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「『デイリーポータルZ』は永遠に続きます」ウェブマスター林こと、林雄司インタビュー

「『デイリーポータルZ』は永遠に続きます」ウェブマスター林こと、林雄司インタビュー

やっぱり、みんな天邪鬼

林雄司/ウェブマスター林

『デイリーポータルZ』は、“愉快な気分になりますが、役に立つことはありません”というキャッチコピーが表すように「どこからそんなこと思いついた!?」とか「なんでそこに注目した!?」と言いたくなるような記事が並んでいて、変な中毒性がありますからね。失くしたくない気持ちはわかります。

でも、もう“役に立たない”って言うのは、やめようと思っているんです。だって、言ってしまえば映画だって音楽だって役に立たないのに、やってる方は“NO MUSIC, NO LIFE”とまで言ってるじゃないですか。エンタメって、本来そういうものなんですよ。

そもそも、役に立つ/立たないという基準で考えると、世の中のものなんて大概役に立っていない。インターネット界隈が“役に立っている”ことに異常に価値を見出しすぎているから、そこに引っ張られているだけなんですよね。だから“愉快な気分になる”ということ自体に、十分な価値があるんだということは常に意識したいです。

普通なら気づかないところに着目して、人を愉快な気持ちにさせるような記事を書く。そういったポリシーは、最初からあったんですか?

普通の人が気づかないこと、あんまり知られていないことを書こうという気持ちは、ずっとありますね。遠くにあるものが珍しいのって当たり前だから、すごく身近にあるのに気づいてなかった!って、ハッとするようなものを見せたいんですよ。だから、なるべくわかる言葉で、珍しいことを書くというのは心がけてます。「デトロイトのミュージックシーンが……」とか言っても一部の人しかわからないから、例えば、みんな紳士服のコナカかAOKIか青山か、実は区別がついてない!とか(笑)。そういう毎日見ているのに気づいていないことを、ほじくり出して見せるのが快感なんです。

チェーン店の一番高いものを食べてみよう!という人気企画も、やろうと思えば誰もが今すぐに実践できるのに、見落としていた着眼点ですよね。

そうですね。誰もが知っているもの同士の意外な組み合わせが、人を一番ビックリさせられるので、単語で人を選ばないようにしたいんです。だから、よく“サブカル”って言われるけど、実はすごくメインの話をしてるんですよね。

長年IT業界にいながら、そういった意識を持ち続けられていたのは稀有な気がします。IT系企業の方って、メールの文面でも見慣れないカタカナ用語が飛び交ってたりするじゃないですか。

なんか天邪鬼で、そういうのが嫌い……というか、意地悪だなと思っているんですよ。だから、逆にわかりやすいものを求めるんでしょうね。難しい言葉を使ったり、わかりにくい省略をすることで、変な身内感が出るのが嫌で。僕がやっている『地味ハロウィン』も、本当は『地味ハロ』って略さないでほしいんです。すごく狭い範囲で使われているマニア用語みたいに感じちゃうから……って、でも、そんなこと言うと感じ悪いんで言わないですけど(苦笑)。

林雄司/ウェブマスター林

その『地味ハロウィン』も、今やハロウィン時期の風物詩になりましたよね。ハロウィンは本来子どものためのもので、大人がバカ騒ぎするものではないと私も感じていましたから、『地味ハロウィン』が登場したときは心の中で拍手喝采でしたよ。

僕も同じ気持ちで始めたんです。ああやって騒いでる人、嫌だな。でもちょっとやってみたい気持ちもあるけど交ざれるわけないし……。だから狭い輪を作って始めたという意味では『デイリーポータル』と同じですね。それが、あんなに受けたってことは、やっぱり、みんな天邪鬼なんですよ。

そうやって、足元にあるのに誰も顧みないものにスポットを当てるというところが、愛される秘密なんでしょうね。みんな応援したくなるし、なくなったら嫌だと思うから、対価は関係なく“はげます会”に入会するわけで、会員数も1,500人を突破したとか。月会費は1,000円(税別・以下同)から1万円、5万円、驚きの10万円まで4種類ありますが、高額コースにはどのくらい……?

