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『こう見えて元タカラジェンヌです』~遅れてきた社会人篇~第13話 新人サラリーマンのブルース~さらばサラリーマンたそ~

こう見えて元タカラジェンヌです~遅れてきた社会人篇~

華麗なる宝塚歌劇団で「癖のあるおじさん役」を究めた天真みちる=「たそ」による大人気連載『こう見えて元タカラジェンヌです』に、待望の続編が爆誕!退団後すぐに「サラリーマン」として企業に就職した「たそ」が、タカラジェンヌとして過ごした15年間と一般社会のギャップにおののきつつ、タンバリンと付け髭を手に第二の人生を突き進む!知られざる「宝塚OG」のリアルライフを描く爆笑エッセイ。(提供元:左右社)

剣と恋と虹と企画と構成と資料作成と出演と

前回までのあらすじ〉

大尊敬する先輩七海ひろきさんの宝塚歌劇団卒業後初めてのイベントの制作の命を仰せつかったサラリーマン歴7カ月目の天真みちる!

光栄且つ責任重大な案件に、唯一「経験者」であった天真は、普段からは考えられない発言量で会議を廻しに廻す!

そのイキり具合を買った上司は「制作責任者」に任命。「責任者」という文字通り、ほぼ全ての業務をこなすべく孤軍奮闘。

気がつけば、

■企画・構成
■会場ロケ
■会場資料作成
■当日のタイムスケジュール作成
■お手伝い頂くスタッフさんの手配
■出演者・スタッフ全員の進行表作成
■出演者の台本作成
■照明・音響スタッフの技術台本の作成
■オープニングムービーの監修

更には

■自身のMCとしての出演

と、イベントのすべてを担っていた。

天真「……もはや、イベントを司る神なのでは?」

日々迫りくる「資料作成」の試練と〆切。

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キャパオーバーした天真はとうとう逆ハイに。

天真「我こそはイベントを司りし神なり!フハハハハ!!!」

果たして資料は本番までにできあがるのか?!天真は神となれるのか?!

彼女の運命や如何に!!!!!!

衝撃の事実

……結論から言うと、神にはなれなかった。

なんとか資料を仕上げ、なんとか各スタッフさんへ送信し、なんとか細々と準備を重ね……なんなら虚無になっていた。

そしてとうとう迎えた本番当日。

会場に着き、諸々の準備に取り掛かる。

音響確認、マイクチェック、照明確認、会場に流す映像の確認、七海さんの動線確認、握手時の動線確認、登場のタイミングなどのリハーサル……。

諸々の確認作業終了後、各スタッフさんとの最終打ち合わせを終え、時刻を確認すると本番30分前に。

いよいよ開場。あとは開演を待つばかりとなった。

それぞれの配置へと向かう各スタッフさんを見送り、誰もいなくなった廊下で一人、椅子に腰かけた。

天真「……ふぅ」

……ここまであっという間だった。

責任者として初の仕事、西も東もわからず試練の連続だった。だが……なんとかここまで来ることができた。

天真「……よかった……本当に……」

久方ぶりの静寂。

自分の呼吸音しか聞こえないその空間で、わずかな達成感を味わいながら一人、ひっそりと瞼を閉じ……ようとしたその時……

スタッフさん「天真さんも準備お願いします」

天真「……ほえ?」

スタッフさん「え……?」

天真「え……?」

スタッフさん「……MCです……よ、ね……?」

天真「……」

その日、天真は思い出した

自分もMCとして出演することを…

なのにまだ一つも準備が完了していないことを……

天真「!!!!!!」

刹那、天真は「40秒で支度しなッ!」と命令されたパズーが如く、音速で準備に取り掛かった。

イベント開始ッ!

自身も出演する、ということをすっかり忘れていた天真だが、在団中、朝起きられな過ぎて、楽屋入りが開演1時間前だったことで身についた準備の速さで何とか開演10分前には支度を済ませられた。

天真「楽屋入りが遅くて良かったなあ……」

そんな、あまり誇るべきところではないと思われるところで自身を最大級誇りに思いながら会場へ。

MC台に着き、本イベントの諸注意などをアナウンスしている間に、いよいよ開演10秒前。

9……8……7……6……5……4……

3……2……1……

開演ブザーが鳴る。

客電がゆっくりと落ち、映画館のスクリーンにムービーが映し出される。とあるロケーションから、少しずつある場所へと続く道を進み、扉を開く。

するとその先に……七海さんの後ろ姿が……(この先はBlu-rayかDVDをお買い求めになり、お確かめくださいませ)

……ムービーの締めくくりに七海さん本人がご登場。

「キャ――――――――――!!!」

瞬間、物凄い歓声が上がった。

待ちわびたご贔屓との再会に、熱狂に包まれる会場。そこから先の90分間、この熱狂が冷めることはなかった。

―――――――――――――――――

(あくまで私の主観だが)

タカラヅカの男役は、劇団に在籍する間、自身の目指す最高峰の「理想の男装の麗人」を目指して日々研究をし続ける。

そして10年以上かけて「自分だけの格好良さ」を見出し、自身の「男役」としての魅力が最高峰に至った、という達成感に全身が包まれた時、卒業を決める気がする。

一人の人生の、たった10数年。

「男役」として生きる時間は、とても儚い。

だからこそ男役は、卒業する瞬間まで全身全霊で「自分だけの格好良さ」を突き詰める。

そして卒業した瞬間、自分の内に最前線で生きていた「男役」が、幽体離脱のように身体から離れていく。

そこからは「自分自身」が最前線となり、それぞれの「最高峰」を目指し、それぞれの道を歩んでいく。

その、様々な道の中で、七海さんは、「七海ひろきとして生きる」道を歩むことを決められた。

それを初めて、会場に集まった方々へ伝える。

正直、お客様がどんな風に反応なさるのか、構成を考えている時は想像できていなかった。

それは、七海さん本人もそうだったと思う。

どんな受け止め方をされるのだろうか、ついてきてくださるのだろうか、

これから進む道と決心を伝えるときは、きっと、とてつもない覚悟があったことと思う。

結果、お客様は七海さんの想いに寄り添い、ついていくという決意をされているように感じ、杞憂だったなあと思った。

会場をあとにするお客様の背中を見つめながら、ただただ、このイベント制作に携わることができて良かったなあと思った。

自分ではない誰かのショーを構成する。

その「責任感と達成感」の深さを知る機会をもらえたことに心から感謝した。

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