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エンパワメントとは「内なる力」に気づいてもらうこと ― 安達茉莉子『私の生活改善運動』インタビュー

FREENANCE 安達茉莉子

自分で作って自分で売る

初めての個展が2016年の『あなたがいつかそれを埋めてくれる前に』ですか?

そうです。その年の5月のデザフェスに最初の詩集を出したんですけど、それを置いてくれてた谷中のひるねこBOOKSさんからお声がけいただいて。思ってもみなかったことなので驚きましたけど、いい機会だしやってみようって。

それからZINEというか、個人出版のリトルプレスに本腰を入れていきますよね。そういうスタイルで表現していこうと思われたのは?

ずっと、何をやるにもすべての理由が「本を出したい」っていう気持ちだったんです。でも自分は無名だし、編集者の知り合いもいないし、賞を取るには何か書いて待たなきゃいけないし、自費出版するお金もない。どうしようかなと思っていたときに、篠山で出会った人がZINEを送ってくれて、自分で作って本屋さんに置いてもらうというやり方があることを知ったんですね。当時はそういう人が続々と現れ始めていた時期で、そこから「自分で作って自分で売る」というスタイルが始まりました。

『私の生活改善運動』

やってみていかがでしたか?

衝撃的でした。最初がデザフェスだったので、お客さんが「何これ」って足を止めてその場で読んで反応してくれるんですよね。直接の対話だったし、中には涙を流して「ありがとう」って言ってくれる人もいて。特殊な経験をしてるなってずっと思ってました。

自信にもなったのではないですか?

ある意味、自信はずっとなかったんですよ。というのは、普通みんな作ったものを出版社に持ち込んだりすると思うんですけど、わたしは「いま行ってもな」という感じで一切それをしなかったんです。自分はデザフェスとか手創り市のようなイベントで販売するのが楽しいから、まずこっちをやろうと思って。

去年の11月に出した『消えそうな光を抱えて歩き続ける人へ』(ビーナイス)が初めての商業出版ということになりますか?

そうですね。ずっと自主出版みたいな形でやってきましたけど、あえて商業出版と距離を取ってたわけではないんです。「こだわってるんですね」とかよく言われるんですけど、「いや、あの、ただ誰も声をかけてくれなかっただけで……」みたいな(笑)。形にはこだわってなくて、自分が書いたものが届いて読んでもらえることがいちばん大事だと思ってるのは変わらないんですけど、初めて商業出版で出してもらえたときに、自分ひとりではできないことができるようになるってことをすごく感じました。いまはいろんな人とチームを組んで、そのパワーでできるものを作りたい気持ちが強いです。

安達茉莉子

『私の生活改善運動』も製本は人力ですけど、三輪舎というひとり出版社を営む中岡祐介さんががっつり編集で入ってくださって、販売も本屋・生活綴方でしていただいてるんです。最初はこういう形にするつもりはなくて、生活綴方にリソグラフ(※)があるので、中岡さんと「これで何かやりましょうよ」「いいですね。ブックカバーでも作りますか」みたいな話をしたのが始まりなんです。「わたしそういえば生活改善運動っていうのをやってるので、そのイラストを表にして、裏にショートエッセイを載せて……」とか話してるうちに、エッセイをメインにして本にすることになって、巻数も増えていったんです。

※理想科学工業が製造・販売している高速デジタル印刷機。独特の質感や発色で世界中のアーティストやクリエイターを魅了している

自然と集うことのできる、開かれた場

本屋・生活綴方の鈴木雅代さんと中岡さんがやっているインターネットラジオ「本こたラジオ」の安達さんゲストの回を聴いたんですが、中岡さんは安達さんの才能に惚れ込んでいらっしゃるんですね。

いえいえいえいえいえいえ……。

そこまでキョドらなくても(笑)。

いやあの、わたしあんまり自信がないもので……本人は多分否定しますけど、中岡さんは編集者としては強豪校の鬼コーチみたいな人なんです。選手が捕れないところにノックを打ってくるという(笑)。なので「あー捕れない! 悔しい!」ってことのほうが多いんですけど、すごく優しい人なので、書けなくて落ち込んでるときにみんなでごはんに誘ってくれたりして。中岡さんだけじゃなくて、本屋・生活綴方全体がそういう人間的で温かい場所なんです。

