2018年から「#ゆかいな神統記」というタグをつけ、SNS上でギリシャ神話の物語をマンガ仕立てで紹介したり、神話の二次創作を発表してきた尾羊英さん。2019年には商業誌でのマンガ家デビューも果たし、人気ライトノベルのコミカライズやギリシャ神話ベースの連載なども手掛けていらっしゃいますが、実は驚きのキャリアが……!?
今年2月にはSNS発表作に描き下ろしを加えた単行本『ゆかいな神統記』も出版された尾羊さんのギリシャ神話への愛と、それを「作品」という形にしてきた経緯についてうかがいました。
漫画家。2019年、『月刊コミックZERO-SUM』で“エジプト神話×ファンタジー”作品である『災禍の神は願わない』の連載がスタートし、商業デビュー。2020年より同誌でライトノベルのコミカライズ連載『ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~』、2022年には『Nemuki+』で『落ちぶれゼウスと奴隷の子』を連載開始。2025年2月、SNSで発表していた『ゆかいな神統記』が描き下ろし漫画25ページを加えてビームコミックスより単行本化。
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ギリシャ神話から『聖闘士星矢』へ

『ゆかいな神統記』を拝見して、とにかくギリシャ神話に対する愛がすごい!と驚いたのですが、 ここまでギリシャ神話に惹かれた最初のキッカケって何だったんでしょう?
小学校1年生のとき、図書館で出会った星座の本ですね。当時の私はアニメとかステンドグラスとか絵画とか、色のついたものばかりが好きで、白い紙の上の黒い文字にまったく興味を示さなかったんですよ。そんな私を読書家だった親が心配して、図書館の子どもコーナーに連れて行かれたんです。そこで“何でもいいから興味のある本を見つけなさい”って言われて、偶然、手に取ったのが星座の本だったんですね。
ほら、星座の本って絵がいっぱい載ってるじゃないですか。で、その中に鎖に繋がれた女の子の綺麗な絵が出てきて「これ、何だろう?」ってなったんです。
アンドロメダですね。怪物の生贄に捧げられて、ペルセウスに助けられる神話の1シーン。
そう。でも、ろくに字が読めないし読みたくないので「これは何なの?」って親に聞いたら、その物語を教えてくれたんですけど、それだけじゃ満足できなくて。もっとギリシャ神話について知りたい! そのためには文字を読まねば!って、急に文字の読み書きを熱心に勉強しだしたんです(笑)。
未だに覚えているのが、たしか算数の授業か何かで「先生! “ギリシア”と“ギリシャ”ってどう違うんですか?」とかって質問したりして、もう、昔から興味のあることしか頭にないんですよ。お習字の教室でもギリシャ神話の話ばかりしていたら、お習字の先生が「そんなにギリシャ神話が好きならあげるよ」って、『聖闘士星矢』の単行本を全巻くださったんです。
なるほど。『聖闘士星矢』は星座とギリシャ神話がモチーフですもんね。
はい。まだマンガの読み方もわからないし、文字もようやく読めるようになったレベルでしたけど、車田(正美)先生の絵って、強いじゃないですか。聖衣(クロス)はゴージャスだし、美形キャラもいっぱい出てくるし、特にハーデスやタナトス、ヒュプノスなどの神様が素敵で。モノクロなのに黄金に輝いて見えるのが初めての経験で、小1にして「美しい!」って衝撃を受けたんですよ。そこから『聖闘士星矢』にドハマりして、ギリシャ神話の星座の本もいっぱい買ってもらって、小3ぐらいまででギリシャ神話に対する最初の土台みたいなものができたんです。
ただ、中学受験の準備があったり、引越しのどさくさで『聖闘士星矢』のマンガがなくなってしまったりで、一回離れてしまったんですよね。だけど、中2のときに書店で偶然『聖闘士星矢』関連の本を見つけて、ああ、懐かしいな……って買って読んでみたら、そこで再びドカン!とハマってしまったんですよ。
それでお小遣いでもう一回コミックスを全部集めて、でも、今度はそれだけじゃ済まなくて。小学生のときから冥王ハーデスが好きだったので、もっとギリシャ神話の冥界について知りたいと、学校の図書館でギリシャ神話の本を読み漁るようになり、神々の複雑な血縁関係とか複数ある説とかも中高生の間に履修しました。
そのうち神話ベースの二次創作も描き始めるようになったんですよ。今年の2月に出した『ゆかいな神統記』みたいなギャグもあれば、中高生の多感な時期に読んでいた『天使禁猟区』とか『天は赤い河のほとり』、『BASARA』、『十二国記』とかに影響されたシリアスなものもあって。ゼウスのキャラデザはそのころから変わってないです。
マンガ家になりたいけど、医者にもなりたい

しかし、神話に登場する神々って、特にビジュアル設定があるわけではないじゃないですか。何を手掛かりにキャラデザされていったんでしょう?
