13歳にして“ちばてつや賞”ヤング部門優秀新人賞を受賞しながら、14歳で統合失調症と診断され、20歳まで精神科病院での入院生活を送ることに。しかし29歳には統合失調症が誤診であったことが判明して、30歳で再びマンガを描き始める……と、道草晴子さんの半生は実に壮絶なものでした。
その波乱万丈すぎる日々を描いた自伝的コミック『みちくさ日記』は、赤裸々な感情が読み手に真っ直ぐ飛び込んでくる大胆な筆致に、特異な感性の煌めきがキラリ。以降も続編『よりみち日記』を発刊し、現在は『よりみち日記2』をWeb連載中ですが、その裏にあったのは意外にも非常にロジカルかつクールな目線でした。ひたすらに現実の厳しさを見据え、能動的に動く彼女が目指す“弱さをもって強さを引き出す”とは?
マンガ家。自身の半生を綴った『みちくさ日記』を2015年に、続篇にあたる『よりみち日記』を2020年10月末に刊行。現在はWebマガジン「考える人」で『よりみち日記2』を連載中。「トーチweb」では読み切り作品の発表や作品販売を行っている。
下北沢のマップ制作ほか、定期的に開催している個展ではマンガのワークショップも実施。現在、会場となるギャラリーを探し中。
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Contents
「能動的である」ことを大事に
13歳のときに“ちばてつや賞”に応募&受賞されたのは、憧れのちばてつやさんに作品を見てもらえるかもしれない……という想いからだったとか。その年代の女子だったら少女マンガを読んでいそうなものなのに、ちょっと珍しい動機ですよね。
当時、少女マンガは全く読んでなかったんですよ。もちろん小学生のときは月刊誌とか読んでいたんですけど、6年生のときに“これを一生読んでたらダメになる!”ってゾッとしたんです。
なぜ?
その当時にたまたま私が手にした少女マンガって、ドジでダメなヒロインに、なぜかイケメンが寄ってくる……みたいな、主人公に都合よく作られている話が多かったんですね。子供心に、本当にそんな未来が自分にも待っていると勘違いするようになってしまったら、将来、現実の厳しさに耐えられなくなってしまうんじゃないか?っていう不安に襲われたんです。もともと読んでいる本も男性向けのものが多いし、思考が男性寄りというか、能動的な物語が好きなんですよ。私にとって受動的な物語は、ある意味おやつみたいなもので、ひと時の癒しにはなるけれど、現実に立ち向かう強さまでは与えてくれない気がして。
本来は現実の厳しさを十分知った大人が読むべきもので、人生観が形成される少女期に読むのは危険なストーリーかもしれませんね。
その点、当時BSで再放送していた『あしたのジョー』は、ちゃんと現実の厳しさが描かれていて、どんなに辛いことがあってもジョーは何度でも立ち上がっていく。それを観ていると“自分も頑張ってみよう”と勇気づけられたし、小学校でも発達障害の特質のせいか、イジメに遭ったりもしていたので、そこで“負けるもんか!”っていう意志を持たせてくれたんですね。私はファンタジーの世界に逃げたりせず、現実の厳しさを見つめてトコトン向き合っていきたいし、自分もジョーのように逆境に強い人間でありたい。だって、現実はそんなに上手くいくものではないんだから……っていう、ちょっとシビアな視点が当時応募した作品にもあって、それが13歳にしては面白いということで受賞できたんだと思います。
なるほど。よくわかります。
だから私の作品は、現実を冷静に見つめるというところがベースになっているんですね。現実逃避のファンタジーの世界ではなく、ある程度現実は厳しいものなんだってことを描きたい。実際、病院にかかっていたときも、自分が入院してしまった事実や問題って、自分自身にしか解決できないんだということに残酷さを感じたんですよ。
クリニックに行ったところで、お医者さんは患者の人生すべてを把握しているわけでもないし、100%良くなるための手立てを講じられるわけではない。学校の先生だって、生徒が何を仕事にして社会をどう生き延びればいいか?なんてことまでは教えてくれないですよ。人は本質的に人を助けられない。だから私は、作品の中でも能動的であるということを大事にしているんです。
確かに作品を拝見していると、行動範囲の広さと交友関係の豊かさには驚かされました。信じられないくらいアクティブで、人の輪を広げる力が凄まじい。
閉じこもるのが苦手なんですよ。閉所恐怖症気味というか(笑)。なので、自転車に乗って、夏だったら真っ黒に日焼けするくらい移動してます。そういう意味で言うと、家に閉じこもって黙々と作業するマンガ家という職業とは、タイプが真逆なんですよ。見た目も“マンガ家っぽくない”って言われるし、関わっている友人も外向きでアクティブな人が多い。私が30歳までマンガを描いてなかったのも、人と関わるのが好きすぎて、家に閉じこもって描くということができなかったからなんですよね。
どうしてそこまで人と関わるのが好きなんでしょう?
