FREENANCE MAG

フリーランスを応援するメディア「フリーナンスマグ」

寄り添う。二次創作としてのブックデザイン ― 装丁家・川名潤インタビュー

川名潤

わたしたちが書店で手に取る本には著者、編集者だけでなくたくさんの人が関わっています。外観のデザインを担当する装丁家もそのひとり。表紙、カバー、扉、帯など外まわりだけ手がける人もいますが、川名潤さんは判型から本文組、書体の指定まで一冊まるごとデザインします。

川名さんは1990年代にクラブミュージック専門誌『GROOVE』のアルバイトからキャリアをスタートさせ、『サイゾー』のデザイナーや『L magazine』のAD(アートディレクター)、プリグラフィックス勤務を経て、40歳のときに独立。最近では250万部超のベストセラーになった漫画版『君たちはどう生きるか』、芥川賞受賞作『ブラックボックス』『貝に続く場所にて』、2020年にリニューアルした文芸誌『群像』など、たくさんの書籍や雑誌をデザインしてきました。

昨年10月には、TOKYO ART BOOK FAIRで小冊子出版とデザインの26時を販売しました(完売)。『文藝』『群像』『アイデア』に寄稿したコラムを再録し、デザインはもちろんのこと、紙選び、印刷、造本まで完全内製。通販まで自ら手がけたこのZINEの話題を皮切りに、仕事への取り組み方、好きなブックデザイン、社会運動との関係などお聞きしました。

川名潤『出版とデザインの26時』
『出版とデザインの26時』
profile
川名潤(かわなじゅん)
1976年、千葉県生まれ。プリグラフィックスを経て、2017年に川名潤装丁事務所を設立。多数の書籍装丁、雑誌のエディトリアル・デザインを手がける。
http://kawanajun.com/
https://twitter.com/kawana_jun
https://www.instagram.com/kawanajun_bdo/

テキストに寄り添う装丁

川名潤『編集とデザインの26時』

『出版とデザインの26時』、とても面白く拝読しました。

これ、200部しか売ってないんですよ。TABFで100部売って、増刷して自分で発送したのが100部。あまりリアクションがないので、これがきっかけで取材に来ていただけるとは思ってませんでした(笑)。

『Number』のADを務める中川真吾さんとの対談を読んで、出版社にいたときのことをいろいろ思い出して楽しかったです。

中川さんとは昔からの知り合いなんですよ。『L magazine』のADをしていたとき、イラストを描いてもらってました。ある日、編集者に「次号から描いてもらえなくなりました」と言われて、聞いたら「文藝春秋のデザイン部に就職するそうです」と。ペンネームだけ知っていて、実際会ったこともなかったんです。学生だったということも知らなかった。

一昨年「中川です。覚えてますか?いま『Number』のADをやってます。ちょっとお話しできたら」みたいな感じで連絡が来て、ちょうど『群像』の連載がネタ切れしてたので「『Number』の作り方を教えてください」と飛びついたという(笑)。本当にいろいろな話が聞けたので、このZINEの中ではいちばん雑誌づくりの「実践編」みたいなページになってますね。

東方社(※)の項も印象的でした。写真やデザインに関わる人にとってはこれほどのアンビバレンスもないだろうなと思う事例で。

※ 木村伊兵衛、伊奈信男、原弘、岡田桑三らが1941年に設立した陸軍参謀本部直属の出版社。戦時中に対外宣伝誌『FRONT』を発行していた。

そうですよね。ここ何年か、仕事とはいえ、いま自分が作ってるものが何なのか、自分はいま何に加担してるのかをだいぶ考えるようになったので、プロパガンダ誌『FRONT』を作ったことに対しては「この野郎!」と思いつつ、作ってるときの話を聞くと「あ、わかる……楽しいだろうな」みたいな(苦笑)。

祖父江慎さんがテキストを読まないという話も衝撃的でした。川名さんは熟読される派ですよね。

はい、必ず読みます。読まない人はたくさんいらして、なんで読まないのかお聞きすると「読むと内容に寄り添いすぎてしまうから、読まないことで距離をとって、そこに発生するあわいが……」みたいなことをおっしゃるんですけども、絶対に言い訳だろ、読めよ、と思ってます(笑)。読んでこそとれる距離感じゃないですか。とは言っても、僕は読んだ上で、かなりベッタリ内容に寄るんですが。

読まないと属人的なデザインになると思うんですよね。デザイナーの作品としての色が強くなるというか。僕はどちらかというと装丁の仕事は内容に寄り添うべきだと思っていて、テキストが一次創作で装丁は二次創作、ぐらいに考えてるんです。

川名潤装丁事務所

本の内容に似合う服を着せるみたいな感じですか?

