「著作権法の一部を改正する法律」が2023年(令和5年)5月17日に成立し、同月26日に公布されました。本法律による改正事項のひとつが、「著作物等の利用に関する新たな裁定制度の創設」です。そこで今回は、「裁定制度とはなにか」といった概要をはじめ、従来の裁定制度と新しい裁定制度の違いや、創設されることとなった背景、そのメリットなどについて解説していきます。
新裁定制度とは?
裁定制度は、著作権者が不明な著作物などについて、不明なままでも第三者が自由に利用できるようにするために創設された制度です。
裁定制度の基本
著作物については、著作権者の許諾を得て、また、ライセンス料の支払いなどをしなければ利用できないのが原則です。しかし、インターネット上などにおいては、多種多様な画像・動画などのコンテンツがあふれており、著作権者が誰なのかわからないケースも多々あります。
裁定制度は、こうした著作権が誰にあるのかわからないケースなどにおいても第三者が著作物を利用できるようにする制度です。著作物を利用したい第三者からの申請をもとに、文化庁長官が著作権者に支払うべき補償金などの著作権に関する事項を判断し、補償金を支払うことで、著作物の自由な利用が可能となります。ここでいう文化庁長官の判断を、著作権法では「裁定」と表現しています。
文化庁長官の裁定を受け、定められた補償金を供託することで、「使用後に著作者らから著作権侵害の損害賠償を請求されるといったリスク(違法性を問われること)」をなくすことができます。
旧裁定制度と新裁定制度の違い
まず、従来の制度では、裁定の対象になるのは「著作権者が不明の場合」と「著作権者と連絡をとることができない場合」でした。本改正によって新裁定制度では、「著作権者の利用の可否にかかる意思が確認できない場合」へと変更されました。
また、従来の制度では、著作権者は、裁定を受けた著作物について利用の停止を求めることができませんでしたが、新裁定制度では、裁定による利用可能期間について3年という上限を設けています。そして、裁定後に著作権者の申請があった場合には裁定を取り消し、利用の停止が認められるようになりました。
このほか、新裁定制度では文化庁長官の裁定手続における事務の一部を、文化庁の登録を受けた民間機関が担うことになりました。補償金の支払いについては供託を不要としており、管理機関への支払いで足りるなどして、著作物利用開始手続きの迅速化が図られています。
なぜ改正が必要だったのか
従来の裁定制度は、基本的に著作権者が不明、または不存在であることを前提に長期間の利用を可能とするために設けられていました。ただ、従来の裁定制度では、裁定制度を利用できる著作物の対象が狭く、また、裁定後に著作権者が判明した場合などが想定されておらず、必ずしも使い勝手の良い制度ではありませんでした。
つまり、従来の裁定制度では、対象となる著作物の範囲が「著作権者が不明な場合」などに限定されており、著作権者は明らかであるものの、第三者による利用許諾の意思がわからない場合などは含まれていなかったのです。
例えば、著作権者の氏名、連絡先は判明しているものの、利用したいと申し入れをしても返答がないというケースでは裁定を受けられませんでした。こうした実情から、社会のニーズとして、より多くの著作物について裁定制度を利用できるようにしてほしいという声があがったのです。
また、裁定制度では文化庁長官の裁定を受ける必要がありますが、申請から裁定を受けるまでに時間を要するため、「早く利用できるようにしてほしい」という申請者の意向に沿えていませんでした。
加えて、以前の制度では、裁定を受けたのちに著作権者が判明し、その著作権者が今後の第三者による著作物の利用を停止してほしいという意思がある場合でも、裁定を取り消すことができず、著作権者の意思が反映されるものではありませんでした。
そこで、本改正によって、こうした従来制度の不備を解消し、過去の作品や一般の方が創作したコンテンツ等の円滑な利用を図ることに。著作物等の利用とその対価還元をより円滑化する仕組みとして整備されました。
令和5年改正の主なポイント
ここでは、令和5年改正の主なポイントを見ていきます。
裁定の対象範囲拡大
新たに対象となった著作物は、「(未管理公表著作物で)著作権者の利用の可否にかかる意思が確認できない著作物」です。なお、未管理公表著作物とは、公表されている著作物のうちで、著作権管理事業者団体(例えば音楽についてのJASRAC、写真についてのJPCAなどの団体です)に登録されておらず、各団体で管理されていない著作物のことです。
