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引き返してもいいし、立ち止まってもいい。高田ゲンキのフリーランス論

FREENANCE 高田ゲンキ

フリーランスは働き方ではなく「生き方」

FREENANCE 高田ゲンキ

いや、未来のお子さんのために、そこまで準備できるのがすごい。著書でも書かれていましたが、まさに「フリーランスは働き方ではなく生き方だ」ということが、今のお話でもわかります。

実は子孫だとか人類の未来っていうのも、僕の隠れたテーマだったりするんです。クリエイターって割と環境問題とか原発問題とかに関心のある人が多いじゃないですか。それこそ坂本龍一さんとか、大江健三郎さんとか。それって音楽とか絵画とか、自分の創作物を100年先、1,000年先の未来の人類に残したいと考えたときに、今のままだと受け取ってくれる人類自体がいなくなるんじゃないか?という危機感があるからだと思うんですね。そういったことに一石を投じられたらいいなとは考えていて、その点、フリーランスはオフィスもいらないし通勤の必要もないし、結構エコな働き方だというのは推していきたいなと。

つまり、未来の人類に残せる何らかの作品を、いつか高田さんも作り出していきたい気持ちがある?

あります。今の世の中にダメ出しするというわけではないけれど、自分の観点で「もう少しこうすればいいんじゃないか」という提言を、何らかの形で死ぬまでにやりたいですね。イラストもマンガも、僕はコミュニケーションだと思っているんですよ。いわばビジュアルを使った翻訳・通訳みたいなものだと考えているから、今の仕事を続けることで誰かの思考を咀嚼し、ビジュアライズして発信するというスキルも上がるはずなんですね。

あとは実績が上がれば上がるほど、目立てば目立つほど面白がってくれる人が増えて、巻き込んだり巻き込まれたりすることも増えるじゃないですか。結果的に、より世の中に対して影響力を持つ人と仲良くなる機会が増えて、自分の考えも伝播させやすくなる。だからYouTubeだったりブログだったり、いろいろな媒体に手を出しているわけで、その先にいる人たちに積極的に自分からリーチしていきたいんですよね。そうしていく中で増幅していく何かがあったらいいなと思っています。

その中で、未来の人類に何かしら影響を及ぼしていけたらいいということですね。

というより、人類が幸せになるためには人類以外の生態系も幸せにならなきゃいけないという意識を、今、生きている人類が持てる手伝いができればいいなと。それが未来の人類を幸せにすることに繋がるし、そのために一番動きやすい場所にいたいからフリーランスをしている……という感じですね。こじつければ(笑)。

そのためには日本よりもドイツにいる方が都合が良い?

ドイツの人って環境に対する意識が素で高いので、共感することは多いですね。だから、それが薄い日本に対しては、国内から働きかけたい気持ちもあるんですけど、ドイツにいることで注目してもらえる機会も増えたので、結果的には良かったかなと。旦那さんの駐在先でフリーランスをやっている女性は多いですけど、ウチみたいに夫婦二人ともフリーランスで自発的に海外移住するパターンは、あんまり聞かないですからね。

しかし、海外移住するために英語も勉強されたそうですし、未来のお子さんのためという理由があったとはいえ、モチベーションがすごい。

20代後半で大寺さんに出会って、そこから憧れだけで突っ走ってきたけれど、30代半ばになったときに、20代の自分が憧れるような30代になっているか?と考えたら、ここらへんで海外移住くらいしておかないと!っていうのがあったんです。遺伝子の繋がった人類だけじゃなく、大寺さんから貰ったバトンを僕も次の世代に渡していきたいから、そのためには目立つことをしないとな……って。まぁ、そもそもが目立ちたがり屋なんで、そこは一石二鳥ですね(笑)。

とはいえ、そんなに強いモチベーションを持てる人間のほうが少ないわけで。フリーランスに対してボンヤリとした憧れしか持てない人にも、SNSや著書を通して、非常に懇切丁寧な発信とアドバイスをされていますよね。

