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好きなことを続けていれば、必ずチャンスが訪れる。久住昌之『麦ソーダの東京絵日記』インタビュー

FREENANCE 久住昌之

ドラマ『孤独のグルメ』の「ふらっとQUSUMI」コーナーでもおなじみの久住昌之さんは、世界10カ国で翻訳された原作マンガを故・谷口ジローさんとともに生み出した人です。マンガ家に加えてミュージシャンの顔も持ち、バンド「スクリーントーンズ」で同ドラマの劇伴を担当、年間60本のステージをこなし、台湾や中国でのコンサートも経験。ソロでも、さまざまなユニットでも、たくさんの音楽作品をリリースしてきました。

「ぐるなび」の連載コラムを初出とする久住さんの新刊『麦ソーダの東京絵日記』(扶桑社)は、担当編集者を伴っての食べ歩き日記。自伝的な要素もふんだんに盛り込まれていて、学生時代に楳図かずおさんのバンドのダンサーを務めたエピソードから始まる思い出話の数々は、ちょっとした東京の文化誌のようです。

profile
久住昌之(くすみ まさゆき)
マンガ家・音楽家。1958年、東京都三鷹市出身。1981年に泉晴紀とのコンビ「泉昌之」としてマンガ誌『ガロ』でデビュー。以後、旺盛なマンガ執筆・原作、デザイナー、ミュージシャンとしての活動を続ける。主な作品に『かっこいいスキヤキ』(泉昌之名義)『食の軍師』(泉昌之名義)『野武士のグルメ』(原作/画・土山しげる)『孤独のグルメ』(原作/画・谷口ジロー)『花のズボラ飯』(原作/画・水沢悦子)ほか著書多数。
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https://sionss.co.jp/qusumi/

旅をすることは思い出すこと

『麦ソーダの東京絵日記』は食べ歩きに加えて、訪れた街に紐づいた思い出話がもうひとつの軸になっていますね。

意図はなかったんだけど、連載してるうちにだんだんとそうなってきましたね。編集者に「自伝的な記述が増えてますね」って指摘されて気づいて、「年寄りのムカシ話みたいで面白くないかな?」って言ったら「いや、面白い」って言うから、そのまま。

誰の言葉だったか思い出せないんだけど、「旅をすることは思い出すことだ」というのがあってね。『孤独のグルメ』のマンガは最終回で主人公の井之頭五郎がパリに行くんだけど、谷口ジローさんが亡くなって幻になったその後のエピソードがあるんですよ。そこでは五郎がパリでいろんなものを食べながら小さいころのことなんかを思い出して、「パリまで来てるのに、なんでこんなこと思い出してるんだろう」ってつぶやく。旅をすると忘れていたことを思い出す、というのはずっと感じてて、この本でも渋谷とか原宿に行って「このへん来なくなっちゃったな」って思ったら、よく行ってたころのことを思い出すんですよ。ずっと忘れてた「ぽると・ぱろうる」って詩集専門の本屋の名前とかね。そういう年齢なのかもしれないけどさ(笑)。

久住昌之

食べることも同じだったりしますか?

うん。外食も旅だからね。近所のラーメン屋に行くのもひとつの旅なんですよ。三鷹に40年以上通ってるラーメン屋があるんだけど、コロナがあって1年ぶりぐらいに行ったら、お店の人が来て「先ほど帰られたご高齢の女性のお客さん、この店に来て60年なんです。今も週3回」って。途中から結婚した旦那さんと来るようになって、いまは旦那さんが来れなくなっちゃったから、おみやげでチャーシューを買って帰るんだって。

いい話ですね。

そう、いい話なんだよ。そういうのってさ、家にいたら絶対に見ることも知ることもないことじゃない。移動した先で驚くべきことに出会って、しかも物質的なだけじゃなく時間的な話であったりするのはさ、もう旅だよね。ネットサーフィンとかいうけど、それは旅じゃないから。部屋で画面見てるだけ。やっぱり歩かないとダメだね。

ネット通販で電子書籍を買うのと町の本屋さんで立ち読みをして紙の本を買うのは全然違うし、外食とデリバリーも違いますよね。確かに、家を出てどこかに行くのはそれだけでひとつの旅と言えそうです。

