これまで、氏名のフリガナは戸籍上に公証されていませんでした。今回の改正で、行政のデジタル化や、本人確認の資料としての利便性が向上します。この記事では、戸籍法等改正の概要に加え、改正に伴う各規制の潜脱行為を防止する効果などを解説していきましょう。
戸籍法等改正の概要
2025年5月26日に「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和5年法律第48条)が施行されます。この改正により、戸籍法・住民基本台帳法等の一部改正がなされ、戸籍や住民票、マイナンバーカード等にフリガナを記載することになりました。
改正法施行前の状況
2025年5月26日施行前の戸籍法で取り扱われる戸籍の記載事項には、「フリガナ」の項目はありませんでした。そのため、これまでの戸籍や謄本や戸籍抄本、住民票(一部地域を除く)、マイナンバーカードにも、フリガナは記載されていません。
戸籍謄本や戸籍抄本、住民票やマイナンバーカードなどは、個人、あるいはフリーランスや個人事業主としての身分を証明する重要な書類です。
しかし、戸籍法上はフリガナがないために、身分を証明する書類を公的機関で取得する際も、名前の読み方を間違えて呼ばれる可能性があります。
たとえば、「大谷智子」という女性の氏名は、「おおたにともこ」とも、「おおやさとこ」とも読めます。氏名の読み方は生まれた際に登録されるわけではありません。
そのため、自分の名前の読み方はパスポートを作成する際や、預貯金口座を開設する際に自己申告するという状況でした。
なお、「出生届」には「よみかた」を記載する欄がありますが、「出生証明書」には読み方の記載がありません。


出生届に記載する「よみかた」は、住民票の管理をするために参考事項として記載するものであり、氏名の一部ではないと考えられています。そのため、戸籍にも氏名の読み方は記載されていませんでした。
判例における氏名呼称の意義
最高裁判所の判例によると、「他人からその氏名を正確に呼称されることについて、不法行為法上の保護を受けうる人格的な利益」があるとされています(※)。
そのため、名前の正確な読み方は、人格権の一内容を構成するほど重要なものであると考えられるでしょう。
ただし、同判例では、ひとつの漢字に複数の読み方があるため、漢字によって表記された氏名を正確に呼称することは、必ずしも容易でないとしています。加えて、不正確な呼称すべてに違法性があるとすべきでないともされていました。
※参照:最判昭和63年2月16日民集42巻2号27頁 謝罪広告等請求事件
ビジネス上のメリットと悪用防止
また、会社が顧客管理をするときなどは、顧客の氏名とともにフリガナを同時に登録することが多いと思われます。これは、五十音順での並べ替えによる整理がしやすいことや、問い合わせの際にデータベースと照合しやすいためです。
実際、姓(氏・苗字)に使われている漢字は、5万字を超えると言われておりフリガナがなければ、並べ替え作業に支障をきたすことになるでしょう。
加えて、同じ氏名で複数の読み方ができることを悪用するケースも問題視されてきました。たとえば、読み方が異なる別人として、消費者金融から重複して借入を行う事例もあり、本人確認の際に同一人物であるかの確認ができないことは、ビジネスにおいても大きなリスクがあります。
こうした、過去の判例や利便性、不正防止の観点から、戸籍や住民票の記載事項にフリガナが追加される法改正が施行されることになりました。
氏名(漢字)にフリガナを紐づけられれば、データベース上の処理が容易になるため、ニーズの高まっているデジタル化にも大きなメリットがあるでしょう。
フリガナ追加の具体的内容
ここからは、フリガナの追加に関する具体例を解説します。
追加されるフリガナの定義
戸籍法上の「フリガナ」の定義は、氏名に用いられる「文字の読み方を示す文字」とされます(※)。
※参照:戸籍法13条1項2号括弧書
フリガナとして使われる文字は、片仮名(カタカナ)および長音記号(-)です(※)。
※参照:改正戸籍法13条3項、改正戸籍法施行規則30条の2、別表第二
フリガナ記載の流れ
実際にフリガナが戸籍、住民票やマイナンバーカードに記載されるのは2026年5月26日以降です。それまでの流れを確認しましょう。
まず、2025年5月26日以降に、戸籍に記載する「フリガナの通知」が、本籍のある自治体から送付されます。内容を確認し、フリガナに誤りがなければ、特に届出をする必要はありません。
