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クリエイターは「チャンスの前の準備」が重要。23年間の会社員を経て独立したジオラマ作家・情景師アラーキーの仕事論

情景師アラーキー(荒木智)

編集者の小沢あやが、さまざまな業種のフリーランスに仕事術を聞く対談連載『フリーランスな私たち』。今回のゲストは、緻密な作り込みで多くの人々の心を掴む、ジオラマ作家の情景師アラーキー(荒木智)さんです。

情景師アラーキー(荒木智)作ジオラマ
息をのむほど精巧な荒木さんのジオラマ

23年間の会社員時代を経て、45歳で独立したアラーキーさん。独立のきっかけや案件獲得のコツ、依頼主との交渉術、仕事に繋がるSNSの活用法などをたっぷり伺いました。

情景師アラーキー(荒木智)profile
ジオラマ作家。1969年生まれ、東京都在住。中学時代に本格的にジオラマ作りを開始。1993年に株式会社東芝にプロダクトデザイナーとして入社。2014年にネットで拡散した作品が、「リアル過ぎるジオラマ」としてメディアで大きな話題に。2015年にジオラマ職人として独立。著書に『作る!超リアルなジオラマ』『凄い!ジオラマ[改]』『駄菓子屋の[超リアル]なジオラマ』(すべて誠文堂新光社刊)。
<Twitter> https://twitter.com/arakichi1969
小沢あやprofile
編集者。芸能人や経営者のインタビューのほか、エッセイも多数執筆。「つんく♂の超プロデューサー視点!」 編集長も担当。2021年にピース株式会社を設立。

東芝の管理職という立場を手放し、45歳で独立

小沢:アラーキーさんは東芝で家電製品のプロダクトデザイナーとして働いていた中、45歳でフリーランスのジオラマ作家として独立したんですよね。会社員としても忙しい生活の中で、なぜジオラマづくりを始めたんですか?

荒木:もともと、ジオラマを本格的に作り始めたのは中学生からです。その後大人になるにつれて遠ざかっていたのですが、東芝に入社して数年経つと社内のIT化が一気に進み、紙と鉛筆でしていたデザイン作業がどんどんパソコンに移行しました。それに伴いデザイン過程で模型を作る機会も少なくなり、知らないうちにストレスが溜まってしまって。「手を動かしてモノづくりをしたい!」と考えるようになり、夜や休日にジオラマ制作を再開したんです。

情景師アラーキー(荒木智)

小沢:ストレスの解消が目的だったんですね!その頃は「いずれはジオラマ作家として独立したい」という考えはあったんでしょうか?

荒木:それが、まったくなくて。僕はとても安定派で、例えると「石橋を叩いて渡る」よりも「石橋が崩れそうだと思ったら自分で改造し、快適にしてから渡る」タイプ。収入面でも安定を求めて大企業に就職したし、「ジオラマというニッチな分野では絶対に食べていけないだろう」と思っていました。

ただ、それからしばらくして激務とされる部署に異動になり、ジオラマを制作する時間が一切なくなってしまったんです。ちょうどその頃は自分の作ったジオラマがメディアに掲載されて少しずつ収入にもつながり始めて、作家活動が軌道に乗り始めた時でした。それで「このまま作家活動をやめて仕事人間になるのか、会社をやめて作家活動を続けるのか」を悩んだ結果、勢いで会社をやめました。

小沢:夢を追いかけるとはいえ、安定した生活から抜け出すのは、とても勇気がいることですよね。

荒木:会社では管理職だったので、収入にも恵まれていたのです。でもちょうど「ジオラマ作家として企業から大きな案件を依頼されたチャンス」と「多忙な会社員生活から卒業しなければならないピンチ」が同時に舞い降りてきて。「これはもう運命なんだ」と思い、退職を決断しました。

収入の柱を3本立てることで、安定した活動基盤をつくる

小沢:会社員時代から作家活動をされていましたが、独立後に収入を確保できるイメージはあったのでしょうか?

