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推し活から学ぶ「正しい知識」と「頼る力」 ― 竹中夏海×犬山紙子『アイドル保健体育』対談

FREENANCE 竹中夏海 犬山紙子

生理や摂食障害、身体づくりや性教育と、これまで“見えないもの”にされてきた女性アイドルの健康課題。そこに大胆に切り込んだ書籍『アイドル保健体育』は、コレオグラファー(振付師)として10年以上にわたり女性アイドルたちに接してきた竹中夏海さんの、アイドルへの愛と危機感から生まれたものでした。旧知の仲であり、自身もアイドルファンである犬山紙子さんとの対談には、職種と性別を超えて、すべてのフリーランサーに刺さる言葉が満載です。

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竹中夏海(たけなか なつみ)
1984年、埼玉県生まれ。日本女子体育大学舞踊学専攻卒業後、2009年より振付師として活動開始。アイドルを中心に、“ヒム子”(テレビ東京『ゴッドタン』)など、様々なアーティストや広告・番組の振付を手掛ける。著書は『アイドル=ヒロイン 歌って踊る戦う女の子がいる限り、世界は美しい』『アイドルダンス!!! 歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい』(ともにポット出版)、『アイドル保健体育』(シーディージャーナル)など。
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犬山紙子(いぬやま かみこ)
1981年、大阪府生まれ。ファッション誌の編集者を経て、2011年イラストエッセイストとしてデビュー。2018年には児童虐待防止チーム「#こどものいのちはこどものもの」を発足。著書は『私、子ども欲しいかもしれない。』(平凡社)、『すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある』(扶桑社)など。
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「女性アイドルの未来」のために避けて通れない健康問題

『アイドル保健体育』は女性アイドルの体や健康をテーマにしていますが、当初はまったく違う内容になる予定だったとか。

竹中 そうなんです。日本にアイドルが生まれて約50年経つので、そのダンス史を半世紀分改めて振り返るという連載をWebでやっていて。それを1冊にまとめる予定だったんですけど、落としどころとしてアイドルの未来について考えてみたら、未来が全然見えなかったんですよ。これから何が流行るとか、こんなダンスが来るとかっていう話の前に、立て直さなきゃいけない問題がアイドル業界には多すぎるだろうと。
その中でも、私が振付師という立場で一番引っかかっていること、そして一番説得力を持って提案できることが、女性アイドルの身体のことだったんですね。いろんな角度から彼女たちの健康問題や気になることを、ここらで一回まとめてみるべきだろうと。それをやれる人って、いまのところ私しかいないなということで書かせていただきました。

ある意味での“使命感”だったんですね。

竹中 そうですね。アイドル本人が声をあげると「わがまま」って言われることも多くて、SOSを出しても「まだ売れてないくせに」とか「体のことは自己責任だろう」とかって、軽くあしらわれたり怒られたりって話も聞くんです。なのでアイドル自身ではなく、でも、アイドルに限りなく近いところにいて、ある程度年齢のいった大人が声をあげるのが、一番説得力があるんじゃないだろうかと。

犬山 そういった本が出るって竹中さんのSNSで知ったとき、私も「あ、これってすごく大事!」って思ったんです。私も女性のアイドルが好きで応援してますけど、正直、罪悪感もどこか感じていて。それこそ体調不良でコンサートを休む子が出るなんてこともよく見るし、アイドルがいままで以上に一人の人間として大切にされる権利が確立されてほしいという気持ちがあったから、こうして振付師という中の人の立場で提言してくださることに感謝の気持ちでいっぱいです!

竹中夏海『アイドル保健体育』
アイドル保健体育

女性の、特に思春期の身体はとても繊細でトラブルを起こしやすいものですから、それに対するケアや健康というのは切り離せないイシューのはず。なのに「撮影直前に生理がきてしまって、周りに男性スタッフしかいなかったので対処できなかった」なんていうエピソードも掲載されていて、「そんなことが!?」と驚いてしまいました。

竹中 もう“あるある”ですね。現場のスタッフが男性しかいないのも当たり前だし、アイドル本人たちも自分の身体に関して、頼るべき存在だとは端から考えていない。仕事に大きく影響することなんだから、本来は真っ先に相談できなきゃいけないのに、男性スタッフはそもそも自分には無いものだから気づかないんです。だから、見えないものにされているんですよね。

犬山 しかも「アスリートよりアイドルのほうが体を酷使してるケースもある」とも書かれていたじゃないですか。なのに、クールダウンだとかっていうケアが実は全然不十分になっているっていう事実もショックでしたね。動けること、体力があることを称賛しがちな風潮もあるけれど、人間なんだから限界もあるし、若いからって何でもできるわけじゃない。おまけに生理のときとかのケアも不十分な状態で、こんなに体を酷使していたら、それは体調不良になっても当たり前だなぁって実感しました。

竹中 そこは本人たちも自覚してないところで、私も知らなかったんですよ。たまたま教え子から「整骨院の先生に“野球選手と同じメニューで施術してるよ”って言われた」って聞いたりして、それで専門家の方にインタビューさせていただいたんですね。私、振付師をやっているにあたって一番悲しいのが、将来「アイドルなんてやらなきゃよかった」って後悔させてしまうことなんです。
幸い私の元教え子たちにはあまりいなくて、むしろ「真剣にアイドル何年か続ければなんにでもなれる」っていううれしい声も聞くんですけど(笑)、過酷な環境ゆえにアイドル時代を黒歴史にしてしまう子もいなくはない。そう考えると年齢を重ねたり、アイドルをやめたあとに後悔をしないようなケアというものが、もっと当たり前になってほしいんです。

