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愛しても届かない。「HIPHOP」と「日本語ラップ」と ― 移民ラッパーMoment Joonの現在

Moment Joon

Moment Joonさんは韓国生まれのラッパー。2010年に大阪大学に留学し、現在は同大学院で音楽学を専攻しながら、大阪を拠点に「移民ラッパー」として活動しています。小説(『文藝』2019年秋季号掲載『三代 兵役、逃亡、夢』)やエッセイ(web岩波の連載『日本移民日記』)など執筆活動もしており、そのいずれもが大きなインパクトを残しています。

彼が昨年発表した1stフルアルバム『Passport & Garcon』は多くの音楽メディアで熱烈に評価され、2020年のベストアルバムにも選ばれました。5月にはアルバムをテーマにした初めてのワンマンライブを東京で開催し、乗りに乗っているだろうと思いきや、リモートでお会いしてみたら少し浮かない顔。いったい何があったのでしょうか?

自ら選んだ生業の評価の理想と現実、戸惑いや迷い、そして現在と未来。それらに対する正直な思いを聞きました。

profile
Moment Joon(モーメント・ジューン)
1991年生まれ、韓国出身のラッパー。大阪を拠点に活動をスタート。2019年『Immigration EP』を発表、『文藝』(河出書房新社)にて自身の徴兵体験からなる小説「三代 兵役、逃亡、夢」を執筆。2020年3月には1stフルアルバム『Passport & Garcon』を発表し、同年12月にアップデート版『Passport & Garcon DX』もリリースした。
https://twitter.com/moment_joon
https://www.instagram.com/momentjoon/
https://www.gur.mobi/

『Passport & Garcon』を出して得たもの

ワンマンライブはいかがでしたか?

初めてのワンマンで2時間以上あったので、最初は緊張しましたけど、思ったよりうまくいったと思います。自分のワンマンっていうよりは“アルバムのワンマン”を意図していたので、『Passport & Garcon』の世界観を伝えることに力を入れました。ただ、アルバムの物語自体が2019年にできたものなので、ちょっとタイムラグがあって。「その後にアップデートされた自分」はあんまり表現できなかったので、次回はもうちょっと「いまを生きる自分」を表現できたらいいなと思います。想像の範囲内での達成はありましたし、自分の中で学んだことは多かったんですけど、あれをきっかけに何かが変わるとか、そういったことはなかったですね。

岩波の連載エッセイ(※)に《ヒップホップから無視されている》《普段ラップを聴かない人々にいくら褒めてもらっても、「感動しました」と言ってもらっても、ヒップホップ、日本のヒップホップが反応してくれないと意味がない》というくだりがありました。『Passport & Garcon』のアルバムにヒップホップシーンからあまり反応がなかったんですか?

※日本移民日記「第3回 引退します。ホープ・マシーン〈MOMENT JOON 日本移民日記〉

そうですね。当時はそう感じていました。

いまはどうでしょう?

ヒップホップシーンからの反応や評価を気にしないようにしています。いままでは、この作品が出て僕がどんな力を、影響力を手に入れたのか、っていうところに注目していました。

ヒップホップシーンからの反響・評価に言及していたのもそのせいだと思うんですよ。でもいまは、出したことで手に入れたものが何かしら確実にあるから、それをどう使うかっていうところにフォーカスを移したいと思っています。

どんなものを得られたと思いますか?

ヒップホップシーンじゃないところからの反響がすごく大きかったんです。市議会議員だったり、学生だったり、僕みたいな移民者であったり、音楽やヒップホップと何らかの関係があるかないかを問わず、本当にいろんな人が聴いてくれました。それはヒップホップシーンじゃないところから僕に力をくれたってことだと思うんですよね。だからシーンだけの反響や評価にこだわっても意味ないなって。それが現実なら、認めて次に行くしかないっていう感じです。

一方、別の記事(※)では《ラップで生活はできるようになった》とも話しています。いまは音楽で生計を立てられているんですね。

※RedBull Moment Joonインタビュー『自分の人生はきっと変わらない。でも次の世代に変化の希望を見出せる

僕はもともと生活にそんなに費用がかからないので(笑)。学費があるのでギリギリではありますけど、今年あたりからやっとアーティスト活動で賄えるようになりました。

見たいのは「何かが変わる」こと

日本でラップを始めたときは、大きな経済的成功を得てやる、みたいな野望がありましたか?

