FREENANCE MAG

フリーランスを応援するメディア「フリーナンスマグ」

モヤモヤするなら考えよう。竹田ダニエル『世界と私のA to Z』インタビュー

モヤモヤするなら考えよう。竹田ダニエル『世界と私のA to Z』インタビュー

学ぼうとしている人に向けての発信

日本ではどうしたって男性が標準で、女性の意見は常に疑われがちですからね。必然的に客観的な視点が育ちやすいわけですが、『世界と私のA to Z』を読むと、それはアメリカのZ世代にも共通しているように感じます。

アメリカも特権階級はずっと白人が占めてきて、他を抑圧してきたのは歴史的事実であり、ひどい人種差別も続いていて、もう限界に来ているんですよね。いい加減、間違っていることは間違っていると言わなければいけない時が来ている。特にZ世代の若い人たちは、よほど上の世代から受け継いだ財産がない限り、白人であっても苦しい想いをしているので、社会を変えなくてはいけないという問題意識を持たざるを得ないんですよ。

物価の高騰がひどくて、なのに賃金は上がらないから、「両親や祖父母世代は25歳で家が買えたのに、今はウーバーイーツ買っただけで破産する」みたいなミームがあるくらい。とにかく不景気なんで、やっと就職できたかと思ったら突然レイオフされたり、本当に社会に対して希望が持てないんですよね。ガソリンの値段が5キロ先に行ったら倍になったり、チケットを買うのに手数料が券面金額の2倍かかったりするような世界だから、物の値段なんて気にしてられなくて、当然のようにみんな借金がある。日本のような節約という概念もないし、もう「死ななきゃいいや」ぐらいのノリですよ。

日本でも物価高騰は問題になっているとはいえ……さらに厳しい。

だからアメリカ人の働き方も、今はおそらく二極化していて、一つは生きていくために脳をオフにして働いている人。それこそ自分をゲームの中のキャラクターに見立てて、ポイントを稼ぐゲームをしているんだと騙すようにして働いてる人ですね。もう一つは、そんな自分を犠牲にするような生き方はしたくないって、ヒッピーっぽい生活をする人。いずれにせよ、一生懸命働いても何もいいことないし、あんまりハッスルしても仕方ないっていう風潮はありますね。

日本の場合、特に東京だと気を紛らわせるものがたくさんあって、社会の未来のことなんて何も考えずにやり過ごす人も多いけれど、アメリカだと何も考えてなかったら生きていけない、厳しい社会です。もう毎日がサバイバルなんで。だからZ世代の話をすると、必然的にマイノリティの話になってくるんです。Z世代が置かれている今の社会が、マイノリティを抑圧し続けている社会だから。

なるほど。アメリカのZ世代が非常に現実的で、物事を客観的な目で見ている理由がわかってきました。

そんな社会の“おかしい”部分が、SNSによって可視化されて、声をあげられるようになってきたんですよね。だから、この本でもマイノリティに着目しているし、日本でも年長男性の意見だけが尊重されていたことに対する違和感が生まれて、徐々にマイノリティのアイデンティティを持った人たちが注目されるようになってきているように感じるんです。

自分が日本に対して一番貢献できるのって、そういったマイノリティのアイデンティティを持つ人を、何かしら鼓舞できることなんじゃないかと思っているんですね。新たな「言葉」を知ることによって、自分の感じている違和感を口にすることができるし、同じ意識を持った仲間を見つけることができる。声がなかなか聞かれないようなマイノリティは、自分の周りも含めて日本には大勢いて、彼らの連帯意識は強いですから。これからの変化の鍵を握るパワーを持っていると思います。

ただ、人間って自分が信じてきた価値観を覆すことに対して、抵抗感が大きいじゃないですか。特に日本人には、そういった柔軟性が乏しいように感じるので、そこに葛藤やもどかしさを感じたりはしません?

そういう人たちに向けては、もう発信しなくなりました。確かに、日本で意識をアップデートさせたり学習したりする意欲を持つのって、すごく難しいことだと思うんですね。働いていたら忙しいし、そもそも大人になって学ぶ機会もないし。

昨日もショッピングモールで女の子が走りながら新曲のラップを歌っている動画を「これが今、アメリカでバズっていて面白い」ってツイートしたら、「また真似する迷惑TikTokerが増える」っていう反応がありましたけど、そもそもアメリカにはそんな概念がないんですよ。視野の狭い批判をしたい人たちはどうでもいいですね。眼中にない。

日本人は他人に迷惑をかけないことを、最大級の美徳としていますからね。

そう。で、それを守っている自分は偉いんだとマウントを取りたい。その一方で、多様な価値観を学ぼうとしている人も一定数いますから、そういった人たちに向けて基本的には発信しています。

特に書店で働いている人って、日本をより良くしたいという使命感を持っている人が、すごく多いんですよ。アメリカだったら給料のぶんしか動かないのが当たり前なのに、まぁ、悪く言えばやりがい搾取なのかもしれませんが、心はこもってますよね。

何をしたいのか、向上心をどう保つか

私自身『世界と私のA to Z』を読ませていただき、物事を新しい角度から知れて、大変勉強になりました。ただ“マインドフルネス”だとか“アファーマティブアクション”だとか、曖昧にしか意味を把握していない英語由来のカタカナ用語が頻出していたので、改めて調べながら読んでいくのに、かなり時間がかかりましたけど。

