プロ・インタビュアー&プロ書評家の吉田豪による帯の惹句「地下アイドル運営の8割は信用できない」が衝撃的だ。
地下アイドルとは、大手芸能事務所に所属してテレビや雑誌などのマスメディアで活躍するのではなく、ライブを主体に活動するアイドルたちのことを指す。多くは10~20代の若い女性であり、コンプライアンスに弱点のある零細事務所に所属していることもあって、どうしても低賃金、長時間労働、ハラスメントなどの問題に見舞われがちだ。
そんな地下アイドルたちのために立ち上がったのが、労働問題に強い深井剛志弁護士、元地下アイドルのライター姫乃たま、そして漫画家の西島大介の3人だ。2020年夏に発売された書籍『地下アイドルの法律相談』(日本加除出版)は、深井弁護士のQ&Aと姫乃によるコラム、西島の漫画の3本立てで、とっつきやすい作りを目指し、地下アイドルたちに手取り足取り自衛の手段を授ける救済の書である。アイドルたちの生の声をたくさん聞いてきた吉田豪も、一歩引いた位置から3人を支えている。
地下アイドルを扱ってはいるが、個人で企業相手に渡り合い、ともすれば「やりがい搾取」の対象にもなってしまうフリーランス全般に学びがある本だ。地下アイドル、運営(所属事務所)、ファンはもちろん、役者、モデル、声優など、エンタメ業界で働く方全般、その他の個人事業主や取引のある企業の関係者などにもご一読をおすすめする。
そして今回、FREENANCE MAGでは深井弁護士と姫乃を迎えた対談を前・後編で公開。前編では、執筆へといたった経緯やその背景について、詳しく語ってもらった。
「困っている人、弱い立場にいる人の力になりたい」という想いから、弁護士を志す。“何よりも依頼者のことを考えた事件処理をすること”をモットーに、労働問題に強い旬報法律事務所で活躍。これまでにも地下アイドルの契約を巡る事件を数多く担当。また、地下アイドル関連の事件についての記事の執筆やラジオ出演等のメディア露出により、地下アイドル当事者から直接相談が舞い込むようになり、地下アイドル業界の問題に最も詳しい弁護士の一人。
https://twitter.com/TSUYOSHIFUKAI
1993年、東京都生まれ。10年間の地下アイドル活動を経て、2019年にメジャー・デビュー。2015年、現役地下アイドルとして地下アイドルの生態をまとめた『潜行~地下アイドルの人に言えない生活』(サイゾー社)を出版。以降、ライブ・イベントへの出演を中心に文筆業を営んでいる。音楽活動では作詞と歌唱を手がけており、主な音楽作品に『パノラマ街道まっしぐら』『僕とジョルジュ』、著書に『職業としての地下アイドル』(朝日新聞出版)『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー集』(KADOKAWA)などがある。
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執筆のきっかけ
何度も話されていることだと思いますが、ご執筆のきっかけを教えてください。
深井 文春オンラインの依頼で、あるアイドルの自殺に関する文章を書いたところ(“農業アイドル”16歳の自殺で弁護士が考えた「アイドルと契約」※)、それが日本加除出版の編集担当者さんの目に留まって「アイドルの労働問題についての書籍を出したいのでぜひ協力してほしい」という熱いお手紙をいただき、そこから始まったんです。
※2018年、愛媛県松山市を拠点に活動していたアイドルグループの女性(当時16歳)が自殺。パワハラや過酷な労働環境により精神的に追い詰められたことが原因だとし、遺族は所属事務所を提訴。現在も裁判は続いている。
姫乃 それまで地下アイドルがトラブルに見舞われたときは吉田豪さんにツイッターのDMで相談するしかなかったから、弁護士さんがコメントしてくれたことは大きかったんですよ。ただ、深井先生はアイドルに詳しいわけではなかったので、豪さんとわたしに声がかかって。
深井 僕が行けなかった日に、編集担当者さんと姫乃さんと吉田さんの3人で打ち合わせをしたんですよね。
姫乃 そうです。わたしは地下アイドル当事者としてコラムを書くことになったんですけど、豪さんに「どういうトラブルがありますか?」とか「実際どうなんですか?」とかいろいろ聞いて、教えてもらいました。
吉田さんは帯の文言だけで著者ではないですが、大きな存在だったんですね。
深井 僕は直接聞いてはいませんけど、ツイートの内容を参考にさせていただいたりしましたし、吉田さん経由でアイドルから僕に相談がくるようになったりもしました。みんなまず吉田さんにDMするんですけど、「この弁護士に相談してみては?」みたいな感じで紹介してくれるらしいです。そうして案件が積み重なって知見が広がり、さらに姫乃さんにもいろいろ教えてもらって……という感じです。
新型コロナウイルスの影響
今はアイドルの案件もたくさんこなしていらっしゃいますか?
深井 相談は増えました。年末にやたら来ました。
姫乃 例年だとカウントダウンとかのイベントがたくさんあるのに、去年は新型コロナウイルスの影響でできなかったから、悩んじゃったのかな。詳細は言えないと思うんですけど、どんな相談が多いですか?
深井 ざっくり言うと「やめたい」ですね(笑)。プロデューサーが怖いとか、ハラスメントが多いとか。
姫乃 実際やめる子が多いですね、今。楽しいけどやっぱり大変な仕事だから、ライブがあるからなんとか続いていた子たちが、コロナで「本当にやめたい」ってなっちゃって、続々とやめているという。
本の最後に「おまけ~コロナは地下アイドル業界に影響するのか~」というコラムがありますが、先生がご存じの範囲で、この後の状況をお聞きできますか?
