【フリーランスwithコロナ】売上7割減に直面するも、業態変更やYouTubeに挑戦。ミシュラン星獲得シェフがコロナ禍で見せた「仕事の哲学」

本格的な料理経験がないままにイタリアに渡り、日本人として初めて現地版ミシュランで一つ星に輝いたイタリア料理人・堀江純一郎さん。現在は二子玉川にある『Ristorante i-lunga』で、オーナーシェフとして腕を振るっています。

そんな実力派シェフにも、例外なく新型コロナウイルスの影響は襲いかかり、リストランテの売り上げは大きく落ち込んだと言います。そんな状況を打破すべく、新しいことにチャレンジを続ける堀江さんに話を聞きました。

国語教師志望から一転、いきなりイタリア料理修行へ!?

まずは、堀江シェフのキャリアについて少しお話を聞かせてください。日本人として初めて、現地イタリアのミシュランで一つ星を獲得するという快挙を成し遂げたしたそうですが、昔から料理人を目指していたんですか?

実はもともとは、国語の教師を目指していました。最終学歴も文学部国文学科ですし、教員免許も持っています。しかし大学を卒業するころはバブルが崩壊した時期で、それまで8倍くらいだった中学高校の教員の倍率が、東京だと100倍くらいにまでなってしまったんです。そんな先が見えない中で、2年間アルバイトをしながら教職浪人しました。

それは大変な時期を経験されていますね。でも、なぜそこからイタリア料理の道へ進んだんでしょう?

教員になれる可能性が低いなら、手に職を付けてしまえ、という発想でした。当時はイタリアン料理のファミレスでアルバイトをしていたのですが、その店舗ではちゃんと厨房で料理を作っていて、シェフはみんな職人という感じでした。そこで料理をする楽しさを知って、「この道へ進もう!そして本場イタリアへ修行に行こう!」 という感じで決めましたね。そして、1996年にイタリアに渡りました。

イタリアへ料理修行に行くことは、親には事後報告だったという

ずいぶん大胆な決断ですね!現地では苦労なさったのでは?

はい。まずは言葉の壁です。自分なりに勉強していったつもりでしたが、いざ現場に入るとまったく分かりませんでした。プロの仕事場で言葉が分からない人間なんて邪魔でしかありませんよね。それが自分でも分かるから、しんどかったです。そこから逃れるためには勉強するしかありませんでしたから、分からなかった言葉を休憩時間にバーっと書き出しておいて、家に帰ってから寝る時間を削って辞書を引きました。

「本物のイタリアの料理を、東京のど真ん中に落としてみたい」

そういった下積み時代の苦労を経て、ミシュランの一つ星に輝いたわけですね

イタリアに渡って6年後です。『Ristorante Pisterna』でオープニングシェフを務めさせてもらい、それから1年後に一つ星をいただきました。

堀江さんの作った美しい料理

評価された理由は何だと思いますか?

当時の修行先のオーナーシェフ(後のRistorante Pisternaのオーナー)が病気になって働けなくなってしまって、店を一時的に閉める話も出ましたが、そのシェフが「ジュンにやらせろ」と私を指名してくれたんです。それから1年間、店を守り切れたことが評価につながったのだと思います。

苦労を乗り越えてイタリアでも評価を受け、あちらで働き続ける選択肢もあったと思いますが、なぜ日本に戻ってきたんでしょう?

日本が好きなんですよ。それと、当時の東京では「トーキョー・イタリアン」とでも言うべき料理が流行っていました。華やかなんですが、イタリア人が見たらイタリア料理だと認識しないよう料理です。僕はイタリアでイタリア人に学びましたので、その経歴を持って、本物のイタリアの料理を東京のど真ん中に落としてみたいなと思ったのも、戻ってきた理由です。

コロナの影響で売り上げは7割減。トラットリアやテイクアウト営業でしのぐ日々

帰国後は西麻布、奈良と出店され、2019年2月からは二子玉川に店を移していらっしゃいますね。新型コロナウイルスの影響はいかがですか?

もちろん、売り上げは大きく下がりました。昨年比でいうと、4月と5月で7割減、6月で半減という感じです。業態を変えてなんとか売り上げを作れるように努力した結果がこの数字でしたから、通常通りのリストランテ営業のみだったら9割以上減ったかもしれません。

現在は席の間隔を広く開け、客席数を減らして営業している

業態を変えたというのは、どういったことでしょう?

4月の前半から緊急事態宣言が解除されるまでの間、平日はテイクアウトメニューの販売、土日はトラットリアとして営業しました。トラットリアというのは予約を取らず、手頃な価格で料理を提供するカジュアルなスタイルのことで、うちの場合は前菜付きのパスタをセットでお出しし、メインとドルチェはご希望次第で、という形でした。値段は通常より抑えていましたが、食材の質も仕事の質も普段とは変えていません。

コロナ騒動の長期化も視野に入れ、テイクアウトはあえて「カレー」で勝負

テイクアウトは数種類のカレーを販売しました。ちゃんと香辛料を炒めて、出汁も取って、家庭ではなかなか真似できないようなプロが作るカレーです。

カレーですか? イタリアンではないんですね。

リストランテの料理を家に持って帰っても、リストランテの味にはならないんです。料理の状態の管理はもちろん、お店の雰囲気、お皿、ワインと一緒に楽しんでもらってこその味なんです。それが変わってしまうなら、いっそ土俵を変えた方がいいなと思ったんです。