その後、通知に記載されたフリガナがそのまま戸籍、住民票やマイナンバーカードなどに付けられます。

もし、通知のフリガナに誤りがあれば、2026年5月25日(1年以内に限り)までに正しいフリガナの届出が必要です。届出は、マイナポータルを利用してオンラインで行うほか、本籍地のある自治体の窓口、郵送での届出にも対応しています。
「フリガナの通知」は2025年5月26日以降に順次発送されることになりますが、各家庭に具体的にいつ届くかは不明です。通知を待たずに上記と同じ方法で届出を行うことも可能です。オンラインで届出をする方法は法務省の特設ページで確認できます。
書面での届出を行う場合は、各自治体のWebサイトに掲載されている書式・テンプレートからダウンロードが可能です。必要事項を記入した後に役所への持参・郵送します。
なお、氏名のうち、「氏」(姓、苗字、上の名前)は、戸籍の筆頭者が基準になるため、届出ができるのは筆頭者のみです。筆頭者以外の人ができる届出は、氏名のうち「名」(名前、下の名前)のみになります。
また、未成年の子については、親権者がフリガナの届出をしますが、15歳以上であれば子本人の届出も可能です。届出に手数料はかからず、届出をしないことによる罰則もありません。
本籍地で戸籍へのフリガナ記載が完了すると、本籍地の自治体から住民登録のある自治体に連携され、住民票やマイナンバーカードにフリガナが記載されます。
フリガナ記載のルール
近年、通常の漢字とは異なる読み方の名前(俗に言う「キラキラネーム」を含む)もあるため、フリガナ記載に関する法改正に影響がないのか疑問に思われるかもしれません。
改正戸籍法上、フリガナは「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているものでなければならない」とされています(※)。
※参照:戸籍法13条2項
日本では、人名訓・名乗り訓といった、通常の読み方と異なる読み方を名前に付ける文化が受け入れられてきました。たとえば、「治める」の送り仮名をなくし「治(おさむ)」と読ませる名前もめずらしくありません。
したがって、法改正後にフリガナを戸籍に記載する際も、そうした日本の命名文化を踏まえた運用とすべきとされています(※)。
※参照:戸籍法等の改正に関する要綱案第1の2注
たとえば、以下のような名前は、「読み方として一般に認められているもの」とされる予定です。
- 「昊空(ソラ)」:「昊」・「空」のいずれも「ソラ」と読むが、片方の「ソラ」を読まないケース
- 「大空(ソラ)」:直接読まない漢字を結合や置き字にするケース
一方、認められていない読み方は以下のような名前です。
- 漢字の意味や読み方との関連性をおよそ、あるいは全く認めることができない読み方
(例:太郎をジョージ、マイケル) - 漢字に対応するものに加え、これと明らかに異なる別の単語を付加し、漢字との関連性をおよそ、あるいは全く認めることができない読み方を含む読み方
(例:健をケンイチロウ、ケンサマ) - 漢字の持つ意味とは反対の意味による読み方
(例:高をヒクシ) - 漢字の持つ意味や読み方からすると、別人と誤解されたり読み違い(書き違い)と誤解されたりする読み方
(例:太郎をジロウ)
以上のような、社会を混乱させかねないものや、差別的・卑わい・反社会的な意味を含む読み方などは、フリガナ(名前の呼称)として認められません。
なお、法改正後も、改正前に生まれており、既に自身の名前として使われている場合は、一般的な読み方でなくとも読み方の変更などは求められません。
また、「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているもの」に当たらなくとも、既にその読み方が通用していることを示す書類を提出すれば、その読み方で届け出ることができることとされています。
自身の名前が非常に特殊な読み方だとしても、パスポートや預貯金通帳、健康保険証、資格確認書に記載されているならば、問題なく使用できるでしょう。
フリガナ表記に関する注意点
フリガナ表記に関しては、外国人の氏名や特殊な漢字が使用されているケースにおける注意点もあります。
外国人の氏名表記
フリガナ表記に関する「外国人」とは、日本国籍を有していない人です。そのため、日本における戸籍はなく、外国人の戸籍にフリガナを付けることにはなりません。
一方、住民登録は日本戸籍のない外国人でも可能なため、住民票の写しは取得できます。日本国籍(戸籍)を持つ人の住民票では、氏名のフリガナが必須の記載事項となります(※)。
