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「創作を楽しく続ける」ために必要なビジネススキルとは ― 山田邦明『#クリエイター本』インタビュー

山田邦明(しろしinc.)

独立クリエイターやアーティストをサポートする「しろしinc.(Ciroci inc./シロシ株式会社)」を経営し、法務や財務などのバックオフィス業務を担っている弁護士&起業家の山田邦明さん。マンガを始めとするアートやクリエイティブに自身が救われたという経験から、クリエイターが心ゆくまで創作に没頭できる社会を実現すべく、現在さまざまな活動を行われています。

その一環として5月に発表された初の著作『クリエイター1年目のビジネススキル図鑑』では、ビジネスマナーの初歩から法律・契約、税金、法人化、トラブル対応などを図解で解説。ビジネスのための創作ではなく、あくまでも創作にビジネスを取り入れる方法を提唱することで、山田さんが“本当に伝えたいこと”を深堀りさせていただきました。

profile
山田邦明(やまだ くにあき)
岡山県津山市出身。京都大学法科大学院を卒業後、スタートアップ向け法律事務所で弁護士として活動。知的財産や資金調達に関する契約業務などに従事後、エンターテイメント会社「アカツキ」に初期からジョイン。管理部門の立ち上げ、IPO業務の主担当として、上場に貢献。現在は岡山を拠点として、“生まれるはずの「もう1作品」を創る。”をミッションにクリエイターのパートナー事業を行う「しろしinc.」やクリエイター専門の「しろし法律事務所」を運営している。
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ビジネスに創作が振り回されないために

現在、SNSなども通じて積極的にクリエイター支援の活動をされていますが、その根底には山田さんご自身がアートやクリエイティブに救われてきたという経験があるそうですね。

振り返ってみると、今まで自分が苦しかったとき、いろんな作品に無意識に救われてきたな……という感覚が、すごく強くあるんですね。その大前提の上で一時期、精神的にも肉体的にも極限まで追い込まれてしまって、何にも手につかないときがあったんですよ。具体的に何が原因とかでもなく、いろんなものが重なって、単純に僕のキャパを超えたんでしょうね。

それっていつ頃ですか?

3、4年くらい前かな。もうホント何もできなくて、もちろんネットからも完全に切り離された生活を送っていて。だけど、そんな中で唯一触れることができたのが自然と、いわゆるアートとかクリエイティブと呼ばれているものだったんですよ。ちょっとした絵だとか音楽だとか、そういったものに触れていくうちに、少しずつ元気になっていけたんです。そこで、人間が一生懸命作ったものには大自然と同等の力があるんだ……ってことに気づいて。そうやってクリエイターが自分の力を思う存分発揮できて、人の心を動かせる創作物があふれる世界にしたいというのが、今の活動の一番の動機なんです。

なるほど。裏を返すと、まだまだ力を発揮できない、もしくは発揮できる状況にないクリエイターが、この世の中にはたくさんいるということですよね。

そうですね。以前から弁護士として知的財産を扱っていたり、エンタメの会社で働いていたりもしたから、クリエイターさんと出会う機会も多かったんですよ。そこでビジネススキルが足りなかったり、ビジネス上のトラブルに見舞われたりしたせいで、作品が生まれないということも実際目にしてきました。

トラブルって、もう少し具体的に言うと?

例えば、原作者と作画担当が別々のマンガがあって、原作の人が捕まったから続きを出せないとか。音楽系の人も最近はチームで作ることが多いので、メンバー間の決まりがキチンとなかったせいでチームが崩壊してしまったとか。

あとはVTuberさんやYouTuberさんが所属側の事務所と揉めて、アカウントがストップしたとかもありますね。ただ、そういったことの根本的な原因は“人間性”にあるので、今回の『クリエイター1年目のビジネススキル図鑑』で扱っているビジネススキルも、ほんのさわりでしかないんです。こういったビジネススキルがなぜ生まれているのか?とか、この法律がなぜあるのか?というところをキチンと理解できると、自分の仕事の質も高まるし、一緒に仕事をする人……例えばクライアントの質も高まるので、良い仕事ができるようになるよということですね。

本の冒頭に書かれていた“自分自身の「創作」にビジネスを含める”という言葉が、個人的にとても印象的だったんですよ。つまり、ビジネスは作品を創ることの一部であり、お金やビジネスに創作が振り回されるようではいけないというのが、この本の一番のテーマですよね。

おっしゃる通りです。ビジネスのほうに創作を無理やり合わせて搾取されるのではなく、創作の中にビジネススキルを取り込んでいくだけなんですよ。本文にも書いてますけど、新しいペンを身につけるようにビジネススキルも身につけることで、創作の幅が広がったり、騙してくる人というのもキチンと見分けられるようになったりする。クリエイターの方って、創作以外についてあまり興味や関心のない“素人”が多いから、どうしてもお金儲けの上手い“玄人”に騙されがちなんですよね。

