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校正をすると人に優しくなる。校正者・牟田都子『文にあたる』インタビュー

FREENANCE 牟田都子

フリーランスの校正者である牟田都子さんが、初の単著『文(ぶん)にあたる』(亜紀書房)を上梓されました。校正の仕事にまつわるあれこれを、親しみやすく落ち着いた筆致で綴ったエッセイです。

各種の資料を参照して調べ抜きながら、赤ペンではなく鉛筆を使って著者や編集者に「おたずねする」という牟田さんの仕事のスタイルは、「誤字脱字や事実関係の誤りを正す、厳格な仕事」といった校正職への先入観を快く裏切る柔軟さ。

校正者になった経緯、どうすれば上達するのか、辞書の使い方、好きな誤植・致命的な誤植など、校正の仕事の楽しさと難しさが体に染み込むように理解できると同時に、牟田さんの「おもしろまじめ」なお人柄も伝わる一冊です。

profile
牟田都子(むたさとこ)
1977年、東京都生まれ。図書館員を経て出版社の校閲部に勤務し、2018年からフリーランスで書籍・雑誌の校正を行う。共著に『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)、『本を贈る』(三輪舎)。
https://twitter.com/s_mogura
https://www.instagram.com/satokomogura/
http://shiorisha.blogspot.com/

赤字ではなく鉛筆で

荻窪の本屋Titleの展示(※)もそうでしたが、編集や執筆の仕事をしている者には共感しすぎて胸が痛むくらいの内容で、楽しく拝読しました。

「校正者の仕事部屋 牟田都子『文にあたる』出版記念展」(2002年8月6日~23日)

ありがとうございます。ひとくちに校正といってもジャンルによってやり方もやる範囲もまったく違うし、版元や校正プロダクションもそれぞれのスタイルがあるんですよね。もちろん校正者によっても違いますし。

牟田さんの場合はどんなスタイルですか?

わたしは30歳のとき出版社の校閲部に業務委託契約で入って、定年間近の大ベテランの方とペアを組んで、その仕事をそばで見て学びました。スクールで習った経験もありませんし、他の人たちのゲラを見て、聞こえてくる話に耳をそばだてながら、見よう見まねでやってきたんです。

その出版社の校閲部には100年近い歴史があって、先輩たちは「自分は教わった通りにやっているだけだし、教わった通りに下にも教えているだけだ」と口を揃えておっしゃいます。わたしの仕事を「丁寧だ」といってくださる方もいらっしゃいますけど、それは出版社の校閲が丁寧だというだけの話なんです。

《校正とは赤鉛筆/赤ペンで文字や言葉の誤りを直す仕事、そのようにいわれることも多いのですが、わたしが使うのは鉛筆です》と書いていらしたのは印象的でした。

出版社では「漢字は正字体でいきます」とか「数字は算用数字で統一してください」とか編集者からオーダーがあれば、その通り赤字にするんですけど、それ以外はほとんど鉛筆でおたずねしていました。いまは他社でも仕事していますけれど、「もうちょっと赤くしてくれてもいいですよ」といわれることもあります(笑)。

《原稿優先、著者第一、そんな現場で育ったわたしの校正を弱腰だという人もいるかもしれませんが、こればかりは育ちとしかいいようがありません》ともありますね。

育った環境がそうだったんですよ。わたしは初めて携わった雑誌が文芸誌だったんですけど、最初に渡されたのが大江健三郎先生のゲラでした。ゲラに貴賤があってはいけないんですけど、「うわっ、大江健三郎きた!」と思ったのは事実です(笑)。

総合出版社なのでいろんな本や雑誌を出していますけど、文芸誌は中でもとりわけ慎重に、鉛筆でおたずねする傾向が強いんですよ。スタート地点がそこなので、問答無用で「赤字で直します」というよりは、鉛筆でおたずねしたり、ご提案をしたりするほうが馴染み深いというか、習い性みたいになっていますね。

例えばお料理の本みたいな実用書だと、言葉づかいや用語を逆に統一して読みやすく整理するのが大事なので、きちんと赤字で直さないといけないじゃないですか。なので同じ校正といっても本当にいろいろなんです。わたしもむかしは全然知らなかったことなので、ちょっとでもお伝えできたらいいな、と思って書きました。

仕事は人によるもの

出版の企画は何年か前からあったそうですね。

最初にお声かけいただいたのは7年ぐらい前です。当時はまだ出版社にいて社内の仕事だけしていましたが、他の現場や他の校正者のやり方に興味が湧いて講座やトークイベントに足を運びはじめたら、だんだんと社外の編集者の知り合いが増えてきたんです。その中からポツポツと個人的にお仕事を振ってくださる方が現れて、その中のひとりなんですよ、この本の担当編集者は。

「本の魅力や調べることの面白さを、特に若い人たちに伝えたい」ということで企画を立てられて、「書けそうなことから書いてみてください」といわれて書いては送り、ちょっと溜まったら会って相談する、ということを繰り返しながら、何度かの方針転換や構成の変更を経て、最終的にこの形に落ち着きました。