本屋・生活綴方
本屋・生活綴方

僕も今日お邪魔して思いました。ゆるい仲間感があってすごく快適ですね。

そうなんですよ。しかもあんまりベタベタつるむわけではなくて、みんな好きなときに来て好きなときに帰る感じで。アーティストインレジデンス(※)みたいなイメージです、わたしにとっては。

※アーティストが一定期間ある土地に滞在し、常時とは異なる文化環境で作品制作やリサーチ活動を行うこと。またはアーティストの滞在制作を支援する事業のこと(美術手帖

コロナになって苦しくなった人たちが支え合ってやっていける場があったらいいなとよく思うんですが、フリーランスは集団行動が苦手なタイプが多いじゃないですか(笑)。本屋・生活綴方はおっしゃるような距離感を保って互いにリスペクトし合える仲間が集う場になっていて、いいなぁと思いました。

すぐそこにあるオーケーっていうスーパーでお寿司とか買ってきて、ここ(小上がり)で食べながらしゃべって。みんなわざわざ来るぐらいだから、本音じゃない会話をしないんですよ。職場の人と帰りの電車が一緒になって、話すことがなくて血液型とか出身地の人口とかの話をするってありますけど、ああいう気まずい会話がないし、かといって「本音以外しゃべるなよ」みたいな暑苦しい感じでもないし。

本屋・生活綴方

ここに引っ越してくる前は東中野に住んでて、荻窪の中野活版印刷店でいつも印刷してもらっていました。いまもお世話になっているんですが、店主の中野さんやお客さんと、飲みながら延々と紙がどうとか装丁がどうとか話してるんですよ。自分がしたい話を同じぐらいの熱量や温度でできる人ってすっごく貴重だし、集団行動が苦手だからこそ、そういう会話がないとやっていけないとも思うんです。本屋・生活綴方もそういう仲間みたいな人たちとのふれ合いの場になってると思います。

生活も平和で心地よさそうです。

居心地のいいほう、居心地のいいほうへ移ってきた感じですね。去年の12月に個展をしてもらったときに初めて来たんですけど、いっぺんで気に入ってしまって。初日からごはんに誘ってくれたし、行くたびに歓迎してくれるのが新鮮で、ここに住めたらいいな、って思ってたら、個展の途中で不動産屋さんに連れて行ってくれました(笑)。

みなさんも来てほしかったんでしょうね、安達さんに。

生活改善運動でいちばん大きかったのはここに引っ越してきたことかなと思います。ずっと「引っ越ししなきゃ、しなきゃ」と思いながらも行きたい場所が見つからなかったんですけど、ビターッとハマったのが妙蓮寺でした。いざ来てみたらいろんな人との出会いがあったりして、刺激にもなるし、中岡さんとか鈴木さんも「どんどん作ろう」って励ましてくれるんですよね。

安達茉莉子

引っ越し先を探してたときの条件のひとつが「そこにいることで、何かを作りたい気持ちになれること」だったんです。そんな場所どこにあるんだろう?って思ってたときにここと出会って、リソグラフもあるし、みんな何か作りたいマインドの人だから、「何かイベントやろう」「じゃあこれやろう」「あれやろう」って自然に発展していくし、応援してくれる人ばっかりだし。最高の場所に来たなって思います。

地元の小さな、でも個性的なお店って、扱っている商品やそれが体現する文化を愛する人たちの溜まり場というか、情報集積地みたいになりますよね。買うものもないのに来て、店主やお客さんとおしゃべりして帰っていくみたいな。

