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会社員ほどいいものはない?音楽評論家スージー鈴木『幸福な退職』インタビュー

FREENANCE MAG スージー鈴木

「自分はもうダメかも」という気づき

FREENANCE MAG スージー鈴木

あの、これはちょっと、スージーさんに異論を唱えるようなんですが……。

お、いいテクニックですね。これで話に緊張感が出るんですよ(ニヤリ)。

俯瞰しないでください(笑)。会社員経験を通して得た学びとして「もうひとりの自分を持つのが大事」というお話はわかるんですが、それは性格的なものなんじゃないかという気もしていまして。

サラリーマンにも客観が好きじゃない人はいますよね。わたしには自信がなかったのかもしれないです。天才はたぶん客観視なんかしないでしょう。加藤和彦やかまやつひろしにもうひとりの自分がいたとは思えない(笑)。わたしはいまフリーランスで書いたりしゃべったりという、いわば独自の才能で食っていく業界にいますけど、1年半フリーランスやって思うのは、自分の会社員魂、客観魂が生きる局面も意外と多いなっていうことなんです。

下卑た話からすると、〆切を守るとか、伝票や請求書をすぐ起こすとか、帳簿をつけるとか。あと、さっきの話に近いんですけれども、原稿依頼の文面を見て編集者が何を求めているかを把握するみたいなことも、いわゆる天才肌の人たちよりも得意なんじゃないかと思います。

客観性と社会性ですね。なんとなくですが、この本でいちばん力を入れられた章は「企画書論」「会議論」「プレゼン論」あたりかなと感じました。というのは非常に具体的に「使える」内容になっていると思ったからです。

企画書を書いてプレゼンするっていう仕事を30年間やりましたからね。「無駄なく無理なく機嫌よく、仕事なんてテキパキと終わらそうぜ」っていうのが第1のベクトルなんですけど、もう1個ね、「せっかく一所懸命考えたんだから、うまく書いてうまくしゃべって伝えようぜ」というのもあるんです。

1時間しゃべったけど、何にも伝わってなかったプレゼンってあるんですよ。一所懸命考えてパワポで資料作って、いざしゃべったら早口で何言ってんのかわかんない(笑)。それは残念じゃないですか。文章や図版の美しさよりも、流麗なしゃべりよりも「伝わる」っていうことが大事だと思うんですね。伝わるのなら、噛んでもつっかえてもいいんじゃないかと。特に、日本語をどういう順番でしゃべって、どういう順番で書くか。語順とか句読点とか、ちょっとの工夫で伝わりやすくなるのにな、と思ってました。

その経験は確かにライター業にはめちゃくちゃ生きますよね。

別に美文を書いてるつもりもないし。伊集院静と比べると味気ない文だと思うんですけどね。必要以上にわかりやすすぎるかもですね、わたしの文章は(笑)。もうちょっと小難しい文章にして考えさせたほうがいいんじゃないかと思うこともあります。

でも晦渋な文章は嫌いだって書いていらっしゃいますよね。ちなみにお好きな文章は?

おぉ……(少し考えて)日本語としてきれいだなと思うのは、西原理恵子が書く文章です。漫画じゃなくてね。あと、水道橋博士の凝りに凝った文章。でも原点は小林信彦ですね。あと昔、感化されたのは、渋谷陽一。いまだったら能町みね子です。

文学よりも批評やエッセイにずっとご興味があったんですね。

ですです。それもはっきりとした主張する人がいいですね。サラリーマン時代に回りくどい文章を死ぬほど見ましたし、死ぬほど書きましたんで(笑)。

そういう経験もきっと生きていますよね。あのー……あれ? いま俺、何を言おうと思ったんだっけ。

それもいいテクニックですね。悩んでいるのをひけらかすという(笑)。

FREENANCE MAG スージー鈴木

いや、本当に忘れただけですから(笑)。「精神論」「時間論」「後輩論」といった章タイトルから、僕は『東京ポッド許可局』を思い出したんです。

あ、本当だ。知り合いいますからね(笑)。マキタスポーツと、あー、プチ鹿島の文章もいいですねぇ。

たまたまですか?