荒木:いえ、会社員時代は社内規定もあったので作家としての収入はごく一部でした。収入面で不安は大きかったですね。そこで、独立前に収入を「ジオラマ制作」「展示活動」「執筆活動」の3本柱に分けて計画をたてたんです。ジオラマの作り方を人に教える「教育活動」もしたいけど、それはもっと後からでいいと思って。

FREENANCE フリーナンス 情景師アラーキー 荒木智

小沢:3本柱は、それぞれどのようなイメージですか。

荒木:僕はジオラマ作家でありながら、同時に「ジオラマ」というタレントを多く抱えるプロダクションの社長でもあります。手元に、これまで制作したたくさんのジオラマがあるんです。それを展示会で貸し出すことで、レンタル料金としての収入を得る方法を生み出しました。

さらに安定した収入を得るために「制作している間でも、収入が入ってくるのはどれだろう?」と考えました。すると、実は「執筆活動」が狙い目だということがわかったんです。

小沢:なぜでしょう?

荒木:印税はもちろんですが、本を出すと、書籍を売るためのキャンペーンをしてくれたり、トークショーを開催したりしてくれるんです。そこでさらに本が売れるし、展示もできる。

今はバラツキはありますが、ジオラマ制作としての収益が6割、展示と執筆活動による収益が合わせて4割になっています。柱を複数持つことで、独立してからも会社員時代と変わらない収入がキープできています。

小沢:仕事を分散させるの、大事ですよね。これまでは一点集中の人が目立っている印象でしたが、コロナの影響もあり手広く活動している方が結局は安定している印象です。

荒木:そうですね。独立前に自分の得意分野や「今はここが欠けているから将来的に伸ばしていきたい」というのをレーダーチャートにして計画しておくと、収入の不安は少なくなるのではないでしょうか。

自分を売り込むためのマストツール、SNSをポートフォリオに

小沢:アラーキーさんは作品がツイッターで拡散されたことで、認知度が一気に上がりましたよね。多くの人に知ってもらうために、SNSの発信などは最初から工夫していたのでしょうか?

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荒木:拡散以前から「SNSで話題になればいいな」と思い、数多くのジオラマ作品を投稿していました。写真にも「By SATOSHI ARAKI」と署名を入れて、必ず自分の作品だと分かるようにして。作品に注目した人が「情景師アラーキー」や「SATOSHI ARAKI」で調べると、これまでの作品をまとめて見られるように狙っていました。その結果、まとめサイトができたり、TV取材されたりして、仕事に繋がっていったんです。

小沢:SNSが営業ツールであり、ポートフォリオにもなったんですね。

荒木:クリエイターを目指している人は、来たるべきチャンスのために作品を準備をしておくと、「たまたまこの作品がバズりました」で終わらずにチャンスを次に活かせるはずだと思います。

小沢:たくさんの新規問い合わせがきたと思いますが、取引先との交渉はすべてご自身でされているんですか?

荒木:そうです。僕はメールで値段交渉をする時にわざと「二重人格」になるんです(笑)。フリーランスの人って「この金額じゃちょっと」って言いづらいですよね。そんな時は「うちのアラーキーはそんなに安い仕事はしません」ってはっきり言えるように、自分のマネージャーとしてやりとりする。自分の気持ちも切り替えられて、ちゃんと交渉できるんですよ。

小沢:その気持ち、よく分かります。客観的な視点が必要ですよね。

荒木:作家スタンスで交渉すると、値段については妥協してしまいがち。だからこそ、値段交渉は気持ちを切り替えてした方がいいですよ。それに、報酬相場って、あってないようなもの。「制作費用」は決まっているかもしれないけど、他に「予備費」や「販促費」があるなんてことも多いですから。そちらを根拠に交渉するのも手です。

小沢:と、いいますと?