深井 コロナがどうこうというのは意外にないですね。ただ、現場でのライブがなくなり、Webでの配信も性に合わなくて「自分がやりたかったのはこんなことじゃないのに」と鬱になってしまって、やめたいんだけどやめさせてくれない、という相談はありました。
姫乃 それは契約期間がまだ終わっていないから?
深井 終わっていないどころか、始まったばっかりぐらいな感じです。
姫乃 今は運営(所属事務所、レコード会社など)もしんどいでしょうしね。やっぱりライブが主な収益源だから、回数もキャパシティーも減っちゃうと、もとを取れないじゃないですか。この本もライブの現場で売ろうと思っていたのに、TIF(TOKYO IDOL FESTIVAL)などの大きなイベントが軒並み中止や配信になっちゃって。
つらいですね。本の中では、西島大介さんのイラストや漫画がとても印象的ですが、彼の作品をフィーチャーすることになった経緯は?
深井 具体的な事例があるといいね、ということで、僕が台本みたいなものを書いたんですけど、若い人が対象なので、漫画にするととっつきやすいんじゃないか、と。西島さんは姫乃さんが紹介してくれたんですよね。
姫乃 以前、一緒に音楽ユニット(“ひめとまほう”)をやっていた縁もあるので。豪さんが「地下アイドルはそもそも本を読まないから、ただでさえ読書に対するハードルが高いんですよ」って言ってくれたこともありました。西島さんなら装丁もできるし、絵柄もかわいいし、地下アイドルのことも知っているし、適任だなと思って。描いてもらったらバッチリで、ありがたかったです。これ、カバーを外すと夢乃チカちゃん(漫画の主人公の地下アイドル)が微笑んでいるんですよ。
本当だ! 凝っていますね。しかも漫画には深井先生と姫乃さんがちょいちょい登場します(笑)。
深井 それも西島さんの遊び心ですね。
姫乃 本文もルビをふってあって、小学生でも読めるようになってます。
深井 法律の話をわかりやすい文章で書くのがなかなか大変でした。
西島さんの事例漫画、お二人のやりとりによるイントロ、Q&A、姫乃さんのコラムで、かなり網羅的に問題をカバーしている印象を受けました。
深井 それだけの相談が来ていたということですね。想定されうる問題は自分の中では網羅できたかなと思っています。水着の撮影についてのエピソードはネット記事から拾ったものですが、漫画にしたのはほぼすべて本当にあった事例をもとにしていますし。
やめたいのに、やめられない
チカちゃんが社長に“契約期間あと一年あるから~ 辞めるの無理”と言われていますが、そういうことは……。
深井 日常茶飯事ですね。「やめたいのにやめられない」がやっぱりいちばん多いです。
姫乃 やめたいって自分が思う可能性を、契約する時点では考えていないんじゃないかな。どうやったらアイドルになれるかということばかり考えて。
深井 なりたくてしょうがないわけですから、やめることなんて考えないですよね。
姫乃 結婚するときに離婚のこと考えないですから(笑)。でも最近、ちょっと流行っているじゃないですか。結婚するときに離婚のことまで決めておくやつ。
深井 ああ、婚前契約みたいな。
姫乃 この本もそういうものだと思いました。運営さんもちゃんとしといたほうがいいんじゃないかと思うんですけどね。
深井 運営さんは、こう言ったらよくないかもしれませんが、トラブルが起こったら無理やりにでも従わせる人が多いので、トラブルを避けようとする感覚はあまりないですね。
姫乃 先生のお話を聞くと、めちゃくちゃパワハラ気質の人が多いんですよ。
どうしてそうなるんでしょうか。
深井 運営の方に会ったこともありますし、電話で話したり、LINEを見せてもらったりもしますが、そのLINEの言葉がけっこうひどいのが多いです。普通の企業でこれをやったら大問題だろうと思うような内容を普通に送っていますね。一定以上の規模の会社だったらちゃんとコンプライアンスがあって、問題行動があったら指導や処分もあると思うんですけど、社員数人みたいな会社だと「社長がルールだ」みたいになっちゃうのかなと。
やはり年長の男性相手だと上から出られがちということもありますしね。
深井 それは絶対にあると思います。本にも書きましたが、法的に間違ったことでも「社会はこういうもんなんだ!」ということで押し切られてしまう。「そんな甘い覚悟じゃアイドルはやっていけないよ」「ここでやっていけないならどこでも無理だよ」みたいなことはだいたいのプロデューサーや社長が言っていますね。
「仕事がなくなるかも」という不安
姫乃 怖い! それライターでもありますよね(笑)。
あります。そういう事例を扱っていると先生もしんどくないですか?
深井 LINEなどを追って、知識がないせいで言いなりになっちゃっている様子を見ると、やっぱりいたたまれないですよね。入りたくて入った業界で、人を楽しませたいと思ってやっている仕事なのに、つらくてたまらなかったと思うんですよ。暴言を吐かれて、現場でも怒られる毎日が長く続いているのを見ると、大変だったんだなと思います。
姫乃 深井先生、優しい……!
姫乃さんのコラムもアイドルに寄り添った内容となっていて、とても優しく感じますよ。
深井 そう、これを読んだアイドルはみんな「コラムが優しい」って言っていますから。
姫乃 みんな厳しくされすぎなんですよ。優しくしてあげて!
“「この人がいなくなったら仕事がなくなるかも」と不安に思ったり、「この人、こういうところがなければいい人なのになあ」と自分の中で相手をフォローするようになったりしたら、黙って距離を置くようにしています”というくだりは、アイドルではない僕の胸にも深く刺さりました。
姫乃 仕事を断ると「二度と頼んでくれないんじゃないか」と思ってしまいがちだけど、精神的に負荷をかけてくる人って自覚している以上にダメージがあるから、思い切って外しちゃったほうがいい仕事が入ってくるんですよね。
撮影/須合知也(@tomoya_sugo)