FREENANCE MAG

フリーランスを応援するメディア「フリーナンスマグ」

会社員ほどいいものはない?音楽評論家スージー鈴木『幸福な退職』インタビュー

FREENANCE MAG スージー鈴木

スージー鈴木さんは博報堂在職中の1998年に「野球音楽評論家」としてデビューし、2021年に退職してフリーランスの音楽評論家を名乗り始めた時点で、すでに10冊以上の著書をものしていた「二刀流」の達人です。

豊かな知性と教養とユーモア、確かな筆力と達者な話術をもって、執筆はもちろん、イベントやメディア出演、講演にラジオDJと、目覚ましい活躍を見せるスージーさんが著した初めての「ビジネス書」が、幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術新潮新書)です。

「MMK(無駄なく・無理なく・機嫌よく)」「2枚目の名刺を持て」「65点主義」「明日出来ることは今日しない」などのキャッチーなフレーズで目を惹きつつ、主に若い会社員に、自分を殺さないための仕事術を惜しみなく伝授しています。

いまのスージーさんを支えるスキルを在職中に身につけたと聞いて、あなたは「まさか」と驚きますか? それとも「自分と同じだな」と共感しますか?

profile
スージー鈴木(スージースズキ)
1966年大阪府生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂に入社。在職中より音楽評論家として活躍、すでに10を超える著作を発表。2021年、55歳になったのを機に同社を退職。著書に『サザンオールスターズ 1978-1985』『EPICソニーとその時代』『桑田佳祐論』など。​
https://twitter.com/suziegroove
https://www.instagram.com/suziesuzuki/
http://suzie.boy.jp/

流されて就職

FREENANCE MAG スージー鈴木

『幸福な退職』はスージーさんにとって初めてのビジネス書ですね。

いままではまったく書いてる内容と会社員であることは分離させてたんですけど、もう辞めたし、30年で学んだこともいろいろあるから、書いてみようかなと。

局長まで出世されたわけですから、本のなかではかなり謙遜されていますが、めちゃくちゃデキる社員だったんですよね。

博報堂で言う局長は一般企業だと部長にあたるので、けっこう偉かったんですよ、実は(笑)。もっと横柄に「俺は偉いんだ、すごいんだ」っていう筆致で書いたらわかりやすかったかな、と思うんですけど、人間がどうもね……性格的なものもあるんですが、会社員としての自分は本当の自分と距離があるなといつも思ってて、ずっと客観的だったんですよ。

だからこそメソッドを客観的に書けるんだと思うんですけれど、逆に言うと、あんまり自分を絶対化してないっていうか。局長になって「次は役員か」となったときに、「役員会議の席にスーツ着て座るのと、家に帰ってレッド・ツェッペリン聴いてんのと、どっちがいいかな」と考えてるっていう(笑)。サブカルチャーがいつも隣にいたんですよね。

客観性がスージーさんのサラリーマンとしての特徴だった?

広告ってパッと見おしゃれですけど、実は体質の古い業界でもあり、社員は組織の一員である自分を絶対化して、極論、24時間を会社や取引先に捧げるべきという暗黙の強い圧力があるように思っていました。中にいるとどうしても流されるんで、客観性を持ってる人間は少ないような気がします。かく言うわたしも2000年代後半はあんまり音楽聴いてないんですよ。やっぱり立場もあって、会社に捧げてたんでしょうね。「俺、なんでこんなにくるり聴いてないんだ?」とか思います(笑)。

生まれつきの性格も大きそうですが、どのように客観性が育っていったんでしょうか。

就職したのは、まぁひとことで言うと流されたんですよ。理由は簡単で、大学時代までに「自分はこれで食っていく」というものが見つけられなかったから。フリーランスになるという選択肢が見えなかった。心のどこかで「サラリーマンとしての自分が100パーセントじゃないな」と思いながら働くうちに、その比率がどんどん変わっていったわけです。

何より大きかったのが、90年代後半からインターネットってやつが始まったことです。若手のころは100%会社に自分を捧げていたわたしも、「出版社からの原稿依頼がなくても自分でも書けるんだ!」と気づいて、渡りに船でムクムクと自我が出てきたんですね。

インターネット黎明期のころから発信もされていたんですね。

ネット黎明期の話は延々できますよ(笑)。まず、阿佐ヶ谷のワンルームマンションにISDNを引くんです。ISDNを電話回線とパソコンに分けて、14,400bpsのおっそいモデムを置いてね、ネットスケープを立ち上げて。当時は「手打ち」って言ってましたけど、HTML言語を自分で書いてホームページを作ってました。そこで抑制された自我を発信する。当然、誰も見ないんですけど、誰も見てないのをいいことに、野球や音楽やテレビを強い筆致でぶった切って(笑)。面白かったですね。あれでわたしの人生はガラッと変わったと思います。

そうして会社とは別の世界を持っていると、もちろんいいこともありますが、しんどいこともあったのでは?

