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コクヨのヨコクする『あしたのしごと』。老舗文具メーカーが目指す、幸せと経済の両立とは?

江藤元彦(コクヨ ヨコク研究所)

いまの社会へのオルタナティブを提示する

江藤元彦(コクヨ ヨコク研究所)

ヨコク研究所のメンバーは何人いらっしゃるんですか?

所長と合わせて4人と、あと自分ですね。僕はイノベーションセンター内のインキュベーション推進ユニットにいながらヨコク研究所の仕事もやっています。自律協働社会という大きな旗印はあるけど、どうやってそこに辿り着けばいいのかまだわからないことが多いので、常に未来を見続ける組織が必要だということで、今年の1月に作られたのがヨコク研究所なんです。

「自律協働社会」を模索する上で、『あしたのしごと』ではベトナム、インド、台湾と、アジア諸国の事例に注目されていますね。

いまの社会のあり方に対するオルタナティブを提示するために、そのヒントを探してアジアに行き着きました。デスクトップでのリサーチでよく見かけるのは欧米の事例ですけど、それだけじゃ入ってこない情報はどこにあるかを議論して、アジアだねという結論になったんです。都市化が進みきってはいないけれども、技術が流れ込んですごく大きく急速に変化しているし、経済も伸びているのに、いまだに「インドのITがすごいらしい」みたいなぼんやりした情報しか入ってきていないので。かつ、自分たちもアジアの一員であるということもあって、今回はこの3か国を選ばせてもらいました。

三つの事例はどうやって探していかれたんですか。

いまはコクヨはアジアの社会起業家に強いコネクションがあったりすごくアンテナを張っていたりするわけではないので、一緒に研究しているRE:PUBLICのみなさんとのつながりから、それぞれの現地に詳しい方々に声をかけさせてもらいました。国全体の話と、その中で面白い動きをしている方はいませんか、ということをお聞きして。

江藤元彦(コクヨ ヨコク研究所)

インタビューの様子も最後のディスカッションでも、研究員のみなさんがとてもリアルに驚いて感銘を受けていらっしゃるのがいいなと思いました。

僕はベトナムのĐẠT Foodsのロンさんを担当したんですが、彼が考えていることは本当にすごいと思いました。コクヨのことも知ってくれていて、創業120年近いコクヨと比べると《私たちはまだまだ小さな会社です。将来的に大きな事業となるのかどうかもわかりません。ただひとつだけはっきりと言えることは、ĐẠT Foodsと一緒に働くチームメンバーやパートナーが、今も未来も1分1秒幸せであるということです》と言っていたんですね。そこはインタビューしていて目頭が熱くなりましたし、文字起こししたときも普通に泣いていました(笑)。

どこに感動されたんですか?

ベトナムの人たちが健康でおいしいものを当たり前に食べられるようにならないといけないし、農家の人たちはちゃんと労働の対価を得るべきだ、というその一心で、農家の出でもないロンさんが全身全霊で事業に取り組んで、信念を持って話していたことです。自分もそれなりに理由を持ってコクヨで働いているつもりだけれども、どうしても流されてしまう部分もあって。自分もそう思っていると言えるものなら言いたい、みたいな気持ちを、すごく率直に表明してくれたことが、心に響きました。

持続可能な社会の実現に大きな会社が本気で取り組んでくれているのは、個人的にはとても心強いです。

いまはまだ理想論を出した状態なので、それをちゃんと経済として成り立たせるのがコクヨの役目かなと思います。天井を突き抜けるまで売り上げちゃえばいいじゃん、という従来の考え方って、ほぼ何も考えていないに等しいと思うんですよ。従業員がメンタルをやられてまで稼いだお金を誰が欲しいのかなと思いますし。難しいけれども、そのバランスを成り立たせることが、みんな教育を受けて会社に入ってきているわけだから、社会への還元ということなんじゃないのかな、と個人的には思っています。

自分の価値観、幸せを見極める

江藤元彦(コクヨ ヨコク研究所)

このリサーチを通してご自分の働き方にどんなヒントを得ましたか?