とにかく私は自分の外側にある“現実”に関心があるので、人にも世の中のことにも興味があるんです。なので本もいっぱい読むし、人だったりお店だったり、対象のものを観察するのも好き。やっぱり人って、自分のことをちゃんと見てくれてるってわかると嬉しいじゃないですか。
社会には自分の外側を雑にしか捉えてなくて、例えば“入院してたから病気なんだろう”とか“あの学校を出てるから優秀なんだろう”とか、勝手にラベリングする人が多いけれど、それが実像とイコールであるとは限らないし。私は人や物事の“本質”に興味があるから、直接相手と話して、お店なら実際に食べて、ちゃんと自分の判断基準を持ちたいんです。
そこが、どこにでも自分で足を伸ばして出向くバイタリティーの源なのかもしれないですね。
学校や会社にしか行ってないと、自分と同じような状況の人、同じような価値観の人としか会わないじゃないですか。そうして多彩な価値観に触れられないことが、社会の分断に繋がっている気もするので、私はできるだけいろんなエリア、いろんなジャンルの場所に自ら出向き、いろんな業種の人から話を聞くようにしてるんです。そうでないと社会全体がどうなっているのか捉えられない気がするから、とにかくいろんな分野の人に触れて、自分の価値観が偏らないように注意してますね。そうすることで、作品にも広がりが出るんじゃないかなと。
解決への“呼び水”になるものを創る
道草さんの作品っていわゆるフィクションでなく、そうして出会った人々とのやり取りだったり、道草さんが現実に生活している様だったりしますが、では、そこで一番叶えたいことってなんでしょう?
読んだ人の人生が良くなることです。だから常に誠実でありたいし、口当たりの良いものや読者に受けるものを、その場しのぎで描くようなことは絶対にしたくない。さっき“人は本質的に人を助けられない”って言いましたけど、それでも私の人生を明らかに良い方に導いてくれた一言をくれた人もいたし、辛いときに助けてくれた人もいたんですよ。でも、そういう人が誰にでも現れるとは限らないですよね。
私みたいに動き回って、たくさんの人と会う人も少ないだろうから、きっとそんなにポンポン出てこない。自分の人生に起きた問題は自分で解決しないといけないし、結局最後は本人が頑張らないといけないけれど、人と話したり何かが糸口になったりすることもあるから、そういう解決への“呼び水”になるものを創りたいんです。特にコロナ禍で人との繋がりが減ってる今、そういった呼び水が余計に失われやすい状況になってきているから、それが怖いなぁと思うんですよ。
例えば学校に行かなくなったり、失業したり、いわゆる社会の表層から零れ落ちるようなことがあっても、人との繋がりがあればそこまで行き詰まったりはしないんですよね。だから、上手くいかないときって内に籠もるのではなく、上手くいかないときこそ人と会ったほうがいいってことは伝えたいです。実際『よりみち日記2』の中でも、周りの人たちの行動が呼び水となって、私自身が良い方向に向かえた経験も描いていますから。
道草さんご自身が、おっしゃるところの“社会の表層”から零れ落ち、そして這い上がってきた経験があるぶん、その言葉には説得力を感じます。
そう。苦しんでいる人たちと同じ目線で語れるのが、私の強みだと思うんです。どうしようもない状況に陥って、いわゆる社会的弱者と呼ばれる立場になった経験が、私の作品を“唯一無二”のものにしてくれているんですよね。例えば、人生の指南書みたいな本でヒット作もありますけど、たいていは道を踏み外したことのない高学歴の学者さんとかが書いていて、そういう人に弱者の気持ちがわかるかといったら疑問ですし。なので、それをわかるような経験ができたことは感謝したいです。もし、ちばてつや賞を頂いて以降も順風満帆のマンガ家人生を送っていたら、たぶんわからなかった気がする。
と言いつつ、いわゆる“エリート”な方々との交流も『みちくさ日記』等には描かれていますし、本当に多彩な価値観に触れようとされているんだなと納得です。
そういう人とも考えていることや話は合うんですけど、あまりにも境遇が違うので、やっぱり価値観は違うなぁと感じますね。とはいえ、エリートはエリートの中での競争やプレッシャーで苦しくなっていたりもするから、そういう人たちの抱える緊張を和らげたいっていう気持ちもあるんです。
それこそ彼らも自分と同じような人ばかりと会って、一つの価値観しか知らないから、もっと広い視野で物事を見て生き苦しさから解放されてほしい。それは経済優先の社会の中で上手く生き延びられずに、命を絶とうとしてしまう人も同じですよね。世の中にはいろんな人がいて、いろんな価値観があるんだから“これでおしまい”なんてことはない。いろんな人と繋がりを持っていることが自分の特性なので、私の作品の中には変わった生き方をしてる人もたくさん登場するんですよ。なので、それを見て“あ、こんな生き方もあるんだ”って楽になってほしいです。
その結果“読んだ人の人生が良くなること”が達成できればいいと。
はい。だから私のマンガって、全く商業ベースではないんですよね。そんなに大量に売れているわけでもないし、そもそも『みちくさ日記』から始まって『よりみち日記2』までに10年もかかってるんですよ(笑)。正直10年かけて何やってるんだろう?と思うこともあるけれど、やっぱり利益を得るためではなく相手に何かを贈るための作品を描いていきたいです。
売上よりも一人ひとりの心に届くというのが重要で、実際、個展とかで絵を買ってくださった方が“元気になった”とかって言ってくださると、“あ、ちゃんと届いてるんだな”って実感できて嬉しいんです。やっぱり人に何かを贈ることを目的に作られたものと、自分の利益のためだけにやってるものって、明らかに違うんですよね。