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耳の聞こえない「ろう者」の手話エンターテイナー、那須映里が選んだフリーランスという働き方

那須映里

ろう者の多様性をきちんと説明する

那須映里

ちなみに「手話エンターテイナー」として活動するにあたり、那須さんが一番心掛けていらっしゃることって何でしょう?

うーん……そうですね。ろう者や手話を使う人って、本当にいろいろいます。なので、ろうの代表として取られないこと――私を見て「ろう者というのはこういう人なんだ」と誤解されないように説明をすることは、いつも心掛けていますね。

私は手話が第一言語で声は使いませんが、ろう者の中には手話が第一言語だけれど声も使う人もいます。日本手話ではなく日本語対応手話のほうを使う人もいますし、ろう者ではなく難聴者、ろう者でも難聴者でもどちらでもないというアイデンティティを持つ人、また、聴覚障害者として生きている人もいます。ですので、聴者にとってのろう者が私一点だけになって、他のろう者が生きにくい環境を作ってしまうことは避けたいと思っています。

やはり、すべてのろう者にとって生きやすい社会にしたいので、ろう者の中の多様性もキチンと説明した上でエンターテインメントの中で楽しむことで手話に興味を持ってもらえたらなと。

実際、広島への原爆投下を伝えるVVの映像も拝見させていただきましたが、本当に臨場感が抜群で、言葉を超えるパワーを感じました。手の動きだけでなく顔での表現力もすごい。

手話の文法の中には眉を上げるとか、肩をすぼめる、顎を動かすといった表情も含まれているので、普通のコミュニケーションの中でも顔や肩などをよく動かすんですよ。また、VVとして成立させるためには、「世界中の誰が見てもわかる表現として作る」というルールもあるので、マイム的表現を加えて、ハッキリと表情を作ったり、動いたりすることで伝える必要があるんです。

「世界中の人が見てわかる」という条件をクリアするために、広島の動画では電車の表現方法も工夫して。日本でならレバーを引いて操縦する仕草をすれば通じるんですけど、海外ではそういう操作はしないので、電車であることを伝えるためにも電車に揺られる表現を挟んだりもしました。

「世界中の人が見てわかる」ってかなり高いハードルですよね。そのぶんVVって時間もエネルギーも必要なのでは?

本当におっしゃる通りです。私の場合、内容を考えて練習をして実際に表現をするまで、長いと一カ月くらいかかりますね。実際にパフォーマンスするのにも、すごくエネルギーを使います。他にも、手話の視覚表現を使ったマイム的なエンターテイメント、VVのことなんですけども、 例えば日本だと「手話マイム」と呼ばれていました。かなり昔からあったんですよ。ただ、それは手話がわかる人間の中だけで楽しむもので、通訳をつけても質が落ちてしまうから、聴者に見せる機会もなかったんですね。

でも、VVは手話がわからない人も楽しめると私は思っているので、それをきっかけに手話を勉強したい、ろう者と話してみたいという気持ちを持ってもらえたら有り難いなと。私がやっているいろいろな企画やパフォーマンス、ワークショップだとかも、ベースにはそんな想いがあるんです。

那須映里

そういった活動をフリーランスでされていますが、どのようにして生計を立てていけるようになったんでしょう?

もちろん最初は手話エンターテイナーとしてのお仕事だけで生活することはできなかったので、いろいろな仕事と上手くバランスを取りながらやっていった感じですね。

もし、手話エンターテイナーの道で上手くいかなかったとしても、この道で仕事を探していこうか……と思えるジャンルで情報を聞いたり、「今後何かあれば、ぜひ声をかけてください」と関係者に伝えておいたり。何も言わないでいると、「那須はこっちの分野には興味ないんだな」というふうに受け取られてしまいますからね。

あと、依頼していただいたことは、基本的には断らないようにしています。ですが「これは社会のためになるのか?」もしくは「エンターテイメントとして楽しんでもらえるのか?」というところは受ける条件としてあって、あとは、どうしても無料でお願いされることも多いんですが、無料では受けません。金額が提示されなくて結果ギャラがなかったのであれば二回目はありませんし、ただ、その仕事のおかげで人脈が作れて別の仕事に繋がるのであれば引き受けるという形が多いですね。

そこは、どのジャンルにも共通するフリーランスの現実ですよね。

付け加えると、手話エンターテイナーと名乗るからには、何か映像をアップしたり表現したりする必要があるんですよ。私、自分の姿や手話をアップするのってデンマークに留学する前は恥ずかしく思っていたのですが、今は羞恥心は消えました(笑)。アップすることをやらなければ仕事に繋がらないので、頑張ってインスタとかYouTubeにアップするようにはしています(笑)。

あとは「誰かコレやってくれる人いない?」って言われたら、積極的に出ていくようにはしてますし、「手話の出演者を探している」という話がコーディネーター経由で私に回ってくることもありますね。仕事を持っているろう者がやっていることが多いので、なかなか時間の調整がつかなかったりするんですけど、私はフリーランスなので日程の都合もつけやすいですし、準備も時間をかけて丁寧にやれるのは強みかもしれません。

手話があるということ、ろう者がいるということ

那須映里

今は、最初から那須さんを指名してオファーされることも多いんじゃありません?