※参照:改正住民基本台帳法7条1号の2
しかし、外国人の住民票については、氏名のフリガナの表記が必須の記載事項とされていません。これは、改正住民基本台帳法30条の45で、同法7条1号の1が記載事項から除外されているためです。
今回の戸籍法等改正においても、改正住民基本台帳法による記載事項からの除外は適用されます。そのため今後も、日本国籍(戸籍)を持たない外国人が住民票を取得する際、フリガナ表記は必要ありません。
ただし、「住民基本台帳事務処理要領」によれば、氏名にはできるだけフリガナを付けるのが適当であるとされています。
そのため、外国人であっても氏名にフリガナを付けることは「推奨」されており、総務省の公表した住民記録システム標準仕様書【第6.0版】では、氏名のフリガナ入力が標準実装機能となっています。
通称名との関係
一定の条件を満たしている場合に限り、外国人は住民票に「通称」を記載することが認められています(※)。
※参照:住民基本台帳法施行令30条の15、30条の16
ただし、この通称名は、「日本国籍のない外国人が、日本国内で本来の氏名以外の呼称として、社会生活上通用していること等」を理由に特別に認められている制度です。
そのため、今回の戸籍法等改正により、戸籍や住民票にフリガナが付されることとは別の取り扱いとなります。
通称名も、外国人の氏名と同様にフリガナを付けるのが「推奨」されています。そのため、通称名のフリガナ記載についても、総務省の公表した住民記録システム標準仕様書【第6.0版】では、氏名のフリガナ入力が標準実装機能となっています。
特殊な漢字の取り扱い
新しく生まれてくる子の名前は、従来の戸籍法においても「常用平易な文字を用いなければならない」(※)とされています。
※参照:戸籍法50条1項
具体的には常用漢字、人名用漢字、ひらがな、カタカナを使わなければなりません(※)。
※参照:戸籍法施行規則60条
今回の改正では、使える漢字の範囲に変化はありません。そのため、特殊な漢字の取り扱いに関しては、新たに対処が必要になる問題が起こることはないでしょう。
「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているもの」の判断方法
氏名のフリガナについては、上記のとおり、日本の命名文化を尊重した運用とすべきとされていることから、自治体の窓口でフリガナの届出を安易に拒絶させるべきではないでしょう。
「改正戸籍法施行規則」でも、一般の読み方と異なると考えられる場合であっても、まずは届出人に対して、そのフリガナが一般の読み方によるものであることについての説明を届書に記載させるべきとされているためです(※)。
※参照:改正戸籍法施行規則30条の3第1項
そのうえで、一般の読み方と異なると判断される場合には、自治体が「そのフリガナが一般の読み方によるものであることについての説明を記載した書面の提出を届出人に求めること」(※)とされています。
※参照:改正戸籍法施行規則30条の3第2項
なんらかの書類に、同じ読み方の記載があれば、自治体としてそのフリガナを認めやすいためです。
そのため、特殊な氏名の読み方をする人が届出をする場合は、辞典・新聞・雑誌・書籍・そのほか一般に頒布されている刊行物の記載を引用し、読み方が一般的に使われていると証明できる書類の提出が求められます。
フリガナ記載に関するQ&A
ここでは、フリガナの記載に関してよくある疑問と答えをQ&Aの形で解説します。
- フリガナの修正は可能?
- 可能です。
2025年5月26日以降に本籍地のある自治体から届く「フリガナ通知」に誤った記載があれば、マイナポータルを利用したオンライン、もしくは当該自治体の窓口・郵送で修正の申請が可能です。ただし、この申請は、原則として2026年5月25日(1年以内に限り)までとなっています。
2026年5月26日以降は、戸籍に順次フリガナが付けられますが、届出をしなかった場合でも1度に限り、家庭裁判所の許可を得ずにフリガナの変更が可能です。
一方、届出を行った後にフリガナを変更する場合は、家庭裁判所の許可が必要になります(改正戸籍法107条の3、107条の4)。
- 姓について夫婦で違うフリガナにできる?
- できません。
戸籍制度上、夫婦は同一の籍に入っているため、ひとつの姓しか認められていません。そのため、定められるフリガナもひとつのみです。
原則として、届出は戸籍の筆頭者が行うため、読み方が複数あり得る姓の方は、家族での話し合いが必要かもしれません。
- 既存の戸籍はどうなる?