昔に比べればネットやPCの普及で、フリーランスをやりやすい環境になっていますし、なりたい人も多いじゃないですか。ただ、どうしていいのかわからない人もいるだろうし、実際に僕もすごく苦労したので。会社とか集団の中では上手くやれないけど、個人プレーで環境が合えばパフォーマンスを発揮できる人もいるんで、だったら僕の発信が、そういう人たちのキッカケになれればいいなって。そうすれば社会全体の生産性も上がるし、一つの社会貢献になるじゃないですか。

昔に比べれば、フリーランスに必要な適性も減っていますしね。

そう思います。例えば、ネガティブだったり悲観的な人はフリーランスに向いてはいないけれど、それを補う方法やサービスも今の時代ならある。それこそフリーナンスさんとかも、その一つですよね。だから「やってみたいな」という気持ちだけで、やれちゃう時代ではあるんですよ。

フリーランスにはつきものの孤独が嫌なら、ノートPC持ってカフェに行ったり、ネット越しに友達と喋りながら作業することもできますからね。ただ、世の中にいる全員がそういう働き方をしたら社会は回らない。

それは連載していたときに、再三コメントで言われましたね。「フリーランス万歳!みたいなことを言ってるけど、毎日通勤して辛い想いしてる人のおかげで、このインフラが成り立ってるんだ。そこに頼ってるくせに、偉そうなマンガ描いてるんじゃない!」って。いや僕がいくら言ったって全員フリーランスになるとか絶対ないですから! 要は自分が向いてるもの、得意なものを活かして仕事をしたらいいというだけで、それがフリーランスだと判断した人の後押しをしたいだけなんですよね。

成功体験を自覚しよう

FREENANCE 高田ゲンキ

ちなみに、よくフリーランスは不安定だとかリスクがあるとか言われますが、そこに関して伺ってみたいことが一つあり。やればやるほどスキルが上がっていく年代のうちはいいとして、どうしても老いると生産量だったり、場合によってはスキルも落ちてしまうじゃないですか。そういったことに対する不安はないですか?

いや、メッチャ怖いですよ! でも、独立した20代のときに、老後を考えて好きなことをしない人生なんて考えられなかったですからね。とは言いつつ、老化によるパフォーマンスの低下は人一倍怖がっているので、できる限りのことはやっているつもりです。例えばお酒をやめたり、タバコも20年以上前にやめてるし、食事に気を付けたり、運動したり。ベルリンでの移動は僕、ほぼスケボーですからね。

タバコもお酒もやらないとなると、ストレスはどうやって発散してます?

好きな仕事していたら、まずストレス自体がないですね。スケボーとかもスポーツの一種だし、あとは見ての通り、僕、喋るのが好きなんですよ。だから家に籠って仕事してると喋れないのがストレスだったんですけど、今はYouTubeとかTwitterのスペースとかで発信して、話を聞いてもらうことができるので平気になりました。架空のラジオ番組やってるつもりで、一人でずーっと喋ったりもしてますからね。

一人で? それを聞いている人は……。

いないですよ。ちょっと練習しようかと「この前、ここに行ったんですよ」とかって話してたら、「俺の話、面白いな!」って止まんなくなっちゃって(笑)。ドイツに住んでみて感じたのが、日本人って他人に自分が何かを施して喜んでもらえると幸せなんですよ。何かをあげて喜んでもらえたら、自分まで嬉しくなる。そういう一種の共感力って、当たり前のものだと思っていたけど、日本人が特別強いんですよね。だから自分が得意なことを提供/発信して、それを誰かが受け取って喜んでくれたり、一歩前に進むキッカケにしてくれるサイクルが作れていると、あんまりストレス溜まらないんです。

なるほど……! 話を戻して、他に老化に抗うための方法ってあります?

仕事の面で言うと、フロー型だけじゃなくストック型を増やすとかですかね。20代や30代はとにかくフロー型で数をこなし、経験を積んで効率を上げていけばいいけど、例えば今、僕がマンガだとかYouTubeだとかに多極化しているのって、自分のパフォーマンスが下がっても勝手にお金が入ってくるストック型の仕事割合を増やしたいからなんです。そもそも会社員だって、会社自体の不安定さはフリーランスと変わらないわけで、そんなに気にする必要はない気がするんですよね。

でも、会社員だと厚生年金がもらえますよ?