私の手話エンターテイナーとしての活動だったり、VVだとかの表現を見て、「表情豊かなのでやってもらいたい」と言ってくださった方はいますね。視覚的表現の豊かさを見込んで依頼してもらうことは多いですし、あとは「日本語の意味を掴むことが得意ですね」と言っていただいたこともあります。私の性格なのか、学生のときからハッキリ質問をすることが多いんですよ。自分で掴めない曖昧なところがあると「これはどういう意味?」とハッキリ聞いて、キチンと意味を掴むという経験を積み重ねてきたことが、今、翻訳の現場でも活きているのかもしれません。

ハッキリといえば、ろう者の会話は聴者に比べて、物事をハッキリ言うことが多いと聞いたのですが。

“ハッキリ”という表現が、ちょっと誤解を招きがちで難しいところなんですけど、手話という言語の特徴として、ローコンテクストなんですよね。すべて具体的に話し、聞くので、聴者のような曖昧な言い方をされるとわからないんです。「具体的にはどういうこと?」って聞きたくなるので、それが聴者からすると“ハッキリ”に感じるのかもしれないですね。具体的な情報がないと話を進められないっていう、それは手話という言語の特徴なんです。

逆に日本語は世界でも稀に見るハイコンテクストな文化で、時と場合に応じて曖昧な表現から「察する」ことを求めていきますから、ろう者にとっては生活しづらかったりしません?

曖昧な言い方は本当に多いですよね。あと、これは日本だけではないのかもしれませんが、音で判断して行動することが多い気がします。例えば、誰かが忙しくしているのを音で判断して、手助けをするとか。ろう者は音では判断しないので、手伝ってほしい場合は絶対に「ちょっと手伝って」って声をかけるんですよ。他の誰かが助けを必要としている場合、海外だとそれをろう者に伝えてくれる国も多いんですけど、日本人は言わないんですよね。察してほしいというか。結局、ろう者には何があったのかわからなくなる。

那須映里

そういったコミュニケーションのズレって、文化の違いや言語の違いというバックグラウンドがあって起きるんだと思います。そこは日本人と外国語話者とのズレに近くて、ただ、外国人なら「ああ、違う国の人だからな」って納得できるところ、ろう者の場合「同じ日本人なのに何で通じないの」ってなってしまうから、余計に混乱が起きてしまうんでしょうね。

言語が人の思考や文化に与える影響って、非常に大きいですもんね。例えばドイツ語のように論理的な言語を母語に持つ人って、日本語を書いても論理的だったりしますから。

私も、書く日本語はローコンテクストなんですよ。かなり具体的に書いてしまうので、聴者からは「日本語は書けているけど、言い方がハッキリだから、ちょっと変えたほうがいいんじゃない?」って言われることも多かったんです。

それで「ああ、私は日本語を間違えていたのか」と以前は修正していたんですが、今は「手話が母語だから、その影響が日本語にも出ているんだ」ってことに気づいたので、誤解されないように先に説明しておくことが多いですね。さもないと、前に「面白いかどうかの判断をしてください」って渡されて読んだものに対して、「これは面白くないかも」って答えたら、相手がショックを受けてしまったことがあって……。どうやら批判のように聞こえたらしく、慌ててそういうことではないんです!と説明しました。

いや、日本人らしい行き違いですね。最後に、同じフリーランスで働く我々に、何かアドバイスをいただけませんか?

二つあります。まず一つ目は「とにかくやってみる」ということですね。迷うんだったらやってみる。二つ目が「自分が興味を持ったこと、やりたいことは言葉に出す」ということ。Twitterに書くのでもいいですし、何か残る形で言葉にして、周りに伝えておくのが大事だと思います。今、手話通訳をしてくださっている川口さんもフリーランスなので、手話通訳としても何かあれば、ぜひ(笑)。

川口 えー!……そもそも手話通訳をつけるということをまだ考えてくださらないところが多いので、講演やセミナーなど何かするときはろう者からの問い合わせがなくても手話通訳をぜひ付けていただきたい。それは私じゃなくてもいいので……ということは、いつも伝えるようにしていますね。

私もろう者対象のイベントとかに呼んでいただくと、「チャットでコミュニケーションしていいですか?」って聞かれることがあるんですが、それだと自分の伝えたいことの質が下がってしまうので、手話通訳を付けていただけるのがベストなんですよ。私も日本語は得意なほうですけど、やっぱり日本手話で話したほうが自然で楽なので、日本語を書くのは疲れるという気持ちがあるんですよね。

なるほど。日本手話と日本語はまったく違う言語だから、言ってみれば日本人に「英語で書いて」と言うようなものなのかもしれない。

本当にそうなんです! そこに気づいてくれる人が増えると、すごく嬉しいですね。まずは手話があるということ、ろう者がいるということを知っていただいて。もし、ろう者と仕事で関わる機会があれば、今回、お話しした内容をぜひ思い出してほしいなと思います。そして、もし興味があれば手話・ろうのエンターテイメントのお仕事を、ぜひ一緒にやりましょう!

那須映里

手話通訳/川口千佳
撮影/須合知也@tomoya_sugo