働き方改革的なものが行われてきて、いまがあるということなんでしょうか。

そう思います。アメリカって新しいものの導入が早いイメージがあるけど、来てみると体感的には早くないんすよね。むしろ日本のほうが早いぐらい。何か新しいテクノロジーが発表されたときに、日本やとカンファレンスの当日に誰かがすごいブログをアップしてたりとか、次の日には誰かが試してたりするんですけど、こっちではそんなノリはあんまりないです。ただ日本の場合、新しもの好きの人が早く手をつけても、実際に会社に導入しようとすると、政治的なあれやこれやがね……(笑)。

(苦笑)。

アメリカの場合はちょっとずつ、みんなやりよるんですよ。だからあんまり早い感じはないし、僕も急かされることはほぼないんやけど、ちょっとずつみんながやっていくからだんだん広まって、気がついたら「アメリカは早いな」ってなってるという。これはカルチャー的なことなのかもしれないですけど、変化に対して抵抗がないから。

ああ、それはわかります。

僕が日本のSIerにいたとき上司によく言われたのは「ソフトウェアの操作性を変えてはいけない」と。なんでかというと「やり慣れてる人が混乱するから」。僕も基幹システムみたいなものを変えたらみんな大混乱に陥るんやろなと思ってたんです。でもアメリカに来たら、2年に1回くらい変わりますからね(笑)。確かに初日はみんなけっこう混乱するんですけど、1日もしたらみんな慣れるし、比較すると新しいシステムのほうがもちろん簡単だからどんどん楽になっていく。日本にいたときはテクノロジーは変えても画面は同じにしたりするんで、めんどくささが変わらないという(笑)。

変化への抵抗の強弱はありますよね。「アメリカにはこんなに効率的な方法がある。うちにも取り入れてみよう」とある日本企業の人が思ったとして、やっぱり楽ではないだろうなとも思います。ひとりだけ、一社だけが変えても、例えば得意先や偉い人に共有されていなかったりすると「ひとりで何をやっているんだ」ということになるじゃないですか。

そこは僕が日本にいたときに駆使していた政治力ですよ(笑)。例えば “Be Lazy” にしても、ひとりでやってると「あいつ早く帰りやがって」と思われるけど、「これをやるとこういうふうに生産性が上がるんや」というところをみんなにシェアすればいい。僕は実際に何回もやりました。「アメリカではこれで社員のモチベーションも生産性も上がるし、みんな自主的に仕事ができるようになるんすわ」みたいな話を、お偉いさんを含めてするんです。

で、だいたい反対するのはミドルマネジメント(中間管理職)です。それは当然の話で、KPIとか予算とかあるのに、自分の知らん方法で責任持たされるのイヤじゃないですか。でも、その上に行くとだいたい反応は逆なんですよ。経営層はむしろイノベーションを歓迎するんです。だからその層を含めてアイデアをシェアすると、偉い人のお墨つきで「いきなり全部は無理かもしれないけど、社内限定で小さなプロジェクトをやってみようか」となることが多いですね。

そういう説得材料としてこの本を使ってほしい、みたいな願いもあるんですかね。

そうそう。使ってほしいです。たぶんマネージャーもこっちに行ったほうが幸せなんじゃないかなと思うんですよね。経営層から「このプロジェクトをやってくれたら、失敗しても責任を問えへんし、むしろ評価して給料を上げる」とか言うてあげれば、手を挙げる人は絶対いると思います。最初は慣れなくて失敗するかもしれんけど、あきらめないでひとつ成功させたら「次はもうちょっと大規模に」ってなるじゃないですか。そうすれば徐々に、着実に広まっていくと思います。

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「よくあることだよ。僕らは新しいことやってるんだから」

お話をうかがっていると、牛尾さんは物事の抽象化と「自分だったら」的な置き換えと言語化能力が非常に高いようにお見受けします。畑違いの人が読んでも役に立ちそうな本になったのはその能力の賜物なのではないかと。

ありがとうございます。それはうれしいですね。あとは編集の山本浩貴さんのおかげです。超優秀なんです。最高っすね。僕はADHDだからとっ散らかってますけど、彼はすばらしい。日本語能力は僕の1000倍ぐらいあります。めっちゃわかりやすい文章にしてくれました。だから自分だけで書いた本とは思わないです。校閲さんもね。自分も気がついてないようなことを指摘してくれましたから。

その意味ではこの本もチームプロダクトですね。ADHD対処法を最近ブログ(※)に書いていらっしゃいましたが、組織ではADHD持ちはダメなやつと見なされがちです。それを克服されているのはすごい。

大したことないですけど、それもストラテジーですね。あと、アメリカのほうがADHDに優しいかもしれないです。そもそも人種も出身国も宗教も、みんな違って当たり前なんで、ダメ人間とはまったく思われない。ある意味、常識すらもないんすよ(笑)。たとえADHDでも尊重してくれるし、そもそも気にもされないです。

最近自分がADHD対策でやっていること|牛尾 剛

本の5~6章あたりで、日本の産業のこういうところが変わるともっと効率が上がるのでは、みたいな指摘と提案をされていますよね。日本企業が世界の頂点に君臨していた時代もあったわけですが、いまは見る影もなくなりました。なぜだと思われますか?

