開業時から自分にしかできない「ニッチさ」を追求。人気ブランド『JETLINK』代表・渡辺純さんに聞く、売上アップ&人気維持のカギ。

人気映画のキャラクターやシーンを、アートのように繊細に描いたTシャツが評判の『JETLINK』。芸能人や国内外の映画関係者に愛用者も多く、映画「エイリアン」とのコラボレーションも果たした注目のブランド。創業者である渡辺純さんは、大学卒業後から現在までフリーランスとして活動を続けています。そんな渡辺さんに、JETLINKを立ち上げた経緯やブランドを成功させるための戦略などを聞きました。

大人がスーツと一緒に堂々と着られる映画Tシャツを作りたい

多くの著名人がJETLINKのTシャツを着ていますが、人気の秘訣はなんだと思いますか?

一つには「ニッチさ」だと思います。例えばホラー映画をモチーフにしたTシャツで、黒地に血しぶきが飛び散っていて、赤い字でロゴが入ってるようなデザインって山ほどあるんですよ。僕はそういう子どもっぽいものではなくて、大人でも着られるTシャツを作りたかったんです。色使いも派手にせず、大人がジャケットの下に着ても違和感のないような服を目指しました。そこが画期的だったんだと思います。あとは、クオリティへのこだわりですかね。

映画「エイリアン」をモチーフにしたTシャツ

クオリティへのこだわり、というと?

僕は服のデザインをするときは、もうほとんど病気で、プリント位置を1cm動かすかどうかで6時間悩んだりします(笑)。プリント方法にしても、通常は1版で済むプリントでも、3版に分けることで濃淡や奥行き感を表現しているんです。原画と見比べても違いが分からないくらいの品質で、こういう方法で作っているアパレルメーカーはほとんどないと思います。

映画モチーフの洋服を作り始めたきっかけは、何だったのでしょうか?

もともと映画が大好きだったので、それを洋服づくりに生かしたいと思いました。巷で販売している映画モチーフのTシャツって、2、3回着ると伸びてしまうような安い物や、子どもっぽいデザインのものが多いんですよ。僕はもっと大人が堂々と着られるような、質が良くてオシャレなTシャツを作れたらいいなと思っていたんです。

就職活動時に感じたストレスがきっかけで、大学卒業後に開業の道へ

渡辺さんがファッションに興味を持ち始めたのはいつくらいですか?

僕は高校を卒業するまで新潟県に住んでいたのですが、そのころからファッションは好きでしたね。90年代のサブカルが好きで、宝島、アサヤン、メンズノンノなどのファッション雑誌を読んでいました。雑誌に載っているお店は東京のお店ばかりなので、「絶対に東京に行ってやる!」って中学生くらいから思っていました。

東京に行ってファッションの仕事をしたい、というところまで考えていたんですか?

そのころは自分で店を出すとは夢にも思ってなかったですが、漠然とファッションの仕事に携わりたいとは考えていました。いずれにしても、なんの理由もなく東京に行くことはできないので、東京の大学に入学しました。大学はギリギリ単位を取れる程度しか行っていなくて、ほぼ毎日原宿に通ってました(笑)。

そんなことをしているうちに大学を卒業する時期になって、就職活動を始めました。アパレル系の企業に就職したいと思って有名なショップに応募したりしましたが、面接でガチガチに緊張してしまって。こんなに他人に気を遣いながら働かなきゃいけないんだったら、就職しないで自分で洋服を作った方がいいんじゃないかと思ったんです。

そこから、開業をめざして動いたわけですね。

いえ、まずは自分で貯めたお金で1年間、専門学校に通いました。高校も大学もサボることが多かったので自分はだらしない人間だと思っていたんですが、専門学校は1日も休まずに通いましたね。自分で貯めたお金で学費を払っていたので、「もとをとらないと!」って焦りもあって(笑)。

専門学校時代から愛用しているというミシン

そして卒業後、JETLINKを立ち上げたんですよね。思うような売上が出るまでに、どのくらい時間がかかりましたか?

5年くらいはモラトリアム期間という感じで、上手くいかなかったです。よく田舎のおばあちゃんに電話して「赤字だから辞めようかな」と弱音を吐いてました。貯金を切り崩す生活だったので、卒業した大学の学食の「からあげライス」をよく食べていましたね。すごい量のご飯の上にからあげがたっぷりのってるんですが、それが300円くらいで食べられるんですよ。

ネット時代がきっと来る!確信を持って耐えた、売れない時代

そんな売れない時代は、どんな気持ちでのりきったんでしょうか?

開業当初(今から約20年前)から「これから絶対にインターネットの時代がくる!」と信じていたんです。僕は早くからインターネットで商品が売れるように対策していましたから、その時代が到来すればきっと売上が伸びるだろうと思って。当時はヤフーオークションなども黎明期で、今ほどインターネットが普及していませんでしたけどね。

具体的に、どんな対策を?

僕の店に遊びに来ていた高校生の中でパソコンに詳しい子がいたので、彼に手伝ってもらいながらサイトを作っていました。今では当たり前になったSEO対策も、当時からやっていましたよ。「映画 Tシャツ」というキーワードでは、おそらくその頃からずっと上位を獲得していますね。今でも売上の9割をネットからの販売が占めています。JETLINKの知名度を大きく上げるきっかけとなったのは、お笑いタレントの渡辺直美さんがうちのTシャツを着てくれたことなんですが、販売サイトやSEO対策といった準備ができていたおかげでどんどん売上もアップしました。

JETLINKの公式サイトより

人を幸せにできる仕事だから、不安があってもやっていける

渡辺直美さんをきっかけにブレイクしてからは、順風満帆という感じですか?

「いいものを作らなきゃ」というプレッシャーから、売れ始めたころは精神的に追い詰められて、旅先で携帯電話を投げ捨てて帰ってきたこともあります(笑)。今でも「今月は売れたけど、来月になったら全然売れなくなるかも」という不安はありますよ。でも自分が好きなことを仕事にできているというのは、これ以上ない幸せです。上司にも怒られないですしね(笑)。商品を買ってくれた人が笑顔になっているのを見ると、偉そうな言い方かもしれませんが、人を幸せにしているんだと思えて勇気もわきます。

渡辺さんのように、服を作りたい、売りたいと思っている人へメッセージをお願いします。

どんどんやってみればいいと思います!ネットショップを1日で開けるサービスもあるし、ヤフーオークションやメルカリのようなサービスもあるので、僕が始めたころよりずっと良い条件がそろっていると思います。ただ、すでに誰かがやっているものをやってもどうしようもないんです。例えば薄利多売の線を狙っても、同じことをしている大きな会社があったら、そこと戦うのは難しいですよね。だから、自分だけのニッチな「ネタ」を探すことが必要だと思います。そして一番大事なことは、それが好きなものじゃないとダメなんですよね。僕は正直、「いつ貧乏になっても仕方ないな〜」くらいの気持ちで過ごしています。だからこそ、自分の好きなことをすること、調子に乗らず常に謙虚でいることを心がけています。

ありがとうございました!

撮影/高浦宏幸 文/田中大輔