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寄り添う。二次創作としてのブックデザイン ― 装丁家・川名潤インタビュー

川名潤

「得意」と「好き」の一致

川名潤

豊富な読書経験に裏打ちされた「読む力」みたいなものでしょうね。読むことは実は修練を要する気がするんです。発信は才能でできるかもしれないけれど、受信はそうはいかない、みたいな。

僕はそもそも才能というものを信じてないんですよ。自分の才能だけじゃなくて、才能やセンスは誰にもないと考えていて。たとえば「センスを磨く」っていうときに何をするかっていったら、勉強じゃないですか。過去のものをいろいろ見たりとか。「それをなんでセンスっていう曖昧なものさしに置き換えるんだ」みたいなことを思っていますね。

器用不器用はあると思うんですけどね。いろいろ入力してきた中から、まわりの状況と自分の手元の作業をよく見た上で、何を出力するか。その出力ができる器用さや、どこに向けて出力すればいいかという勘のよさみたいものはたぶんあるけど、才能とは違うだろうなって思います。

どの引き出しをどの順番でどのスピードで開けるか、みたいなことですね。

やればやるほどその引き出しは増えますからね。とはいえ引き出しにも好き嫌いはあるので、好きなのを開けられたときがいちばん気持ちいいです。

最近手がけられた中で会心の作というとどれですか?

自分の尺度ではなかなか難しいですけどね。運がいいことに最近、関わった本が賞を取ってくれることが多いんですよ。この間の直木賞の『地図と拳』(小川哲)とか。芥川賞では、『ジャクソンひとり』(安堂ホセ)と『開墾地』(グレゴリー・ケズナジャット)が候補作になりました。最近やった仕事は内容もすごく好きなのが多いし、70点以上ぐらいのものはできたかなって思ってます。

川名潤

いちばん気に入ってるのは……強いて言えば『開墾地』かな。実はこれ、1時間ぐらいでやりました。芥川賞って、候補になった段階で急いで本にするんですよ。内示を編集部が受け取ったときに連絡が来て「大至急やってください」みたいな。『開墾地』は『群像』に掲載されたんですけど、僕は『群像』のレイアウトをしたときに読んでるから、きっと話が早いだろうと思われたんでしょうね(笑)。

芥川賞も前とその前は受賞してましたね。『ブラックボックス』(砂川文次)と『貝に続く場所にて』(石沢麻依)。2021年上半期は直木賞も『テスカトリポカ』(佐藤究)が獲ってくれて、すごくうれしかったです。いや、もちろん僕が褒められているわけでは全然ないんですけど。単純に、人目に多く触れる機会ができるというのはうれしいですね。文芸って部数が少なくて、何かしら賞でも獲って話題になってくれないと、本屋に多く仕入れられないので。

(オフィスに並ぶ無数の本を見渡しながら)こういうお仕事って、これまで作ったものがその人を物語るところがありますよね。

形に残りますしね。うれしいことではあるんですけど、怖いことでもあって、隠したいものもたくさんあります。でも、ここ5年くらいはようやく楽しめるようになりました。SNS上でわーわー言ってるのを見て、僕の好き嫌いを踏まえて持ってきてくれる編集者もたくさんいるし、『群像』を始めたのをきっかけに、文芸の仕事がたくさん来るのもうれしいです。やっぱり小説が好きなので。

僕はいまだに悩むんですが、いちばんほめてもらえる得意なことをやるべきなのか、「いや、これをやりたい」と強く主張するべきなのか。

なんとかそれを一致させようとしてるところはありますね。たぶん僕は好きなものの範囲がすごく広いんですよ。だから自分がやるもののテイストにはかなり幅があるんですけど、好きなタイプの依頼が増えるにつれ、自分の出力の方向もちょっと絞られてきた感じはあります。なので、得意と好きが一致してきたのがこの5年ぐらいなのかな。それで気持ちの余裕ができて、いまZINEを作ったりして青春を取り戻そうとしてるんだろうなって(笑)。

川名潤装丁事務所

「できちゃった」ものへの憧れ

川名潤

電子書籍にシフトしていくことで、表4(※)がなくなってしまう危機感を口にされていたことがありますが、出版業界全体に関してはどうですか?

※ 裏表紙のこと。表紙は表1、その折り返しは表2、裏表紙の折り返しは表3。

商業的に考えたらもはや不良債権でしかないので、消えてくかもしれないけども、こういう形(ZINEを指さす)ではたぶん残っていくと思います。本には企画から印刷まで、すごくいろんな技術が詰まっているわけで、それが衰退していくのは寂しいですけど、本ってもう1000年以上、形が変わってないんですよね。だからモノとしてはそう簡単にはなくならないと思います。僕が仕事をしはじめたころによく見ていたデザイン系のサイトやCD-Rのソフトが、すべていまは見られないことを考えたらね。やっぱり「物」じゃないと残らないなと。

本当にそうですね。ちなみに、川名さんがすごく影響受けた、好きな装丁家というと誰ですか?