本屋・生活綴方もまさにそういうお店だと思います。本に書きましたけど(『私の生活改善運動 vol. 2 本棚をつくる』)、デザイナーのイヨリさんっていう人と二人の「夜の本こたトークライブ」という動画を綴方のインスタで配信してるんです。そこに「寂しい時、本屋に行きます」っていうお便りをもらったことがあって、すごく印象的でした。街に本屋さんがあるって大事だし、特にこのお店は誰かひとりのカリスマがいてそこにみんなが集ってきてるんじゃなくて、開かれた場があってそこにみんなが集ってきてるっていう感じだから、とにかく居心地がいいんですよね。

本屋・生活綴方

vol. 2の副題は「本棚をつくる」ですけど、ここにいると本棚の意味合いや効果がリアルにわかるんです。フェミニスト書店のエトセトラブックスに行ったときに強く思ったのが、本棚の前に立つと安心するんですね。ヘイト本を置いてる本屋さんもたくさんありますけど、この棚はフェミニズムをもとに作られているから何を手に取っても大丈夫だし、ここには仲間がいる、わたしの居場所がある、って思える。行っただけで充電されるような気持ちになりました。ある意味、シェルターみたいな感じです。

見ないでいてくれる、けど信じてくれる温かさ

『私の生活改善運動』はvol. 1がお引っ越し、vol. 2が本棚作り、vol. 3はお料理がテーマになっています。これは最初から決まっていたんですか?

一応、事前に中岡さんと「こんな感じでいこうか」みたいな話はしたんですけど、全然その通りになってないですね(笑)。一応、毎月出そうって話で始まったんですけど、そうするとどうしても締め切りがあるから、そのときいちばんアツく活動していることがメインになるんですよね。ただ、企画のために生活をし始めると本末転倒で、ちょっとグロテスクなものになってしまうから、それだけはやめようねって言って。そんな感じなので、自分でも次に何を書くかわからないんです。9月末にVol. 4が出る予定なんですけど……。

この記事が出るころには出そうですね。中身は言ってもいいんですか?

いいんですけど、また全然違う中身になってるかもしれません(笑)。えーと、自分の中でいまいちばんアツいテーマは自転車で……。

おおお!

『私の生活改善運動』の印税で電動アシスト自転車を買ったんです。詳しく話すと本とかぶっちゃう可能性があるので内緒にしますけど、おかげですごく生活が変わりました。日常的に海を見に行けるようになって、いま幸せいっぱいです。例えば映画を見に行こうって思ったときに、前は電車で行ってましたけど、自転車なら自分の好きなルートで大好きな海を見ながら行けるじゃないですか。

安達茉莉子

本にもたびたび出てくる友人のYさんがどこにでも自転車で行く人で、「決められたルートじゃない、好きなルートを自分で作って移動できるのは幸せなことだ」って言って、前から購入を勧めてくれてたんです。みんな本当は通勤電車とか嫌いだと思うんですよ。自転車を導入すると一気に世界が変わります。これも生活改善運動かなって。

楽しみです。最後に話しておきたいことはありますか?

『私の生活改善運動』を書籍にする企画を三輪舎の中岡さんと進めているので、まとめて読んでいただける日がいつか来るかと思います。それとは別にエッセイ集を準備していて、そっちは別の出版社から来年発表できそうです。『毛布』っていう仮タイトルなんですけど、誰かが言ってくれた言葉とか、どこかで目にした言葉が自分の心を毛布のように包んでくれたエピソードをまとめた本になります。今回お話ししたようなこれまでの経験のことも。

確かに、心に響いた言葉は自分を守ってくれる感覚があります。気に入った言葉をメモることは昔からされているんですよね。

高校生ぐらいからいままでやってます。毛布にくるまって傷を癒すということもあると思うんですよ。そういう姿をあえて見せようとするんじゃなくて、見ないでいてくれる、けど信じてくれる温かさに注目した本になりそうです。 いずれ物語の作品集も作ってみたいですね。絵と言葉のセットがいちばん自分的にはしっくりきてるので、絵本とか詩画集みたいなものも、エッセイも。本作りはこれからもずっとやっていきたいです。

安達茉莉子

撮影/阪本勇@sakurasou103
撮影協力/神奈川・妙蓮寺 本屋・生活綴方