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好きなことを続けていれば、必ずチャンスが訪れる。久住昌之『麦ソーダの東京絵日記』インタビュー

FREENANCE 久住昌之

グルメ、イラスト、音楽、文章から切り絵、デザイン、散歩まで、多趣味なだけでなく、そのすべてを「仕事」にしてしまう久住昌之さん。すごい、のひとことですが、続けてこれた理由について、あくまで飄々と、まさに「ふらっと」に話してくれました。

世の中には「ミュージシャンでマンガ家」という人もいる

久住昌之

『麦ソーダの東京絵日記』の中に《逃したチャンスは、二度と来ない。でも自分が歩みを止めなければ、必ず新たなチャンスが、思わぬ形で訪れる》というくだりがありますが、それは久住さんが経験を通して得た実感なんでしょうね。

「音楽やめた」とか「バンド解散」とかさ、いるじゃん。売れてもないのに「やめる」って、おじさんが「絵手紙やめた」って言ってるのとおんなじだよ(笑)。日本のライヴハウスでやってるバンドなんて、ほとんどおじさんの絵手紙みたいなもんなんだから。馬鹿にしてるんじゃないよ。でもエラそうにすんなってこと。好きならやればいいんだよ。それだけ。続けてたら、売れる売れないの他に身につくものがある。好きでもないことは黙ってやめりゃいい。

久住さんのソロアルバム『MUSICOMIX』(2011年)のライナーノーツに《「マンガ家が趣味で音楽もやってる」と思われるのが嫌で仕方なかったけど、世の中にはミュージシャンでマンガ家という人もいるのです》と書いてあって、感銘を受けた記憶があります。

最初のころはイヤだったね。特にミュージシャンにはマンガ家の趣味みたいに思われて、同じように音楽やってるのに。冷たい目線が飛んできて、すごく居心地が悪かった。だんだんと自分より年下のミュージシャンがまわりに増えてくると、ちゃんと音楽として聴いてくれるから、そういう感じはなくなってきたけど。「音楽もプロ級ですね」とかさ、よく言われたよ。なんだプロ「級」って(笑)。「マンガもそんなに売れてないんですけどね」なんつって。

そこで言うプロとは何なのかという話ですね。

プロというか、それが趣味でなくて仕事であるかのひとつの基準は、まったく知らない人から「お金を出しますので、うちでやって(書いて・描いて・作って)ください」と言われることだと思う。

若い頃からの知り合いたくさん集めてライヴするとかね。習い事の生徒が絵を買う、先生の展覧会とか。それはそれでいいことで楽しいことだけど。でもそうじゃなくて、まったく知らない人から依頼が来たら、その仕事をしてる人って言っていいんじゃないかな。プロっていうのは難しいよね。俺も『ガロ』(※)でデビューだからさ。原稿料が出ない雑誌でデビューしたのをプロと呼べるのかと(笑)。

※1964年から2002年頃まで青林堂が刊行していた『月刊漫画ガロ』。久住さんは同誌で泉晴紀さんとのユニット「泉昌之」名義で1981年にデビューした。

「3回に1回、面白ければいい」に救われた

久住昌之

苦労された時期もあると思いますが、音楽も切り絵もマンガも全部やめずに続けてこられたのはなぜだと思われますか?

全部やってたからだね。マンガがつらいときは音楽やってれば楽しかったし、音楽もバンドが集まれなくてつらかった時期はあるけど、「だったら二人でやろうよ」って言ってくれる人がいたから。そういう意味では、いつも仲間に救われてるよね。マンガも泉さんと一緒だったし。若いころ二人でマンガ雑誌に原稿を持ち込みに行って、ケチョンケチョンに言われたことがあって、泉さんは1カ月かけて描いたマンガを「25歳か……故郷に帰ったほうがいいんじゃない?」とか言われて落ち込んでたけど、帰りに飲んで俺が「あいつバカだよな。わかってないよ」とか言って、笑いにできたのがよかったよね。

その後、初めて週刊連載の話が来たときは、俺が「毎週毎週みんなを面白がらせる自信がない」って言ったら泉さんが「毎週面白い必要はない。そういうときは俺がいい絵を描くから。3回に1回面白ければ、あとの2回はいいとこなしでいいんじゃない?」って言ってくれて、すごく救われたんだよ。『ガロ』の長井(勝一)さん(※)にも言われたことあるんだけど、「あの長嶋や王だって3割打者だよ、3回に1回しかヒットを打てないんだから、君たちは10回に1回でいいんだよ」って(笑)。

