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諦めるために、一歩踏み出してみる。ハナコ・秋山寛貴『人前に立つのは苦手だけど』インタビュー

諦めるために、一歩踏み出してみる。ハナコ・秋山寛貴『人前に立つのは苦手だけど』インタビュー

初のエッセイ人前に立つのは苦手だけどを出版された、人気お笑いトリオ・ハナコの秋山寛貴さん。幼いころから慎重派で、人前に立つのが苦手な秋山さんが、どんな経緯でお笑い芸人になり、何度も“潮時ライン”を設けながら、キングオブコント優勝に至ったのか? そして今、どんな日々を過ごしているのかまでを綴った本作は、軽妙な文体とネタの利いた表現でクスッと笑えると共に、鋭い着眼点にハッとさせられる1冊です。

そんな本作の制作秘話から「諦めるために芸人になった」と語るお笑いへの向き合い方まで、たっぷり語ってくださった中には、よりポジティブに生きるためのヒントも隠されていました。

profile
秋山寛貴(アキヤマヒロキ)
1991年、岡山県生まれ。ワタナベエンターテインメント所属。2014年、同じくワタナベコメディスクールの12期生だった岡部大、菊田竜大とともにお笑いトリオ・ハナコを結成。《キングオブコント2018》で優勝。《ワタナベお笑いNo.1決定戦2018/2019》2年連続優勝。NHKドラマ『ラフな生活のススメ』脚本執筆など文筆業に幅を広げるほか、文化放送『ハナコ秋山寛貴のレコメン!』パーソナリティを務める。
https://x.com/LittleGuyAH
https://www.instagram.com/hanaconoakiyama/
https://www.hanaco-official.com/

執筆を通して自分と向き合う

ハナコ・秋山寛貴

大変読みやすく、面白くて、ためになって、心がホッコリして。本当に秋山さんの文才を感じる一作でしたが、エッセイを書かれるのはこれが初めてだったんですよね。

はい。それまではブログぐらいしか書いてなかったので、初めてのトライでした。実は、もともと出版社さんから頂いていたのは「小説を書きませんか?」というお話だったんです。僕、ハナコではネタ書き担当なので、小説なんてどうでしょうか?と。ただ、やってみたら苦戦してしまって(苦笑)、「じゃあ、エッセイだったらどうですか?」ってことになり。それで内容を切り替えて、1年間の連載をさせてもらったんです。

実際、エッセイを書くという作業はいかがでしたか?

もう、悩みながらでしたね。連載期間も決まっていたので、バランスも考えつつ、とにかくテーマ選びには常に苦労しました。学生時代のことから始めてみようか、それとも芸人になりたてのときのことを書いてみようかとか、頭の中に2、3個候補があったとして、ちょっと書き始めて数日経ったあとに別の話を書き出したりするんです。そうこうしてるうちに「〆切、あさってです」とか言われて、慌てて書く!みたいな(笑)。

テーマさえ決まればその後はわりとスムーズなんですけど、毎回「これで大丈夫だろうか?」と不安なまま提出するので、OKですと言われると逆に「やばい、OKになっちゃった!」って焦ってましたね。舞台だと“ウケる/スベる”がその場でわかるので、スベってもすぐ反省ができるんですけど、文章の場合、そのジャッジがすぐに出ないというのも新鮮でした。

書き上げたものが掲載されて、読んだ方々の反響が届くまでにはタイムラグがありますからね。目の前でジャッジされる舞台に比べると、確かにもどかしいかもしれない。

そうなんです。校正さんというポジションも今回の連載で初めて知って、赤字の入った原稿が戻ってくるのが嬉しくて!「この言い回しのほうが秋山さんの意図に近いんじゃないか」とか「この1文には思わず笑ってしまいました」とかってメモがついてたり、やっぱりリアクションを貰えるのが嬉しくてしょうがないんですよね。

ハナコ・秋山寛貴

もちろん世に出たあとは「楽しく読んでます」という声をたくさん頂きましたし、祖母が亡くなった直後にM-1甲子園の予選に出たときのことを書いた『あの日イオンから逃げなくてよかった』の回は、連載中に「泣きました」って言ってもらったんですよ。それを聞いたときは、何かしら心が動くものが書けているんだなと、すごく安心しましたね。

あとは文章として書くことで、自分の性格や自分自身とも向き合うことができました。じっくり時間をかけて言葉を選ぶという行為は、普段のトークではなかなかできないことなので、エッセイという形で自分という人間を伝えられたのは、メチャクチャ嬉しかったです。特に『やめずに立っている』の回では、ハナコのコントを見てくれているお客さんからは「秋山さんという人間のことがよくわかった」という声も頂きました。