1万円コースは、そこそこいますね。数十人。おかげで金銭的にはすごく助かるんですが……逆に「こんなお金もらっていいんだろうか?」って、ずっと年明けから緊張しているんですよ。会員が増えたことで「絶対面白いものにしなきゃいけない!」とか「役に立つこと書かなきゃいけない!」って意識しちゃってて。元に戻るまで半年ぐらいかかりそうだから、温かく見守ってほしいですね。確定申告の仕方とか、急に変な記事を載せ始めるかもしれないですけど、それも含めて面白がってもらえれば(笑)。

そんな実用的な記事を作らなくても、ネタには困っていないのでは? そもそも“人を愉快な気持ちにさせる”発想の源はどこにあるんでしょう?

何でも面白がってモノを見てしまうんですよね。例えば、この前、渋谷に行ったとき、サクラステージの入り口がすごい強風だったんで、「渋谷で一番風の強いところはどこだろう?」とか。あとは、江戸時代の判じ絵っていうなぞなぞみたいな絵を見たときに、「これ、今風にできないかな?」とか。昔は、割と強引にネタを考えてたんですけど、最近はあんまり無理な展開はしないで、身近にある“面白”の芽を広げるほうにシフトチェンジしてますね。

フリーランスで集まってオープン納会やりたい

林雄司/ウェブマスター林

ちなみに、今、頭の中にある企画は、どんなものですか?

僕、仕事で朝早くにどこかに行って、サッサと仕事を終えて知らない土地で開放されるのが好きなんですよ。なので、今度ライターを取材の名目で朝9時に筑波に呼び出して、実は嘘! この後、知らない土地で1日エンジョイしてください!って言って、どう楽しんだかを記事にしてもらうとかもいいですよね。あと、ものすごく明るいLEDモニターが新宿御苑にあるんで、照度計を持って一番明るいLEDモニター探してみようとか、渋谷で一番古いビルってどこだろう?とか。気になったものがあると、つい、一番を探したくなるんですよね。むしろ、そのパターンばっかりかもしれない(笑)。

しかし、今おっしゃったネタ、実際に記事にしようとすると、どれも結構な時間と労力がかかりますよね。

そうですね。外に出て調べるのに半日、記事書くのにも半日から1日かかるんで、大体2日くらいは必要。

となると、本来は2日分の働きに見合う原稿料をライターに支払わないといけないところですが……。

全然払ってないですよ! もともと、そんなに払ってなかったのが、今回の独立で、さらに払わないようになりましたからね。それでも、みんな「書きたい」って志願してくれるんです。時給換算したら絶対東京都の最低時給を下回る金額なのに、だから、いろいろ不思議なんですよね。“はげます会”の会員も、そんなにメリットないのに会費払ってくれてるし、お金じゃないところで動いているというか。たぶん「原稿料を5,000円上げるから、もっと書いてください」って言っても響かなくて、それよりも記事に細かく感想をつけて返すとか、読者の反応を小まめに送るとかっていうフィードバックの方が人を動かせるんです……って言うと、すごくあくどいな(笑)。

下手したらやりがい搾取的な部分はありますけど、“好き”を原動力にしている人間には、ありがちな心理だとは思います。

お金で人を動かそうとすると、原稿料を10倍ぐらいにしないといけないですからね。だから、せめてフィードバックは絶やさないようにして、みんなが正気に戻らないようにしてます(笑)。

でも、一応きちんとした原稿料を払うことは目標にしているんですよ。独立したことで間接費がかなり減ってるんで、“はげます会”の会費と、あとは法人からの協賛が増えれば、もしかしたら前以上に払える可能性もなくはない。社員は僕ひとりなんで人件費もいらないし、そもそも自分の給料をいくらにするかも、まだ決めてないし(笑)。以前は会社に報告する用の資料作りだとか、部下の人事評価とかにも結構な時間を取られてたんですけど、それも必要なくなりましたから。

そこは独立したことによる大きなメリットですよね。

うん、やっぱり自由度は広がりましたね。会社員ならではの間接業務が無くなって、本当にやりたいこと、クリエイティブなことだけに集中できるようになったんです。あとは“はげます会”をはじめとする読者に向かって動けばいい、お金を払ってくれてる人に喜んでもらえることをすればいいだけだから、すごくシンプルですよね。

と言いつつ、読者が知らないことを見せるのが基本のサイトなので、読者の言うことはあんまり聞かないっていう(笑)。お金をもらっておいて、そこはヒドいサイトだなと思いますけど(笑)。

ひとつ質問なんですが、もし会社員として『デイリーポータルZ』を続けられていたとして、定年の時点でサイトからは離れるおつもりでした?

