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「まほはいつも迷ってる」しまおまほ『家族って』インタビュー

しまおまほ

2021年3月に『家族って』(河出書房新社)を発表したエッセイスト・漫画家のしまおまほさんは、ご両親が写真家で、父方の祖父は小説家という生粋のフリーランス。いうなれば、“フリーランスネイティブ”(造語)。本書では、幼少期から最近まで、彼女が経験してきたさまざまな出来事を、まるで読者の目の前で起きているかのように感じさせるシーン選択と描写のうまさ、観察眼と記憶力、適度に余白を残した筆致が鮮やかです。

6年前に未婚で出産した男の子を育てるしまおさんにとって「家族」とは、そして「仕事」とは? 『家族って』の内容に加え、その二つのテーマを立ててお話を聞きました。

profile
しまおまほ
エッセイスト・漫画家。1978年生まれ。多摩美術大学美術学部二部芸術学科卒業。1997年に高校生のときに描いた漫画『女子高生ゴリコ』でデビュー。雑誌や文芸誌でエッセイや小説を発表するほか、ラジオのパーソナリティとしても活躍。祖父母は作家の島尾敏雄、島尾ミホ。両親は写真家の島尾伸三、潮田登久子。2015年に第一子を出産。著書にエッセイ『まほちゃんの家』『ガールフレンド』『マイ・リトル・世田谷』、小説『スーベニア』などがある。
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「揺れる姿」を見せなかった両親

ご両親が写真家のフリーランス家庭で育ったことは、ご自分の人生や考え方に影響していると思いますか?

影響はかなりあると思いますね。父も母もほとんど家にいて、毎日、朝晩は一緒にごはんを食べていましたし。小学校に入って、みんなのうちではお父さんが夜までいないってことを知って、「うちの親はどうしてずっといるんだろう?」と思いました。自分でも勤め人になる将来をあんまり想像していませんでしたね。

中3の卒業式直前にピアスの穴を開けたいと言ったら、お父さんが「いいね」と言って整形外科を探してきてくれたとか、中2のときブルーハーツのライブにお母さんと一緒に行ったというエピソードを読んで、フリーランスというだけでなく、文化的なお仕事をされていたから子供の自主性に理解があったのかなと思いました。

1~2年生で開けるって言ったら「やめたほうがいいんじゃない」って言われたと思うんですけど、卒業の一週間前に開けるっていうのが面白いと思ったんじゃないですかね(笑)。ブルーハーツは「子供だけで行くのはダメだけど、親がついて行くならいいよ」と言われて、母も好きだったので一緒に行きました。ひとりで遊びに行って帰りが遅くなったりするとすごく怒られたし、友達の家に泊まるのもダメでしたけど、あんまり理不尽なことは言われなかったですね。父がよく「うちは普通だ」と言っていたんですが、そういう意味ではノーマルだと思います。

しまおまほ『家族って』
家族って

書名通り家族がテーマの本ですが、ご自身も母親になったことを踏まえ、しまおさんを支点に「島尾家」の過去と現在と未来をつなげていくようなイメージが湧きました。

出産まで実家住まいでしたが、産後から両親とは離れて暮らしているので、もちろん会えば家族だけど、メンバーが入れ替わった感じがあるのはちょっと寂しいですね。3人で過ごしていた日々がずっと続くんじゃないかって思ってましたから。いるとうっとうしいんですけど(笑)。

3人で過ごした時代にいい思い出がたくさんあるんですね。

特に幼い頃はなんの不安も疑問もなかったですからね。家族が一枚岩だったというか、父の意見についていけばだいたい大丈夫、みたいな。あとから反発もしましたけど、ある時期までは父がいて母がいて自分がいて、というのが本当に当たり前でした。わたしが子供だったこともあるけど、疑問がない生活って最強だったなと思います。両親は大人だから疑問も矛盾もあったと思いますけど、それは子供には感じられなかったんですよ。わたしのことは肯定してくれていたし。

揺れる姿を見せないご両親だった?

見せなかったですね。「まほはいつも迷っているね」って言われます。食べ物ひとつ選ぶにも優柔不断なので(笑)。いまはそれを見守ってくれる人がいないので、常に疑問がつきまとうんですけど、子供ができたことでタイムリミットが増えて、自分ひとりだったら決められなかったことを子供の存在によって決めさせてもらえているところはけっこうあると思います。そういう意味では楽になったかもしれないですね。「自分のために」っていう発想が元だと、客観性を失って物事の優先順位がめちゃくちゃになっちゃうんですよ。

ああ、それはわかります。

子供が生まれて一番よかったのは、社会の仕組みを知ったことです(笑)。保育園に入れる手続きを○○日までにしなきゃいけないとか、先延ばしにできないことがたくさんあるんですよね。行政にあれこれ申請したり、届けを出したりとか、今までは父まかせだった。取りあえず今は最低限のことはなんとかできるようになりました。自分ひとりなら先延ばしにしちゃうけど、子供にはそれじゃ申し訳ないので。あと単純に生活のメリハリがつきましたね。「子供が帰ってくるから、それまでに原稿やんないと」とか。

しまおまほ

なるべく自分の感想を「書かない」ように

『家族って』を読んでとても印象に残ったことが二つありまして、まずひとつは幼少期の記憶がすごくクリアなことなんです。日記をつけていたんですか?