ここまでに結果が出なかったら潮時という年齢を何度も決めて、結果的に、そのたびクリアしてきたという話ですね。過去から現在まで、さまざまな時代の秋山さんが、さまざまな角度から描かれていますが、どの回もしっかりオチがあるのはコントと同じだなと感じたんですよ。例えば1話目の『怪我をするほどコントが好き』だったら、牛丼が伏線になっていて綺麗に落としてくれるんですけれど、ぶっちゃけコレが無くても締められるじゃないですか。

もう、不安なんですよね! コントしか書いてきてないですから、むしろオチをつける以外の終わらせ方がわからない。だから、オチをつけるのが、もう癖のようになってるんです。

なるほど(笑)。そのほか、コントでの経験がエッセイに活きたことってありました?

いつもネタになるかもしれないことをスマホにメモしているんですけど、エッセイのテーマ選びのときに、それを見たりはしました。

例えば、築地でバイトしてた頃の話を書いた『築地市場に育てられた』は、メモの中にダジャレを言うおじさんの一言が残っていて、そこから記憶を蘇らせて書いたんですよ。普段は忘れていても、そういうのを見返すと当時のバイト仲間の気まずそうな顔とか、いろいろ思い出せるんですよね。築地時代はディープだったので、当時の仲間と再会して喋れば、たぶん1冊書けるぶんくらいのネタは出てくる(笑)。

ふとした違和感が創作につながる

ハナコ・秋山寛貴

コントのネタ作りのために、普段からメモをしているんですね。

そうです。それ単体では別に面白くなくても、ちょっとでも引っかかったことは全部メモするようにしているんですよ。「ネタを作るぞ!」とかって意気込んで、机に座っても何も浮かばないから、そんなときのヒントだったり助けになるのがメモなんですよね。なので、何か違和感を持ったものは、常に拾って持ち帰るようにしてます。

ちなみに、一番最近メモしたことって何でした?

本当になんでもないことなんですけど、お店の軒先に張り出してる日除けのひさしがあるじゃないですか。あれをハンドルを回して出したり収めたりするのを見かけて。自分もやりたくなってメモしてます。

あとは、これは絶対コントにしたいやつで、最近『ボーイフレンド』っていう恋愛リアリティショーをNETFLIXで観たら、すっごくオシャレで、すっごく面白かったんですよ。ああいう番組って、みんなでご飯食べるシーンがあるじゃないですか。そこで、ご飯を食べるスピードがすっごい速い人がいたら嫌だなと思ったのをメモしてますね(笑)。こういう仕事をしてるから自分も速いですし、実家帰ると「あんた、そんな早食いやめなさい」って言われる、あの感じがオシャレな雰囲気やカメラワークの中にあったら面白いなと。

あと、今、気になってるのが……絶対に落としたはずなのに食べかすがない!ってこと、あるじゃないですか。今、絶対に落としたはずなのに見つからないっていう、あれ、メッチャ怖くないですか?

怖いです! しばらく経ってから出てくることもあるんですけど、異空間に落ちたのか?ってくらい見つからないこともある。

どっか行っちゃってるとき、ありますよね。あれ、何なんでしょうね? あの現象を、何か作品にしたいんですよ。お笑いにしてもいいし、ホラーとかSFにもなりそうだし。これは何かにできそうだなと。

いや、普通なら気にも留めないようなところに着目する着眼点の鋭さはさすがです。こうやってネタを作っていくことは、秋山さんにとって、やはり楽しいことなんでしょうか? それとも舞台にあがるために作らなければいけないという、いわば義務的で苦しいもの?

ネタが出てこないときは当然苦しいですいし、こんなに思いつかない自分って何なんだろう?って悩んだりもするんですけど、出たときに全部チャラになるんですよね。で、実際に舞台でやってウケたりすれば、さらにチャラになる。

ハナコ・秋山寛貴

あとは芸人仲間とかと、ネタの欠片みたいなものを話題にして「これってなんか面白いよね?」とか「こういうの思いついたんだけど、どうしたら伝わるかな?」とかって話をする時間は、すごく楽しいです。1つのネタを、どうしたら面白くできるだろう?って研究したり、実験していくのは、趣味といえるのかもしれません。

その達成感を知っているからこそ、何気ないこともメモしてしまうんでしょうね。ちなみに、本書にはガンジーの名言も出てきましたが、日常の出来事だけでなく名言とかもメモしているんですか?