別に影響はないですけれども、マキタスポーツ氏とは非常にソリが合いますね。『カセットテープミュージック』という番組を一緒にやりましたけど、彼もわたしも、音楽をメソッド化したいんですよ。みんなが「泣ける」「エモい」とか言ってるのを、「エモく感じるのは、こういうコード進行だからだよ」とか。

これは仕事のメソッド化の第一歩でもあると思っています。というのも、音楽もサラリーマン仕事も精神論に陥りがちなんですよ(笑)。「明日までにコピー100本考えろ! 死ぬ気でやれ!」「いいけどどうやって考えるんだ?」というのと、「エモいなー、エモいよ」「いや、エモいんだけどさ、なぜエモいのか?」というのは同じというか。音楽評論家って「エモい」で終わる人が多いんで、伝わんないかもしれないけど「ここのコードはCmaj7で……」とか言いたいんですよ。

マキタさんも「僕は構造フェチで、構造に興奮する」と言っていますね。

よくわかります。彼はよく「ホテルの朝ごはんが好き」って言いますけど、「ここに味噌汁を置いて、ここにスクランブルエッグを……」ときれいに並べたいんですよね。わたしもちょっと似てて、「会議を1時間で終わらせるためには、自分は5分前に来て、おっさんなのに議事進行もして、若いクリエイターには “よかったよ、あのコピー” と褒めて調子に乗らせて(笑)、あとは10分ぐらい雑談」みたいに、時間全体を構造化してどう並べると最も効率がいいかとか考えるのが好きなんです。

混沌とした情報を整理して把握するのが好きなんですね。

好きですね。ただそれが出すぎるとまわりが疲弊するんで、ちょっとゆとりや雑談を入れる。いちばん年寄りがいちばんミーティングの全体構造を考えて、進んで司会して、なんだったら議事録まで作る。とにかく早く帰りたい一心でね。

またこれがね、絶妙に100点満点じゃない議事録を作るんですよ(笑)。ビシッとやると周囲は重く感じますけど、「あそこ、○○さんなんて言ってたっけ。聞き取れなかったんだけどぉ?」とか、ちょっとボケる感じで。

あえて隙を見せるわけですね。

そうそう。打ち合わせでも「なんとかしろ!」じゃなくて「あー、いいねぇ。ちょっとここがわかんないんだけど、どういうことなのかな?」とか聞いたりして。

いやらしい年寄りですね(笑)。

いやらしい、いやらしい。いまボケって言いましたけど、自分はボケてる、もうダメだな、っていうことに気づくのは、サラリーマンはヘタなんですよ。ボケてる自分を認めずに「俺はいまだに会社に貢献してる」ってアピールする人が多いんですね。いまは成果主義ですから、なおさら。

わたしがすごいのは「自分はサラリーマンとして、もうダメかも」と気づいたことです。もう56ですよ、いま。上岡龍太郎は58歳で引退したんですから。いまは音楽のこととか書いてますけど、耐用年数は長くないと思ってます。60歳になったときには六角精児みたいに酒飲みながら電車に乗るとか、千葉ロッテマリーンズ全試合ルポとかね、ひたすら趣味だけの仕事がしたいですね(笑)。半分余生と言いましょうか、そろそろ店じまいを考えなきゃいけないな、とは本気で思ってます。

仕事に主観をうまく入れる

FREENANCE MAG スージー鈴木

得意なことをやって腕一本で食べていきたい、と思っている人は多いと思います。でも現実には簡単ではないですよね。この本はそのためのソフトランディングの方法を丁寧に教えてくれていると思うんですが、そこにはスージーさんのお考えが反映されているのかな、とも思いました。「いろいろあるけど、誰もができるだけ自分の好きなことをして、大金を稼げなくても、ストレス少なめで楽しく平和に生きられるといいよね」みたいな。

それはありますね。ただ、わたしはたまさかそれが、ちょっとだけできる人間だったというだけなのかな、とも思います。この本に書いたようなことは、在職時から部下によく話してたんですよ。「会社の仕事以外でやりたいことをフォルダーの名前にして、PCのデスクトップに置いとけ」とかね。でも9割の部下はしないです。「2枚目の名刺を持ったほうがいいよ」って言ってもしない。たぶん、自分の趣味とかでやっていこうと思う人間はそもそも少ないんですよ。日本文化なのか、会社文化なのかわかりませんけど、みんな趣味は趣味で収めようとしますよね。わたしは「やりたいなら、やりゃいいのに」と思いながら見てますけど。

