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自分にとっての宝物になるように。地球のお魚ぽんちゃん『霧尾ファンクラブ』インタビュー

地球のお魚ぽんちゃん FREENANCE MAG

マンガ家業を長く続けるためには

地球のお魚ぽんちゃん

そう考えると、藍美や波の行き過ぎた行動も愛おしくなりますよね。そこにご自身の経験も活かされていると聞きましたが、本当なんでしょうか?

はい。例えば1巻のエピソードで言うと、枕元に写真を置いて夢に出てもらおうとするとか、背番号の数字を無理やり自分に結びつけたりとか、そういうマジで無意味なことを一生やってました(笑)。ただ、あくまでも自分が藍美や波と同じ年代の、まだ行動力もお金もなかった時代のことを思い出して描いた感じで、大人になってからの生々しい行動は彼女たちにさせたくなかったんです。例えば、推しのインスタで見切れていた香水を買いに行って飲んでみたりとか……。

嗅ぐのではなく飲む!?

つけるじゃ飽き足らず(笑)。そういったわかりやすい行き過ぎ感のほうが、エンタメとしてはウケるだろうって、なんとなく頭ではわかっているんですけど、本来この作品で描きたいのはそういうことじゃなくて。やっぱり一方通行で誰かを想うことだったり、一途な気持ちというものを大事にしたかったので、ギャグシーンで偏愛の異常さみたいなものを描く一方、それ以外のところではしっかりストーリーを紡いでいくことは意識しています。

『霧尾ファンクラブ』の大きな特徴として、肝心の霧尾くんの顔が描かれていないことが挙げられますが、そのあたりも今後ストーリーに大きく関わってくるんでしょうか?

そうですね。顔が出ないことには、二つの軸で意味があるんです。ひとつは『霧尾ファンクラブ』というタイトルが表している通り、この作品は霧尾くんのことを見ている藍美と波にフォーカスしている作品なので、霧尾くんの顔を出すとノイズになってしまうというテクニック面での理由と。あとは、ストーリー終盤の展開に関わってくる部分での理由がありますね。恋愛特有の利己的な部分と利他的な部分が共存するシーンも今後は出てくるでしょうし、人との関わりの中で揺れる気持ちだったりも描いていきたいと思っています。

今後の展開を楽しみにしています! ちなみに『霧尾ファンクラブ』以外の作品は、現在は描かれていないんでしょうか?

オモコロ』というサイトで『サボり先輩』という4コママンガを隔週で連載しています。平日は会社員をしている関係上、マンガの制作に充てられるのが平日の夜と土日だけなんですよ。そこで隔週16ページ『霧尾ファンクラブ』を描いているので、普通に徹夜することもありますし、体力的な部分ではマジで死にそうになりながら描いてます(笑)。

だったら、会社を辞めてマンガ一本でやっていこう!とはなりません? おそらく今ならマンガだけで食べていける状況でしょうし。

うーん……すごく回答に困りますね(笑)。確かに一本でやっていこうとすればやっていけるし、会社を辞めてフリーランスになれば、マンガに割ける時間も増える。それでも、やっぱり自分にはダブルワークのほうが性に合ってるなぁって思っちゃうんです。

仕事を2つ持つことで、メンタルのバランスを保ちやすい部分はあるかもしれませんね。

そのメンタルのバランスというのは大きくて、主軸となる仕事が別にあるから伸び伸びとマンガを描けている面もあるんですよね。土日でしか描けないとなったら、その時間でしっかりやれることをやろうって割り切れますし、あとは、マンガを長く続けたいという気持ちもあるんです。確かにマンガ専業になれば出せる作品数やページ数も増えるかもしれないですけど、ゆっくりでもいいから長くやっていきたい。そう考えると、今の働き方でもいいんじゃないかなって。

きっと他社からのオファーも多いと思うんですが、無理に手を広げたくはないと。

はい。ありがたいことに“ウチでも描いてくれませんか”というお話もたくさんいただくんですけど、今はこの作品にちゃんと向き合いたいので、お断りをしています。とにかく時間があれば『霧尾ファンクラブ』に割きたいので、仮に会社を辞めて専業になったとしても、絶対2本同時にはやれないんですよね。そのぶん収入が増えなくても、ひとつの作品にかける力が大きければ、ゆくゆくは多くの人に読んでもらえたり、2作連載するぶんの実入りになることもあるかもしれないので、そこは落ち着いてやっていきたいです。

