独立3年目の編集者・小沢あやが、さまざまな業種のフリーランスに話を聞く連載『フリーランスな私たち』。今回のゲストは、Twitterでの“妄想ツイート”が話題となり、現在はエッセイのほかショートアニメや動画の脚本なども手掛ける、フリーライターの夏生さえりさんです。
2021年3月公開の映画『14歳の栞』の製作などにも関わっているさえりさんは、コンテンツスタジオCHOCOLATE(以下、チョコレイト)にも所属しています。これまでの仕事の変遷や、その裏にあった思いを伺いました。
profile
●夏生さえり/出版社・Webメディアでの編集者経験を経てライターとして独立。取材、エッセイ、シナリオ、脚本、コピーライティングなどを文章を中心とした活動は多岐にわたる。現在は、CHOCOLATE Inc.にてプランナーも務める。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)他。Twitter(@N908Sa)
●小沢あや/フリーランスのコンテンツプランナー / 編集者。芸能人や経営者のインタビューのほか、エッセイも多数執筆。「ワーママのガジェット育児日記」などの連載のほか、「つんく♂の超プロデューサー視点!」編集も担当。
●小沢あや/フリーランスのコンテンツプランナー / 編集者。芸能人や経営者のインタビューのほか、エッセイも多数執筆。「ワーママのガジェット育児日記」などの連載のほか、「つんく♂の超プロデューサー視点!」編集も担当。
「恋愛系」の仕事は長く続けるのが難しい?
小沢
さえりさんの活躍を拝見していると、だんだん発信内容や働き方のスタイルが変化しているように感じます。多くの人に知られるきっかけは、「妄想ツイート」でしたよね。
はい。WEB制作会社で働いていた頃、通勤時間に、頭のトレーニングの感覚でツイートをしていました。
さえりさん
小沢
もともと、なぜ妄想ツイートの発信を選んだんですか?
自分が好きなことや得意なことを色々やった中で、一番反響がよかったのが妄想ツイートだったので、意識的に作り続けたんです。ただ、ありがたいことではあるのですが、恋愛系の仕事の話ばかりいただくようになってしまって……。
さえりさん
小沢
得意のひとつではあるけど、「恋愛系だけをやりたい!」というわけではなかったんですもんね。
それに、「恋愛系の仕事は長く続けるのが難しいのでは?」とも思っていました。結婚したり、子どもができたりしてライフステージが変わったあとも、男女の妄想系やデート系のみを書き続けているイメージが持てなかったんですよね。
さえりさん
小沢
だからこそ、他のジャンルの仕事も受けるようにしていったんですね。
はい。「目の前のウケがいい仕事、反響のある仕事だけをやっていると、枯渇していくぞ」という気持ちも強くありました。
さえりさん
「SNS人気だけじゃなく、実力をつけていかないと」
小沢
とはいえ、しっかり「ウケる」ことも、コンテンツを届けるのに役立つし、すごいことですよね。さえりさんは、Twitter(N908sa)のフォロワーが13.2万人(2021年3月現在)。心強く思って仕事を依頼する方も多いですよね。
仕事をもらい始めたころは、特にそこも込みで評価していただいた部分があると思います。せっかくなら、拡散力があるライターにお願いしたいというクライアント側の気持ちも痛いほどわかります。
さえりさん
小沢
一方で、「SNSでバズっている有名な人」という点に注目されると、作品そのものの評価を得づらい部分もあるような気がしていて……。正直、どうでした?
ありましたね。独立当初は「SNSで人気なだけじゃん」みたいに言われると、「実力をつけていかねば」という気持ちになりました。もちろん中身をきちんと見て評価してくれる人もいましたが、「ただのインフルエンサーだと思われるのもわからなくない」って思いもあったので。
さえりさん
小沢
いわば外野の意見も、割と正面から受け止めてたんですか……?
目の前のことは全力で取り組んでいますが、基本的には「まだまだだな」といつも思っているので、「言い返せるだけの実力をつけていかないと」と思うことが多かったですね。とにかく焦らずに、ひとつずつやっていくしかないなあと思っていました。「あなたくらいの歳になる頃には、私もっと頑張りますよ」って(笑)。作るもので納得させていくしかないですもんね。
さえりさん
小沢
やっちゃいましょう!バズると、ターゲット外の人にまでコンテンツが届くこともたくさんあります。広がるほどにネガティブなリアクションをもらうこともあります。そんなとき、さえりさんはどうしてますか?