いや、自分でも「これは重いな」って感じました(笑)。じゃあ、なぜ日本人にはわかりにくいカタカナ用語を使ったかと言うと、日本語で代替できる言葉がないんですよ。そもそも概念が日本に存在していない。でも、言葉を得ることで思考が楽になるのは確かで、例えば“有害な男性性”とか割と日本では新しい言葉ですけど、それによってかなり多くのことが説明できてしまったりするんですね。

「前を見るしかない」っていう過度な前向きさも、英語なら“Toxic Positivity”という言葉を使うことで、不健康なものとして表現できたりする。そういった心理学から来る言葉の障壁ゆえに、日本人は自分の気持ちに向き合いにくいところがありますよね。私、日本語で一番嫌いな言葉が「モヤモヤする」なんですよ。勝手にモヤモヤしてるんじゃない、考えろ!って思ってしまう。

自分の気持ちを言語化できれば、その感情の理由を見出しやすくなり、解決につながりやすくもなりますからね。

そうなんですよ。私が今、エージェントとして活動に携わっているシンガーソングライターのSIRUPも、もともとはコロナ期に英語を教えていて。当時、彼自身が持つ自分へのもどかしさや社会への怒りを言葉で説明できないと言っていたので、「アメリカだったら、こういう言葉があるよ」と伝えたら、スンナリ納得していましたからね。

ところで、竹田さんご自身は今後のキャリアをどう考えていらっしゃいます? このまま文字を通して発信していくことを続けていくのか、それとも本業に戻るのか。

その時になってみないと、わからないですね。自分でゼロから物語を作り上げていく小説家と違って、基本的に私は社会情勢のことを書いているから、平和な社会になったら需要もなくなるかもしれないし……って、もちろん平和にならないでほしいわけじゃないですよ(笑)。あと、一つ難しいのが……目標って達成しちゃうと終わりなんですよ。

ああ! とてもよくわかります。

目標は大きなモチベーションになるけれど、一通りそれを達成してしまって「じゃあ、次はどうしたらいいんだろう?」っていう虚無に、今、正直襲われてますね。よくよく考えれば自分がインタビューしたかったアーティスト、自分がやりたかった媒体と仕事できているのに、大変さが先に立ってモチベーションの維持が難しくなってしまう。会社勤めなら、やれと言われたものをやればいいけれど、フリーランスは自分で何をしたいのか決めないといけないので、向上心をどう保つか?というのが課題になってくるんです。

自分にしかできない発信を続けること自体がモチベーションになったりはしません?

その手の承認欲求は、もう、どうでもよくなってきましたね。ただ、違和感のある世論を軌道修正したいという気持ちはあります。例えばドラマの『THE IDOL/ジ・アイドル』とか、性暴力が蔓延っている酷い現場だと暴露されて、アメリカではボイコット運動まで起きている一方、日本で話題になるのは出演者の可愛さやカッコよさだけだったりする。

この前の潜水艇沈没事故だって、日本では「可哀想」だとか「ご冥福をお祈りします」といった意見が大半でしたけど、乗っていた富豪たちがどうやって富を築いていたのかを考えれば、そんな綺麗ごとでは済まない。人が亡くなったら誰であろうと悼むべきという価値観はあるにせよ、その裏に隠されているものも知っておいた方がいいという想いから発信していたりもします。ただ「バズりたい」とか、それで「名前を売りたい」とかっていう気持ちはまったくない。本当は、そういった野心があるほうが長続きするんですけどね。

アーティストや芸能人なんかは、むしろ野心を支えにして、いわゆる下積み時代を乗り越えていくケースが多いですからね。その野心を口にしたほうが、ファンの応援心を煽れたりもする。

日本だとそうですよね。この前に会った俳優の卵の子も、ずっと「俺は売れたい! 有名になりたい!」って、酔っぱらいながら言ってましたよ。でも、そういう人って世界的に見ると減っていると思います。例えば、『ローリングストーン』誌でフィーチャーされていた、おとぼけビ~バ~っていう日本の女性4人組も、「ただ、生きるためにやってるだけ」って公言してますからね。曲名からして『週6はきつい』とか『あなたわたし抱いたあとよめのめし』とか、もう絶望しかないんですよ! でも、そうやって日本のステレオタイプを覆しているのがアメリカではウケていて、ツアーとか完売ですからね。だから、逆に日本ではそこまで知られてないんでしょうけど。

なぜ、アーティストが野心を待たなくなったんでしょうね。

まぁ、ビッグになるためには多くのことを犠牲にしなきゃいけないじゃないですか。全然関係ないんですけど、昨日、シンガポール人の友達をアミューズメントパークに連れていったら、ショーが昔と全然変わっていたんですよ。20年前は伝説のドラゴンの物語とかをやっていたのに、“人間になりたい××”だとか、“××になりたかった人”が大勢出てきて! 夢がどうだとか願いがどうだとか言ってて、メチャクチャ景気悪いなぁと。

そういった変身願望って、現状に満たされていない証ですもんね。今、やたら異世界に転生する物語が日本で流行っているのも、きっと同じ理由。

それ、アメリカの一部の男性にも人気あるんですよ。逆に、サンリオピューロランドのショーはよかったですね。“みんなで想いを伝えよう!”みたいなテーマで、“××になりたい”じゃなく、むしろそのままでいたい、キティちゃんは永遠にキティちゃんっていう……すみません、最後はキティちゃんの話で(笑)。