個人的にですか? うーん……いままでは「自分が、自分が」というのがすごく強かったと思うんですけど、一緒にやっているメンバーが何を思っているかを大事にしようとするようにはなりましたかね。ロンさんは《マネージャーはコントロールよりも、組織のビジョンや価値観の維持に集中するべきだと思います》と言っていましたが、リーダーが指示を出して部下がその通りに動くというのではなく、それぞれが役割を自覚して自ら決めて行動する、自律的で協働的な関係性がĐẠT Foodsにはあったので。

組織の大きさも性質も違うのでそのまま持ってくることはできませんし、現実的な仕事の場面になれば当然シビアな問いも突きつけられます。そのために理想を折り曲げるのは楽ですけど、どれだけそこを折り曲げずに頑張れるかが今後、問われてくると思います。2030年になって、売上5,000億は達成したけど「強欲な会社だな」と思われているか、5,000億には到達していないけど「人の生活を豊かにするいい会社だな」と思われているか。もちろん両方達成できていれば最高ですし、そこを目指すんですけれど。

自律協働社会というビジョンの中で、フリーランスという存在はどんな役割を担うことになるとお考えですか?

人の働き方を考えると、今後ますます流動的になって、暮らし方も含めて自由になっていくと思うんです。プロジェクトごとにいろんなタイミングで一時的なチームが作られるようになると、社員とかフリーランスとか、変な線引きはどんどんなくなっていくんじゃないかな、と。立場も所属も関係なく、どこかへ向かうときにチームの一員としているみたいな。なんとなくそんなイメージがあります。

「自分はこれが気持ちいい」とか「これが楽しい」を突き詰めて見極めた価値観を、ひとつのレンズに喩えたとします。自分の幸せに本当に自覚的になると、会社に言われたからこうする、みたいなこととは当然、違ってくると思うんですね。でも、自分と会社とか、自分と他人とかでレンズが重なる部分というのもやっぱりあって、そこがめちゃくちゃ面白いんですよ。共感したり、してくれたりする人がいること自体、すごく幸せなことだと思うし。

自分の価値観を見極めるのは大事なことですが、なかなか難しいですよね。

そう思います。自分のことを自分がいちばんよくわからなかったりもするし、ひとと対話して初めてわかる自分がいたりもしますし。僕は副業をしていて、新潟にも拠点を持っているんですが、物事がめまぐるしく動いて情報がいっぱい入ってくる都会の価値観と、ゆっくりした田舎の価値観を思いっきり行き来する中で、自分がいちばん気持ちいい場所を抽出するみたいなことをすごく意識しています。

江藤さん個人も、自律協働社会を模索している最中ということですね。

本当にそうですね。みんながモデル、じゃないですけど、どこでどう過ごしたら自分、家族、友達、その輪をだんだん大きくしていって社会、みたいな単位でみんながよくなるのか、みたいなことは、常に……というと嘘になるかもしれませんけど、考えながら生きていると思います。

江藤元彦(コクヨ ヨコク研究所)

今後、ヨコク研究所がどんなリサーチ結果を我々にもたらしてくれるのか、とても楽しみです。

9月26日に公式サイトがオープンしたんですけど、3月、4月に行った鹿児島でのリサーチのレポートを「YOKOKU Field Research ―鹿児島―」というタイトルで前編後編に分けて公開したところです。甑島(こしきしま)という離島に行って、「東シナ海の小さな島ブランド株式会社」の方たちと一緒に働きながらリサーチしました。

今後はサイトでの発信が中心になるんですか?

サイトは伝える手段の1つだと思っていて、サイトも含めてさまざまな形で発信を考えています。この本でいうと考察のページを増やしていくみたいなイメージで、日本の各地で活動している方たちと小さなトークイベントみたいなことができるといいね、ということで話を始めています。

ちなみに、『あしたのしごと』は売上にすごく期待している本ではないんです。本当に最初のアウトプットというか、「僕らはこういうことを目指してやっていきたいと思っています。正解はまだわからないからヨコク研究所は模索し続けます」と言っているような本ですね。議論の土台という言い方をしているんですけど。だからPDFじゃなくて本という形で届けることを選んだところがあります。

大手の流通を通すのではなく、独立系の書店を中心に配本していますよね。

独立系の書店って地域のハブになっているじゃないですか。ちょうどこの1、2週間で東京近辺の書店に挨拶させていただいたんですけど、本の動き方によって、どういうところに僕らの仲間というか、共感してくれる人たちがいるかがわかるし、これからもっと関係性を大事にしたいと思ったんです。あと「自律協働社会」な観点で、小規模でもよりよい社会を目指して活動する人たちを応援するという意味でも、独立系書店中心にやっていこうという話をしました。知り合いから「アマゾンまだなの?」とかよく言われるんですけど、「みんながアマゾンで買うと街の本屋がなくなるんだから、買いに行ってくれ」と言っています(笑)。


撮影/中野賢太@_kentanakano