竹中夏海
竹中夏海
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「基本的な知識」を「当たり前に持つ」世の中へ

犬山 体のことだけじゃなく、メンタルもそうですよね。なのでアイドル自身や周りのスタッフサイドはもちろん、この本をファンも読んで“知識”を共有することが、すごく大事だなと思うんです。そうすれば彼女たちを追い詰めるようなイジりだったりコミュニケーションも減るはずで、ファンだって自分の推しを追い詰めたいわけじゃなく、ただ、知らないからこそ「良かれ」と思ってした発言が、余計に相手を追い詰めてしまったりするケースがあるわけじゃないですか。
そこで正しい知識を得られれば、例えば体重の増減が激しい人に対しての声のかけ方も変わってくるだろうし、ピルに関してもそう。いまだに「ピルを飲んでる=性に奔放」っていうスティグマがあるけれど、知識があれば見え方も変わってくるじゃないですか。

ピルには月経痛や経血量をコントロールする効果があって、病院に行けば普通に処方されるもの。なのに、女性の身体に対する知識が乏しい男性からは、あらぬ誤解も受けがちなのも事実ですよね。

犬山 そうなんですよ。私の大好きなJuice=Juiceというグループの金澤朋子さんは子宮内膜症であることを公表されていて、だから彼女の勇気ってすごいなと思うんです。子宮にまつわることなので迷いもあったでしょうし、少数でも心無いことを言う人がいるかもしれない。でも、子宮内膜症って実はすごくポピュラーな病気ですからね。きっと後に続く子たちのことも考えて、こういった病気の存在を認知してもらいたかったんだろうなと想像すると……「かなとも! ありがとう!」って泣いてしまう。それを勇気を出さなくてもできる世の中になるために、『アイドル保健体育』みたいな本が必要なんですよね。

犬山紙子
犬山紙子

竹中 そう! この本を出すにあたって意識していたのが、一つでも選択肢を増やしたいってことだったんです。それぞれに目指すアイドル像があるだろうから、その演出の部分は邪魔したくないし、みんながみんな身体のことをオープンにすべきだなんて言いたかったわけじゃない。ただ、みんなが基本的な知識を当たり前に持った上で、彼女たちの演出に乗っかって楽しむのも良し、声をあげられる子がいても良しっていうふうにしたかったんです。いまって選択肢は「何も言わない」の一つしかないから。

そういう意味では、いまって本当に過渡期ですよね。そこで一つ気がかりなのが、知識を得たことでアイドル本人に要らぬ発言をするファンが出てこないかということなんですが……。

竹中 いや、そうなんですよ! “知識得たハイ”になっちゃって、「いま、こうなんでしょ? 知ってるよ」って本人にアピールするのは、ホントにダメ! そこはみんなデリカシーを持って気を付けるべきで、じゃあ「知らないでよかったじゃないか」ということではないんです。それこそ便秘とかと同じレベルの話で、知識が広まるまでのいまは本当に過渡期なんですよね。

犬山 知らないからこそ変に偏見を持ってしまったり、時には心無い言葉を大好きなアイドルに投げかけてしまったりもするわけで。だから推しを知るためにも、ぜひ、この本を読んでほしいんですよね。
女性だったら「あ、これって自分にも当てはまるな」って気づけたりもするだろうし、男性だったら推しのことを思いやれるだけじゃなく、例えば職場だったり周りの女性のことも理解できるようになる。“推しを知りたいがゆえの読書”が自分の人生にとっても宝物になるくらい、この本には大切な内容が詰まっているんです。

竹中夏海『アイドル保健体育』

竹中 いま、おっしゃっていただいた「推しを通して新しい世界を知る」体験って、本当に推し活の醍醐味だと思うんですよ。例えば、蜷川幸雄さんの舞台とかいままでアンテナを張ってなかったけど、二宮(和也)くんが出演していたのをキッカケに、他の蜷川さんの舞台にも行くようになった子とかも周りにはいて。
そこまでいかなくても遠征で知らなかった街に行って、美味しいものを食べるとか観光するとか、推しのことになるとフットワークって軽くなるじゃないですか。その一環として、知ろうともしていなかった知識を、推しを通して知ってもらえたらいいなぁっていうのはありますね。

同じ女性でも体のことって本当に個人差が大きいですし、実はそこまで学ぶ機会もなかったりするので、読ませていただいて私自身も「あ、そうだったんだ!」という気づきがたくさんありました。

竹中 ホント個人差は大きいですよね。そもそも人と比べようがないから、自分の月経時の症状が重いのか軽いのかもわからない。

犬山 そう! 私、30歳を超えてから婦人科で「月経かなり重いほうですね」って言われて、「知らんかった!」っていう(笑)。

竹中 私も自分の体のことに関して20代の頃はすごく鈍感だったから、ピルも病院で処方されるがまま飲んではいたけれど詳しいことは知らなくて、教え子に聞かれるようになってから勉強し直したんです。やっぱり自分のこととなると「自分さえ我慢すればいいや」って思っちゃいがちだから、人をキッカケに学ぶっていうのは大きいですよね。


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