僕はこのコロナ騒動は長引くと予想していたので、日常食にできるものを出したいと考えたんです。そこで、カレーをやってみようと決めました。料理人はどんな料理でも作れないとダメだと常々思っているので、カレーのノウハウもありましたから。

普段とは違った客層の人も多く集まりそうですね。

うちは電話番号も出していないですし、看板も分かりにくい取っ付きにくいお店ですから(笑)。これをきっかけにリストランテに来てくださったお客さんもいて、新しい接点ができたと思います。

この緊急事態を支える「杖」として、YouTubeへの出演も

そのほかにコロナ対策として新しい取り組みはなさいましたか?

知り合いがやっているYouTubeチャンネルの動画に出演しました。『人気シェフのうちレシピ』というもので、僕だけでなくいろいろな料理人が出てきて、自宅でも作れるレシピを紹介するという内容です。現時点ではそれによる収入はありませんが、いずれはちょっとでも収入になればいいなと思っています。

『人気シェフのうちレシピ』のワンシーン

リストランテは入るお客さんの数に限界がありますし、仕入れ、仕込み、保管、サービスと労力がかかります。上手く回っているときはいいんですが、今回のようなことがあると副収入があるといいなと思うんです。緊急時に倒れないようするための「杖」というイメージです。

これまでリストランテ営業一本でやってきて、YouTubeに出演することに抵抗はなかったですか?

出演への抵抗はまったくないですね。このチャンネルを運営している方も食べるのが好きな人で、世の中のレストランを守りたいという思いを持ってくれています。お金を稼ぐことだけが目的でなく、そういう気持ちを理解した上で、一緒にやれたらと思いました。

新しい取り組みを続ける一方で、休業することは考えませんでしか?

正直、トラットリアもテイクアウトも材料の質を落としていないので利益はほとんど出ませんが、何週間とか何カ月の単位で休業にはしませんでした。従業員の解雇や給与カットもしていません。

従業員の給与もこれまで通り維持しているという

新型コロナウイルスが流行り始めて、この辺りの飲食店のほとんどが閉まってしまいました。このまますべての店が閉まってしまうと「街が死んでしまう」と思いました。その時のガイドラインでは小規模飲食店は生活インフラに認められていましたから、であれば「止まり木」としての存在はなきゃいけないかなと考えたんです。だから、自分の社会的な役割を果たしたいという思いもあって、安全に最大限の気配りをしたうえで、休業にはしませんでした。スタッフも体を動かさないと、料理を忘れちゃいますしね(笑)。

「あの時に比べれば」と思える経験に支えられて

今後の見通しについてはどうお考えですか?

現在はリストランテ営業を再開していて、少しずつお客さんは戻ってきてくれている状況です。ただ、また感染者数が増えているので、なんとも言えませんが。今後は先ほどのYouTubeのほかに、レトルト食品や冷凍食品の開発、販売も視野に入れています。やはり、何かあったときの「杖」として持っておきたいですね。

世の中のフリーランス・自営業の人たちにメッセージを聞かせてください。

今抱えている悩みは、みんな一緒だと思います。アフターコロナというよりも、まだまだコロナ禍という感じですしね。正直、みんなで頑張っていきましょうとしか言えません。僕は今はこういう状況なので、利益を出すというよりも、どう生き残るかを考えていて。スタッフに給料を払って、業者さんへの支払いをして、店の家賃を払って、ローンの返済をして、それで最後にちょっとでも残ればありがたいと思っています。

この状況にすごく不安を感じたとき、どんな風にモチベーションをあげていますか?

イタリア修行時代の初期の頃に、勤めていた店のシェフが急に辞めてしまって、新しく来たシェフと言葉もよく分からない日本人の僕で店をやっていたことがあるんです。そんな状況でも、オーナーは遠慮なく普段のランチとディナーに加え、休日に100~200人規模のバンケットパーティの予約まで取ってくるんです。2、3カ月の間はろくに休みもなく、朝4時に仕込みに行って、帰ってくるのは夜中1時とか2時という生活が続きました。この時期は本当にしんどくて、朝起きると鼻血が出て1日中止まらないんです。あのときを思えば、今はまだマシかな(笑)。そんな風に考えてます。

今が辛くても、とりあえず生きていけるんだし(笑)。この経験もきっと今後のバネになる!と思って頑張っていきましょう。

profile
堀江純一郎シェフ:1971年東京生まれ。駒澤大学文学部国文学科卒業。25歳で渡伊。2002年、ピエモンテ州の『Ristorante Pisterna』のオープニングシェフに就任、開店1年5ヶ月で、現地イタリア版ミシュランで日本人としては初となる一つ星を獲得。現在は二子玉川にある『Ristorante i-lunga』で、オーナーシェフとして腕を振るう。一流料理人が家庭でできるレシピを紹介する『人気シェフのうちレシピ』に出演中

企画/木村タカヒロ 取材・文/田中大輔 撮影/高浦宏幸