自分がやりたかったことや仕事の目的を考えて、気持ちを切り替えますね。「今回のターゲットにきちんと届く仕事をすれば、それが正解なんだ」って。
さえりさん
小沢
たしかに、腹をくくっていくことも大事ですよね。さえりさん、最近はパートナーの方に関する発信も増えた印象ですが、何かプライベートのことをエッセイにするうえで気をつけていることはありますか?
自分のことを書くのに抵抗はないんですけど、身近な人については、どこまで書いていいか悩むところがあります。近々子どもも生まれる予定なので、情報の扱いについてはまさに考え中です。
さえりさん
小沢
ああ〜、わかります。パートナーのことを書くとき、合意とってます?
記事として書くときは、出す前に見せて、嫌な表現がないか確認してもらっています。「これを書いても彼の評判に影響はないだろう」という内容をピックアップしているつもりでも、本人からすると書かれたくないこともあるので。
さえりさん
小沢
そうですよね。私も夫や家族に関することを書くときは、事前にチェックしてもらってます。パートナーが内容に関わってくるコンテンツのとき、内容や方向性についても話し合うことはあるんですか?
話し合うというよりは、「今度こういうこと書こうかなと思ってるんだ」と、報告していますね。それとは別に、夫もフリーランスなので、受けるか迷っている仕事のこととか、何かあったら相談してみることはお互いに結構あります。
さえりさん
脚本の仕事で感じる、「焦り」と「成長」
小沢
そうそう、この連載でゲストによく話すんですけど、私、「前年比120%で成長したい」みたいな気持ちがあって、停滞してるなと感じちゃう状態が苦手なんです。
すごくわかります(笑)。
さえりさん
小沢
WEBの仕事って、結果が出るまでのスパンが比較的短いじゃないですか。対して、今、さえりさんがやっているような本や脚本の仕事は準備期間がすごく長いですよね。もちろん停滞ではないですけど、「うわーっ!」っとなってしまうことはないですか? もともとWEBライターだったさえりさん、どう気持ちに折り合いつけてます?
確実に進んでいるはずなんだけど、自分が本当に進歩しているのかわからなくなることはありますね。本や脚本の仕事は 時間がかかる分、年単位で見たときに、自分が関わった仕事の数としては、すごく減る。これまでの自分と近いWeb記事の仕事をしている人たちをSNSで見ていると、「あっ、また記事が出てる!」みたいに、自分とのペースとの違いを感じて。「大丈夫かな、私」と焦ることはありますよ。
さえりさん
小沢
さえりさん、同業者と比べて焦ることもあるんですか。ちょっと意外でした。
これまではあんまりなかったんですけど、最近はありますね。でも、割り切り始めた部分もあって。今自分に必要なのはじっくり取り組んで成長していくことだ、と思っています。個人で、1人で完結する仕事をしていたときは記事数は多かったかもしれませんが、成長が緩やかだったと思っていたので……。
さえりさん
小沢
気持ち、わかります。もちろんひとつひとつの仕事はチャレンジだけど、自分を成長させてくれる仕事よりも、「これならできそう」って仕事がどうしても多くなるんですよね。
そのぶん、チョコレイトでの仕事が自分を成長させてくれると感じます。チョコレイトでは長い時間をかけて、ひとつのものをチームで作っていくので、参考資料を使ってみんなで考えてやってみたり、いろんな人の視点から話を聞いたりすることができるんです。
さえりさん
小沢
これまでのお話からすると、完全にフリーで働いていた時期は、キャリアに不安を感じることも結構多かったんですか?
そうですね。ショートストーリーの仕事に声をかけていただくことが増えてきた頃は、正解がわからず、自信も持てなくて。もちろん当時も100%の力でやっていたんですが、「もっとできることを増やしたい」という気持ちが強くなっていました。今、チョコレイトではシナリオ作りや広告プランニングなどの仕事にも入れてもらっています。
さえりさん
小沢
理想的な働き方ができているんですね。とはいえ、チョコレイトでの仕事と個人での仕事、重なるとなかなか忙しくなることもありそうです。キャパオーバーになっちゃうことは?
やりたい仕事ばかりが来て、いっぱいいっぱいになってるときもあります(笑)。チョコレイトでの仕事も、事前にある程度調整できるので、助かっていますね。
さえりさん
やってみて初めてわかる楽しさもある
小沢
仕事を受ける基準って、今はどういう風に決めてますか?
