その名もズバリ『弁護士で作曲家の高木啓成がやさしく教える音楽・動画クリエイターの権利とルール』なる著書を2020年に出版した高木啓成さん。困り事の具体例を挙げながら自身の仕事に関わる“法律”を、タイトルの通り“わかりやすく”説明した本書は、「こんな本が欲しかった!」と多くのクリエイターの賞賛を呼びました。
さらに、このほど新たな項目を加えた第2版が発刊。今、クリエイターを取り巻く状況を激変させている「AI」を中心に改訂の意図とポイント、そして今年の秋に施行予定の「フリーランス新法」について伺いました。
弁護士・作曲家。動画・音楽関連企業、ゲーム会社、タレント事務所、デザイン事務所などをクライアントとし、著作権法を中心とするエンタテインメント法務を取り扱う。テレビ出演、新聞・雑誌・インターネットメディアへの寄稿、企業・学校・自治体などでの講演も積極的に行っている。
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クリエイターが直面する企業案件トラブル
2020年に『弁護士で作曲家の高木啓成がやさしく教える音楽・動画クリエイターの権利とルール』の初版を発行されてから、どんな反響がありました?
ありがたいことに「とてもわかりやすく整理されてる」と言っていただけましたね。クリエイターさんはもちろん、弁護士だったり専門家の方も読んでくださったようで、こんな風に体系立ててわかりやすく整理したものは今まであまり無かったし、イラストも描いていてすごい!と。
ところどころに盛り込まれている可愛らしい動物のイラストも、てっきりイラストレーターの方に頼まれたんだと思っていたら、ご自身で描かれたそうですね。
はい。元々クリエイター向けのセミナーだったり勉強会でホワイトボードで解説するときに、登場人物を「A」「B」と表記するのは味気ないので、イラストを描いていたんですよ。それが好評だったので、書籍ではもうちょっと丁寧に描いてみたんですけど、友人の『しろくまカフェ』の作者のヒガアロハさんに「ヘタウマやな」って言われました(笑)。
内容的にも音楽クリエイター、動画クリエイターそれぞれの立場に寄り添って、知られていない権利が説明されていたり、起きうる事象を具体例として挙げられていて、当事者には非常にありがたい本だなと感じました。
ありがとうございます。確かにバックミュージシャンの方とか、実演家としての権利があることを結構ご存じなかったりするんですよ。自分の演奏した音源がテレビとかで流れたら、そんなに大きな金額ではないけれど、年2回一定の報酬を受け取ることができるという記述に「知りませんでした」という反応もありましたね。
ドラマーやギタリストみたいな人たちは、まだ仲間内で教えてもらったりできるんですけど、DTMとかで全部ひとりで音源を作っているクリエイターには情報が回らないみたいで。曲のアレンジをしているから編曲者だということは認識していても、演者としての権利まであるとは思ってもいなかったりするんです。いやいや、打ち込みも演奏に含まれるんですよ!っていうところは意外だったみたいですね。
YouTubeのリアクション動画で元の動画が絶対映らないのは送信可能化権に引っかかるからとか、ゲーム実況にマインクラフトがやたら多いのは権利関係が比較的ゆるやかだからとか、何気なく見ているものの裏側にある事情も知れて、視聴者目線でも読んでいて楽しかったです。そして今回「作家事務所」「企業案件」「AIを利用しての音楽・動画制作」等が追加された第2版が出版されましたが、どういった経緯で新たな項目を加えることになったんでしょう?
在庫がなくなったので重版しますか?と出版社さんに言われたんですが、3年経って情報が古くなってきたので、せっかくなら情報をブラッシュアップしたいな、と。「じゃあ、改訂版で出してはどうですか?」と僕の方から提案した流れですね。
「作家事務所」は、従来の音楽ビジネスの枠内のテーマではあるんですけど、音楽クリエイターにはまだまだ作家事務所との契約について知りたいという需要があったんです。じゃあ、もう少し詳しく解説しようかと。
「企業案件」は初版の時点で載せようかと検討していて最終的に削ったんですが、今回は必須だなと判断したんです。動画クリエイターが増えるにしたがって企業案件も増えていて、その中には広告代理店が入らずに企業とクリエイターが直でやりとりするケースも多いんですね。なのでトラブルも発生しがちですし、去年の10月からステマが正式に法規制の対象になったので、しっかり対応策を周知しなければいけないなと。
企業案件ってステマと紙一重ですからね。企業の意向に添って作った“広告”動画であることを明確にしないとステマになってしまうわけですが、実際どんなトラブルが考えられるんでしょう?