そうそう。スタイリストがいちばん感覚的には近いです。服を作るタイプのスタイリストの方もいますけど、「それ!」って感じです(笑)。本って形はだいたい決まっちゃってるし、そういう意味ではスーツみたいなもんだから。生地や色や柄を選んでいるようなもんだなと。

たしかに。ふだんのお仕事はどんなふうに進むんでしょうか。

編集者から装丁を頼まれて、原稿が送られてきて、それを読んで、必要であれば判型から決めていきます。新書判とかA5判とかいろいろありますけど、小説の場合はだいたい四六判ですね。次に本文組を作ります。文字の級数(大きさ)とか、まわりにどのぐらいアキをとるかとか、そのフォーマットを作って、印刷所にゲラ(校正刷)を出してもらって、その赤字なんかをやりとりしてる中で、再校ぐらいのタイミングで表紙とカバーと帯を作り始めます。ほとんどの作業はここ(事務所)で、Macでちまちまやってますね。半分は原稿を読んでる時間かな。で、データを送って色校が出て、チェックして戻しておしまい、みたいな。

ZINEだとそのプロセスのすべてを自分でやるわけですよね。

考える、書く、判型を決める、紙も機械も自分で買ってくる。そこから先はいつもの自分の仕事ですね。レイアウトをして表紙を作って。いつもはデータを送って終わりなんですけど、ZINEだとその先も全部やりますからね。印刷して束ねて折って裁断して、現場で売ったり発送したり。一回、全部やってみたかったんですよ。この仕事をしている以上、本が生まれる全ての行程を自分でやってみるべきなんじゃないかと思って。(雑誌で)書くところまではやったから、今度は売るところまでやってみたいなって思ったのが、これを作った動機の半分ぐらいです。

もう半分は?

それよりもちょっと前に、イラストレーター3人の画集(タケウマunpisカワグチタクヤIDEATITY』)を作ったんです。僕を含めてBOU BOWってユニット名なんですが、せっかくだからTABFに出展したいと3人に言ったんですね。そのときに「川名さんも何か自分のものを作ってくださいよ」って言われたのが、もう半分の理由ですね。

こうして自分でZINEを作るって、実は20代のころ、ミニコミって呼ばれてた時代からずっとやりたかったことなんです。新卒で仕事を始めてからずっと時間がとれなくて、45歳を超えてやっとできたみたいな。青春を取り戻す感覚でしたね。

川名潤装丁事務所

学生時代の課題で安部公房の『壁』を図書館で借りてきてパソコンに打ち込んで装丁したのが最初だそうですが、そのとき以来?

はい。完全に自分のものを作るって本当に学生のとき以来ですね。

商業出版ではないからこそのこだわりはありますか?

本職ですから、簡単に済ませたみたいに見られるのは癪でもあり、ちょっと恥ずかしくもあり、かといってすごく頑張るのもそれはそれで恥ずかしい(笑)。いちばん安い色紙を使って、印刷も業者に頼むんじゃなく、中古のリソグラフを買ってきてここでやりました。「全部自分でやりました」と言えるものにしたかったんですね。それでこそのミニコミだろう、みたいな。

できあがったら「まあまあよくできたけど、なんか普通だな」と思ったので、東急ハンズで角丸カッターを買ってきて角を丸く切り落として、「まだ足りないな。もっと手作り感がほしい」と思って数字の穴を開けるパンチャーをeBayで見つけて買ってきて。

すごく楽しかったんですけど、今度はだんだん「ちょっと嫌味かな?」と思いはじめて(笑)、どう見えてるのかが気になってきたんです。しかも売ってはみたけどあんまりリアクションがないし、若干ふてくされていたところに取材のお話をいただいたという。

文章がとてもお上手だと思いました。

あら。ありがとうございます。

「あら」って(笑)。ご自分ではうまくないと?

いや、うまいこと書いてるつもりではいるんです(笑)。でも自信はないですね。読んだ方がどう思われるかわからないところなので。さんざん本を作ってきましたけど、はじめて著者の気持ちが身に染みてわかった感じです。

そういうところからも、本好きなのがわかります。

本は子どものときから好きです。この仕事も読みたくてやってるところがありますね。で、一個のクリエイションとしては、内容に──もちろん勝ってはいけないんですけども──勝ったことはないと思ってるんですよ。いちばん面白いのはテキストで、その内容に対して僕がどれだけ面白いものを作っても、絶対に超えることはないという。

物語の中に装丁家を探す

川名潤

変な話ですが、文章をきちんと読んで内容に寄り添ったデザインをするというスタイルだと、内容に共鳴できない場合はどうするんですか?

