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翻訳者・藤田麗子に聞いた、韓国エッセイ『ひとりだから楽しい仕事』の魅力

翻訳者・藤田麗子に聞いた、韓国エッセイ『ひとりだから楽しい仕事』の魅力

村上春樹や小川糸、三浦しをん、益田ミリ作品など、30年間で300冊以上を韓国語に訳し、韓国の日本文学ファンから絶大な支持を得る人気翻訳家クォン・ナミ。エッセイストとしても活躍する彼女の最新作の日本語訳版、ひとりだから楽しい仕事 日本と韓国、ふたつの言語を生きる翻訳家の生活平凡社)が今年1月に日本で発売され、先日には重版が決定しました。

クォン・ナミ作品としては初の日本語訳となる本書を翻訳されたのが、韓国に住まわれて十数年になる藤田麗子さん。その藤田さんに、軽妙な文体でユーモアたっぷりに日常を綴った本書を訳するにあたってのご苦労と、ライターとして活動する中で翻訳にも携わるようになった経緯、そして翻訳というお仕事の魅力について伺いました。

大きなお金を稼ぐのは難しいけれど、経験が本となって積み重なっていく、素敵な仕事です。

引用元:著:クォン・ナミ/訳:藤田麗子ひとりだから楽しい仕事 日本と韓国、ふたつの言語を生きる翻訳家の生活
profile
藤田麗子(フジタレイコ)
福岡県福岡市生まれ。韓国・京畿道龍仁市在住。中央大学文学部社会学科卒業後、編集プロダクション、韓国エンターテインメント雑誌『HOT CHILI PAPER』編集部、医学書出版社勤務を経て、2009年よりフリーライターとして活動。韓国文学翻訳院翻訳アカデミー特別課程第10期修了。2019年、第2回「日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」にて『宣陵散策』で最優秀賞を受賞。​
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チャンスはいつ訪れるかわからない

FREENANCE MAG 藤田麗子
フリーライター/韓日翻訳者の藤田麗子さん

藤田さんは、クォン・ナミさんのエッセイ『ひとりだから楽しい仕事 日本と韓国、ふたつの言語を生きる翻訳家の生活』の日本語訳を担当されたということですが、そもそもクォン・ナミさんって日本語の書籍を数多く韓国で翻訳されてきた方ですよね。

はい。翻訳だけでなくエッセイストとしても人気のある方ですね。

つまり、日本語は非常に堪能でいらっしゃるわけで、だったら最初からクォン・ナミさんご自身が日本語で書かれた方が早いのでは?と、素人考えでは思ってしまうんですけれど……。

身近な人からも「クォン・ナミさんが自分で日本語に訳したりはしないの?」って聞かれたことがありましたが、韓日翻訳と日韓翻訳というのは似て非なるものだと思うんです。“外国語から母語”と“母語から外国語”の両方の翻訳をされている方ももちろんいらっしゃいますが、翻訳と通訳に必要なスキルが違うように、それぞれまったく別の作業なので。これは私の場合ですが、韓国語で文章を書くときは、日本語の倍かそれ以上の時間と労力がかかります。

最近ナミさんと韓国語でメールのやりとりをしていたら、何往復かした頃に「私は日本語でメールを書くのは苦手ですが、読むのは得意だから、日本語でお送りいただいても大丈夫ですよ^^」と書き添えられていて。お言葉に甘えて(笑)私からは日本語でメールをお送りするようになって、ナミさんからは韓国語でメールをいただいています。

出力する側の言語が母語であることの意味は大きいんでしょうね。

ご著書の中にも出てきますが、ナミさんはご自身が過去に書いたエッセイや翻訳した作品を読み返すことがほとんどないそうです。『ひとりだから楽しい仕事』日本語版の感想をメールでいただいたときも「私には、自分の文章を読み返せないという持病があるんです。だから訳者あとがきだけ娘と一緒に読みましたが、心を込めて素敵に書いてくださってありがとうございます」って(笑)。今、私は『翻訳に生きて死んで』というナミさんの別のエッセイを訳している最中なのですが、「(日本語版発行にあたってのチェックのために)読み返さなくちゃとは思っているんですが、すごく怖いです」とおっしゃっていました。

なるほど! 一度韓国語で書いたエッセイを、また読み直して日本語に訳すのは、クォン・ナミさんにとって精神的ハードルが高かったというわけですね。逆に藤田さんからすると、日本語を解する翻訳家の方の作品を翻訳するということに対して、普段とは違うプレッシャーもあったのでは?