コラム集っぽいというか、最初に他の人の文章の引用を掲げて、そこから考えが広がっていくみたいな形の短い文章が並ぶ構成が読みやすかったです。

最初に送った原稿の中に、そのスタイルのものが何本かあったんです。「これ、書きやすそうですね。しばらくこれで書いてみてください」と言われていくつか書いてみて、ある程度溜まったところで「一冊まるごとこの形でいきましょう」という話になって、他の形で書いていた原稿もそれに合わせて書き直したりしました。

じゃあ本当に6~7年かけて作ったに近いんですね。

よく待ってくださったなと思います。まあその方もけっこうわたしに(校正の)仕事を持ってきていたから、自業自得といえば自業自得みたいな(笑)。

「その校正をいまわたしに頼んだら原稿が遅れるけど、いいんですか?」と。

そうそう。もたもたしているうちに版元も替わっちゃいました。編集者は転職が多い仕事で、企画を置いていくこともあれば持っていくこともありますけど、移るときに「よければ版元が替わっても作りたい」とおっしゃってくださったので。わたしもこの方と一緒に作りたかったので、「ぜひぜひ!」と。

やっぱり「仕事は人」というところはありますよね。

けっこうそうなってきましたね。最初はいただけるお仕事は何でも引き受けていたんですけれど、だんだん気の合う人とご一緒することが増えてきて、結局それがスムーズだし、お互い気が楽でいい仕事になるよね、という感じになってきました。

「校正者の声」を発信すること

FREENANCE MAGには『校正のこころ』を著された大西寿男さんにもご登場いただいたことがあるんですが(※)、校正者はずっと黒子に徹してきたけれど、これからは自分が大切にしている校正の仕事についてもっと発信していかないといけない、とおっしゃっていました。最近は自ら発信をする校正者が出てきているのはいいことだ、とも。牟田さんにも「校正者の声を届けたい」といった意識はありましたか?

FREENANCE MAG 校正は「人との付き合い方」と同じ。ぼっと舎・大西寿男『校正のこころ』インタビュー

この仕事をまったく未経験で始めたとき、どういう仕事なのか、何を勉強すればいいのか、どうしたら早くうまくなれるのか、すごく知りたかったんです。でも当時はまだ大西さんの『校正のこころ』も出ていなくて、活版印刷時代の校正者が定年後に書いたような本しか見つからなかったんですよね。そういう本もいま読めば面白いんですけど、ひたすらオロオロしていたひよっことしては、オロオロしている人の話が聞きたかった。そういう本を書けたらいいな、というのはずっと頭にあったと思います。

まだ校正という仕事への関心が低かった時代ですね。

本にもちょっと書きましたけど、2015年の5月に荻窪のブックカフェ6次元で「校正ナイト」というニッチなイベントをやったんです。大西さんが一観客として見にきてくださって、そのころにはわたしも『校正のこころ』を読んでいたので、まさかご本人にお会いできるとは思わなくてうれしかったですね。大西さんは大ベテランなのに、自らどんどん足を運んで若い人の話を謙虚に聞かれる方で、とても尊敬しています。わたしの話を一所懸命聞いてくださったり、「発信をしていくのはいいことだと思う」といってくださったりしたことには、すごく背中を押されました。

そのころ『校閲ガール』のブーム(※)は……。

※宮木あや子の小説『校閲ガール』(2014年3月に第1作刊行)とそれを原作とするテレビドラマ『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』(2016年10~12月放送)を通して、校正・校閲の仕事が脚光を浴びた

その直前でしたね。イベントをやったときに、本屋B&Bの内沼晋太郎さんが当時編集長だったウェブメディアで記事にしてくださったんです。あれを見てコンタクトを取ってこられた方が何人かいらして、わたしがテレビに出ることにもなりました。

イベントには毎日新聞の校閲記者さんたちもチケットを取って来てくださったんですが、その方たちは2011年からTwitterで精力的に発信されていましたし、大西さんも2009年に『校正のこころ』を書かれていて、機運が高まっていたんでしょうね。『校閲ガール』が最後のひと押しになったみたいな印象です。ドラマの校閲部分の監修をしていた校正・校閲プロダクションの鴎来堂も、いまよりもっと広報に力を入れていた印象がありました。

みんなコツコツと頑張っていて、それが大きく実を結んだのがドラマだったと。

校正・校閲への関心の高まりは、2011年の東日本大震災がきっかけでTwitterをやる人が飛躍的に増えたことと関係がある気がします。SNSを通してみんなが常に言葉を書いたり読んだりしているようになって、言葉への興味・関心が高まっていったと思うんですね。

2014年から『三省堂国語辞典』の編纂者である飯間浩明先生を中心に「国語辞典ナイト」が始まって、国語辞典を面白がる人たちも出てきました。校正・校閲もそうした関心の高まりの一環として、それまでとは違った興味の持たれ方をするようになったのかなと。SNSのおかげで発信もしやすくなりましたしね。

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