昔さ、動物がすごく好きな人にアフリカへ連れてってもらったことがあるんだけど、動物の体の張りが全然違うんだよね。シマウマもキリンもお尻がパンパンなわけ。帰ってきてからたまたま動物園に行ったら、その肉が全部落ちちゃってるのがかわいそうだなって思っちゃって。でも、その動物好きな人に話したら「いや、動物園は絶対に必要だ」って言うんですよ。図鑑で知っててもダメだ、たとえ痩せてたって実物を見ないと「アフリカの動物を守らなきゃ」っていう気持ちにならないんだと。複雑な気持ちになったけど、できる範囲での体験っていうのは大事なんだよね。本屋も同じでさ、実物を見て触って、匂いを嗅いで感じる体験が大事なんだと思うよ。外食もそうだよね。行かないと食べられないから。

「毎日コツコツ」よりも「結局、毎日飲んじゃう」が理想

久住昌之『麦ソーダの東京絵日記』
麦ソーダの東京絵日記

本の帯にも「がんばれ、飲食業界!」とありますが、いまはしんどいですよね。

だから自分が行かなきゃと思うよ、本当に。7時までしかやらないんだったら7時までに仕事終わらせて行かないと。ある年配の店主が「引き際ぐらい自分で決めさせてほしい」って言ったんです。非常事態宣言が延長延長で、そのうち例えば78歳の人が79、80になっちゃうわけでしょ。そもそもきついのに、お客さんが来てくれるからなんとかやってきたけど、休め休めって言われたらつらくなってきちゃうよね。それが生殺しみたいでかわいそうなんですよ。『孤独のグルメ』のドラマも去年お休みして、いまシーズン9だけど、2話目ぐらいで撮影させてもらった店の人も「テレビに出るのはちょっとイヤだったけど、コロナに負けて閉店みたいなのは悔しいから」って言っててさ。似たようなことを言ってた人はもうひとりいました。

本当に早くなんとかならないもんですかね……。そういえば意外だったのが、久住さんが少食ということです。

そうなんですよ、昔から。憧れの井之頭五郎(笑)。恋愛経験のない女の子が恋愛マンガを描くとか、貧弱な男の子がスポーツマンガを描くとか、そういう気持ちだね。シーズン9では主演の松重(豊)さんもすごい食ってます。ADさんに聞いた話だけど、松重さんもコロナで食事が自宅ばっかりだったんですって。だから「ものっすごく楽しい」って。

僕もいまはほぼ自炊ですが、久住さんは基本、外食ですか?

半々です。朝は作って食べるけど、仕事場に午前中に来て、帰宅は遅いからね。楳図かずおさんは全部外食らしいよ。自分で作ると同じようなものばっかり作っちゃうけど、外食だと「昨日はあそこで肉を食べたから今日はあっちの店で魚」とか、自分で調整できるから「全部外食のほうが偏らないんです!」って言い切ってました(笑)。

心臓の手術を受けられたことも書いてありますが、体調はいかがですか?

全然いいです。ケガしたり病気したりするといっそう注意するようになるから、かえっていいんだよね。血圧なんてふだん測らないじゃない。でも手術したりすると医師に言われて、自分でも測定器買ったりして。そうすると面白いからやってみる。データが残ってるようになってるから、自分で記録しなくていいのがいいんですよ。ノートつけたりするとイヤになっちゃうじゃん(笑)。「毎日コツコツ」とかダメだよね。好きで楽しくて結果的に毎日やってたっていうふうにならないと。「いやー、結局毎日飲んじゃうんだよね」みたいにやらなきゃと身につかないよね。