いや、ズボラなので、両親につけろと言われてつけてはやめ、つけてはやめ……(笑)。もっとマメに書いておけばよかったと思いますね。みなさんがどういうふうに記憶しているのかわかりませんけど、わたしはけっこう出来事を人に話すのが好きだったし、繰り返し思い出して考えたりもするので、そういうことが関係しているかもしれないです。

もうひとつは、何かを目にしたときに浮かんだ疑問は書いてあるけど、何を思ったか、考えてどんな結論を出したのかは書いていないこと。あえてそうしていますよね。

特に最近は、なるべく自分の感想を書かないように、書かないようにしていますね。「かわいかった」とか「寂しかった」とか書くと、読んでいてさめちゃうんです。疑問は吐き出したいけど、自分の個人的な思いみたいなものを書くよりも、場の空気とか目の端に映ったものを書いたほうが、そのときの空気みたいなものが伝わるんじゃないかと思うし、書いていても気持ちが膨らむんですよね。そもそもすぐに考えが変わっちゃうから、自分の意見に自信がなくて。だからツイッターとかで意見をズバッと言える人とかって本当にうらやましいというか、すごい天才に見えちゃう(笑)。親に「いつも迷っているね」って言われるのは、そこを見抜かれてるんだと思います。何か言った次の瞬間には「あ、なんか違うかもしれない」って思うから。感情移入しちゃうからだと思うんですけどね。政治家の発言とかにも「わたしもこの立場だったらいい加減なこと言っちゃうよな」みたいに思って、何も言えなくなったりします。

他の人の文章を読んでいても、キッパリしていないほうがしっくりきたりしますか?

それはあんまりないかもしれない……けど、どうなんだろう……あんまり本を読まないからなぁ(笑)。ただ、あまりにも筋が通り過ぎてると「本当かな?」とか思ったり、ちょっと圧を感じたりするかもしれないです。映画もぼんやりした終わり方が好きなんですよ。なんとなくやり過ごしちゃったりとか、モヤモヤしたりとか、いろんなことがあるのが現実だから、そこをくみ取れるようなことがしたいのかな、と思うんですけど。

しまおさん自身もそういう人だということですね。

そうですね。でも、自分で書いていて「ちょっといい子すぎるかな」と思ったりするんですよ。わたし、もっと性格悪いだろう、と(笑)。最近は減ってきましたけど、2冊ぐらい前の本では、ひねくれた部分があんまり出せていないなと思っていました。きれいな景色をきれいな気持ちで見て、ちょっとだけアイロニーを効かせるみたいな書き方がなんだかテクニックっぽくて、自分で飽きたというか、イヤになっちゃったんです。友達と話しているときの口の悪さや辛辣さや、失敗したことももっと書けたらいいのにな、と思って。それはいまも修行中っていう感じですけどね。

しまおまほ

違和感をないがしろにしてはいけない

そう思うようになったのは、 小説(『スーベニア』)を書いたことが大きかったんですか?

大きかったです。かっこつけられなくなったので、いろいろ。子供を産んだけど結婚はしなかったし、なんか思うようにいかなくて、それまでは取り繕えていたことが、身近な人にも公にもバレたので、もう開き直るしかないなって(笑)。これまでは本音に見せかけたことを言いながら自分のことは隠していたけど、その一線はもう取っ払ってもいいんじゃないかなって思えるようになりました。

「思うようにいかない」の「思うように」には結婚するということも入っていた?

そういうわけでもないんですけど、なんだろうな……家族の理想の形みたいなものがあったんですよね。自分が育った家庭が楽しかったし、両親も仲がよくて、職業人としても二人で切磋琢磨し合いながらやっていたのが、わたしには完璧に見えていたんです。でも自分にはそれができなくて、ちょっと恥ずかしいと思ってしまって。だからといって別の方向に行くこともできなくて(笑)、いろいろ決めきれないというか、大人になれない。そういう部分をなるべく出さないように、出さないようにやっていたんですけど、子供ができて、ということは相手がいる訳で、でも結婚はしないんだよね、じゃあそれはどうして?……と、自問自答を常にしてる。今も。恥ずかしながら“作家”であるなら、そこは隠せないと思いました。

子供が生まれたことで、いや応なく大人になってしまった感じでしょうか。理想としてきた家族像とは違っても、自分なりのそれを作っていかないと、みたいな?