いや、それはないですね。自分が定年退社したあとも『デイリーポータルZ』を続けてくれるんだったら、嘱託とかライターとして雇ってくれないかな?っていうのは、どこかにありました。でも、結局は全部自分が引き受けることになってしまったんで、永遠に続きますよね。もう、誰からもストップはかからないですし。

林さんご自身がやめる気もない。

ないですね。すべての出所が『デイリーポータルZ』なんで、なくなったら困ってしまうんですよ。赤字が続いても蓄えで2年ぐらいは続けられる計算ですし、家賃が発生するお店をやっているわけでもないんで、実際、これで食べていこうと考えなければ、ずっと続けられるんですよね。目下のネックはサーバー代だから、資金がショートしたらタンブラーとかはてなブログに移して個人サイトにして、経費補填に何か別の仕事をすればいいし。個人仕事でライター業を始めて、昔のインターネットの話とかを書いたりすれば、糊口をしのげるんじゃないかと(笑)。

なるほど。いかにして利益を生むか?ということばかり考えがちな昨今の風潮の中で、ストイックに自分の好きなもの、クリエイティブなことを追求する林さんの姿勢こそ、読者や周囲の人々に「サポートしたい!」と思わせる所以なんでしょうね。

そうなのかなぁ。でも、そんな贅沢したいわけでもないですしね。とりあえず、ライターみんなが暮らしていける程度の原稿料を払えるようになれば、それで十分。

じゃあ、それでも有り余る富があったとしたら、何に使います?

……何でしょうね? 特にないですよ。強いて言えば、倉庫が欲しいくらい。珍しいものを見つけると、ネタになるんじゃないかと買ってしまうんで、家に物があふれてるんですよ。例えば中国の立体地図とか、そういう謎な物がいっぱいあるんで、それをしまえる倉庫は欲しいですね。あとは、いつでも撮影できる広い場所とか。照明機材を毎回片付ける必要のない場所があったら嬉しいです。

結局サイトに関わることばかりじゃないですか!

『デイリーポータルZ』自体が趣味なので、それ以外の趣味って全然ないんですよ。旅行に行くとしても、絶対変な場所にわざと行って、変なもの見つけて記事を書いちゃうし。サロマ湖に海との境界を見に行きたいなぁとか、ジャージー島でジャージを、ガラパゴスで携帯を買いたいなぁとか。そういう意味ないことをやるのもひとつの贅沢ですよね。でも、車の免許持ってないからなぁ。二十歳の頃、免許用に親からもらったお金を、全部CDに注ぎ込んじゃったんですよ。免許あって英語しゃべれたら、アメリカの田舎町に行って「家の冷蔵庫に何入ってますか?」って聞く企画やりたかった(笑)。

いや、すべての思考と行動がサイトにつながっていて、林さんの“『デイリーポータルZ』愛”がよくわかりました。長年の会社員生活から解放されて、クリエイティブに集中できる環境を整えられたのは、きっと正解でしたね。

会社やめて、まだ2週間ぐらいですけど、また会社員やれって言われても、もう嫌ですね! 間接業務的なものが面倒くさくて、離れると急に魔法が解けた感じがします。ただ、去年の暮れに納会に出て、「こういう景色も生涯で最後か」と思ったら、愛しくなったんですよ。みんなで会議室に集まってケーキ食べて景品の抽選をやったりとか、こういう空気はもう二度と味わえない!ってエモーショナルな気持ちになったので、今度はフリーランスで集まってオープン納会やりたいですね。ビンゴでプレステ当てたいです(笑)。

林雄司/ウェブマスター林

撮影/中野賢太@_kentanakano