もちろん成功を夢見て始めましたけど、その中身がちょっと違いました。経済的な成功というよりは作品の内容ですね。ヒップホップのジャンルの中での僕に対する認識とか評価とか、そういうものが僕にとっての成功の基準でした。

その基準はいまも変わっていませんか?

むちゃくちゃ変わりました。そういう野望が爆発したのが「Fight Club(※)だったんですけど、「この人はすごい」とか「日本で一番ラップがうまい」とか「この人のアルバムは最高だ」とか、そういう評価を追いかけるのは、あのときに終わったと僕は思うんですね。じゃあ次に何がほしいかというのは、いまはわからなくなってしまっていますが、取りあえず『Passport & Garcon』を出した当時は、アルバムの物語がいろんな人々に、特にヒップホップの中で根づく、ちゃんと伝わるということを夢見ていました。

※2014年3月、Moment Joonは「Fight Club (Control Remix)」という曲をSoundCloudにアップした。前年、ビッグ・ショーンの「Control」に客演したケンドリック・ラマーのマナーを踏襲し、自ら認める日本のラッパーたちを名指しで挑発。これに多くのMCが呼応し、Twitter、SoundCloud、YouTubeなどでムーブメントを起こした。

素朴な疑問なんですが、シーンの中と外で評価が違うのはなぜなんでしょうか?

う〜ん……(しばらく考えて)それは僕も知りたいです(笑)。自分なりに考えたのは、僕は「日本のヒップホップ」と呼ぶんですけど、多くの人が「日本語ラップ」と呼んでいる時点で、認識が大きく違うんじゃないかなって。単なる言葉の違いかもしれませんけど、僕はかなり重要だと思うんですよ。

万国共通とまでは言わないけど、ある程度は世界的に共有されているヒップホップのDNAを持っているか、その歴史や価値観と断絶していても、日本語で韻を踏めば成り立つものなのか。僕はヒップホップというものにすごい愛がありますし、こだわりもあるので、あえて「ヒップホップ」って言っていますけど、その区別自体を重要に思わない人が多いのなら、僕が作った音楽が評価されないのも、おかしなことではないのかなと(笑)。

僕はよく「社会派」とか「意識高い系」とか言われますけど、そういったことも普通に話すのがヒップホップなんですよ。もしその価値観を共有していたら、そういう要素が曲の中に入っていても、ここまで無視されないと思います。 ビルボードチャート1位になるようなヒット曲でも、ジョージ・フロイド殺害事件や警察官の横暴を歌っていたりしますけど、それはただその人が感じていることを言っただけじゃないですか。 僕も自分が経験したことしか言っていないのに、その内容がみんなからすると「社会的」なトピックになるから「社会派」にされてしまうんですよ。

Momentさんは以前から、自分はことさらに社会的、政治的なことを歌っているつもりはない、思ったことを歌っているだけだと言っていますよね。それがそのまま受け取られないのはシーンの体質なのか、それとも日本人がそういう問題を意識しなさすぎるということなのか……。

人種によって傾向が変わるわけではないので、「日本人」じゃなく「日本社会」としてほしいんですけど、日本語ラップだけではなく日本の大衆音楽、大衆芸術全般に、そういうことを表現できる力がなくなっているんじゃないかと思います。例えばジョン・レノンの「イマジン」は「私有財産がなくなった世界を想像してみよう」と歌っていますけど、ああいう歌をうたったら、いまの日本ではおかしな人にされるでしょう。少なくともポップの領域では成り立たない。

映画も同じで、『パラサイト』や『ジョーカー』が賞をとったじゃないですか。ああして何か時代と会話をしながらエンタテインメントを作るっていうことが、日本には……僕の大好きな是枝裕和監督とかもいるので、ないわけではないけど、大衆芸術の真ん中の感覚で消費できなくなっているんじゃないかなと。おかしなもの、変わったものとして、取りあえず隅っこに片づけてから見るようになっているんじゃないですかね。