新裁定制度では、著作権者が利用拒絶の意思を明確にしていない著作物について広く裁定を受けることができるようになりました。利用拒絶の意思が明確なケースとしては、「無断利用禁止」などの表記があるケースなどが想定されます。
以前の制度では、著作権者が不明な場合や連絡がとれない場合に限定されていましたが、新裁定制度では、著作権者が利用を拒絶していることが明らかでない場合にも裁定を受けることができるようになりました。
これにより、著作権者が判明しているものの利用者がその著作権者と利用許諾について直接交渉することができない場合や、連絡をとったが返答がない場合などでも、裁定を受けることで利用できるようになります。対象範囲が拡大されたことは、利用者にとっては著作物利用への道が開けることになりますので、大きなメリットといえるでしょう。
裁定手続きの簡素化
従来の手続きでは、裁定の申請受理、要件該当性の審査、補償金の算定等の手続きは文化庁長官が行い、補償金の算定においては文化審議会に諮問することとされていました。
こうした文化庁への事務負担が一極集中することと、文化審議会への諮問を経なければならないことで、申請から裁定が下りるまでに時間を要していたのです。さらに、従来の制度では、補償金の供託が必要でした。
新裁定制度では、申請受理、要件該当性の審査、補償金の算定等を、文化庁長官の登録を受けた窓口組織(民間機関)が行えるようになり、補償金の算定に際して文化審議会への諮問も不要となりました。さらに、補償金の納付については、供託が原則ではあるものの、補償金管理機関への支払いも可能となりました。
これにより、申請して裁定を受け、補償金を支払うことで著作物の利用が可能になる一連のプロセスが簡素化され、手続きに要する期間が短縮されることになります。
権利者不明著作物の利用促進
新裁定制度で新たに裁定の対象となった著作物を正確に表すと、「(未管理公表著作物で)著作権者の利用の可否にかかる意思が確認できない著作物」となります。
公表著作物とは、公表された著作物もしくは相当期間にわたり公衆に提供されている著作物です。公衆に提供されているものというのは、例えば、インターネット上で閲覧できる状態にある写真や動画などを指します。未管理公表著作物とは、先述した通り、公表されている著作物のうちで、JASRACやJPCAなどといった著作権管理事業者団体で管理されていないものです。
こうした未管理の公表著作物について、新裁定制度では裁定の対象となることが明記されました。これにより、様々な著作物について、裁定を得ることで利用が可能になり、著作物を利用した経済活動がより活発になることが期待されています。
新裁定制度の具体的な流れ
新裁定制度による著作物の裁定を受けるための流れは以下の通りです。こうした手続きをとることで、利用者は申請した著作物などを利用できるようになります。
新裁定制度のメリット
ここでは、利用者・権利者それぞれの立場から、新裁定制度のメリットを見ていきましょう。
利用者にとってのメリット
新裁定制度では、利用の可否について著作権者の意思が不明なものについて、以前と比較して簡易な手続きで裁定を受けることができるようになりました。著作物をスムーズに利用できる点が最大のメリットです。
権利者にとってのメリット
著作物の権利者にとっては、裁定により第三者が利用していることを知った場合、利用者が供託した補償金を受け取ることができますし、また、今後の利用を拒絶したい場合には、裁定を取り消し、利用を停止させることもできます。
社会全体へのプラスの影響
手続きが簡素化、迅速化され、対象となる著作物の範囲が広がったことで、これまで以上に裁定手続きを経て、著作物の利用が活発に行われると考えられます。過去の作品や一般の方が創作したコンテンツが幅広く活用されることになり、こうした著作物を利用することによる事業の活性化が図られ、社会全体の発展にもつながるでしょう。
注意すべきポイントと課題
ここでは、新裁定制度における注意点や課題を見ていきます。
権利者保護と利用促進のバランス
著作物の利用は、著作権者の許諾を得て行うが大原則です。裁定制度は、例外的に国(文化庁)が第三者による著作物利用を認めるものです。新裁定制度では、著作権者の保護を図るために、著作権者の申し出による裁定の取り消し・著作物の利用停止と、裁定による利用期限を3年ごとの更新制としました。
裁定制度は、こうして著作権者の保護を図りながら、他方で、第三者による著作物利用を促し経済を活性化させようとするものです。権利者の利害と第三者の利害が相反しながら共存することになります。新裁定制度も完全なものではありません。今後、裁定制度の利用状況によっては新たな想定していない課題が生じることも考えられます。