自分が育った家庭が目指すべきゴールで、みんなもそれを望んでいるだろうとか、そうなったら承諾してくれるだろうとか、祝福してくれるだろうとか思っていたんです。だけど現実は自分が思いもよらぬ方向に転がっていて、そこで無理やり軌道修正して、「結婚」とか「幸せな家族」には辿りつけるはずがない。そういうことで葛藤みたいなものがありました。

だんだんわかってきた気がします。さっきおっしゃった「優柔不断」をそのまま出してしまおうと思われたんですね。

そうです、そうです。取り繕うのも苦手だし。

イメージしていた大人とは違うけれど、こういう大人がいてもいいんじゃないかな、と思えるようになってきた、みたいな。

世の中にはたくさん人生がありますからね。自分だけじゃないはずなんですよ。こういう人は。ただ、わたしには「こういうことを期待されているんじゃないか」とか、「こうしたほうがウケるんじゃないか」という変なサービス精神があって。でも、「なんか違うな」っていう違和感も同時にあって、それをないがしろにしてはいけない気がしたんです。例えば、写真家の植本一子さんのエッセイを読むと、まるで自分が体験しているような気分になるし、彼女の想いが生々しく胸に迫ってくる。「自分もそういうものが書けるだろうか」って一回考えるんですけど、「いや、やっぱり違う」と思い直す。その微妙な線引きは自分なりにしていますけど、ラインがあんまり手前だと面白くないだろうし。

しまおまほ

現時点では「面白く読んでもらいたい」という感じでしょうか。

ユーモアを忘れずにいたい。というか、絶対にそこから逃れられない性格なので(笑)。なんで自分は全部笑いにしないと気が済まないのか、小学生のころから疑問だったんですよ。体調が悪いとき以外はずーっとふざけてました。おもしろ大好きですね。

基本的にひょうきんなんですね。

よくしゃべります。SNSでは無口ですけど(笑)。不特定多数に向けて意見表明なんかしたくないし、それは仕事でやりたいから。思いついてどこかに書いたらそれで満足しちゃうタイプなので、もったいないんですよ。アイデアが浮かんだら、すっごいくだらないことでも意外なところで使えたりすることがあるから、なるべくSNSとかには出さないで、心に留めておいたりノートに書いておいたりします。

おお、すばらしい。

でもそのメモがどこにいったかわからなくなるんですよ(笑)。1冊のノートに全部書いているので、ノートはあるんですけど、どのページに書いたのかわからない。小説用のノートとエッセイ用のノートとか分けようとしたんですけど、全然できなくて。やっぱりひとつじゃないとダメなんですよね、なんでも。ひとつのことしかできないから、二つ以上重なると優先順位がわからなくなる。例えば原稿の締め切りとガス料金の支払いと……。

そこに夕飯の買い物が重なったりすると……。

そしたら「夕飯の買い物が一番締め切り近くないか?」とか思うじゃないですか。でも待ってくれている編集さんもいる。どっちを優先させればいいんですかね(笑)? 結局、買い物を優先させて、変な罪悪感にさいなまれたり、つい寄り道しちゃったり。ムダだなぁと思いながら生きています。

しまおまほ

失敗も含めて見てもらうのがわたしのやり方

いまは効率を追求して最小のエネルギーで、最短で成果を出すみたいなことがよしとされがちですが、しまおさんのお仕事は、そういうものに違和感を覚える人の共感を得ているのかもしれませんね。

これでも自分では完璧主義のつもりなんですけど、不思議なことにアウトプットするとすごくポンコツな感じになるんですよね(笑)。でも最近は、そうした失敗も含めて人に見てもらうというのがわたしのやり方なのかなって思っています。仕事を始めたときから超アマチュアでしたし。

デビューは『女子高生ゴリコ』という漫画でしたよね。鮮烈でした。

デビュー後に『月刊カドカワ』で映画評のお仕事をいただいたんです。映画評はおろか文章なんて仕事では書いたことなかったんですけど、初めて書いたその文章を編集者の川勝正幸さんが『テレビブロス』で「面白かった」ってほめてくださったんです。それを誰かが教えてくれて「わたし文章書いていいんだ!」と思って、練習をするでもなく、こんなことしてていいんだろうか……と思いながら仕事の中で練習して。後付けですが失敗も見られながらやるのが自分のやり方なのかなと思いました。それでお金をもらっていることを許してもらえるかどうかわからないけど(笑)。

いいと思いますよ。それが面白いからこそ何冊も本を出されているわけですし。

だいぶスローペースですけどね。「結果的にこれでよかったな」って何事においても思っちゃうんですよ(笑)。だから欠点が正されないという。

『家族って』に《親になったら何かが劇的に変わるものと信じていた》《でも、変わらなかった。それが息子の生まれた後の一番の驚きだった》と書いていますよね。その後、お子さんもちょっと大きくなりましたが、変わりましたか?