『Passport & Garcon』もそうしたものとして聴かれたと……。

ただ、それは単純に作る側の問題だと思っています。みんなが好きになるしかない最高傑作を僕が作れば、ヒップホップシーンにも無視されずにちゃんと評価されたわけで、そうじゃなかったってことなんですよ、結局。『パラサイト』も娯楽映画として成り立つから意味があるわけですよね。見る人を選ぶような難しいものじゃない。だからつまりは僕の問題なんです。あのアルバムはああしかできなかったものだから、後悔は一切ないですけど、次はちょっと違うものにしなきゃなと思います。

受け手じゃなくてあくまで作り手の問題という考え方なんですね。

いくらでも受け手の問題にしちゃいたいですけど(笑)、それを続けてなんの意味があるのかって思うんですよ。俺は本当のヒップホップを知ってておまえらは知らなくて、俺が正しくておまえらが間違ってて、俺がかっこよくておまえらはダサくて、なんでわかってくれないの?っていう話になりがちなんですよね。自分のプライドや価値観を守るにはそれでいいのかもしれないですけど、僕が見たいのは何かが変わることなので。そのためには妥協もしなきゃいけないと思っています。

Moment Joon

手に入ったものは確かにある

なるほど。ちょっと話が戻るんですが、日本のヒップホップと日本語ラップの違いをもう少し詳しく説明していただけないでしょうか?

ん〜……本当に単純に言えば、日本語ラップって言ったときに思い浮かぶ美学はそれはそれとしてあって、ヒップホップって言ったときに思い浮かぶものがまた別にあるんですよ。僕からしたら、ヒップホップも決まりごととかクリシェであふれてるジャンルですけど、日本語ラップのほうがもうちょっとルールが厳しい気がします。

ヒップホップのほうが柔軟だということですね。

そう思います。自分を更新できる力が、日本語ラップにないとは思いませんけど、ヒップホップのほうによりある気がしていて。例えば男性中心主義って80年代から根強くありましたけど、いまや女性のラッパーもめちゃくちゃ多いし、ゲイとかバイセクシャルとか、いろんなセクシャリティを持つ人々が、偏ったジャンルじゃなく真ん中のポップスターとして、ヒップホップをやっているじゃないですか。そうして少しずつ、少しずつ変わってきたって感覚があります。

日本語ラップでは理想とされる人間像があって、それに近づくためにみんなが頑張って追いかけたり自分を変えたりしていると思います。ヒップホップにももちろんありますけど、「そんなの全部クソだ。俺は俺のままのほうがかっこいい」って宣言しちゃう人が定期的に出てくるんですよね。

例えばアメリカだと、ニューヨークが一番力があるとされていたときにLAが、その後には南部が、そして今度は女性のラッパーたちが、「自分が一番かっこいい」「自分が真ん中だ」って主張して、中心が動いていく。日本語ラップだと正直、そういう動きはやりにくいんじゃないかと思います。

既存の日本語ラップに合わない人が「真ん中だ」と宣言しても、ファンの人々は聴かないとは思いませんけど「おかしいやつだ」って言うでしょうね。レッテルを貼って、新たなサブジャンルを作って「こいつはこういう系だから」「こういう派だから」と分類するでしょう。受け入れるのは受け入れるけど、真ん中として、ポップとして存在することは絶対に許さない。「小さい島をあげるから、その島からは出てくるなよ」って。それがいままで僕が経験した、日本語ラップだけじゃなく日本社会の空気感です。

そういうシーンを変えたかったんですね。

このアルバムを作ったときはそういう意欲がありました。いまは正直、疲れたというよりズタズタになっていますね、心が。愛しているのに、自分の愛には意味がなかったなって確認した1年でした。日本社会、あるいは日本の大衆音楽が僕を理解してくれるとは思わなかったですけど、少なくともヒップホップの中には理解してくれる人が多いだろうと思っていたんですよ。自分が聴いていたヒップホップはこういうものだから。

