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eスポーツキャスターの先駆者、平岩康佑が実践した「好き」を仕事にする方法とは?

平岩康佑 FREENANCE MAG

生きがいを持つことの大事さ

平岩康佑

ここまでお話を聞いていても、平岩さんのゲームに対する情熱がひしひしと伝わってきましたが、好きなものを仕事にしていった経緯を『人生の公式ルートにとらわれない生き方 ゲームが好きすぎて局アナを辞めた僕の裏技』としてまとめ、2020年に出版された理由は何故だったんでしょう? この本を通じて一番世に伝えたかったことは何だったのか、教えていただけますか?

もちろん、世の中の人すべてが好きなことを仕事にできるわけではないけれど、やっぱり生きがいがあるのは、すごく大事なことだと思っているんですね。たとえ仕事に愛情が持てなくても、仕事が終わったときに何か生きがいがあれば、全然幸福度が違ってくるじゃないですか。これだったら人生かけても後悔しないな……というものを見つける努力はしてみても良いんじゃないかなって。その中で凝り性だったり、好奇心の強い人は、好きなことを仕事にする――いわゆるフリーランス的な生き方が向いていると思うんです。

もちろん、どれだけゲームが好きとはいえ、好みじゃないゲームの実況を“売上的に必要だから”と引き受けざるを得ないこともあるかもしれません。それでも、誰かが労力をかけて作ったものって、絶対ポジティブに捉えられる何かがあると思うんですよね。

それこそ好奇心を持って“何か良いところないかな?”って探していく、僕は昔からそういうタイプだったので、最初の2年ぐらい休みなく働いても、ゲームを嫌いにはならなかったんです。当時の一番の悩みも、忙しすぎて好きなゲームをやる時間がない!ってことだったくらいなんで(笑)。

それほど好きになれるものが見つけられたって、確かに幸せなことですよね。

そうですよ! 仕事にする、しないの前に、何か見つけないともったいない。絵を描くことでも、音楽を聞くことでも、映画でもゲームでもなんでもいいんですけど、時間を忘れて没頭できるものがあれば、仕事で何かマイナスがあってもプラスで補えるんです。

その方が精神衛生上も良いし、今の時代って情報を得るのが簡単になっているから、どんどん深掘りしていくこともできるんですよね。そんなこと昔だったら考えられない。ゲームだって家にいながらにしてプロと真剣勝負できたりするし、こんな恵まれた環境を使わない手はないです。

では、深堀りしたいほど好きなものが無い人は、どうしたらいいんでしょう?

それ、いつも聞かれるんですけど……難しいんですよね。とりあえずコンテンツにたくさん触れるのが最初の入口になるのかなとは感じていて、だって何にハマるかわかんないじゃないですか。まったく知らないものでなくても、映画が好きだったらパンフレットを買って監督のインタビューまで読んでみるとか、一歩踏み込んでみるだけで全然違うと思うんです。

平岩さんが独立を決意されたのも、韓国でeスポーツの競技大会をリアル観戦したのがキッカケだったそうですし、ゆるく好きだったものに一気に火が点く可能性だってあるわけですもんね。

ありますね。それこそオフラインの場所に行ってみるだけでも全然違う。そういえば僕、コロナ禍でディズニーランドに行ったんですけど、チケット予約できた人だけが行けるシステムだったんで、園内に人が全然いなかったんですよ。おかげでアトラクションの待ち時間もなかったのに……。結論、個人的にはあまり楽しめなかったんですよね。でも、最近行ったら2時間待ちとかなのにとても楽しかったんです。人って必要なんだなぁって実感しました(笑)。

ええ!? 空いているほうが楽しめそうなのに!

だから、意外とわからないんですよ。リアルに人がいるからこその醍醐味というものもあるのかもしれませんね。今年、久しぶりにオフライン開催になった東京ゲームショーでも、何日も前にYouTubeで公開済みの映像に人だかりができていたりして、やっぱり現場に行くってすごく大事なんです。だから、いろんなことがオンラインでできる時代ですけど、オンラインを過信しないほうがいい。世の中にはオフラインでしかできないものも絶対にあるんですよね。

平岩さんが韓国で競技会の熱狂を目の当たりにしたとき、想定外の衝撃を受けたというのも、オフラインならではの空気感があったからでしょうね。

ゲーマーの方々が声をからして叫んでいる姿を見て、これはものすごく大きな潜在的市場が眠っているんじゃないかと感じたんです。彼らはサッカースタジアムで声援を送ったり、クラブに行って踊ったりはしてこなかったけど、それと同じだけのエネルギーは秘めていたんだなって。なので去年、さいたまスーパーアリーナが満員になっているのを見て感動しました。プレイしている人たちも、スタッフさんたちもキャスターも全員ゲーマーという空間が、僕はとてつもなく幸せだったんですよ。

掛け算すると競争相手は減っていく

平岩康佑

ただ、eスポーツがクールなものになっていくのに従って、古参の人たちが居場所を失ったりする可能性はありませんか?