例えばテレビの広告だったら、同業他社の案件をやるってNGじゃないですか。でもYouTubeとかの動画クリエイターの感覚からすると、全然アリだったりするんですね。そこで食い違いが出てきたりするので、そのへんは契約の時点で明確にしておくべきだろうなと。また、当然のように動画の著作権を主張する広告主もいるようですが、実務上は必ずしもそうではなく、むしろ、動画の著作権はクリエイターに留保される契約も多いというのも周知したいです。
法的観点から考える、AIの現状
そして「AI」ですが、こちらは、もう喫緊の課題ですよね。
そうですね。ただ音楽生成AIって、去年の夏ぐらいまでは本当にアイディア出しというか、メロディのインスピレーションをもらえるかな?くらいのレベルだったんですよ。それが秋頃、簡単なプロントを入力するだけでソレっぽい音源が歌詞付きで生成されるようなAIが出てきて、これはヤバい!となったんです。最近さらにスゴいのが出てきて、どんどん進化しているんですよね。ネット上でアカウントを作るだけで、そんなものが無料で使えてしまうという。
あとは歌詞の問題もあって、例えば1番の歌詞さえ自分で一生懸命書けば、今や2番の歌詞はAIがかなりの精度で出してくれるんですよ。それをそのまま採用した場合、文化庁が今年出した「AI と著作権に関する考え方について(素案)」からすると、1番の著作権は当然自分にあるけれど、2番の著作権は認められないというふうに解釈されるんですね。じゃあ、2番の著作権はAIに帰属するのか?というと、もちろんそうではなく、AI企業側に著作権使用料が分配されるわけでもない。2番の著作権は宙に浮いたような状態なんです。
ちなみに、その文化庁の素案は誰が作っているんでしょう? 技術の進化に法律が追いついていない以上、国として何らかの指針を出すのは当然だとは思うのですが、それが本当に実情に即しているのか?という不安もあります。
いろんな専門家・有識者が入った委員会があって、そこが素案をとりまとめてます。ただ、やはりクリエイターが日々の制作のなかでどのようにAIを使っていて、だからどのような点が問題になるか、という実情を捉えた論点に対する回答は導き出せていませんね。また、自分としては、裁判所が文化庁の素案を過度に重視した判断をするようになると、結果的に文化庁が法律を作っているようなことになるので、それに対する懸念もあります。
そんな激変する情勢の中で、実際どう立ち回っていけばいいのか悩んでいるクリエイターにとって、今回加筆された「AI」パートは一つの手がかりになるようにも感じました。
ありがとうございます。ここで伝えておきたいことはいくつかありまして、まず、現状AIはネット上のすべてのコンテンツをかっさらって自動的に学習していますが、日本の法律上これに対してNOは言いづらいんですね。その代わり、自分がAIを利用することも柔軟に認められていて、AIを自身の制作に活用することも問題ない。ただし、それが自分の著作物として認められなければJASRACも預かってくれないですし、著作権使用料を得ることもできませんから、たとえAIを利用するとしても「これは自分の手で作ったものだ」と主張できるようにしておくことが重要だということですね。
最近はSNS上で自分の作品を公開する際に「AI学習禁止」の但し書きを付けているイラストレーターも多いですが、では、本来は禁止することはできない?
但し書きを付けても、著作権法上AI学習は認められてしまいます。クリエイター側にできるのは「学習から除外してください」というテキストを埋め込むことくらいで、新聞社は自社サイトで記事を配信する際にやっていますね。ただ、コピーガードみたいなものではなく、イメージ的には「これは学習させないでくださいという但し書きが付いたものです」ということをAI側に認識させられるだけなので、学習されることを完全に防ぐことはできません。
自分の著作物が学習されてしまう代わりに、そういった学習の結果AIが提示してくるものを自分が利用することも可能だということですね。ただし、本書にも書かれている「思想・感情の享受を目的とする場合」は著作権侵害になってしまうということでしょうか?
AI学習に関してはそうですね。これも議論のあるところですが、絵柄を似せるのはOKだけれど、最初から著作権侵害に該当するものを生成するためにAI学習させるのであれば違法になります。例えば、手塚治虫先生のマンガを集中的に学習させて、手塚治虫先生のマンガそっくりのイラストを生成するAIを作るケースですね。