確かにそうですが、好きな仕事をして会社員の10倍稼げたら、そのほうが安泰じゃないですか。資産運用で増やすこともできるし、何が本当のリスクヘッジなのかわからないですからね。とりあえずやってみて「違うな」と思ったら引き返してもいいし、立ち止まってもいい。失敗を恐れて二の足を踏んでしまう気持ちもわかるけど、むしろ上手くいかない経験の方が大事だなと思うんですよ。そこで逃げるにせよ停滞するにせよ乗り越えるにせよ、その辛い経験が自分を成長させてくれるわけで、誰かが困っていたら手を差し伸べられるようにもなるから。

「若いときの苦労は買ってでもせよ」ということわざもあるくらいですからね。

そうですよ。ただ、今の時代って「人生公開劇場」みたいな感じで、みんなSNSで自分の人生の良いところばかり載せるじゃないですか。そういうところだけ見て自信喪失した人が相談してくることも多いから、その度に言うんです。「顔も頭も育ちも良くて苦労知らずな成功者と、失敗や挫折を重ねて成功を勝ち取った人のどっちが魅力的ですか?」って。そうすると、みんな後者だって言うから、「だったら今の貴方は魅力的になる道の途中じゃないですか?」って返すと、みんなハッとするんですよ。実際、世の中で成功されてる方って、みんな必ず挫折とか失敗とかを乗り越えているんですよね。それに、どんな人も自覚していないだけで成功体験があるんですよ。今、ちゃんと稼ぎがあって、生活できていて、周りにも友達がいるっていうのは、実はすごい成功体験でもある。

なるほど。そう考えるとポジティブになれます。

だから、もし「もっと稼ぎたい」とか「もっと成長したい」っていう上昇志向があるとするなら、プライドを捨てられるかどうかが大事だと思うんです。それこそ僕なんてツイッターのフォロワー数は24,000人超えてますけど、YouTube始めたときはチャンネル登録者数30人とかですからね。なまじ実績があると、ゼロベースで新しいことを始めにくいんですよ。でも、そんなことにこだわってやりたいことやらないのは余計にダサいから、恥ずかしくてバカにされても、恥ずかしくてバカにされることをやろう!って決めているんです。

プライドをいかに捨てるか?というのは、ある程度キャリアを積んだフリーランスがぶつかりがちな壁ですよね。

そうなんですよ。だから僕、営業もしますしね。「ゲンキさんがわざわざウチの会社に営業なんて」とかってビックリされるんですけど、そこで「俺は営業なんかしねぇぞ!」ってなったら終わりだと思うんです。

ああ、わかります。マンガ家も下手に原稿料が上がると、予算が下がったときに切られやすくなりますから。

いっぱいいますよ、そういう人。なまじ僕も微妙に目立つことやってるんで、絶対にギャラ高いだろうと勘違いされて二の足を踏まれるんです。だから、逆にコッチから「仕事ください」って行かないとダメだし、「ゲンキさんがまさかウチに」っていう反応をしてもらえるだけでもコッチとしては嬉しい。「ベテランだからって高いギャラ出せないですよ」って言われても、変な話、20年前の10倍くらい作業が早くなったから、別に標準的な金額でいいんです。

そういう意味でも、YouTubeを始めたのは良かったですね。始めたばかりのときは、カメラに向かって「チャンネル登録お願いします」って言うのも恥ずかしかったけど、やってるうちに息を吸うように言えるようになって、同じように「何かあればお仕事お願いします」って頭を下げられようになった。逆に、キャリアの年数だけでギャラを上げようとするのは、廃業まっしぐらみたいな感じがするんです。

大御所の方ほどカジュアルに「仕事ちょうだい」って言ったりしますもんね。

そう。もちろん絶対に営業しろとは言えないけど、だからこそやれば頭一つ抜けられる。僕なんか、ホントそれで生き残ってきたところがあって、駆け出しの頃の絵を今見ると「よくこれで食えてたな」と思うレベルですからね。だから、どんどん攻めて行くのが大事なんですよ。

FREENANCE 高田ゲンキ

撮影/中野賢太@_kentanakano