荒木:たとえば企業に納品したジオラマって、一定期間保管した後は廃棄されてしまうことが多いんです。「もったいないので、最後に読者プレゼントをしたいので、営業費から追加費用をお願いできませんか?」って相談してみる。すると、先方も「たしかに!」って納得してくれることもあります。「荒木さんと仕事すると色々と学べます」と言ってくれて、嬉しかったです。

小沢:相手の温度感にもよりますが、納品して終わりではなく「こんなのはどうですか?」「ここまでできますよ」って交渉していくのは、クリエイターとしてすごく大事ですよね。

会社員時代の経験値が、独立後の心の余裕につながる

小沢:アラーキーさんは、仕事の一部を別の作家さんに外注することもあるんですよね。個人契約で仕事を進めるにあたって、外部の人に仕事をお願いする時のコツってありますか?

荒木:時間のかかる材料のカットや3D部品の制作はプロに発注しています。他にも、どうしても自分で作れない場合は「分担するならこの人!」というジオラマ作家さんに頼むことがあります。せっかくならみんなに制作作業を楽しんでほしいので、それぞれの作家さんの得意分野をお願いしています。

だけど、作家さんは「好きなことができる!」となると、ついコスト意識が欠けてしまいがちなんです。そこは、こちらからきちんとブレーキをかけて気をつけています。

情景師アラーキー(荒木智)

小沢:それぞれ自分に合った仕事を依頼することで、最大の能力を発揮してもらっているんですね。

荒木:「情景師アラーキー」がきっかけで来た仕事が、他の作家にも繋がり、ジオラマ業界全体が盛り上がる。こんなに嬉しいことはないです。

会社員時代から、こういう他人への貸しは「マイレージ」と呼んでいて、信頼貯金のように貯めていました。「ここは僕が折れてそちらの指示通りにします」と巻き取っておくと、その後自分が困った時に「いつかの貸し(マイレージ)をここで使っていいですか?」と交渉できる。そうすると、相手もバーターとして要望を聞いてくれるのです。

家族間であっても、全てをやってしまうと単に頼られる存在になってしまいますよね。昔から「持ちつ持たれつ」という言葉が好きで。仕事も依頼を受けてそのまま出すのではなく、色々な話を聞いた上でアイデアを出すと、ちゃんと依頼主と対等な関係で仕事ができるって気づいたんです。 

小沢:すごい。周囲を上手に巻き込んで、業界全体が良くなるように仕事を進めているんですね。

荒木:依頼主との打ち合わせで、じっくり話した結果「それってジオラマじゃなくてもいいはずですよね」って、来た仕事を自ら潰してしまうことがあって(笑)。その時は後悔はするんですけど、「あの時はありがとうございました!」とか、数年後に何かしらの形で返ってくることもあるんです。仕事相手に本気で向き合った時間は、決して無駄ではないと思っています。

小沢:最後に、会社員をやりながらフリーランスを目指している人も多いと思うんですけど、会社員のうちからできる準備などがあれば教えてください。

荒木:僕がちゃんと自分の考えや意見を上手に伝えられるようになったのは、間違いなく会社員時代の経験があったから。それが独立後の心の余裕に繋がってきます。もちろん、最初からフリーランスとして個人で働くことも可能ですが、まずは企業に入って、交渉術や仕事の進め方をしっかりと身につけてから独立するのも良いかもしれませんね。

情景師アラーキー(荒木智)小沢あや

# 編集後記

この日は、ご本人のお手製のジオラマに囲まれたアラーキー邸リビングでの取材でした。インタビュー後、ジオラマの説明を丁寧に、楽しそうにしてくれたアラーキーさん。「作る」はもちろんのこと、コミュニケーションが強みなのが伝わりました。

私自身も約10年の会社員生活を経ての独立組なので、アラーキーさんの発言に頷くことばかり。磨いたスキルに、普遍的なビジネスの作法を掛け合わせることで、フリーランスとしての仕事も拡大していくことも実感しています。

<聞き手・編集 小沢あや(ピース株式会社)>
<構成 吉野舞>
<撮影 藤原充史>

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