山ほどいます(笑)。完全に嫌いなデザイナーというのはいないかもしれないですね。どんなデザインやデザイナーにもいいところはあると思ってます。その反面、嫌いな部分もありますし。さっき言った『FRONT』を作った原弘とか。だから「いちばん好きなデザイナーは誰ですか?」って聞かれたときは、だいたい言葉を濁してるんです。というか、考えたことがないですね。

では、特に惹かれるデザインは?

計画されてないものです。「なんでこうなっちゃったんだろう?」みたいな。大学生のとき、原宿のラフォーレミュージアムに横尾忠則展を見に行ったんですよ。原画からポスターになるまでの過程が全部貼られているみたいな展示だったんですけど、指定紙を見たらすっっっごくいい加減で、びっくりしました。ここからここまで「赤」、ここからここまで「青」、って書いてあって、それだけ(笑)。それを見た印刷会社の職人さんが、ある意味で忖度していい感じに仕上げてるんですよね。

「これはもう、こうなっちゃったものなんだな」と思いました。ズレがあること自体は横尾さんの計画通りなのかもしれないけども、よく見るとそのズレを精一杯いい感じに調整している職人さんの仕事が見えたりする。そこに図像としての緊張感が生まれていたりするんですね。デザイナーが無茶をすればするほど、そういう「作られちゃった」ものが生まれるんですよ。

川名潤装丁事務所

たぶんブックデザインで言うと祖父江慎さんがそうで、本人が無茶を言うばかりに、まわりがどうにかして形にする。そういうライブ感のあるものに僕はすごくそそられるんですけど、自分では絶対やりたくないんですよ。シンプルに、現場の人に迷惑をかけたくないから(笑)。いちばんの僕のモチベーションは「申し訳ない」なので。ただ、そうして世に出てしまったものを見ると、すごく惹かれる。アンビバレンスですね。有刺鉄線デスマッチみたいな感じかも。見ている分にはいいけど、自分では絶対やりたくない。

祖父江さんは「現場に迷惑がかかる」とは考えないんでしょうね。

どうなんでしょうね(笑)。きっとイベントとして楽しんでるところがありますね。祖父江さんに「祖父江さんは楽しんでるけど、その楽しさにまわりがついていってると思わないでくださいね」と話してみたことはあるんですけど、「そうだよねぇ……」みたいな。祖父江さんっておじさん妖精みたいなキャラクターですけど、酔っ払えば酔っ払うほど普通の人に戻って、ちゃんと反省しながら聞いてくれるんですよ(笑)。

ライブ感のあるものに惹かれるのは、ブックデザインに限らなさそうです。

そうですね。特に舞台広告の仕事をしてると感じます。あらかじめ内容があって、その二次創作をするっていう装丁の仕事とは逆に、台本ができてない時期にポスターを作ったりするから、どうしても「できちゃった」ものになるし、ポスターで作ったものが内容になんとなく反映されたりして、「あ、こういうことが起こるのか」と。マームとジプシー男性ブランコの仕事は、そういう楽しみ方でやってます。自分でも「なんでこれ入れたんだろう?」と覚えてないぐらいの小さなモチーフがオチで使われたりして、ぞわっとするというか、「結果的にこんな介入してしまって大丈夫か?」みたいな(笑)。

川名潤装丁事務所

それと同じことを装丁においては川名さんがやっているわけですよね。著者が書いたものの中から「よし、これを引き出そう」と。

「これを書こうとして書かなかったのではないか」とか、「この行で書かれている場所と時間とは別のところでは、こういうことが起こってるはずだ」とか、スピンオフ的なものをたまにバレないくらいに小さく入れたりします。それはもう、僕ひとりの楽しみでしかないので黙ってますけど(笑)。たまに気づかれることもあって、そういうときはうれしいですね。

著者も「あ、これ引っ張り出したか」みたいに思って楽しいでしょうし。そういう意味ではコミュニケーションですよね。

それはやっぱり読まないとできないよなって思います。読まないで、自分で新しくもうひとつ会場を作ってライブするのが祖父江さんなら、僕は会場の隅っこに小さく咲いている花を見つけてステージを飾るみたいな。いや、だいぶかっこよく言いましたけど(笑)。

最後に何か言っておきたいことがありましたら。

いま2冊目のZINEを作っていて、たぶんこれで終わりにします。1冊目はだれかのデザインや装丁についての話がメインでしたが、2冊目はほとんど自分の話と政治の話しかしてないです(笑)。仕事の合間でやってるので、進捗はいま半分ぐらいかな。内容としては「本には貴賤がある」って話になりそうです。

川名潤装丁事務所

撮影/中野賢太@_kentanakano