あんまり変わらないですね。変わらないって思いたいだけなのかもしれないけど、やっぱり自分優先なんです。でも炎天下で自分だけ帽子をかぶってて子供の帽子を忘れたとき、「わたし、すごいダメなやつなんじゃないかな……」って思いました……。そういうとき、まず子供の帽子を準備するのが親なんじゃないかなって。

いいんじゃないですか? 面白いお母さんに育てられて、息子さんもきっと面白い子になると思います。

いま6歳なんですけど、保育園が雨の日も雪の日も外に出して、泥んこ遊び中心の園なんです。ちょっとしたコミュニティっぽい感じで親同士のつながりも深くて、いきなり「まほちゃん」って呼ばれたりして。ノックもなしにドアを開けられたみたいな感じで、最初は抵抗があったんですけど、それによって神経質すぎた性格が叩き直された部分もあるんですよね。子供のおかげで世界が広がった気はします。

しまおまほ

さっきズボラだとおっしゃっていましたが、他人に対してはどうですか?

自分が楽をしたいから他人にも抜いてほしいというか、「これでいいんだよ」と言いつつ、「これでいてくれるとわたしも楽なんだよね」っていう感じです。ちゃんとするのは苦手ですね。変なところだけ几帳面だったりはするんですけど。

例えば締め切りは?

締め切りはもう全然ダメです(笑)。こないだツイッターで誰かが「なるはやでやります」は無責任な言葉だみたいなことを書いていて、もうああいうこと書かないでほしい。自分で思ってりゃいいじゃん。わかってますよ、その場しのぎの言葉って。誠意もありませんよ。でも、書かずにはいられないの。

数少ない「許せないこと」ですね。

きっちりしているほうが絶対に正しいわけだから、わたしは仕事をだんだん失っていくタイプなんですよ。

そんなことないですよ。しまおさんにとって人生における仕事の位置づけはどんな感じですか?

「何がなんでも最優先」ではないですね。「ダメになったら他のことを探そう」とは常々思っています。いまだに「将来、何になろうかな?」という子供のときみたいな気持ちがありますね(笑)。でも、誰かからほめられたり上手く書けた!という気持ちがあると、「やっててよかったな」ってその都度思ったりはします。その気持ちに代えはないですね。そういうとき「わたし、仕事好きなのかな」って一瞬思うんですよ。その一瞬がモチベーションにも糧になっていると思いますね。いまはつらいけど、なんとか仕上げれば「やっててよかったな」って思うことがあるかもしれないから、と。

最後にしまおさんなりのフリーランス術を教えてください。

フリーランス術ね(笑)。うーん……なんだろう……あの、なめられたりしていないですかね? みんな。どうですか? フリーランスって。

めちゃめちゃなめられます。

ですよね。「ヒマなんでしょ?」って。まぁヒマなんですけど(笑)。

しまおさんはどう対処されていますか?

わたしはヘラヘラしていますね。なめられてなんぼだと思っています。ちゃんとした人はずっとちゃんとできるけど、自分は一度ちゃんとしても絶対に続かないから(笑)、あんまり期待されないほうが気持ち的には楽なんですよね。「あぁ、なめられてんな」とは思うけど、できることとできないことがあるから、それぐらいはちゃんと伝えとこうって。まったく参考になりませんね(笑)。

いやいや、全員が全員きちんとしたタイプとは限りませんから。

なめる人はどうしたってなめてかかってくるでしょうし、いいんじゃないですか? なめさせておけば。だって、なめるほうが立場が下じゃないですか。

なめられるほうが下じゃなくて?

足をなめるほうが下だから……というのは冗談ですけど(笑)、なめるほうが積極的じゃないですか。向こうがなめたいわけだから。こっちから頼んでなめられているわけじゃないし。

撮影/阪本勇

執筆者profile
高岡洋詞
神奈川県横浜市生まれ。日本三景・天橋立のそばで育ち、大学進学とともに上京。『ミュージック・マガジン』編集部を経て、現在はフリー編集者/ライターとして活動中。
https://twitter.com/tapiocahiroshi
https://www.tapiocahiroshi.com/
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