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米マイクロソフトのエンジニア、牛尾剛が“スーパーハッピー”な理由とは?『世界一流エンジニアの思考法』インタビュー

米マイクロソフトのエンジニア、牛尾剛が“スーパーハッピー”な理由とは?『世界一流エンジニアの思考法』インタビュー

アメリカのワシントン州シアトルにあるマイクロソフト本社でシニアソフトウェアエンジニアとして活躍されている牛尾剛さんが2023年10月に上梓した世界一流エンジニアの思考法文藝春秋)が多くの読者の心にヒットしています。

「“生産性爆上がり” 最前線のスキル!!」という帯の惹句に、世界一流エンジニアの牛尾さんが思考法を授けてくれるのかな?と思って読み始めたら「はじめに」でいきなり《正直にいうと、私は「一流エンジニア」ではない。なにも謙遜しているわけではなく、ガチの「三流」だ》とあってびっくり。

その勢いで読み進めていくとちょっと予想と違う内容で、世界トップクラスのソフトウェア企業のマネジメントスタイルやそこで働く人たちのマインドセットに衝撃を受けっぱなしでした。

シアトルと東京をZoomでつないで、Azure Functionsというクラウドサービスの中身を作っている牛尾さんに貴重なお話をうかがいました。大阪なまりの軽妙な語り口もあわせてお楽しみください。

profile
牛尾剛(ウシオツヨシ)
1971年、大阪府生まれ。米マイクロソフトAzure Functionsプロダクトチーム シニアソフトウェアエンジニア。シアトル在住。関西大学卒業後、大手SIerでITエンジニアをはじめ、2009年に独立。アジャイル、DevOpsのコンサルタントとして数多くのコンサルティングや講演を手掛けてきた。2015年、米国マイクロソフトに入社。エバンジェリストとしての活躍を経て、2019年より米国本社でAzure Functionsの開発に従事する。著作に『ITエンジニアのゼロから始める英語勉強法』などがある。ソフトウェア開発の最前線での学びを伝えるnoteが人気を博す。
https://twitter.com/sandayuu
https://note.com/simplearchitect/

いかにして“三流エンジニア”がサバイブするか

牛尾さんという世界一流エンジニアが思考法を授けてくれるのかと思って読み始めたら、のっけから「三流」と書いてあるので面食らいました。

僕は一流じゃないです。三流ですよ。謙遜でもなんでもなく、ガチ三流。最近アメリカではレイオフの嵐が吹き荒れてますけど、レイオフされないような実力を身につけるのに必死です(笑)。

ただ、僕も才能ある分野はあるんですよ。例えば人前でしゃべるエバンジェリストとかコンサルタントとか。ただ、僕は自分が手を動かしたいやつなんです。プログラミングを自分でするとか、ギターを自分で弾くとか。でも自分でやるとだいたい暗黒(笑)。不器用だし才能もない。なんですけど、プログラマーが子どものころからの夢で、どうしてもなりたかったんですよ。

才能がないとおっしゃる牛尾さんがいま、マイクロソフト本社でソフトウェアエンジニアとして活躍されていることが、やっぱり最大のワンダーですよね。それは本を読めばわかるわけですが。

そうですね。いかにして三流がサバイブするか(笑)。実はガチでプログラマーになったのは今回が初めてって言ってもいいぐらいなんですよ。エバンジェリストとかコンサルタントとか、ひとにやってもらう仕事をしていたときも、プロジェクトマネージャーとして自分で自分にプログラミングのタスクをアサインしたりしてたんですけど、現場の人によく言われてましたよ。「牛尾さんは残念ながらプログラマーとしては……なんでもっとPMやコンサルタントにフォーカスしないんですか?」って、イヤミじゃなく本心から。でもどうしてもプログラミングをやりたくて、隙があったら自分をアサインして、うまくいかなくて、しょうがないからPMやコンサルタントをやって……の繰り返しでした。

その繰り返しから脱却して、ついにアメリカで夢を叶えたわけですね。

いろいろストラテジーを考えてのいまですね。ラッキーもあると思いますけど、スーパー幸せですよ。

アメリカで働こうと思われた理由は?

深い理由は実はないんです。日本でアジャイルっていう開発手法のコーチをやってたんですけど、同じことばっかりやってるのに飽きてきて、おっさんになってから英語を勉強し出したんですよ。で、せっかく英語を勉強したから使いたいなと思ってマイクロソフトを受けたんです。ちょうど友達に「牛尾くん、マイクロソフト向いてんじゃね?」って言われたのもあって。そしたら受かったんですけど、エバンジェリストとしての採用でした。

エバンジェリストは人前で技術をわかりやすく説明する仕事なんで、技術力よりもプレゼンとかトークのスキルが重要なんですよ。まぁ、技術がまったくいらないコンサルタントよりは少し近づいたかな、と思ってやってましたけど、じきに会社の方向性が変わって、参加者と一緒にプログラミングをしながら技術を広めていくハッカソンに取り組むようになったんです。それはさらに技術力がいる仕事やから、僕としてはスーパー大歓迎で、ちょっとずつ実力が身についてきたわけですね。

徐々にプログラミングに近づいてきていますね。

当時の上司に「将来はアメリカで働きたい」って言ってたのは、やっぱりコンピューターサイエンスはアメリカが一番だから。本当にイノベーティブなものってだいたいアメリカから来るんで、やっぱすげえな、向こうで働いてみたいなとは前から思ってたんです。そしたら忘れたころに「ツヨシ、おめでとう! バジェットが取れたらリロケーションできるよ」って言われて、「ほんますか! 行きます!」って即決しました。その後にいまのチームにアプライして、外部採用の人とまったく同じ面接とか選考のプロセスを経て現在に至る、という経緯です。

そしてお友達がおっしゃった通り合っていたと。

合ってたかは知らんけど最高ですね(笑)。だから本を書いたりブログ書いたりしてるんですよ。みんなにこの幸せをおすそ分けしてあげたいなと思って。

こういう世界があるってことをシェアしたかった

日本の読者にどう役立ててもらえると思われましたか?