これほんま個人の感想ですけど、製造業が向いてたんじゃないですかね。

そうか、コンピューターの時代になってから……。

アカン感じじゃないですか。日本人は予見できないと気持ち悪いみたいな性質がありますよね。手をつける前に不安を潰しておきたい、失敗を恐れる、みたいな。統計的にそうだってだけの話で、例外はいっぱいいると思いますけど、そういう文化的な背景を踏まえると、物理的な製品を作ることには、日本人の細かさが向いてたんじゃないですかね。でもソフトウェアは、さっき言った通り、作ってる本人ですら先が読めない世界だから、相性が悪いのかもしれない。コマンドアンドコントロールで人を縛りつけるやり方だと、変化に対応するのはどうしても遅れますしね。

こっちでは失敗しても一切怒られないんですよ。むしろ慰めてくれます。僕もクッソ失敗したことありますけど「よくあることだよ。僕らは新しいことやってるんだから」って。表情とか見てると本心で言うてくれてますよね。日本やったら絶対に死ぬほど怒られる場面なんで、これも衝撃的でした。

やっぱりイノベーティブなものって人が快適に働けないとうまくワークしないんじゃないかな。お偉いさんの人の言う通りにやったら成功する世界ではなくて、みんながそれぞれ考えて行動して、失敗を恐れずリリースして、たまたま何かがヒットする、みたいなパターンしかないというか。

人を信じて取り組ませたほうがうまくいく産業なんですね、ソフトウェア開発は。

そのソフトウェアがあらゆるものに浸透してしまったわけじゃないですか。 “Software is eating the world” っていいますけど、自動車も携帯電話も掃除機もいまはコンピューターで動いてますよね。本来ソフトウェアはそういうものやのに、計画を立ててそのまま実行して、失敗を絶対に許さない、みたいな日本の古いやり方だとうまくいかなくて、残念ながら負けが込んでるところはあるんちゃうかな。日本人が悪いとかそういう問題じゃないと思います。もったいない、というのに近い。

そうですね。いいところはあるのに。

さっきも言ったけど、もうぶっちゃけ負けてんねやから、「日本のいいところを見つけよう」じゃなくて、愚直に真似をしたらいいと思うんですよ。ギターでも、リズムがろくに取れてないのに「俺は個性重視や」とか言うてたらうまくならないし、「個性の前にメトロノームに合わせて練習せえよ」って言われるでしょ。料理にしても、まずはレシピ通りに「砂糖大さじ1杯」とかやってまず一回作れるようにならないと、いきなり自己流にアレンジを加えても暗黒じゃないですか(笑)。それと一緒ですよね。わけわかってなくて負けてるときは、素直に勝ってるやつの真似をしてみる。理解するまで時間かかるけど、やってるうちに「ああ、こういうことやったんか!」って必ず気づくから、それから工夫したらええと思います。

僕も牛尾さんと同じく音楽が好きなんですが、レコードの作りなんかは雑だったりしますけど、新しい音楽はいつの時代もアメリカから出てきますよね。

確かにね。リズム感めっちゃええし、エグいテクニックで複雑なことをするやつもいるし、そうかと思ったらスリーコードでめちゃめちゃかっこええ演奏をするやつもいて。

個性を尊重して、トライを奨励する文化のおかげなんですかね。

トライすることに関して、文句もネガティブなことも誰ひとり言わないですね。僕、こっちに来たとき、家でギターを思いきり弾きたくてボーカルブース買ったんですよ。買うとき店に電話して「アパートに入りますか?」って聞いたら「余裕余裕! みんなアパートでやってるし、フィリップス(ドライバー)1本あればいけるよ!」って言われて、じゃあって思って買うたら後日、0.5トンのコンテナが届いて、フェデックス(配送業者)から「あんたフォークリフト持ってる?」と(笑)。

日本やったら「そんな無茶な買い物して」とか「そんな大きいもの、うちのアパートに入れたら迷惑や」とか言われそうじゃないですか。でも全然違うんすよ。通りがかった人みんな「それ何なん?」「ボーカルブース。家で演奏できたらいいなと思って」「あー! すっげえいいじゃん! 頑張ってね!」ですよ。「これ重すぎて無理やな」って言ったら「絶対できるよ!」(笑)。誰ひとりとしてネガティブなことを言わへん。これまた衝撃的でした。もう最高です。最高。

会社も国も水が合っていたんですね。プログラマーになるという夢を叶えて、今後はどんなことをしてみたいですか?

それは当然もう、プログラマーとしてちゃんとなることです。いま三流やねんから(笑)、せめて二流、最終的には一流。世界のみんなが使ってくれるようなソフトを書きたいです。すごい単純やけど、僕がいちばんやりたいのはそれですね。