しますね。あとは普通に街中だったり、テレビの中から聞こえてくるセリフとかもメモしてます。数年前に気づいたのが、僕、セリフが苦手なんですよ。コントのネタを作っていても、現象とか動きのことばっかり思いつくので、日常のセリフを丸々拾っておけば、そのままコントにはめ込めるし、いいんじゃないかと。

例えば、最近拾ったセリフって何かあります?

この前、学園祭でキンタローさんと一緒になって、袖で出番を観ていたんです。客席にお子さんが多いからとアニメ曲メドレーをされていて、お面みたいものをめくりながら、いろんなアニメキャラをすごいスピードで真似されてたんですね。で、アンパンマンの順番のときに「僕、アンパンマン! ひさしぶりだね」っておっしゃってたんですよ。でも「ひさしぶりだね」って、意味わかんないじゃないですか? そこにいる子供たちが、どれぐらいの頻度で『アンパンマン』を観ているのか、前回いつ『アンパンマン』を観たのかも知らないのに「僕、アンパンマン! ひさしぶりだね」って! 天然なのか意図してのことなのかわかんないんですけど、すっごく面白くてメモしました(笑)。

あとは近所に『おかしのまちおか』があって、その前を通ったときに「まちおかついた! ちっさいけどすげえ!」っていう子供の声が聞こえたんです。言われてみれば、確かに店舗は小さいけど、その中に夢のようにお菓子がいっぱい詰まっていて、すごいよなと。僕は『まちおか』のことを「ちっさいけどすげえ!」とは一度も捉えたことがなかったので、これは「やられた!」と思いましたね。声のトーンもすっごく可愛かったし、まさに生きた言葉だなと。

削ぎ落としていった結果、今がある

ハナコ・秋山寛貴

あとは本書を読んでいて一番気になったのが『人前に立つのは苦手だけど』というタイトルが表す通り、「人前に立つのが苦手なのに、なんで芸人やっているんだろう」という類の文言が繰り返し出てきたことだったんです。その弱点を自覚していながら、高校を卒業した時点で秋山さんがお笑いの世界に踏み出せたのは何故だったんでしょう? 何かに憧れていても「自分にはできない」と最初から諦めて、踏み出せない人の方が現実には多いのに。

むしろ、踏み出すことで諦めたかったんですよね。絵が好きで、美術の仕事をしたくて美大の受験準備もしていたけれど、そっちに行って後々「お笑いの世界、覗いとけばよかったな」って後悔することになったら厄介だから。

それなら今、踏み出して、諦めて、そこから仕事を探せばいいだろうと。常に潮時だとか辞め時の年齢を意識していたのも、だからなんですよね。なのに、偶然それをクリアしてこられたから「あれ? もうちょっとできるかも」って欲が出て、今に至るまで続けられている……ということなんです。

諦めるために踏み出すって、とてもポジティブでいいですね。

ハッキリさせたかったんです。そこで諦めないと、次に行くにしたって動けないんで。じゃあ、なんで続けてこられたんだろう?ってことを考えると、漠然としていた憧れが、より細分化されてきたというのも大きいと思います。

コレは見るのは好きだけどやりたくはない、コレはもっと得意な人がいるから任せる、コレは憧れるけど自分には無理だとか。そうやって削ぎ落として自分がやれるものに絞っていった結果、僕は運良く憧れていたお笑いの世界を諦めずに済んでいるんですよね。そういった輪郭がエッセイを書くことを含め、いろんな仕事を通してハッキリとしてきて「自分がずっとやりたかったことはコレだったんだ!」って、点と点が線になる瞬間もいっぱいあったんです。

ずっとやりたかったことって、具体的には?