実は、髪色や瞳の特徴が文献に描かれている神もいるんですよ。ただ、全員がそれを踏襲してしまうと、キャラクターの描き分けが難しくなってしまうので、神話の設定に自分の解釈や好みも加味しつつ選んでる感じです。
例えば、ゼウスは雷を扱う神で、雷って私の中では銀色なんですね。あと、もともとキャラを対で考えるのが好きで、ハーデスがストレートの黒髪というのが先に決まっていたから、じゃあ、冥界の王ハーデスに対して天界の王ゼウスは銀髪でフワフワにしようって決めたのは覚えてます。
その時点で“マンガ家になりたい”というお気持ちは、既にあったんですね。
実は、小学生のときからありました。それこそ『聖闘士星矢』の他にも、『風の谷のナウシカ』とか萩尾望都先生の『ポーの一族』とか。手塚治虫先生の作品にも触れていたので、「マンガって素敵だな、自分も誰かの心を動かせるものを描きたいな」という気持ちは昔からあったんです。
ただ、マンガ家ってものすごく不安定な仕事だというのも知っていて、あと自分は結婚しない気がしていて、将来は自分自身ががしっかり稼がなきゃとも子供心に思っていたんですよ。ちょうどその頃ニュースで盛んに医療ミスの報道があって、子供心に医療に対する不安があったんですよね。私も家族も友達も絶対に必要とするものだからこそ、自分が医者になって正しい知識をもって治療することができれば、自分も安心だし周りの人たちの役にも立てるんじゃないかと。それに作品に慣れ親しんだ手塚治虫先生は医者でマンガ家だから、その二つを両立するのは不可能じゃないんじゃないかって。
マンガ家は資格がいらないけど医者は医師免許が必要なので、まずは医学部に行こうと決めたんですけど、家庭の事情で浪人できないし一人暮らしも難しくて、条件の合う大学に絶対に一発で受かるため一旦またギリシャ神話から離れつつ、なんとか合格できました。大学に合格したらギリシャ神話の漫画を描いてデビューするぞと高校の間中、夢見ていました。
すごすぎます! そして念願だった医者とマンガ家の二刀流に……?
いえ、それがギリシャ神話から離れたまま戻らず。医学部に入ったら当然学業も忙しくなってしまいましたし、ギリシャ神話には足を踏み入れることのない時期が長く続いたんです。教授とか友達にも「マンガなんて描いてると留年する」って言われたので、とにかく進級することに意識を向けようと。
それでも学生時代のうちは「将来、必ず医者とマンガ家になるぞ!」っていう熱い気持ちがあったんですけど、実際に医者として働き出したら、もう、それどころじゃなくなって。医者として働きながら趣味でマンガを描ければ十分というモードになったんです。
でも、趣味で描いているうちにプロになる方って、いらっしゃるじゃないですか。そういった事例を傍で見るうちに「自分もプロになりたい」っていう気持ちが、どうしても捨てきれていないことに気づいたんですね。医者としての仕事に慣れていくうちに、その気持ちもだんだん大きくなって。このままではいずれ仕事に集中できなくなりそうだなと、大学の医局の人事の先生に「マンガ家を目指すために2年間休ませてほしい」とお願いしたんです。すぐにではなく1年後からで。さすがにこの理由で急に抜けるわけにはいかないので。
そんなことを言われた人事の方は、さぞ驚かれたのでは?
すごかったですね。「前代未聞だよ」って言われました(笑)。でも、私も本気だったので、もう汗だくで泣きながら「どうしても! 2年間お願いします!」って言ったら、こちらの気持ちを肯定してくださって、その上で、2年間抜けることでキャリアにどれだけ不利になるかということを教えてくださって。「1カ月考えてきなさい」って言われたんですけど、それでも意志が変わらなかったので、その1年後の春から2年間休ませてもらえることになりました。