真ん中のものを作ったという意識なんですね。

よく言えばそうですけど、悪く言うと普通です(笑)。何かとがった特徴があるわけでもないし。でも、その後の反応のなさ、沈黙から、「俺が愛していたものは俺が思っていた通りのものではなかった」ということがわかってきたんです。これは自分ひとりで変えられるものじゃないですし、逆に日本語ラップが好きな人々からすると「これが俺らだから、このまま愛するか、少なくともおまえが思ってるヒップホップってものを持ち出して俺らを敵視するのはやめてよ」ってことかもしれないですね。そういう反応とか評価も実際にあって、その人々からするとそうだよな、確かに、って最近は思ってます。そういうことで心がズタズタになっているんです。

僕はてっきり大評判なんだと思い込んでいました。

誰もそうは思わないです、ヒップホップの中では(笑)。

ズタズタになりながらも、ジャンル外からの支持を新たに得た財産にしていこうと、考え方を変えつつあるんですね。

変えようと頑張ってはいますけど、わかんないですね。本当にわかんないです。自分が望んでいたものはなんだったのか、とか。手に入ったものは確かにありますから、「それを使って次は何をしますか?」って聞かれたら「いいところに使いたいです」と答えていますけど、正直あんまり希望を持っては答えられないです。

ちょっと心配になりました。ラップを続けるモチベーションは……。

最近はないです。ただ一応考えていたアイディアはあるので、それに沿って次のアルバムを出す計画はあります。でも正直、音楽を作る理由が、自分の中ではよくわかんなくなっていますね。単純に、いまは能力が足りないんだと思います。自分の音楽がそこまで人々に響かなかったというだけのことで、音楽を作る理由だって、自分が賢ければ見えてくるはずなんですよ。

Moment Joon

自分が一番輝かなきゃいけない

最後に、Momentさんの仕事としての音楽に対する考え方をお聞きしてもいいですか?

仕事としてラップを捉えたときに僕がいつも重要に思っているのは、例えばバンドで音楽をやる人々とは正反対だと思いますけど、「自分が一番輝かなきゃいけない」ってことです。特に他のヒップホップアーティストに呼ばれて一緒に何か作るときは、「お金をもらったからこの人を引き立ててあげたい」ではなくて、「お金をもらった以上この人を“殺さなきゃ”いけない」って思うんですよ。もちろん向こうから提示してくれるテーマや要望には忠実に従いながら、その人を曲で「殺す」。そういう競争心というものが、僕が思うヒップホップのコアなんです。

現在ではフリーランス・個人で活動している方も増えてきていますが、職業としてのラッパーの将来についてはどう考えていますか?

自分のことは分けて考えると、職業としてのラッパーは有望だと思います。音楽市場がストリーミングにシフトして、とにかく早く出していっぱい回して何回も聴けるものが稼げる環境に変わっていますけど、ラップよりそういうものに到達しやすい音楽もないんですよ。コストが低いし、何よりも刺激的なので。

ただ僕自身の職業として考えると、だからこそ悩んでいます。昔は取りあえず韻を踏むことの楽しさとか達成感で動いていましたけど、いまは本当に言いたいことがない限り何も作りたくないんですよ。そこで僕はクォリティコントロールをしているつもりなんですけど、マーケットは絶えず「食わしてくれ、食わしてくれ」と要求してくるので、合わない部分があるんですよね。

いまは言いたいことがないんですか?

いや、いっぱいあるんですけど、曲の題材として使ってはいけないものばっかりだったりするんですよ(笑)。例えば皮肉とか。もともとすごく悲観的な人間なので、そういうところを爆発させたいっていうのはあります。でも、それって人を傷つけるようにしか機能しないと思うので、例えばめちゃくちゃユーモラスに展開させるとか、聴く人にとって落ち込むだけじゃないものにできる方法が見つかったらもちろん作りますけど、いまはそういうものが見えていないというのが正直なところです。

撮影/三橋優美子(ライブ写真を除く)

執筆者profile
高岡洋詞
神奈川県横浜市生まれ。日本三景・天橋立のそばで育ち、大学進学とともに上京。『ミュージック・マガジン』編集部を経て、現在はフリー編集者/ライターとして活動中。
https://twitter.com/tapiocahiroshi
https://www.tapiocahiroshi.com/
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