例えば、僕はスタジオコントで変なキャラが登場したときの「え?」みたいな受け芝居が、すっごく好きなんですよ。たまに「秋山さんのフリーズアクション、ピカイチ!」とかって、僕のリアクションに名前をつけて切り抜き動画をあげてくれる人もいて。地味なところかもしれないですけど、誰かが一緒に面白がってくれているのを見ると「ココだ!」ってなるんです。そういった自分の強みだったり、本当にやりたいことというのが、芸歴を重ねるにつれて見えてきているので、それをどこまで憧れに近づけられるのか?というチャレンジを今はしているところですね。

ハナコ・秋山寛貴

確かに、外から見る“憧れ”って漠然としてるから、その中で自分のできることを見つけるというのは重要ですよね。

そうですよ。一口に“お笑い”と言っても、ジャンルもあれば表も裏もあるし、自分がどの要素に憧れているのか、外から見ているだけでは自覚できていないことも多いと思うんです。例えば「音楽でメシを食いたい!」と考えたとき、最初は人前に立って歌うことを目指すかもしれないけど、やってみたら実は作曲にシビれていたことがわかるかもしれないし、もしくはステージ演出に惚れていたのかもしれない。それを知るには、踏み込むしかないんですよね。

僕の場合で言うと、とにかくネタが好きで、世代で言うと『笑う犬』シリーズのテレビコントとか『ミスター・ビーン』とかを観ていたんです。で、今から振り返ると『ミスター・ビーン』って、名前もないような一般人のキャラが、ちゃんと受け芝居をやってるんですよ! だからあんなに面白いんだ!って芸人になってから気づいたんで、僕はその日本代表になりたいんですよね。ミスター・ビーンではなく、ミスター・ビーンの横に立って一番面白いやつになりたい(笑)。

傍から見ていると、ついミスター・ビーンというキャラクターが面白いように捉えてしまいがちですが、確かにミスター・ビーンが1人で何かをやっているだけでは笑いが生まれませんからね。そう考えると、お笑いって関係性とリアクションが作るエンターテインメントなのかもしれません。

そうなんですよね。ミスター・ビーン1人だと笑いどころがわからなくなる。お笑いコンビでもボケとツッコミっていう役割分担があって、僕もネタの中では一応ツッコミだから、他のトーク番組とかロケのときに「ツッコミは頼むよ!」みたいなことを言われるんですよ。そういうのが苦手だなと最近まで思っていたんですけど、海外のコメディではツッコミ的なポジションのことを“ストレート”って呼ぶって知って楽になったんです。

ストレート、要するに“異常者じゃない”ってことで、あ、僕がコントでやってることってストレートかもしれんな!って。そういった気づきを通じて、より自分のスタイルが明確になってきたところはあります。

もっといろんな人たちと話したい

ハナコ・秋山寛貴

ただ、秋山さんと同じような気づきを経て、同じように努力してきたとしても、必ずしも生き残れるわけではないですよね。意地悪な質問かもしれませんが、今、ご自身が続けられているのは運が作用している部分も大きいと思われます?

うん、もちろんメチャクチャ運もありますね。だから自分に近しい人だったり、僕が「面白いな、この先輩」って思ってる人がお笑いをやめるときは悔しくなります。なんで僕がやめてないのに、この人がやめるんだ!?とか、もっと自分に何かできたんじゃないか、長所を上手く伝える方法をアドバイスできる力が自分にあれば……とかって考えてしまうことは、よくありますね。

「衣装こっちにした方がいいよ」とか「このネタはコッチじゃない」とか、仲間内でアドバイスしたり助け合うことって、みんなやっているんですよ。特に僕はネタについて話すのが好きなので、先輩や後輩ともっと話したいですね。それこそ芸人だけじゃなく、演出やスタッフの方だったり、他の映像関係の方だったり他ジャンルの方とも話したい。

お笑い以外のジャンルの方でも?

はい。ジャンルが違っても意外と通じることがあって、コントと繋がるところもあったりするんですよ。去年だったかな? 20秒のラジオCMを作ったときも、コント用のメモが活きたりしましたし、ちょっと褒めてもらえたりもして。

もしや、将来的には放送作家とか、別の職種にチャレンジしてみたいというビジョンもあったりします?

興味はあります。何が繋がってくるかわからないですもんね。やれたらスゴいなぁとは思います。

それこそお笑い芸人も個人事業主であり一種のフリーランスですから、可能性は無限ですよね。自分のスキル1本で、何でもやれるはず。

いや、フリーランスとは言っても、事務所の力は大きく借りているので。本当に自分の腕一本でやっている方たちは尊敬しますし、憧れもします。これはイメージなんですけど、事務所とか会社とか絡んでいないほうが、お互いに組みやすい点もありそうだなって思うんですよ。これが芸人になると、それぞれの事務所を通さないといけないこともあったりするので、直に手を組みやすいっていうのは個人的に少し羨ましい部分もありますね。なので皆さん、たくさん手を組んでいるところを見せてほしいですし、いつか僕とも組んでください(笑)。

ハナコ・秋山寛貴

撮影/中野賢太@_kentanakano