だいたいふたつの要素があると思うんですね、この本には。ひとつは生産性の話。僕がコーチをしていたアジャイルやDevOpsはソフトウェアを効率よく開発する技術なんで、もともと生産性を上げることには興味も知識もあったんですけど、いまのチームはみんなほんまにすごいんですよ。本のタイトル通り、一流がゴロゴロいるわけです。僕はアホにゃんにゃんで三流なんで(笑)、どうしたらソフトウェアの開発がいまよりベターになるか、っていう観点でいろんな人を観察してみたりとか、本人に聞いてみたりとかしながら、自分のダメなところを観察とストラテジーで補ってるんですよね。で、そこで学んだことを自分で整理するためにブログに書いて、もしかしたら他の人も役に立ててくれたらいいなと。そのブログがもとになった本なので、まさにおすそ分けなんです。

なるほど。もうひとつは?

日本って「仕事は我慢してなんぼ」「上の人の言うことは絶対」みたいなノリがあるじゃないですか。僕も日本にいたときは政治半分、技術半分ぐらいな感じでやってました。だから自分で言うのもなんやけど、まあまあうまくやれてたんですね。なんでかっていうと、僕は政治ができたから。上の人に話を通すテクがないと、どんなに技術が高くても、日本では何もハップンしないですよね。それをなんとかクリアして、日本で初めての事例とかも作りましたけど、もうほんまにストラテジー、政治力です。心理学まで勉強しましたから。

だけどこっち来たらそんなん全然いらんすからね。「政治やってるヒマあったらもっと技術力を頑張ろう!」みたいなノリなんで、もう超幸せです。何も考えないで技術にだけ集中してればいい。衝撃的やったんは、マネジメントも全然違うんですよ。

メンバーを「社員」として扱う「コマンドアンドコントロール」と、メンバーを「ステークホルダー」として扱う「サーバントリーダーシップ」の違いについて書かれていましたね。

例えば新人の扱い。日本で僕がいた会社だったら、新人はどんなにかしこい大学を出てても最初は役に立てへんから言うて、例えばコピーとか議事録とか、簡単な仕事からスタートさせてたわけですね。いまはどうか知らないですけど、少なくとも僕の年代は。ところがこっちに来ると、新人どころかインターンの子にも、僕らがやってるんと変われへんような仕事を与えるんです。で、実際にやってもらったら、できるんですよ。それも上司や先輩がああせえこうせえ言うんじゃなくて、任せるんです。

僕も新人くんも同様に、基本的にふわ~っとした要求みたいなのが落ちてきて、最初は「これ何を言ってるかわからへん」っていう状態なんで、それを明確化して、設計して、コーディングして、テストして、リリースして、障害が起こったら対応して、というサイクルを、自分で全部決めてやるんですよ。上の人もまったく指図をしないで、いっぺんタスクをアサインしたら信用して任せる。催促もない。納期がある業務がそもそもめったにないですから。

“Be Lazy” のマネジメントですね。

日本やったらどんな小さなタスクでも納期ありますけど、こっちは全然そういうノリじゃなくて、僕が任された仕事は、僕が終わったときが終わり。マネージャーは僕が行き詰まったときに相談すると誰かを紹介してくれたりして、アンブロックしてくれるんです。はっきり言って僕のマネージャーなんて、コーディングやらせたら絶対僕よりできるんですよ(笑)。その上も、そのまた上も。

管理職も技術者だからですね。

日本におったときって、何かしたいときは上を絶対説得しなあかんかったんですけど、上の人ってだいたいプログラムのこととか全然わかってないんですよ。だからトーク術も勉強しましたけど(笑)、こっちやと、そもそも自分のふたつ上ぐらいのポジションに、自分がいま作ってるソフトウェアの基盤を開発した人がいたりするんで、そもそもめんどくさい説明する必要がないんです。余計なことに気を遣わないで技術だけに集中できるからこそ、みんなプロダクティブなんやと思うんですよね。自分で考えて、自分で行動して、信用して任せてもらえる。だからほんまに幸せやし、まわりの人を見てても不幸そうな人が誰もいないんですよ。

マネージャーが僕に聞いてくるのも「ツヨシ、ハッピーか?」とかだけで、同僚もみんな僕がハッピーかどうかを気にしてくれて、僕のことを助けてくれるし、僕も助けるし、嫉妬とか足の引っ張り合いも全然ない。そういう人に優しいマネジメントで、マイクロソフトは世界で1位か2位ぐらいのところにいるわけじゃないですか。僕も日本にいたときはこんな世界があるって知らなかったけど、実際にあるし。本に書いたことも一切誇張してないです。本当にそのままですけど、そのままでもたぶんみなさんにはインパクトがあると思います。

ありました、ありました。

こういう世界があるってことをシェアしたいんですよ、僕としては。「こういうこと、できるんだ」とか「業績のいい会社ってこんなことしてるんだ」とかなったら、もうちょっと日本の会社も働きやすくなるんじゃないかと。僕が本を書いたなんて小さなことやけど、こっちで働いた人が「向こうはこんなんやったで」と伝えることは今後もっと増えるし、読んだ人が「なんで俺、こんな何もわかってないやつの命令を聞かなあかんわけ?」みたいにだんだんなってくると思うんですよ(笑)。こういう労働環境にしないと誰も来てくれへんってなったら変わっていくはずです。そういうことに少しでもコントリビュートできたらな、とは思いますね。

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