わかります。私、ライター業の他に小説やマンガの編集もやっているんですが、突然、広告代理店が作品の営業をかけてきて、よくわからぬまま作家さんの印象を悪くするだけ……みたいなこともあるんですよ。逆に、とんでない悪条件でも“そんなものか”と受け入れてしまうケースもあって、ライター界隈でも「ウチで書けるだけで名誉なんだから」と原稿料の支払いに応じない媒体もあるそうですからね。そういった悪質なクライアントの仕事を請けないようにすることは、必ずクリエイター全体の利益に繋がると思いますし、この本でも“怪しいクライアント例”を挙げて注意喚起をしてくださっているのは非常にありがたいです。

いやぁ、だって嫌じゃないですか。僕、絶対そういうヤツらとは一緒に仕事しないですもん! ホントに魂削って、人生削って書いたり作ったりしているものに対して理解がない人と一緒に仕事するのは、やっぱりしんどいですから。そういうクライアントからの依頼は断ったほうが、他のチャンスを摑める機会も増えるし、トータルで見れば上手くいきますよ。

創作の「優先順位」を高く保つことが大切

山田邦明(しろしinc.)

逆に、良いクライアントの見分け方ってあります?

例えばですけど、クライアント側も創作していたら、大抵の場合はクリエイターに対するリスペクトもありますよね。あとは、金銭的に苦しいときに納品前の前払いを検討してくれるとか。業務委託上の契約では普通ギャランティって納品と引き換えですけど、やろうとすればやれますし、クライアントが生活に困るわけじゃないですからね。そもそも普通に喋っているだけで“この人、良い人だな”とかってわかったりするじゃないですか。そう思えた人とはやっぱり仕事しやすいし、逆に“嫌なヤツだな”と感じたらやめたほうがいい。

あとは、あんまり美味しい話を持ってくる人は怪しい……とか?

でも、言行不一致でなければOKなんですよ。別に美味しい話でも、契約書も同じように美味しい条件であればいいんです。例えば“コッチは儲けなんていらないんです。ただ、先生の作品を世に出したい!”とか言ってて、本当に1%しか持っていかないなら信じられる人だけど、アッチが売上の6割とか持っていく契約になっていたら、それは言行不一致ですよね。

だから、本書では契約書の読み方まで説明されているんですね。

そうですね。“ビジネススキル”と銘打っているんで、どうしてもビジネスに寄せた本だと勘違いされがちなんですけど、一番重要なのは“自分が楽しんで創作に没頭できることを実現するためには何が必要か?”ということで。そこを要素分解して、必要なものを手に入れていくためには、どうすればいいか?ということを書いたつもりなんです。

ただ、そのためのスキルを説明していくと、どうしてもビジネス寄りの書きぶりになってしまうんですよね。単にわかりやすいスキルだけの本になってしまっているなと気づいたから、一回全部書き直して、新たに“知ってほしい!”というコラム枠を設けたんです。そこで“こういう思想で書いているんだよ”という部分を補足していくようにしました。

思想というのは、あくまでも最上位にあるのは創作で、そこにビジネスを取り込んでいくんだ……ということ?

はい、そうですね。その上でビジネスの仕組みについて網羅したので、ぜひコレを最初の1冊にしてほしいです。そうすれば、他の本がどれだけビジネスに寄せているかもわかるだろうし、そこに対しての違和感も持ってもらえるかもしれないし。

『クリエイター1年目のビジネススキル図鑑』書影
クリエイター1年目のビジネススキル図鑑

今の世の中って、お金を稼ぐとか、ビジネスを上手くやれるほうが偉いという価値観があるじゃないですか。でも、僕は何かを作っていける人の方が好きなので、その能力を持つクリエイターの顔を札束で殴れる今の世の中に対するアンチテーゼも、この本には込められているんです。そもそもお金というのは、人と人が上手く生きていくための潤滑油でしかないので、何かを作り続けていくことで生活できていたら、人はそれで幸せなんですよ。

なのに、現状クリエイターに関するビジネス書って“ビジネスは身につけるべき”とか“創作はお金にするべき”みたいな方向性のものばかりで、創作の優先順位を高くするという思想を持った上でビジネススキルについて書いたものがないんですよね。逆に“クリエイティブを伸ばす”という方向に特化した本もいっぱいあるけれど、そういう本ではお金やビジネスについて触れていない。それが嫌だったんですよ。

