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生きてきた時間、わたしだけの表現。小林紗織/小指インタビュー

小林紗織/小指

小指こと小林紗織さんは漫画やエッセイで何冊もの同人誌/ZINEを刊行し、音楽を聴いて浮かんだイメージを五線紙に描く「score drawing(スコア・ドローイング)」でも注目を集めるアーティストです。

アルコール依存症の元彼たち、埴輪を作りながらひとり暮らす老人、時間が止まったようなお店、外国人がたくさん住んでいる団地。個性豊かなのに誰からも顧みられないまま忘れ去られてしまいそうな小さく弱いものたちを、小指さんは丹念に拾い上げ、優しく繊細でユーモラスなタッチで漫画や文章にしていきます。

そこには小指さん自身の経験も含まれます。都会の片隅で、誰にも告げることなくひっそりと過ごした波瀾万丈の日々。その経験を作品化しはじめたとき、小指さんの人生は大きく変わっていきました。この記事は、ひとりの芸術家が自分の声を手にして道を切り拓いていく過程のメモワールとしても読めるかもしれません。

小指「旅の本」「宇宙人の食卓」「人生」「夢の本」
profile
小林紗織(こばやしさおり)
1988年生まれ神奈川出身。武蔵野美術大学デザイン情報学科を卒業後、音楽を聴き浮かんだ情景を五線譜に描き視覚化する試み「score drawing」の制作を開始。CDジャケットのアートワーク、映画『うたのはじまり(バリアフリー上映版)』のろう者の方のための絵字幕の作成など、音にまつわる制作を行う。
“小指”名義でマンガ家としても活動し、『夢の本』『宇宙人の食卓』など発売中。
https://twitter.com/koyubii
https://twitter.com/koyubi_manga
https://www.instagram.com/koyubim/
https://koyubii.wixsite.com/website/

手放した、普通の世界への未練

小林紗織/小指

同人誌を4冊拝読しました。『夢の本』(2017年4月)、『宇宙人の食卓〈改訂版〉』(初版2019年7月)、『旅の本』(2020年12月)ときて、最新刊は『人生』(2022年8月)ですね。

最新刊には自分のいままでの生き方にまつわるテーマで描いた漫画をまとめつつ、最後の「新宿区立総合天然駐屯地」というエッセイは、都築響一さんの『ロードサイダーズ・ウィークリー』に連載してたものですね。神田の「手と花」というギャラリーで個展をした時に都築さんがいらしてくださって、学生時代からずっと憧れの人だったので「ファンです!」と伝えたんです。そしたら後日、漫画にもたびたび出てくる新宿の喫茶店までいらしてくれて、「連載してみない?」って。

『ロードサイダーズ』は会員制のメルマガなので誰が読んでくれているのかもわからなくて、SNSで「埴輪 じいさん」で調べるとやっと1個感想が見つかるみたいな感じでしたけど、新宿のボロアパートに住んでいた時代の大事な思い出ということで気合いを入れて書いたので、これで終わるのはちょっと寂しいなと思って。ちょうどコミティアに出る予定があったので、1週間ぐらいで無理やり作り上げました。

こんなにたくさん本を出しているのはすごいですね。

ありがとうございます。同人誌やミニコミは子どものときから好きで、いっぱい出してる人を当たり前に見てきたので、そんなふうに言われると恐縮するというか、もっとすごい人がいるのに……って思っちゃいますね(笑)。大学生のときタコシェに行って塔島ひろみさんの本を買ったりしてたので、遠回りしながらも憧れの世界に行けた気がしてうれしいです。

大きい出版社から本を出すよりも、DIYのほうが好きだとか?

出版社に興味がないわけでもないんですけど、いまの自分にはこれぐらいの規模がちょうどいいかなって思ってます。出しっぱなしにできるし、いちばん大きいのがAmazonで扱われないからレビューがつかないことだったりして(笑)。忘れたころに感想が届くのもちょっとうれしいですし、見てすぐに素人が作ったものだとわかるので、感想もわりと甘口というか、あまり多くを望まれていない感じが自分でもわかるので気楽なんです。子どもが頑張って作ったみたいに見てもらえるのも、続けられる理由ですね。

商業ベースに乗るとプレッシャーがありますもんね。

それが全然ないのがいいんです。でも気楽な分、実在の人物を出しちゃったりしているのでそろそろ怒られそうですね。

小指「旅の本」「宇宙人の食卓」「人生」「夢の本」

読んだ印象としては、いちばん赤裸々に書かれていたのが『宇宙人の食卓』にフィーチャーされていたアルコール依存症のお二人、元彼のAさんといまのお連れ合いのKさんでした。彼らが怒っていないなら問題なさそうですけどね(笑)。

二人は意外に、面白がってくれています。「お前、こんなこと考えてたんだなあ」とか言って。Kさんに迷って「どうしようか」って相談したら、「なんで悩む必要があるんだ? これで一生食ってくぐらい気合い入れてやるんだよ!」と逆に説教されました(笑)。

