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ここじゃない世界に行きたかった。バズることから“降りた”塩谷舞が向き合う「自分」

FREENANCE 塩谷舞

学び直すことの大事さ

ひとつひとつの事象について考えなきゃいけないことが多い時代ですよね。

ソーシャルメディアが発達しすぎて、誰もが自由に発言できる素晴らしさと、恐ろしさを日々実感しています。私はエンタメや広告分野の活動を通して多くの読者を得たけれど、その発信力を別の分野で乱用する……例えば科学的に間違ったことを伝えてしまう危険性もある。科学や歴史がその間違いを既に証明していたとしても、深い考えなしに「これが正解だ!」と言えてしまうのは、とても危なっかしいことです。発言力があるからこそ、自分にすごく懐疑的であり続けなきゃいけないなと思います。

塩谷舞

しかも、正しくて地味な文章よりも、熱のこもった臆測のほうが拡散されやすい。でも私たちは歴史や知識という財産にアクセスできるのだから、しっかり学び、冷静にならなきゃいけないな、ということはすごく思います。

そういう考え方は最近になって得たものですか?

最近ですね。前はお恥ずかしながら全然考えてなくて、「自分の嗅覚を信じてるから大丈夫!」というくらい、感覚的に発信していました。いまも自分が生きていく上では嗅覚とか、肌感を信じますけど、それは自分の成功体験の中から生まれた、ものすごく偏った考えです。それが社会全体に通用するかというと、全くそうではないし、むしろ有害だったりもする。20代のころはそんなこと考えもせず、発信できる喜びに自己陶酔してた部分もありましたけど、学び直すことの大事さを、特にここ最近は考えます。政治や環境の話を扱うようになると、調べものも増えますしね。

僕も最近は、問題は山ほどあるけれど結局いちばん大事なのは環境なんじゃないのかな、と思います。

すべての大前提ですからね。

ただ、環境のことを考えるとき、「企業や政治が変わらなきゃ意味がない」という意見はよくいただきます。それはごもっともなのですが、企業は消費者の動向をもとに、政治家は有権者の思いをもとに、商品や政策が決まっていくこともありますよね。だから市井の人間が、環境について日々考えて行動していくことは、無駄ではないとも思っています。

企業からの情報発信も、この数年で随分と変わってきました。

それはうれしい反面、環境問題とマーケティングが一緒になってしまう危うさもありますよね。透明性が高いことと完璧であることはイコールではない。「いまこれだけゴミを出してます」と正直に言ってくれれば透明性が高いけど、それではツッコミが来てしまう。それを恐れて、いろんな企業や個人が完璧であるかのように振る舞って、いわゆるグリーンウォッシュのような手法になってしまうことが多々あります。大前提として、私たちは地球のリソースを奪って生きている。その現在地を自覚した上で、今よりもマシにするにはどうするか? と、共通の問題として取り組んでいきたいですよね。

わたしは「環境に優しい」とか「環境にいい」って言葉を意識的に避けていて、「マシ」という言葉を使っているのですが、耳なじみの良い言葉で満足してしまわないように、ちょっと注意深くなっておきたいな、と。

塩谷舞

「ここじゃない世界」を経ての現在・未来

いまいちばん関心があるのは環境問題ですか?

環境のことは関心があるというより、意識しておかなきゃヤバい、という危機感ですね。個人的に強い好奇心を持っているのは、暮らしの中にある文化のことです。

日本は戦後すさまじい経済成長を遂げて、そのおかげでわたしたちは豊かに暮らせてる。その恩恵を受けた上で言うのはちょっとずるいですが、成長の過程で取りこぼしたものがいっぱいあったんじゃないか?ということを、どうしても感じてしまうんです。欧米に追いつくために、生活様式を変え、身の回りのものを量産化し、結果として調和のとれない空間ばかりが増えてしまった。

確かに、政治や行政やビジネスで文化があまり大切にされていない感はありますね。

宝飾品や芸術だけじゃなく、気候や暮らしに揉まれて生まれる土着的な文化に惹かれています。食べものや着るものにしても、土地土地の気候風土に合った素材を使ったもの、バナキュラーなものの価値は計り知れない。「究極の普通」に価値を見いだすことが、文化の背骨を取り戻すことにつながるんじゃないかと。

土地の暮らしを支えてきた道具や家屋がどんなふうに育まれてきたのか、どういった精神性があって、どんな独自の魅力があるのか、そういうことにいまはすごく興味があります。

塩谷舞

「ここじゃない世界」に行って自分の帰属意識が「ここ」にあることに気づき、あらためて「ここ」の魅力を学んでいく過程は本にも書いてありますね。

灯台下暗しですよね。外に行って、ようやく身近なものの魅力に気付かされるというありきたりなパターンです(笑)。でも、ニューヨークで感じた、自分の権利をしっかり主張する心意気にも、随分と影響を受けています。これからは日本で、心も体も健やかにいられる場所をちゃんと作っていきたいし、そういう場所を作ろうと思わされたのは、ニューヨークでの日々が大きなきっかけですね。

海外暮らしの中で自分を取り戻し、その経験を通して日本の文化を再評価するようになったというのは、とても納得のいくお話です。

甲斐かおりさんの『ほどよい量をつくる』(ミシマ社)という、小中規模のお商売を中心に紹介されている本があるんですけど、わたしも「ほどよい」がいいと思いますし、いままでの過剰な成長はやっぱり何かを犠牲にしてきたと思うんです。例えばフルコミットで働くサラリーマンと、家事・育児をカバーする専業主婦……というのは、ある種役割分担が明確で効率も良いのかもしれません。でもそうすると、双方が双方の生きる世界をあまりに知らないままで、有事の際に不安です。夫婦ともに「ほどよい」が実現できれば、フルコミットするだけが正解じゃないよ、と社会も変わっていくんじゃないかなって。

塩谷舞

本が出てからだいぶ時間がたちましたが、感想や反響に思うところはありますか?

想像以上に、中高生の読者からのお便りが多くて。最初は、自分のフォロワーさんに多い20~30代とは違う層、具体的には50〜60代の方々にも読んでもらえたら……という気持ちで書き始めた面もあるのですが、予想以上に若い人からの反響が増えました。それはすごくうれしいです。

上の世代の反応を気にするのって、ある種自分のためだと思うんですよ。自分が生きやすくなりたいから、現状社会のルールを作っている年上の理解を求める、といった側面が、少なくとも私の中にはあった気がします。でも未来は若い人たちのほうにあるのに、そっちを全然向いてなかったなって反省しました。基本的に現実を憂いてる文章ばかりなんですが、子どもたちにとっては大人が希望を持ってないと夢がないと思うので、もうちょっと明るく生きようと思わされましたね(笑)。


撮影/阪本勇@sakurasou103