創作を最優先する思想の上で、マナーや法律、税金等の仕組みを理解し、最低限の知識を身につけておけば、無知ゆえに搾取を受けるリスクも減りますからね。

ただ僕自身、契約書とかは難しい用語が多いので見たくないし、ここの解釈がよくわかんないなと思ったら他の弁護士に意見を聞いちゃうんですよ。クリエイターならなおさら、自分で頑張って知識を身につけて創作の時間を減らすよりも、信じられる専門家を傍に置いたほうが何倍もいい。“この契約、なんかおかしいな”と不安になったとき、サインする前に聞ける人がいたら安心じゃないですか。

つまり内容を理解できなくても、まず、契約書というのは安易に判を押していいものではないということを知っておいてほしいと。

ホントそうです。あとは、普通にビジネスのスキームは理解しといたほうがいいですよね。これで誰がどう儲かっているのか?という仕組みをわかっていれば、“だから、こういう話をしているんだな”というのが見えてくるので。

その“信じられる専門家”として、「しろしinc.」では、いわゆるバックオフィス業務を受け持たれているわけですね。

そうですね。バックオフィスという言い方をしてますけど、要はビジネスパートナーなんですよ。例えば、従来の芸能事務所はタレントの認知と案件獲得という役割を担っていたわけですけど、ネットの発達もあって、今のクリエイターはそれを自身でできるようになっているんですね。なので、その先のビジネスとしての落とし込み――例えば契約の交渉とか、その後の税金とか、会社を設立するならその運営とか。そういった創作そのものに関わらない、でも、その人にとって必要なものを認識してもらって、“じゃあ、この専門家と組んだ方がいいですよ”といったアドバイスをする立場なんです。

だから、僕が全部をやるわけではないんですよ。例えば、現場にいてタスク管理をしてもらう人が必要だったら、じゃあ、近くでマネージャーを採用しましょうとか、あとは税理士さんを紹介したりとか。特殊なケースとして、大きな案件が来たときに僕が交渉に入っていき、望み通りの契約ができたときに報酬が発生するというケースもありますけど、基本は月額いくらというパターンが多いです。なのでイメージとしては、顧問に近いかもしれないですね。

そういった専門家がついているというだけで、変な下心があったり、クリエイターからの搾取を狙う悪質なクライアントが寄ってこなかったりという抑止力にもなりますよね。

ホントそれです。結局、揉めたときに損をするのって、立場的にも資金力的にも弱いクリエイターの側なんですよ。なので、いかに揉めないようにするか?という事前の予防が大事だというところから、最近はスクール的なものをやろうかとも考えています。『クリエイター1年目のビジネススキル図鑑』の内容を使いこなすことで、必ず新しい仕事やチャンスが増えていくから、これを教科書的に使って学んでもらう場を設けようかと。

望んでいることとアクションとのギャップを発見しよう

山田邦明(しろしinc.)

本来はそのスクールで学ぶべきことかもしれませんが……なかなか仕事が増えない、チャンスが掴めないと悩んでいるクリエイターに、この機会に少しだけアドバイスを頂けません?

それって本質的には、実はスキルの問題ではないんですよ。それ以前に、まず自分の中のブロックに気づいたほうがいい。

自分の中のブロックとは?

例えば“これで売れるわけない”とか、逆に“これだけやっておけば、いつか勝手に売れるはずだ”という思い込みだったり。自分は本当に良いものを作っていると口では言っていても、もし、それを仲の良い人に売ろうとはしていない事実があったとしたら、それって本当は良いものだと思っていない――要は自信のなさの表れじゃないですか。

なるほど!

マンガ家とか小説家だったら、例えば“この人に認めてもらいたい”と望んでいる編集者に、自分の作品を堂々と見せられますか?ということですよね。自分の作品に自信があると言いつつ、SNSにアップして向こうからレスが来るのを待っているだけだとしたら、結局は直接売り込んで断られるのを恐れているってことじゃないですか。

そういったメンタルブロック――自分が本当に望んでいることと実際のアクションとのギャップを発見して、解除していくことがメチャメチャ有効なんです。みんな、よく“環境が悪いから”とか“能力がないから”とか言うけれど、実は価値観や信念がズレているだけの場合も多くて、そうなると当然、頑張っても効果が出ないんですよね。だから、そこを一致させていくメンタリングが重要なんです。

確かにクリエイターって、“自分から売り込むのは恥ずかしい”という考えの人、結構いますよね。本当に良いものを作っていれば、必ず向こうから声がかかるはずだからと。

それこそメンタルブロックですよ。“自分から売り込むのが恥ずかしい”ということは、大前提として“良いものがあれば勝手に売れるはずだ”という思い込みがあるわけですよね。でも、この世の中には未だ自分が発見していない、けれど良いものというのは無限に存在しているじゃないですか。それを否定できないということは、“良いものがあれば勝手に売れるはず”という説は正解ではない――少なくとも今の自分にはマッチしない価値観だったり固定観念なんで、そのメンタルブロックを外してみると、また別のアクションを取れるんです。結果的に、“本当に自分が望むもの”へと真っ直ぐに向かえるようになるんですよね。