- 戸籍の記載事項に「姓のフリガナ」および「名のフリガナ」が追加されるだけであり、既存の戸籍制度が大きく変わるわけではありません。
戸籍謄本(全部事項証明書)や戸籍抄本(個人事項証明書)を取得する機会はあまり多くなく、取得してみて気付くという程度でしょう。
むしろ、住民票の写しやマイナンバーカードの方が身分を証する書類としては一般的ですので、これらにフリガナが追加されることの方が影響は大きいと言えます。
- 世代間で姓のフリガナが異なる場合はどう扱われる?
- フリガナは、世代ごとの取り扱いになります。
まず、戸籍は原則として夫婦(AB)とその未婚の子(C)でひとつの籍とされます。その未婚の子(C)が婚姻するとその籍から外れ、新たな籍を設けることになります。
(C)が婚姻前の姓を婚姻後もそのまま使う場合、配偶者は(C)の籍に入ります(入籍)。結果的に、(AB)の戸籍と、(C)の新戸籍は、同じ姓であっても、戸籍としては別の戸籍となります。
今回の戸籍法等改正でも、(AB)の戸籍については(AB)に通知され(姓はABのうち筆頭者に)、(C)の戸籍については(C)に通知されます。
そのため、同じ姓であるはずの(AB)戸籍と(C)戸籍も、届出次第で異なるフリガナが付けられるかもしれません。あるいは、(C)の弟である(D)が(AB)夫婦の戸籍に残ったままであれば、兄弟間で姓の読み方が異なるケースも考えられます。
もっとも、同じ籍にいる場合でない限り、このように世代間や兄弟間で姓の読み方が異なることはやむを得ないと考えられます。
「昭和31年12月28日付け民事甲第2930号法務省民事局長回答」でも、姓の異同は夫婦と親子の関係を有する当事者間のみで生ずる問題であるとされています。
もちろん、世代間や兄弟間でフリガナが異なる場合であっても、自治体が勝手にフリガナ変更することはできません。
しかし、従来と異なる読み方に変えるとなると、パスポートや預貯金通帳、健康保険証、資格確認書などについてもそれに併せて変更する必要が出てくるでしょう。
個人が知っておくべきこと
一般的な読み方の氏名であれば、今回の戸籍法等改正について、特に気にする必要はないと考えられます。
ただし、一般的な読み方とは言えない読み方である場合や、2つ以上の読み方がある氏名の場合は、自治体からの通知をしっかりと確認し、場合によっては届出が必要になるため注意してください。
戸籍は、婚姻や子の出生など、特別なライフイベント以外ではなじみのない人も少なくありません。しかし、今回の戸籍法等改正は、戸籍上のフリガナの記載が、住民票やマイナンバーカードの記載にも使われるため、戸籍を持つ人全員に影響のある改正です。
フリーランスや個人事業主への影響は限定的であると考えられます。複数の異なる氏名で取引を行うことはほとんどないでしょう。特殊な読み方や複数の読み方があり得る氏名の場合であっても、今回解説したとおり、届出をしておけばビジネスに影響は問題ありません。
注意したいのは、パスポート作成時や預貯金口座の開設時のフリガナと異なる場合です。こうした氏名の読み方に齟齬があれば、取引に支障が生じる可能性もあります。
2025年5月26日以降に自治体から送付される「フリガナ通知」に、これまで使用していた読み方と異なるフリガナの記載があった場合は、忘れずに届出をしておきましょう。
まとめ
2025年5月26日に施行される「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律等の一部を改正する法律」により、戸籍、住民票やマイナンバーカードの氏名にフリガナが付けられます。
フリーランスや個人事業主にとっての影響は限定的ですが、パスポート作成時や預貯金口座の開設時のフリガナと異なる場合、取引に支障が生じる可能性があります。
「フリガナ通知」に、これまでの読み方と異なるフリガナが記載されていた場合は、忘れずに届出をしましょう。
また、施行前に既に付けられた名前は例外として、施行後は「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているもの」以外はフリガナとして認められません。
施行後に生まれた子の命名をする際は、使える漢字だけでなく、その読み方にも注意する必要があります。
あまり一般的でない読み方で命名したい場合は、その読み方が記載されているなんらかの新聞・雑誌・書籍などを事前に調べておき、自治体に届出をする準備をしておきましょう。
ピンチにも、チャンスにも。ファクタリングサービス
「FREENANCE 即日払い」
https://freenance.net/sokujitsu
▼あわせて読みたい!▼