お二人ともアーティストだから、ネタにされることに理解があるのかもしれませんね。

どうなんですかね。昔は二人の介抱でいっぱいいっぱいで、とても創作ができるような状態じゃなかったんですよ。一緒にアルコールのことで沢山悩んで乗り越えてきたから、「お互いさま」って感じで許してくれているのかもしれません。

お二人を筆頭に、埴輪のおじいさんやアパートの大家さん、それに土地や賃貸物件まで含めて、小指さんは「引きの強さ」があるんですかね。ユニークな人物、不思議な場所、奇妙な出来事に縁があるというか。

言われてみるとたしかに、いろんな人にやたら話しかけられやすいというところはあると思います。この間も、知らないおばあさんが号泣しながらいきなり抱きついてきたんですよ。びっくりして「どうしたんですか?」って聞いたら、「亡くなった孫にそっくりなのよ」って言うんです。それは気の毒だなと思ってすこし立ち話をして、最後に「お孫さん何歳だったんですか?」って聞いたら、「5歳」って。

小指さんが童顔なのか、お孫さんが大人びていたのか……。

わたしはそっちの世界ではいちばん普通なんですけど、普通の世界では息苦しくて、ズレたやつみたいな扱いをされるので、結局は自分もそっちの住人なのだろうなと思います。ちゃんとした感じの人と付き合ったことが一度もないですし、近寄ろうとも思ったことがないです。

小指さんにとっては、AさんやKさんよりも、シュッとした服装と髪型で、瀟洒なオフィスに勤めているような男性のほうが……。

怖いですね。AやKみたいな人たちが相手だと気を張らなくて済むっていうのはすごくあります。あと、いちばん大事にしてるものが同じなんだと思いますね。わたしは彼らほどは徹底できませんけど、二人は「表現以外はすべてムダ」みたいなところがあるので。わたしが家のことをほったらかして仕事に集中してても、文句は一切言わずに「値段はどうするの?」「何部刷るの?」みたいな。「500ぐらいかなー、最初は」とか言ったら「思い切って1,000いけよ!」って。お金は1円も出さないくせに(笑)。

互いに許し合える関係なんですね。

それは本当にそうだと思います。

“向こう側”に行きたいわけじゃない

小林紗織/小指

『旅の本』で訪れる横浜市のいちょう団地や寄居のお菓子屋さん、西成に山谷など、場所にも人と同様、小指さんが惹かれる傾向がある気がします。

ああいった少し雑多で懐かしい雰囲気が好きというのもあるんですが、わたしの場合、旅行するときは引っ越し先を探しているようなところもあります。どこに行ってもその周辺の家賃の相場を見て、スーパーの値段を見て、人の雰囲気を見て、「うん、ここなら今の家を追い出されても暮らせそうだな」と考えたり。

あと、自分が育った横浜の庶民的な界隈が原風景になってるのか、西成とか山谷の風景は懐かしくて、自意識のレベルが下がって気が楽でした。逆にきれいな場所が本当に苦手で、港区とかはいるだけで具合が悪くなるんですよ。

仕事も同じで、20代のころは「この仕事、いい感じにできたら自分のキャリアになるな」と思っても、自分から逃げちゃったりすることもよくありました。自己嫌悪に陥ったりもしましたけど、いまはそれでよかったなって思ってます。

そう思うようになったのはいつぐらいですか。

最近ですかね。20代は本当に酔っ払いの介抱に明け暮れてたので(笑)。30過ぎてやっと自分の実力に合った仕事が来るようになって、段々と段階を踏んで、昔の自分だったら逃げていたなと思うような展示や仕事も受け止められるようになりました。経験を積んでないようでそれなりに積んできたのか、あんまり動じなくはなったかなって思います。

大きな達成は小さな達成の積み重ねの先にしかないっていいますしね。

わたし、ろくな社会経験がないんですよ。一度も就職したことないし、ずっとバイトを転々としていました。一回だけ、契約社員で働いたことがあるんですけど、勤め先が新聞社だったんですね。まともな社員の人たちの中で、わたしでも罵倒されずに働ける場所があるんだなあと驚いたんですが、その後段々とその中での格差に気づいて。同じ空間にいて、挨拶は交わすけど、絶対に超えられない壁がある。『新婦人しんぶん』にコラムを連載したときに、《この社会には見えない壁があって、入り口を間違えたらもう二度と向こう側には行くことはできない》(2021年8月21日付)って書いたんですけど。

中学高校は親が頑張っていいとこに行かせてくれたんですが、私と同じ学校だった記者さんがいたんですよ。高い学費を払わせたのに、勉強しなかったから私は人生失敗したんだなと、 現実を突きつけられたような気持ちでちょっと落ち込んだんですけど、よくよく考えたら、わたしは別に《向こう側》に行きたいわけでもないんだよな、と気づきました。