いや、まったく反論の余地がないです……。

これ、本当に大事なことで、頭ではわかってる人も結構いるんです。“自分で売り込まなきゃ売れないですよね”と口では言うんだけど、でも、実際は行動してないんですよ! つまり、本当にそう信じているわけではないということで、だから、心の底からそう思えるようになるまでメンタリングすることがメッチャ大事なんですよね。

もちろん、無理に一致させなくてもいいんですよ。自分の言動を省みて、やっぱり“良いものがあれば勝手に売れるはず”という価値観が捨てられないと気づくのなら、それはそれでいいんです。ただ、それを守ることによって得られるものと失うものを、改めて俯瞰でしっかり見比べて、自分にとってどちらの比重が重いのかを見極めなくてはいけない。例えば、自分のプライドは守れるけれど、それと引き換えに、自分の作品が世に出ることで誰かを笑顔にするチャンスを潰しているかもしれないですよね。

そういう話をクリエイターにすると、だんだんメンタルブロックが外れていって行動が変わり、適切なスキルを身につけられるようになって、結果が変わっていくんです。だから、そういうメンタルブロックを見つけられたらラッキーなんですよ。それを外すことができたら、あとはこの本の中から使えるものを拾ってもらえばいい。逆に外れていない状態だと、いくらスキルだけ身につけてもあんまり意味がないんですよね。なのでスクールをやるとしても、参加者全員と個別にカウンセリングをして、まずは自分の中にあるブロックを外してもらうことから始めようとは考えてます。

『クリエイター1年目のビジネススキル図鑑』書影
装画はカトウトモカさん、デザインは上坊菜々子さんが担当

そういう意味では、キャリアを積んできた人ほど、山田さんのカウンセリングを受けるべきでしょうね。ある程度の年数やれてきたことで、逆に認識のズレに気づかず、強固なメンタルブロックを抱えていそうですから。

いや、一番はソコなんですよ。別に会社作ろうとしたり、特別な案件を抱えていたりしていなくても、なんか伸び悩んでるんだよな……っていう人にこそ来てほしい。僕と定期的にそういう話をしてもらえれば、どんどんメンタルブロックが外れていくんで、その結果この本にあるスキルを上手く使って飛躍できるんですよね。ただ、“なんとなく伸び悩んでいる”だけだと、特に行動を起こしたりしないので、仕方なく法律関係とかの具体的な相談をしに来た人に対してやってるだけ。つまり、法律だとか税金だとかビジネスマナーっていうのは入口でしかなくて、まったく僕の伝えたい本質ではないんです。

お話をうかがっていると、山田さんにとっては弁護士という肩書が、もはや足枷になっているような気すらしてきました。もともとマンガがお好きだったんですから、何かしらソッチ関係のお仕事に就いてもおかしくなかったですよね。ちなみに、今、イチオシのマンガを挙げるなら?

僕の中では『寄生獣』『こどものおもちゃ』『HUNTER×HUNTER』が殿堂入りなんですけど、それ以外なら『潮が舞い子が舞い』を推したいです! 作者の阿部共実さんは今までいろんな作品を描いてますけど、それを全部集約して、さらに幸福度の高いところに置いたお話になっているんですよ!

そういった作者自身の価値が最大化されているというか、ちゃんとその人らしい在り方が表れている作品が僕は好きなんです。それに気づいたから、クリエイターをサポートするのも小手先のスキルではなく、それぞれの人間性に迫っていこうという方向になったんですよ。メンタルブロックが外れた状態で、地に足つけて“これが自分だ!”と胸張って作品創りできる人が増えていったらいいなって。

それぞれのクリエイターが自分自身の価値を最大化して発表できる環境や、メンタル作りのお手伝いをする。それが山田さんの最大の望みだということですね。

もう、ホントそれが今、ずっとやり続けていることです。作者が持つ本質の輝きみたいなものが漏れ出た瞬間に触れると、人間、絶対元気になるんですよ。自然って全部そうじゃないですか。空も海も木々も本質そのままの輝きにあふれている。それに一番近い人間の営みが、僕が思うに“創作”なんですよね。それに比べれば、ビジネスとかお金を稼ぐとか大した問題じゃない。今、創作を楽しみ続けていられることの方が何倍も尊いので、それを忘れないでほしいですね。もし創作を楽しめなくなってしまったら、この本を読んで、もう一回ソコに戻ってきてほしいなと思います。


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