※青林堂の創業者で『月刊漫画ガロ』の初代編集長。数々の異才を世に送り出した。

それは元気が出るお話です。

売れることが目標のミュージシャンもつらいけど、週刊連載が目標ってのはつらいし、大ヒットマンガ家をめざすって、やっぱり本末転倒な感じがするよね。前に渋谷のTSUTAYAにサイン会か何かで行ったとき、大量のマンガがズラーッと並んでるのを見て、もし19歳のときに見たら「こんなにうまい人がいっぱいいるとこに俺が入り込めるわけがない」って絶望してたなと思ったよ。よかった〜、何も知らないときにデビューして(笑)。

美学校でイラストレーターやマンガ家を目指す人たち相手に講師みたいなことをしたとき、「さっさとデビューしたほうがいい」って言ったら「そんなの無理です」って言うから、「あのさ、デビューってなんだと思ってる? マンガが載るのはメジャーな専門誌だけじゃないんだよ」って言ったんですよ。

「本屋さんに行ってごらん、世の中には驚くほどたくさんの雑誌がある。マンガ雑誌だけじゃない。料理・旅・音楽・電車・通信・主婦・戦争・動物・庭・医学・文学……。そしてそのどんな雑誌にも必ずマンガが載ってるでしょ。4コマとか。面白くもないし絵も全然下手なんだけど(笑)でも必要なんだよ。紙面をちょっと和ませるために。だから、もし君が犬が好きなら、犬の雑誌はいっぱいあるから、気に入った雑誌に犬の4コママンガを描いて持って行ってみたらいい。犬雑誌の編集者は犬好きだから、必ず好意的にマンガを見てくれる。それで“飼ってるんですか?”って話になるよ。そしたら、まず会話ができるじゃん。好きな犬の話なら。

マンガ雑誌に持ち込みするのって、するほうもつらいけど、編集の人もつらい。見ず知らずのガチガチの若者が描いたものを、そいつの目の前で読んで、なんか言わなきゃならないんだから。だったら、せめて、会話が通じそうな人のとこに持っていけば、お互い楽じゃない。世の中には無数の雑誌があるんだよ。何の仕事でもそうだけど、マンガだって、場所とギャラを選ばなければ、チャンスはたくさんあるんだよ」って。

最高に有益なアドバイス!

ある生徒は新婚で、奥さんにいつも怒られてるって言う話をしてみんなを笑わせてたから「それを4コママンガに描いたら?」って言ったの。そしたら、描いて、書店で見つけた読んだこともない『すてきな奥さん』編集部に持って行った。そしたらやっぱり笑ってくれて、「コピー取らせてください」って言われて、連絡先教えたら、3カ月ぐらい後に電話がきて「来月号でこんな4コマ描いてもらえませんか?」って言われたって。それで、それが掲載された雑誌と、別の4コマを持っていろんな編集部を回って、いまは彼の憧れだった『散歩の達人』とかにレギュラーで描いてるよ。

久住昌之

入り方はどんな形でもいいんですよね。

そうそう。だけど「マンガ週刊誌でデビューしたい」とか「楽して稼ぎたい」「印税生活したい」とかが目標だったらつらいよね。いまは「楽して儲けよう」みたいなことをどこでも言うじゃない。ミュージシャンで食べ歩きのマンガを描いてる人の単行本に帯文を頼まれたことがあるんだけど、「夢の印税生活」って書いてるから、「こういうこと言う本には書かない」って断ったんですよ。目標が違うし、冗談だとしても面白くない。音楽もマンガも好きなら両方本気でやればいい。マンガを描いたら夢の印税生活っていうのは、マンガを描いてる人に失礼だと思う。

ボク自身が音楽を、プロ級とかマンガ家の趣味って言われるのが、死ぬほど嫌だったからね。好きなことは金とか名声といった邪念なくやればいいんだよ。素直でシンプルでストレートなのが一番。思惑や意図があるとしんどいよね。

若い人にも参考になると思います。

何か仕事をしたいなら、金にはならないけどデビューする場所はあるから、しちゃったほうがいいよ。そうすると「デビューした」っていう実績を持って次に行けるから。入ってみると業界って意外に狭いしね。そうでしょ? こちらのカメラマンさんだって、こないだもよその媒体で撮ってくれたもんね(笑)。


撮影/阪本勇@sakurasou103
撮影協力/東京・吉祥寺 ALTBAU with MARY BURGER