そういうタイプではなさそうにお見受けしますね。

わたしが尊厳を守られる場所は創作の世界にしかないなって気づきました。《パートという立場だった私は、どの職場でも「人員」というより「備品」のように扱われた》とも書きましたけど、展示をすれば見に来てくれる人がいるし、社会からも人間扱いしてもらえるっていう。

バイト先で毎日怒られて「すいません、すいません」とか言いながら働いてたときは、「謝る機械」になってて、自分の感情を誰かと話すことなんてありませんでした。でも、漫画を描いたり文章を書いたりするようになったら、それを読んでくれた人たちから「実は自分も……」と話しかけられて、初めて立場とか抜きにした、人と人との会話ができるようになったんです。その時、「ああ、わたしはもうここしかないんだな」って。これを手放したらバカだなって思いました。

遠回りはしたけれど、居場所を見つけたわけですね。

それで、とにかく来た仕事は頑張るようにしてたら、気づいたら生活できるようになっていました。誰かに雇用されている時と違って、責任はすべて自分にかかってくるし、〆切が多い時は徹夜になったりと大変なときもありますが、いろんな人たちが「面白い」とか「ありがとう」とか言ってくれるのがすごく精神的によくて、今は信じられないほどストレスがないです。

フリーランスなので不安はありますし、親も「あんたは遊びみたいな仕事をして」とか言ってきますけど、わたしの場合、同人誌の在庫が精神安定剤になってるんです(笑)。いよいよ食えなくなったらこれを手売りすればいいか、って。

最初は本屋さんに置いてもらうなんて考えられなかったんですけど、少しずつつながりができて、「新しい同人誌を出しました」って言えば「置くよ〜」って言ってくれる本屋さんが増えてきたのはすごく幸せですね。ベタベタした付き合いはないんですけど、「困ったら言ってくださいね。いっぱい売りますから」って言ってくれたりとか、そういうつながりが心地よくて。

すばらしい。自分の作品を世に問うたからこそ手にすることができた環境ですよね。

最初は絵画でいきたかったんですけど、例えば夢日記だとか、一枚絵で完結させるのはもったいないなあと思ったときに「じゃあ漫画でやってみるか」みたいに、その都度その都度、適した表現方法を自分なりに考えてきたつもりです。「これは文章」「これは漫画」「これは絵」っていう感じで。

大学生のとき出版社に持ち込んだりもしてましたけど、全部ダメだったんです。箸にも棒にもかからない感じでした。でも、あのときにもしうまくいってたら、たぶんこの同人誌はこの世に存在していないですね。これはもう本当に自分の純度100%すぎて(笑)。

いまがいい感じだからこそ、過去に経験したことも「あれでよかった」と思えているのかもしれませんね。

ほんとそうですね。無理やりそう思うようにして、自分を奮い立たせてるようなところもありますけど。『宇宙人の食卓』には「あれでよかったってことにしないと、もう生きていけない」っていう切実な気持ちがこもってます(笑)。

小林紗織/小指

バイトを辞めて絵に集中しはじめた当初は仕事も少なかったし、貧乏なくせに絵もはした金では売りたくないしで、同人誌の売上で生活してたので、ある意味、AとKが作品の中から私の下積みを支えてくれてたのかなって思ったりもします。文章の仕事も、だいたい『宇宙人の食卓』を読んで声をかけてくれた編集さんが多かったですしね。

これがなかったら、絶対に文章の仕事はしていませんでした。だから二人には感謝しないといけないし、彼らが復活して自分の人生を楽しんで生きていけるようになるまでは、応援しようって思ってます。「社会不適合者同士、一緒に頑張ろう」じゃないですけど。

『宇宙人の食卓』は、いま後日談も書いています。あれから起きた大変な事件とか、そうしたことを通して治療が始まったあたりのことも。ネタにしたことには申し訳なさもありつつ、おかしな考えかもしれませんけど、いろんな人に知ってもらうことで、彼らがもしこの先もっと大変なことになってしまうことがあったら助けてもらいたいっていう気持ちもありました。いまはわたしがいるけど、二日ぐらい徹夜すると「あ、死ぬかも」とか思ったりしますし(笑)、事故に遭うかもしれないし、彼らがひとりっきりで野に解き放たれたら、世間とうまくやっていくのは難しいと思うんですよ。わたしが彼らのことを書くことで、読んでくれた人の心の中に残って、たまたまどこかで出会ったときに守ったり支えたりしてくれたらいいな……という淡い希望を持ったりしています。

そこまで考えていたとは。それだけお二人のことが好きなんですね。

そうですね。憎めないっていうか、いつも驚かされてばかりで心臓がいくつあっても足りないですけど、彼らなりに大事にしてくれてるとは思うし。やっぱりすごく濃い関係だとは思います。

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