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情熱だけではじまったドラマ『孤独のグルメ』

久住昌之

あと、とにかくいろんなことをやってこられたんだなとあらためて感服しました。マンガやバンドだけじゃなく、劇伴も切り絵もデザインも映像も。

何がやりたいんだっていうね(笑)。

そんなことは思いません。むしろそれをすべて仕事にされているのがすごいです。完全に純粋な趣味ってないですよね。

ないね。

(笑)。それがすごいんですよ。

仕事に結びつかないこともいっぱいしてるけどね。代表的なのは散歩だけど、それも本に書いちゃってるから(『野武士、西へ 二年間の散歩』集英社)。でもまぁ、どれも全然お金にならないところから始まってますよ。切り絵なんて、たまたま母親が道具持ってたからやってみて、面白いから暇な時間に作ったりしてたけど、お金になったのはずいぶん後だしね。新宿のバーで展覧会を頼まれて、切り絵ならバーの照明でも見えるだろうと思って、初めてまとまった数を切ったんですよ。そしたら見に来た人に「うちの店でもやってくれませんか?」って言われたからまた作って、その人が別の店を開いたときにまた作って。「100枚切るのが夢だな」とか冗談で言ってたけど、あっという間に100枚突破。レギュラーの仕事になったのは、それからまた10年ぐらい経ってから(※)。もう目が見えないから、ハズキルーペと拡大鏡だけどね(笑)。

※久住さんは毎月、公益財団法人たばこ総合研究センターの機関誌『TASCマンスリー』の表紙に切り絵を提供している。

好きなことで稼ぐ、と言うと夢の生活みたいに響きますが……。

でもお金にはなんないよ、いつも言うけど(笑)。『孤独のグルメ』だって、谷口ジローさんは赤字でやってたんだから。だって月1回8ページのマンガでアシスタント3人だよ。1週間かけて描いてたんだから。1日1ページみたいなもんじゃない。3人に日当を払ってるから、仮に5,000円だったとしても1万5,000円でしょ。1ページ1万5,000円もらえないもん、原作者いるし。その状態で連載を2年続けて、ようやく単行本が出ても、累積した赤字は1刷じゃ取り返せないよ。3,000部ぐらいしか刷らないんだから(笑)。4刷ぐらいでやっとトントンじゃないかな。よくそんなことしたよね、あの人も。

採算は合いませんね。情熱がないと続かない。

ドラマのシーズン1だって、プロデューサーはじめスタッフの情熱だけでやった感じだからね。ギリギリで決まったから時間もないし、人数も少ないし、もう死屍累々ですよ。誰もシーズン2があるなんて思ってもなかったしね。放送が始まる日に新聞のテレビ欄見たら、テレ東のいちばん下に「孤独」って書いてあるんだよ(笑)。最後のほうは「孤独の」まできてた。シーズン3ぐらいだよ、初めて全部入ったの。音楽は僕が最初からやってるんだけど、テレ東の人は「予算がないからありものを使う」って言うから、「スタジオ代も自分が出すからやらせてくれ」って言って。結果的にやってよかったよ、本当に。300曲ぐらい作ってるからね。

スクリーントーンズは台湾や中国でもコンサートをしましたし、『孤独のグルメ』はアジア中で大ヒット。韓国にはひとり外食の習慣がなかったのに、ドラマの影響でそういう人が増えたと聞いたことがあります。

そうそう。「まぁ、そういうこと言う人もいるよな」って半信半疑だったんだけど、台湾に行ったとき、しょっちゅう声をかけられるんですよ。なんでなのか聞いたら、日本のドラマばっかり流してるチャンネルがあって、最初は日に1回、シーズン3ぐらいでは3回流すようになったんだって。ホテルでそのチャンネルをつけたら、やってるんだよ。ところが終わったら俺のコーナーがなくて、次のエピソードが始まるわけ。コーナーがないのになんで俺の顔知ってるんだ?と思って見てたら、本編を2話続けた後に俺のコーナーを2回分やるんだよ(笑)。韓国に行ったときも、俺も声かけられたけど、松重さんは街を歩けないぐらいだったみたい。

3年前に上海でライヴをやったときに、向こうで宣伝をしてくれた人の案内で日本そば屋に行ったんですよ。本来、駐在してる日本人向けの店なんだけど、いまは上海のサラリーマンがひとりで酒を飲みにきて、最後にそばを一枚食べて帰るんだって。話してみたら雑誌か何かで読んで「ここに来たら日本のそばが食べられると思って来た」って。その中国人さん、今常連だって。一人そば酒の。最後にそば一枚食べて帰るなんて、俺もやんないよ(笑)。韓国や中国の食スタイルも少しずつ変わってるって話ですね。


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