最後に掲げてある「電通鬼十則」のパロディ「カニ十足」は、この本の内容を箇条書きで総括したものですが、すばらしいと思いました。「仕事なんかで死んでたまるか」とか「65点でいい」とか言ってくれる上司って、なかなかいないんじゃないかと。

わたしね、若者が好きなんです。いるんですよ、サラリーマンのくせにサラリーマンっぽくなくて、ダメな感じの若者が。1990年に岡村靖幸聴いてた自分みたいな(笑)。そういうのをちょっと励ましたり、アドバイスしたりすると、ガラッと変わる。これが好きなんですね。「カニ十足」も新人研修で言ったりしてたんですけど、やっぱり親が教師だったのは関係あるかもしれないです。

人を育てる目線みたいなものがあったんですね。

この本で若者向けに「頑張れ!」と書いた部分は、もっと具体的に言うと「広告業界の若者、頑張れ!」ですね(笑)。「俺の時代より忙しいし、仕事はややこしくなったけど、頑張れ! 死ぬな!」っていう気持ちで書いてます。

いまはフリーとしていろんな会社の社員さんたちと対峙する機会も増えたと思いますが、どんな印象がありますか?

人によりますね。本当に千差万別だとフリーランスになってわかりました。業界によっても違いますしね。やっぱり、2枚目の名刺を持ってるか持ってないかは別として、食が好きとか、お笑い好きとか、音楽好きみたいな「分人」を持ってる人は、仕事がテキパキしてて話が早い気がします。

ただ、これは言葉を選びながら言いますけれども、主に放送業界、なかでもテレビは、広告業界以上に若者が疲弊してるなって(苦笑)。大変な職場なんだろうなと思います。若いADの方とか、ちょっとかわいそうな感じがします。放送業界に関しては未来を案じますね。

マスコミや広告など、かつておしゃれでかっこいいイメージのあった業界が、ちょっと古びてしまっているところはあるかもしれませんね。

僕は、新聞や雑誌はもっと記者や編集者が主張していいんじゃないかと思います。誰かを呼んで、自分の言いたいことを代弁させるとかじゃなくて、もう全部署名記事にして、言いたいこと言っていいんじゃないかと。そっちのほうが楽しいしね。こういうことが起きました、だけじゃなくて、それについてどう思うのかをどんどん書いていったほうが面白いのに、って思います。

それって、本にも書きましたけど、プレゼン用の企画書に野球選手の名前を入れるみたいなことと同一平面上にあると思うんですよ。第1の自分のなかに第2の自分を入れる。もっと言えば、仕事というのは客観的にしないといけないものですけど、そこに主観をうまい配分で入れていくと、第1の仕事も楽しくなるんじゃないかと。これは広告業界だけじゃなくて、銀行とか商社とかでも絶対あると思うんですよね。

それはありますね。僕が全体を通して最も強く印象づけられたのは、やっぱり2枚目の名刺を持つこと、第2の自分を持つことが大事だよ、というメッセージでした。退職する、しないに関係なく。

我々の次の世代はもっとしなやかにやり始めてると思うんですよ。いまはわたしがこの本で言ってるようなことはもう普通になってる気配もあるんで。会社員には独特の拘束性がありますけど、逆に考えると、何か副業をしようと思った場合に会社員ほどいいものはないんですよ。定収入があるわけですから。さっきも言いましたけど、みんなもっとやればいいのに、って思います。

僕からはこんなところですが、最後に何か言っておきたいことはありますか?

タイトルは『幸福な退職』ですけれども、半分ぐらいは「若手社員頑張れ」という本です。業種は多少、選ぶかもしれませんけれども、日々パワポとエクセルを使って疲弊してる若者を元気にしたいっていう目論みがありますね。あと、サラリーマンとフリーランスはパキッと分かれるもんではなくて、第1の自分と第2の自分で情報や技術を循環させることで両方を高めていく、これからはそういう時代なんじゃないかなと。そういう本です。

FREENANCE MAG スージー鈴木

撮影/中野賢太@_kentanakano