第1の自分と第2の自分、平野啓一郎の言う「分人」ですよね。その二つに時間をどう配分するかっていうのがテーマになりました。会社員のほうがどうしても圧力が強いんで、会社の仕事に第2の自分が押されていく。わかりやすい例で言うと、仕事が終わらなくてコンサート会場に遅れる、とかですね。そういう問題はありましたけど、絶対的にプラスのほうが多かったです。

ひとつは心理的な安定性の保全ですね。「会社で出世できなかったら死んじゃう」みたいな、会社100%のライフスタイルが引き起こす弊害から客観的でいられる。会社でミスしても「俺には第2の自分があるから」と自我の安定を保てるんです。

もう1個は、第2の自分で培った人脈とか経験、しゃべり方とかものの書き方が、第1の自分に還流してくることです。売文を始めて、文章をスピーディに書くことを覚えたのが会社の企画書作りに役立ったり、その逆もあったりして、第1の自分と第2の自分が好循環を生み出すことを何回も体験しました。

隣に「もうひとりの自分」を作れるか

FREENANCE MAG スージー鈴木

第1から第2へと第2から第1へ、どちらの効果が大きかったですか?

第1から第2のほうですね。会社では企画書を垂れ流してるっていう感覚があるぐらい、日々企画書を作ってはプレゼンしてたんです。書いてはしゃべり、書いてはしゃべり。半分ぐらいは採用されませんから切ないんですが、第2の自分がいるから、日々の企画書作りはコラムの訓練だと思うようにしました。

わたしの会社生活の後半は、少しずつ広告業界にデジタルの波が訪れてきました。それまでは「このタレントを起用します!」「オッケー!」で通っていた話が、やれコンセプトだ、やれ事業戦略だと、小難しい話をしないといけなくなった。それをいかにわかりやすく説明するかという訓練は、例えばいまラジオでしゃべるときに、ザ・スパイダースがなぜすばらしいのかを説明するみたいなことに役立ってます(笑)。不定型の複雑な物体をどこからどう切ればいちばんスパッと切れるか。そのテクニックには会社員時代の経験が生きてると思いますね。

なるほど。シナジー効果ですね。

まさに。顧客の構造っていうのがあるんですよ。テレビCMを見てネットにアクセスして電話して顧客になった人と、テレビCMからいきなり電話した人、テレビCMを見ずにネットから来た人と、いろんな顧客がいる。これをネット用語垂れ流しでプレゼンしてもおっさんたちはポカンとしてますけど、「御社は錦糸町にあります。弊社は赤坂にあります。総武線で来たのか、半蔵門線で来たのか、タクシーで来たのか。それぞれのルートで何人来たかを分析するわけです」とか言うと「ほう」となるわけですね。一事が万事こんなことで、難しいことをどう話したらピンとくるかっていうところの訓練は、いまの仕事に役立ってますね。

僕がお手伝いした本のイベントでスージーさんに登壇していただいたことがありますが、編集者がトーク回しのうまさに感心していました。お願いしたわけじゃないのに司会者的なポジションを買って出てくださって。

会社員時代にワークショップっていうのがあって、20人とか30人のおっさんを集めて「さあ、みんなで考えましょう」って司会するんですよ。初めは乗ってこない彼らをいかに乗せるか。その経験で学んだのは、人間というのはしゃべりたい生き物だということです。しゃべりたいときは、顔や目で合図を司会者に送るんですね。それを感知すると「どうですか?」と振ったりして。これを死ぬほどやったんで、インタビューやトーク回しはめっちゃ得意ですね。

僕がすごいなと思ったのが、話の流れで重要なポイントがあると、必ずスージーさんはオウム返しをするんです。「ちょ〜っと待ってくださいよ。イヤモニが、ない!」みたいに(笑)。強弱、緩急のつけ方もお見事でした。

人間って、話したいことがあっても一度に全部はしゃべれないんですよ。とば口の10%ぐらいがいいところ。だから例えば「イヤモニがない」って言ったとき、その人のなかにはイヤモニがなぜないのか、ないときにどうするのか、広大な話題の平野が広がってるんです。だから司会者は何も言わなくても、単に「イヤモニがない」とオウム返しをすれば、話はバーッと広がる。インタビューの基本テクニックのひとつですね。

僕が思うスージーさんの特徴はクールさです。常に俯瞰の視点がある。こうして対峙していても、対話を楽しみながらも、常にどこかで「いま言ったこと、ピンときてないな。言い方変えたほうがいいかな」みたいな……。

それは極めて本質的だと思いますね。本には書いてませんけど、プレゼンとか人前でしゃべるみたいなときにいちばん大事なのは、自分の隣に「もうひとりの自分」を作れるかどうかなんですよね。そいつがしゃべってる自分を見てて、「早口になってるぞ」とか「それいまウケてないぞ」とか「もっと突っ込め!」とか「来たー! 行けー!」と突っ込んでくる。第2の自分ができれば、しゃべりで困ることはないです。

フリーナンスはフリーランス・個人事業主を支えるお金と保険のサービスです

FREENANCE byGMO
\LINE公式アカウント開設/

LINE限定のお得情報などを配信!
ぜひ、お友だち追加をお願いします。

✅ご登録はこちらから
https://lin.ee/GWMNULLG