国際的な著作権法との整合性
著作物は国境を越えて利用されるものです。ましてやインターネットの発展により今や全世界と容易につながりを持つことができます。著作物の保護についても日本国内だけでなく、世界で保護されるべきものといえるでしょう。
日本もベルヌ条約やTRIPS協定、視聴覚的実演に関する北京条約など様々な知的財産保護を図る条約・協定に批准しています。日本の裁定制度と類似の制度は他国にもあり、例えば、EUの孤児著作物指令があげられます。
EUの孤児著作物指令では、著作物に関する“入念な調査”が必要であるなど、新裁定制度と比較すると利用しにくいようにも感じられます。
ただ、それだけ第三者利用へのハードルを設けることで権利者を保護しようとしている側面もあり、一概にどちらの制度がすぐれているといえるものではありません。今回の新裁定制度も運用の開始後、権利者保護にかける面があるなど、新たな課題が見つかることも考えられるでしょう。
デジタル時代における新たな課題
デジタル化、ネットワーク化の進展は目まぐるしいものがあり、常に変化し続けている状況です。生成AIの発展など、数年前には思いもしなかったものが新たに誕生し、進化し続けています。
新裁定制度は令和5年に成立したものですが、数年後には進化したデジタル時代にマッチしないものになっている可能性もあります。
デジタルの進化により新たな制度ができ、その制度でさらに社会が変化し別の制度が必要にある、ということの繰り返しで社会は発展していきます。時代の進化とそれによる新しい制度を注視していく必要があるでしょう。
よくある質問(FAQ)
未管理公表著作物を利用したい第三者であれば、誰でも裁定を申請することができます。
権利者はそれまでの利用に対する補償金を受け取ることができ、また、今後の利用に関して裁定を取り消して、利用停止を求めることができます。裁定後に権利者が現れた場合、今後も当該著作物を利用したいのであれば、権利者とのライセンス交渉が必要です。
外国の著作物であっても,日本国内で利用されるのであれば,権利者が日本人である場合と同様の手続きを行う必要があり、裁定を受けることも可能です。
新裁定制度では、裁定の有効期間の上限が3年と定められています。なお、3年経過した段階で今後もさらに利用したい場合には更新することが可能です。
著作物利用に対する補償金(供託金)については、裁定の申請を受けた登録確認機関が当該著作物の内容に応じて決めます。また、ケースによっては文化審査会の諮問にかけられて決まることもあります。なお、文化庁では、裁定補償金額のシミュレーションシステムを公開しています。
今後の展望
ここでは今後の展望について見ていきます。
デジタル社会における著作権のあり方
著作権のあり方は社会の発展とともに変化していく可能性があります。特に現代のデジタルの発展の速度は目覚ましく、想定していなかった課題が見つかる可能性もあるでしょう。例えば、現在は著作権管理については、音楽、小説、写真などのコンテンツごとに管理団体がありますが、デジタル社会が発展すればデジタルで一元化して管理する仕組みが構築されていく可能性もあります。
国際的な動向との関係
著作権は国境を越えて保護されるべきものです。インターネット内においては国境を越えて著作物等のコンテンツが配信されています。著作権の保護については、国家間での条約を結んでいますが、個別の制度は各国ごとに異なります。コンテンツを海外へと展開する場合には、各国の著作権の制度がどうなっているのか、日本の新裁定制度と類似する制度が利用できるかなども調査検討する必要があるでしょう。
将来的な制度改正の可能性
新裁定制度は、これまでの課題を踏まえて議論を重ねて令和5年に成立したもので、当然ながら令和5年問時までの課題をもとに作られたものです。今後の社会の発展によって新たな課題が見つかり、その課題を解消するための新しい制度改正が行われる可能性も考えられるでしょう。
まとめ
新裁定制度は、利用対象を「著作権者の利用の可否にかかる意思が確認できない著作物」へと拡大し、また、申請手続きが簡易・迅速化され、著作物を利用したい人にとっては活用しやすい制度になりました。
他方で、裁定後でも権利者の申請により裁定が取り消される可能性もあるなど、権利者保護も図られています。この場合、利用者は権利者とライセンス交渉する必要があるでしょう。懸念はあるものの、新裁定制度によって、コンテンツ利用が容易になり、事業活動を活性化できる可能性が考えられます。