長いことやってると嗅覚が働くんですよ。だからバンバン断ってます。

(笑)。オファーの段階でなんとなくわかるんですね。

なんとなくというか、もう著者でわかったりするじゃないですか(笑)。

そうすると、引き受ける基準は、謝礼の多寡以上に「面白そう」というのが……。

そうです。「面白そう」が一番ですね。しかもこの業界ってだいたいみんなギャラを先に言わないから(笑)、それに慣れちゃってるのもあるんですけど。独立してからは僕ひとりが食えればいいので、あんまりお金のことは考えてないですね。後輩からは「川名さんの世代がそれでやってきたから、私たちが苦しいんです」と怒られます。そこは本当に申し訳ないと思いつつ、「面白ければタダでもやる」みたいなスタンスがなかなか抜けていませんね……。自分はそれで良くても、そういうことによって作ってきてしまった業界の空気ってありますからね。いやあ、良くない。いや、本心を言うとね、受注側の僕らは「面白ければ……」って言ってもいいけど、そこに発注側が甘えるのは絶対にナシだろ、とは思っていますけど。

下の世代に申し訳ないといえば、僕が川名さんのお名前を知ったのはSEALDs(※)が活発に活動していたころでした。

※ 自由と民主主義のための学生緊急行動。2015年、当時の安倍晋三首相の政権運営に抗議する大学生たちが立ち上げた。2016年に解散。

面白半分で国会前に行ってショックを受けたんですよ。「なんでこの子たちにこんな思いさせなきゃいけないんだろう……申し訳ない」って。

SEALDsはデザインにもすごく意識的でしたよね。

そうですね。デモというものが外側からどう見られるかということにすごく気を遣っていた。河出書房新社から出たSEALDsの本(『民主主義ってなんだ?』)を装丁したことがきっかけで知り合いになったんですね。それからデザイン面でいろいろ相談を受けるようになったんです。国会前や官邸前で抗議行動をするときとか、渋谷や新宿で街頭活動があるときに、プラカードや告知バナーなど、何かしら手伝っていました。

川名潤装丁事務所

すばらしいです。そもそもブックデザイナーを目指したきっかけは何ですか?

学生時代に講師と飲んでいて、ある音楽雑誌のデザインがダサいって文句を言ったら、その人はミュージックビデオの監督だったんですけど、「知り合いがADをやってるから」と『GROOVE』を紹介してくれたんです。

毎月、基本は6~8ページ、多くても10ページぐらいをQuark(※)で組んで、ダイヤル回線で送るみたいなバイトをしてたんですけど、それがものすごく楽しかったんですよ。雑誌作りに関われるのがうれしくて。で、就職するなら本なり雑誌なりを作る仕事に就こう、と思ったんです。

※ DTPソフトウェア、QuarkXPressの略。Mac OS Xに完全対応したAdobe InDesignがシェアを奪う前はMac DTPのスタンダードだった。

当時は広告が全盛だったので、友達はみんなそっちに夢中で、「ケッ、キラキラしよって」みたいな苦々しい気分で眺めてました。安部公房の『壁』を持ってきて、友達が「面接で有名なデザイナーに会った」とかキラキラしてる隣で、ちまちまちまちま打ち込むわけですよ。その暗〜い感じが気持ちよかったんですよね(笑)。「僕は地味に生きていくんだ」みたいな。

意識としては、クリエイターというよりは職人に近いですか?

職人ともまた違いますけど、間違ってもクリエイターではないですね。やっぱり、さっき言ったスタイリストというのが感覚としてはいちばん近いです。お手伝いみたいな。職人的な意識でスタイリストをやっている人もいるでしょうけど。

でも、例えばこのイラストレーターを起用しようとか、この写真を使おう、この書体をこういうふうに配置しよう、とか、そこにはクリエイションはあるわけじゃないですか。

……うん、きっとあるんでしょうね(笑)。あるんだろうけども、自分からは言えないですね……。自意識の問題ですね。もっと言えばデザイナーとか装丁家っていうのもちょっと一瞬ためらいがあったりしますけどね。

川名潤装丁事務所

編集者に「こうしてくれ」と言われても、できない場合もありますよね?

あります。ただ、できない理由は僕の中ではなくて作品の中にあるんですよ。だから編集者に「こうしてくれ」と言われたとき、僕が「いや、絶対やめたほうがいい」と思う動機は、「そんなこと書いてないよね? ちゃんと読んだのか、おまえ」ですね(笑)。そういう感じで断ることはあります。

テキストに潜むものを彫り出すみたいな感覚なんですかね。

小説だったら「この物語の中に装丁家がいたらどうするだろう」とよく考えます。「主人公の生きざまを記録した人物がいたとして、その人やその人に近い人がたまたまデザイナーで、主人公にいちばん似合う本を考えたら、どういうふうにやるだろうな」みたいに、物語の中に装丁家を探す。で、そのコスプレをするという。コスプレですね、僕は。

だからスタイリストともまたちょっと違うのかもしれません。演技をしてる感じですね。スタイリストの演技をしているコスプレの人。自分で言っててめんどくさいなこの自意識(笑)。でも、その演技のうまさには自信がありますよ。

フリーナンスはフリーランス・個人事業主を支えるお金と保険のサービスです

FREENANCE byGMO
\LINE公式アカウント開設/

LINE限定のお得情報などを配信!
ぜひ、お友だち追加をお願いします。

✅ご登録はこちらから
https://lin.ee/GWMNULLG