ものすごくありました! 最初に平凡社の野﨑真鳥さんからご依頼のメールを頂いたときも、すごく嬉しくて光栄だなと思う一方で、お受けしていいのかすごく迷ったんです。同じ翻訳家とはいっても、ナミさんと私ではキャリアも翻訳した書籍の量もまったく違うので、もっとナミさんと釣り合う経歴の方が訳した方がいいような気もして。

ただ、お声がけくださった野﨑さんは、以前に私が訳した『あたしだけ何も起こらない』(構成作家のハン・ソルヒ著)というエッセイを読まれて、それで「共通する部分があるから」とメールをくださっていたんですね。なので、いろいろ迷いつつも、いつこんなチャンスが来るかわからないし、身の程知らずと言われてもこれは受けなきゃ!って、思い切ってすぐにお返事した記憶があります。

意図やニュアンスを正しく伝えるには

 『ひとりだから楽しい仕事』原書・日本語訳版
ひとりだから楽しい仕事
原書・日本語訳版

そうして出来上がった日本語訳版を私も読ませていただきましたが、頭から本当に引き込まれて! 出だしの『今日は仕事をがんばるつもりだったのに』の項目なんて、フリーランスの身からすると共感しかない!

あるあるですよね。何も仕事してないのに、気づいたらなぜか夕方になってるっていう(笑)。「握りしめた砂のように、時間がさらさらとこぼれていく」という表現にすごく共感しました。

きっとフリーランスなら、読み始めの3ページで心を鷲掴みにされますよ。そのぶん、こういった軽妙でウィットに富んだ文章というのは、藤田さんにとっては翻訳するハードルが高かったのではないかと。

そうですね。さっきお話しした『あたしだけ何も起こらない』は、かなり自虐的な部分も多かったんですけど、ナミさんの本ってそういったところもありつつ、理不尽な扱いを受けた思い出とか、どうしても納得いかなかった出来事などについても書かれているので。面白さとキツさが紙一重のスレスレのエピソードだから、そこは本当に難しかったです。

私が一歩間違って、ただの愚痴っぽく聞こえる訳し方をしてしまったら、読み手としては抵抗感みたいなものを持ちかねない。そうじゃなくて、ナミさんのくやしさや怒りが伝わるからこそ毒がありつつも痛快で面白い、というギリギリのラインをしっかり生かしたかったというか。さじ加減をどうするか迷ったときは、その都度編集の野﨑さんにご相談して調整したりもしましたし、校閲者の方のアドバイスにも本当に助けられましたね。

それから、特定の個人について書かれている箇所にも気を遣いました。例えば、村上春樹さんのことを“アジョシ”と表現されている部分があって、それって日本語訳すると“おじさん”なんですけど、日本語の“おじさん”よりも親しみがあって微妙にニュアンスが違うんですよ。でも、村上春樹さんぐらい地位のある方を“おじさん”呼びしていたら、日本の読者はびっくりするのでは?ということで、韓国語の“アジョシ”のままにしてルビをつけたりとか。呼び方に関しては、かなり配慮しています。

言語のスキルだけでなく、出力側の国における感覚が肌身に沁みていないと、作者の意図やニュアンスを正しく伝えられない。と同時に、入力側である韓国の文化についても藤田さんは精通していらっしゃるということでは?

もちろん、私も韓国で暮らしている中で「韓国だとこれぐらいの感覚だろうな」というものはあるんですけど、やっぱり韓国語ネイティブではないので、ネイティブの友達数人に読んでもらって「どういう感じなの?」となるべく細かいニュアンスを聞いてみることはあります。ただ、感じ方って同じ国の中でも人によって違うから、なかなか難しいですよね。

私、消しゴム版画のナンシー関さんみたいな毒舌が好きで。テーマは違いますが、ナミさんのストレートな表現と、クスッと笑えるような絶妙なユーモアが伝わる翻訳を目指しました。それに、日本の皆さんはナミさんのキャラクターをまだ御存じないですよね。翻訳者としての経歴やエッセイの作風を知らずにお読みになる方がほとんどだと思います。だからこそ、日本語版の読者にとってのナミさんのファーストインプレッションと、韓国内でのイメージに“ズレ”が生じないように……っていうのは、すごく気にしたところです。

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