文筆家、ラジオパーソナリティ、映画プロデューサー、書店主、クリエイティブディレクターなど、フリーランスとしていくつもの肩書きを持って多角的に活躍する藤岡みなみさん。昨年8月に上梓した初めてのエッセイ集『パンダのうんこはいい匂い』(左右社)で、海外での体験や外国語でのコミュニケーションをはじめ、転校、芸能活動、アルバイト、家族との生活、タイトルにもあるパンダとの触れ合い体験など、広義の「異文化」をテーマに30年余りの人生を振り返っています。
滝行にも有精卵の孵化にも縄文土器での料理にも、好奇心の赴くままにチャレンジし、直前になって「行きたくない……」、行けば「帰りたい……」となってもしっかり学びを得てくる知的体力と、キツい状況にあってもその様子を自ら観察して笑っているようなユーモラスな筆致が楽しい本です。そんな人柄はいかにして培われてきたのか? 一種の冒険の書ともいうべき『パンダのうんこはいい匂い』を通して伝えたいこととは何か? 藤岡さんにお話を聞きました。
1988年、兵庫県出身。学生時代からエッセイやポエムを書きはじめ、インターネットに公開するようになる。文筆業やラジオパーソナリティなどの活動のほか、ドキュメンタリー映画『タリナイ』(2018)、『keememej』(2021)のプロデューサーを務める。タイムトラベル専門書店店主。
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飛び込んだ先の世界
ご本を読んで、10〜20代の藤岡さんが、人一倍人見知りだったり傷つきやすかったりしながらも、孤独を選ぶことなく、むしろ積極的にひとと関わっている姿が印象的でした。
子どものころから転校が多かったからでしょうか。自分だけが異質っていうアウェイな場所に放り込まれると、最初は抵抗もあるし、疎外感も強いんですけど、少ししたら慣れていきました。その「疎外感の向こう側」みたいなものを体で知っていたから「最初だけだ、よし」みたいに入っていけたのかもしれないです。
「なんで飛び込めるんですか?」ってたまに聞かれるんですけど、飛び込んだ先に自分が知らない、思ってもみなかった世界があるっていうことを、仮に心が拒絶しても、いちばんベースのところで信じていたっていう感じですね。
本のテーマは「異文化」だと思いますが、その言葉から連想しがちな外国の文化に限らず、藤岡さん個人にとっての「異文化」という意味合いで、アルバイトや畑づくりの話も入れていった感じですか?
どんなことも知る前は異文化、と捉えてみました。外国だけを異文化と呼ぶと、そこだけ壁を作ってしまっているように感じてちょっと抵抗があったのもあります。自分にとって知らない世界という意味では、新しい学校やバイト先も異文化だと思って、異文化を再定義してみたんです。
ご自分では好奇心旺盛なほうだと思われますか?
どうなんでしょうか。知らないことは知りたい、触れてみたいっていうのは、子どものときからあるかもしれないです。子役をやっていたときにケーブルテレビのレギュラー番組で、子どもたちが毎回いろんな体験をするというのがあったんです。8歳とか9歳のときでしたけど、ボルダリングをやったり、パティシエにケーキ作りを習ったり、手相の見方を教わったり。その経験を通して「知らないことを体験するのは楽しいことだ」っていう感覚を体で覚えたのかもしれません。
なるほど。お散歩好きとも関係があったりしますか?
お散歩は発見がなくてもいいと思ってます(笑)。むしろアンチ意味っていうか、「なんでもやったるぞ」っていうのとは違う文脈で好きなのかもしれないです。とはいえ、いつもと違う道を通ったりすると発見もあったりするので、変わる部分も変わらない部分も好きっていう感じですかね。
文章もお上手ですね。真顔で面白いことを言うような、ひとりでボケてひとりで突っ込んでいるみたいなオフビートなユーモアが心地よいです。
ひとりで何か言ってひとりで突っ込むのは癖みたいになっちゃってますね。10年くらいラジオをやっているんですけど(※)、それが完全なひとりしゃべりなんですよ。ディレクターや構成作家が笑ったり相づちを打ったりするでもないから、何か面白いことを言っても「……」ってなるのが最初きつくて、途中から自分で笑ったり自分で突っ込んだりするようにしたら、すごくしゃべりやすくなったんです。そうしてイマジナリー構成作家みたいな人としゃべるようになったことが、文体にも影響している気がします。
※ STVラジオ『藤岡みなみのおささらナイト』
昔からこういう文体だったわけではないんですね。
文体は少しずつ変化していったと思うんですけど、大昔のインターネットの感じは自分の体に流れてる気がします。90年代後半ぐらいに母がWindowsのパソコンを買ってきて、わたしも小学生ぐらいのときからホームページをやっていたんです。絵とポエムのページでした。当時のインターネットの雰囲気がすごく好きだったので、そういうものも染みついているのかもしれないですね。
素の自分、考え方の根本
いまもお仕事で書評をしたり、タイムトラベル専門書店「utouto (うとうと) 」を主宰されたりしていますから、本はずっとお好きなんですよね。
子どものころから本がいちばん好きでした。「本だけはいくら買ってもいいよ。他のものはいくらでもは難しいけど」みたいに言われて育ったので(笑)、たぶん幅広いジャンルの本の影響を受けていると思います。
挙げにくいかもしれませんが、特に好きな本とか作家は……。
えー、どうだろう。町田康さんにはけっこう影響を受けたと思います。
わかる気がします。さっき「文体は少しずつ変わる」とおっしゃいましたが、最初に本を出されたのは10年ぐらい前ですよね。
ちょうど今年で10年になるんですけど、いままでの本は旅ガイドとか、海外レポートとか、シンプルライフの実践とか、それぞれ種類が違うから、文体もそれぞれのトーンに合わせた感じになっていると思います。文章を書くこと自体は、ホームページなりブログなりZINEなり、本を出すよりずっと前からやっていたので、今回の本はそういう素の自分により近いものが出せたかなって思いますね。
「素の自分」ということでは、はっきりと明文化はされていないものの、いろんな体験をされる様子から、藤岡さんのものの考え方の核みたいなものがチラチラと垣間見える気がしました。
何でしょうね。核のひとつかもしれないんですけど、わたし、子どものころから、例えば小学校の教室でいじめとかがあったら学級会で手を挙げて問題提起するみたいなタイプだったんです。物心ついたときからおかしなことは放っておけない、ダメなことはダメって言いたい性格というか。
この本を書くことは、そういったご自分の生き方や物の考え方の根本に触れる経験でもあった?
書き下ろしだったので、半年から1年くらいの間、自分の人生を振り返ってるみたいな感じがありました。次に同じようなものをポンと出せるかって言われたら、ちょっと難しいと思います。これまでの30年以上の人生からエピソードを集めたので、もう少し生きないと同じ濃さのものは出せないだろうなって。
音楽に喩えるとファーストアルバムみたいな。これまで書き溜めていた曲がたんまりあるからいいものが出せるけど、「セカンドが勝負だぞ」という。
確かに! セカンドからが本当の始まりですよね。今回の本をすごく応援してくれている書店さんがいくつか頭に浮かぶんですけど、そういう方たちに「次の本これです」って出すときにガッカリされたくないっていう気持ちがすごくあります。適当な本はこれまでも出したことないですけど、次はこれを超える渾身の作じゃないと恥ずかしい、っていうプレッシャーは感じてます。
すばらしい。まじめな方なんですね。
いえいえ……あー、でもまじめかも(笑)。ちょっとまじめすぎる部分はあるかもしれないです。
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