呪縛みたいなものからの解放

地球のお魚ぽんちゃん

それこそアニメ化だとか、実写化なんてこともあるかもしれない。

ただ、そういったメディア化に対する欲が、この作品を描き始めてから良い意味で薄れてきているんですよ。もちろんメディア化されればすごく嬉しいですけど、この作品をちゃんと心を込めて描き切ることが一番の目標になっているので、昔のような“マンガ描くからにはメディア化しなきゃ!”とか“売れなきゃいけない”とかっていう、良くない意味での呪縛みたいなものからは解放されました。それって、ちゃんと自分の描きたいものをしっかり描けて、納得できているからなんですよね。なので、目に見えて爆売れしたとか、メディア化したとかが無かったとしても、この作品を無事に完結させられたら、きっと自分にとって宝物になるなって思えるんです。

それって準備期間をしっかり取って、納得いくまで作品の骨組みを設計してからスタートさせられたことも大きいと思うんですが、そもそもプロットに1年を費やせたのもダブルワークだからこそじゃありません?

あ、そうですね。本当に、まさしくそう! やっぱり専業だと、次から次へと連載をしないと収入が絶たれてしまうので、会社員をしているということで精神的な安寧を保ちながら、しっかりと腰を据えてストーリーを考えられたというのは大きかったです。

1年プロットをやっていても、原稿として形にならない以上、1円も収入にはならないですもんね。そんなリスキーなこと、専業だったら絶対できない。

実際、今までにやり取りをした何人かの編集さんに“会社員をやりながらだと体力的にしんどいんで、やっぱり専業になったほうがいいんですかね?”って相談したら、どの方にも“いや、会社は辞めないほうがいいですよ”って言われたんです。その時は“あなたには才能があるから辞めても大丈夫!”と言ってはくれないんだな……って悪いほうにとらえちゃったんですけど、確かに収入源を確保しておけば、しっかりとマンガに向き合える脳の余裕を保てますからね。でも、フリーランスで時間に縛られないほうがアイディアが浮かびやすい方も全然いるでしょうし、それもやっぱり人それぞれで、結局は自分に合ったやり方を見つけることが一番大事なんじゃないでしょうか。

つまり、自分が本当は何をしたくて、どういったやり方や環境が一番合っているのかを、キチンと見極めることが重要だと。

はい。フリーランスの道を選ぶことってすごく大きな決断で、尊重すべきことだけれど、もしも専業か兼業か選べる環境と状況にあるのなら、一度兼業してみて、自分にどちらが合っているのかを見極める踏み台にしても全然いいと思うんです。兼業が合ってるって私が判断できたのも、会社員として働いてみたからこそなので、そこで自分はフリーランスが合ってるなと気づいたら、そっちに行くのも大正解。“今”の自分に合っているものを一番大事にしたいので、今後の状況の変化によっては私もフリーランスを選ぶ可能性もあるでしょうし、逆にフリーランスをやってみて“あ、やっぱり就職しよう”ってなってもいいと思うんですよね。

なるほど。そして今は『霧尾ファンクラブ』を納得のいく形で完結させるのが最優先であり、それに最適な働き方を選びたいってことですね。

私、今までの作品って残念ながら全て打ち切りになっているんですけど、この作品に関しては“絶対に最後まで描き切ろう”って編集さんと誓ったんです。でもそれって自分だけじゃどうにもならなくて、出版社や読者の方にかかってる。そんな中で、編集長が“少数精鋭で小さい会社にしかできない戦い方がある”って言ってくださって、結果、何度か重版がかかりたくさんの読者の方に届けてくれてくれました。こうして結果がともなってくると、自分の選んだ兼業という道も間違ってなかったなって思えますよね。だから私のこういった働き方が、例えば今、同じように何かを志してる人のキッカケになれたら本望です!

霧尾ファンクラブ

撮影/中野賢太@_kentanakano