やっぱり自分が安心できるぐらいの生活費を稼ぎたいですけど、それだけだとしんどくなっていくな、とは思います。フリーになって最初の頃は、「なんでも受けなきゃ!」と思っていたんですけど。面白そう、楽しそうと思える仕事のほうが熱量も込められるし、そっちを多く受けていかなきゃなと。
さえりさん
小沢
たしかに。好きな仕事に全力投球していると、どんどんその仕事が増えるじゃないですか?でも、軸を絞ることで「この人はコレ!」ってイメージができた結果、他のお仕事が遠ざかる部分があったら、嫌だなって思うこともあって。そのあたり、どうしてます?
私はもうちょっと広く、「文章周りであるかどうか」って軸でやっていこうと思っていたことはありました。映像に出たりしゃべったりする仕事もあったんですが、基本的には文章周りの人だと思ってもらいたい。だから、今チョコレイトで受けている脚本もいろんなジャンルで書けたらいいなと思っています。「納品物が文章である」ぐらいの軸でもいいのかも。
さえりさん
小沢
なるほど! 最近はメディアの状況も変わってきているし、私も聞き手になったりレポートしたりというところに力を入れようかな、とも思ってるんですよ。
そうなんですね!私もそのあたりは、まだ迷ってます。
さえりさん
小沢
迷い、ありますか?
迷い、めちゃめちゃあります!以前は、「もっと認知度が上がるまでは文章の人だと思ってほしい」と考えてたんですけど、「絞る必要あるのかな?」と考え直していて。最近は広告の企画など、納品するのは文章だけど、最終形が映像など、文章以外になるものへの関わりも増やしたりしてます。
さえりさん
小沢
やりたい仕事をたくさん受けるための工夫って、何かありますか?
あまり、やりたいことってないんですよ。それも悩みのひとつです。
さえりさん
小沢
えっ、そうなんですか?
代わりに、面白そうな仕事があれば取りあえずのってみるようにしてます。まずやってみて、自分の好みや力を知って、そこから広げていくのが私には向いてるのかなって。
さえりさん
小沢
いい考えですね。これまでご活躍してきて、予想外だったことはありますか?
仕事のダメ出ししてくれる人が減ったかもしれないですね(笑)。書いたものへのダメ出しをしてほしいんですけどね。
さえりさん
小沢
そうかー。さえりさんのところには、進路相談とかも来ると思うんです。もし、10代20代の方から「フリーランス / ライターになりたい」って今相談されたら、どう答えますか?
「回り道するほど知識はつくし、今すぐならないほうがいい」とは、よく言ってますね。他にできることがいっぱいあったほうが、やれることも、視点も、人とのつながりも増えるし。
さえりさん
小沢
同感です。他の仕事をしながら書いてる人もいるし。さえりさんも、会社員時代のツイートが今の仕事のきっかけになったりしてますもんね。私も、会社員時代に趣味で書いていた文章から今があるので。
そうですね。「まずは、とにかく人に読んでもらうための文章を、趣味でたくさん書いて。そうすることで依頼が増えるかも!」って話はしてます。思い切って急に何かになるというよりは、まずは小さく始めて。需要があれば依頼になるし、「もしかしたら自分はすごく好きだけど、需要がない」ってこともあるかもしれないので。
さえりさん
小沢
「書きたい!」という方は多いけど、仕事にするなら需要がないと……ですもんね。
それに、自分の想像できる範囲って、実は小さいと思うんです。私も、学生の頃にやってみたかった職業って、ほんとにちょっとしかなかったけど。実際にいっぱい仕事をして、いろんなお話をいただいて、「こういうジャンルがあるんだ。知らなかったけど、これ好き」って、やっていく中でしか気づけないことがいっぱいあると思います。
さえりさん
小沢
まさにそうですね。私は自分から企画を出すことが多いんですけど、他の人から「この企画やりませんか?」って誘っていただく仕事も楽しいです。
ほんと、声をかけてもらって初めて気がつく面白いことって、たくさんあります。お互い、もっといろんなことやりたいですよね!
さえりさん
#編集後記
ライフステージの変化を見据えて、将来行き詰まらないように仕事領域を拡大していったさえりさん。やりたいことを実際に口に出し、周囲の方にどんどん新たな仕事を依頼されるような空気を作っていった話、とても納得感がありました。好きな仕事を長く続けるためには、殻にこもったり固執したりせず、声をかけやすい存在でいることが大事ですね。