今は、いろんな層の人たちが融合しています。女性も増えてきたし、もちろん古参ゲーマーがうるさくいう場面もあるけれど、それはそれでいい面もあると思っていて。阪神ファンのおっちゃんが“掛布が良かった”って言ってるのと同じ。日本のゲーム業界でも従来の流れをくむZETA DIVISIONと、若い子たちが集まったCrazy Raccoonっていう二つのチームが、今、シーンを引っ張っていて、その2チームが対戦するときはコメント欄が荒れ気味になるんです。“ガキ来んな”“うるせーおっさん”っていう構図になって、そのぶん視聴数もすごかったんですね。どちらかが世界大会に行けば、アンチも“負けるところが見たい”って視聴者になるし、その状況を見たときに“あ、次のステップに入ったな”と思いました。

アンチであっても、わざわざ観に行くだけの情熱を持っているわけですからね。

世代が融合した例でいうと、近年ゲームセンターの店舗数が減ったことで、格闘ゲームの勢いもどことなく落ち着いていたんです。正直ちょっと古い文化にすらなっていたのに、今年出た『ストリートファイター6』は最近すごく流行っている。

それはなぜでしょう?

今作の『6』でモダンモードというものが搭載されて、従来はコンボで出していた波動拳だとか昇竜拳が、ワンボタンで出せるようになったんですよ。最初は“こんなの格ゲーじゃない!”とかっていう論争もあったんですけど、プロゲーマーたちが受け入れて歓迎してくれるようになったら、新規ユーザーも増えて、たくさん大会も開かれるようになって。ちなみに『ストリートファイター6』には自動実況機能も搭載されていて、僕ともう一人、ゲーセン時代からマイクを持っていたアールさんという実況の第一人者の方が勝手に実況します(笑)。

それって、かなり録音が大変だったんじゃありません?

そうなんです。ナチュラルな実況になるように、全パターン録音しないといけなかったんで、アナウンサー史上一番しんどかったですね。分厚い台本が渡されて1日5時間を12回、トータルで半年くらいかかりました。同じ“昇竜拳!”でも5パターンぐらい録って、一番全力で叫ぶ“昇竜拳!”だけの日まであったんですよ。

声が裏返らないように、録音の2日前くらいからお酒も飲まずに早く寝て、コンディションを整えて行きましたけど、監督に“もう無理です!”とか言いながら録ってましたね(笑)。それでもゲーム内に実装されるというのは初めてだったので、すごく面白かったです。普通に局でアナウンサーをやっていたら、スポンサーの関係もあって、いくらゲームが好きでも絶対できなかったでしょうから。

好きなものを上手く仕事にして、本当に理想的な働き方をされていますが、そんな平岩さんから、今、何かしら仕事に対して閉塞感を持っている人たちに伝えたいことって何でしょう?

この先、ある程度の実力主義は必ず日本にも訪れるので、その準備はしておいたほうがいいでしょうね。今、評価されていなくても、実力があれば評価される日が必ず来るので、自分の腕を磨くことはやめないほうがいい。半分固定給、半分成果報酬制みたいなジョブ型雇用も、実際増えてきていますからね。誰だって仕事してない上司が、自分より高い給料もらっているのって理解できないじゃないですか。それを解消する方向に日本も変わりはじめているので、そういう意味では会社員であろうとフリーランスだろうと、本当の意味での競争が今後5年のうちに始まると思います。

だからこそ、生きがいとかプライベートの時間を絶対大事にした方がいいんですよ。仕事の内容とは関係なく、自分の好きなものを追求したほうが絶対に将来強い。もちろん資格を取るための勉強とかは大事ですけど、仕事に直結しているものって同じ業界にいれば誰でもやっていることなので、その時点で遅いんです。

掛け算をすると競争相手ってどんどん減っていくもので、例えばアナウンサーはNHK民放からフリーランスも含めると大勢いますけど、僕の場合、そこにeスポーツを掛けることでオンリーワンになれたわけですよね。だから早いうちからアンテナを広く張って、自分に向いているものを探しておけば、チャンスが来たときに最初に気づいて飛び込める人間になれる。

会社員でも新規事業を立ち上げて、そのプロジェクトリーダーになって出世することもできますから、そのためには今まで触れていない領域のものに触れたほうがいい。もし本を1冊読むのなら、むしろ自分の仕事とは遠いジャンルのものを選んだほうがいいですよ。

同じ掛け算でも、ジャンルの遠いものを掛け合わせるほど競合相手は減りますからね。

本当にそうだと思います。例えば、建設現場で現場監督やっている人がプログラミングもできたら、この先ロボットが導入されたときに一気にオンリーワンになれますよ。もしもの時“簡単な修正プログラムならぼく書きますよ”って言えたら超強い。この30年くらいの資本主義で王者になったのは、ジョブズにせよゲイツにせよ、インターネット黎明期に飛びついたおかげだし、でも、当時はここまでインターネットが隆盛を極めるなんて想像もできなかったわけで、今で言うとChatGPTもそうじゃないですか。LLMとかの言語モデルを操作できる専門のプログラマーって今、ものすごい高給で雇われてるって話も聞きます。いつ、そういうことが起きるかわからないので、とにかくいろんな情報をインプットしたほうがいいと思うんです。

その取っ掛かりが掴めない人であれば、著名な専門家であるとか、誰かを自分にとってのジェネラルなキュレーターに設定するのもいいかもしれない。もしくは、あえて対極な思想の人をそれぞれフォローするとか。いずれにせよ、偏らずに右も左も全部見るのが大事ですね。すぐに実践できることだと、NETFLIXで配信されているドキュメンタリーを観てみるのもおすすめです。『世界の“今”をダイジェスト』というシリーズが僕、すごく好きで。それこそ“政治の今”とか“仮装通貨の今”みたいな堅いところから“砂糖の今”とかまで幅広く良くできていて、今の社会を知るのに有用なので、観るだけで仕事の幅が広がると思いますよ。自分の興味や好奇心の線引きを、自分で引かないことが大事だと思います。

平岩康佑

撮影/中野賢太@_kentanakano