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大切なのは度胸よりも「恐れ」。新潮社出版部部長・中瀬ゆかりさんの仕事論

中瀬ゆかり

独立3年目の編集者・小沢あやが、さまざまな業種のフリーランスに話を聞く連載『フリーランスな私たち』。今回は番外編として、愛社精神あふれる会社員・新潮社出版部部長の中瀬ゆかりさんをゲストにお迎えしました。

新潮社に新卒で入社して以来、編集者として世にさまざまな情報を発信してきた中瀬さん。一時は編集長という重責を担い、現在は出版部部長としてチームを牽引する存在に。その責任やプレッシャーとの向き合い方、仕事における信頼関係の築き方など、独自の仕事論をお聞きしました。

profile
●中瀬ゆかり/新潮社出版部部長。和歌山県生まれ。奈良女子大学文学部を卒業後、新潮社に入社。『新潮45』編集長、『週刊新潮』部長職編集委員などを経て、2011年から現職。『5時に夢中!』(TOKYO MX)や『垣花正 あなたとハッピー!(ニッポン放送)』などにコメンテーターとして出演中。

●小沢あや/フリーランスのコンテンツプランナー / 編集者。芸能人や経営者のインタビューのほか、エッセイも多数執筆。「ワーママのガジェット育児日記」などの連載のほか、「つんく♂の超プロデューサー視点!」編集も担当。

「惚れ力」で、仕事がうまくいく

小沢

中瀬さんは、一般文芸、純文学、総合雑誌など、さまざまなジャンルにまつわる編集を経験されていますね。分野を問わず、仕事相手(書き手)と良い関係を築くにはどうしたらいいんでしょう?
仕事に限らず、人間関係って1つのパターンだけではやっていけないですよね。めちゃめちゃ丁寧に接されたほうがうれしい方もいれば、それを「よそよそしいな」と感じる方もいるし。

中瀬さん

小沢

同じコミュニケーションでも、人によって受け取り方は違いますよね。
締め切りの決め方や催促の仕方、テーマの選び方にタイトルなど、それぞれ「こうされるのは嫌だ」がありますよね。失敗しながら学んで、同じ失敗を繰り返さないのが大切。私、人を好きになる能力が高くて、担当してると性別問わず人間として惚れ込んじゃうんですよね。「惚れ力」で、仕事が上手くいくことが多いかな。

中瀬さん

小沢

惚れ力!
興味のない人の言動はすぐ忘れちゃうけど、好きな人のことは一挙手一投足まで覚えるじゃないですか(笑)。まず、目の前にいる相手に興味を持つことは、仕事をうまく回すためにもすごく大切なことじゃないですかね。

中瀬さん

小沢

確かに、そうですよね。相手にちゃんと興味を持って向き合うのが大事。
とはいえ、人間同士ですから相性ってものもありますよね。だから、それぞれの書き手とより相性のよさそうな人に編集を任せたいなとは思っています。その作家の作品が好きで、人間的に相性もよさげな編集者と書き手をマッチングするのが、部長としての大切な仕事と言ってもいいぐらい。

中瀬さん

小沢

相性を見極めるために、普段から人をじっくり見ていないとですね。
もちろん、他にも原稿のブラッシュアップや、帯や装丁の仕事も大切ですけど、作家に原稿を書いていただかないと私たちの仕事は成立しないので。書き手に気持ちよく仕事をしてもらうために、日々努力することが重要な仕事です。

中瀬さん

編集するときは「恐れ」を持ちつつ答えを出す

小沢

編集者として、作品に手を加えるときに悩むことはないですか?エッセイや小説のような、書き手さんが自分の中からひねり出した作品を編集するときは、特に。どうしたら自信を持って編集できるようになりますかね?
わたしは、今でも自信なんか全然ないですよ。

中瀬さん

小沢

中瀬さんでも!
作家とのやりとりで、すごく記憶に残ってることがあるんです。会社に入りたての頃に、先輩編集者のおつかいで原稿をいただきに行ったんです。「遅くなってごめんなさいね」と言いながら渡されたときに、「先生、時間をかけて完璧に仕上げられたんですね」って言ったんですよ。もちろん、ねぎらうつもりで。

中瀬さん

小沢

褒め言葉として、ですよね。
そしたらその作家は、「原稿に『完璧』はなくて、締め切りがあってここで手を離さなきゃいけないから、『仕方なく』お渡ししてるの。締め切りがなかったら、私は10年でも直しているわ」とおっしゃったんです。

中瀬さん

小沢

心に響く言葉ですね。
どんなにすごいものでも、100点とか完璧ってものは存在しない。それは作品についての話だったけど、私がやっている編集についてもそう。「この編集が100%正解という保証はないんだ」という「恐れ」を持っていなきゃと思ったんです。

中瀬さん

中瀬ゆかり
コロナ禍ということでオンラインでの取材に応じてくれた中瀬さん

小沢

「恐れ」。具体的には、どんなことでしょうか。
正しいアドバイスかどうかなんて保証はどこにもないんだ、という恐れですね。自分が「このラストこう変えてください」「こっちのタイトルの方が絶対いいですよ」なんて言うのは恐れ多いことだから。だからといって、こっちがいつまでも迷っていたら作家も混乱してしまう。だからこそ、恐れを持ちつつも腹を決める。そして、「中瀬が言うんだから、それで行こう」って作家に思ってもらえるだけの信頼関係を築けるようにしています。「恐れ」は同時に「畏れ」でもありますね。その二つの「おそれ」は、いくつになっても手放してはいけないことだと思っています。

中瀬さん

小沢

中瀬さんのように長年のキャリアがあっても、恐れとは付き合っていかなきゃなんですね。
でも、そういう一般的な感覚が、記事や作品を生かすこともあるから。自分への疑いや恐怖、周囲に対する畏怖の念を持ちつつ、決断するべきところはするのがコツかなと思いますね。

中瀬さん

小沢

決断するときの軸って、何かありますか?
やっぱり直感は大切。とくに装丁なんかは、書店でパッと見て、その一瞬で手に取るかどうかが決まるでしょう。1〜2秒で決まる物事は多いから、長考するよりも、「これだ!」って瞬間的な直感で決めることが多いですね。動物的なカンとでもいうのかな?だいたい合っている……と信じています(笑)。

中瀬さん

37歳。雑誌の編集長に任命されたことが転機に

小沢

中瀬さんは2001年、37歳のときに雑誌「新潮45」の編集長に抜擢されています。当時、女性の編集長は今よりさらに少なかったですよね。
あれは私にとって、人生の大きな転機でした。もともと人のサポートをするのが最大の喜びで、上に立つという意識は全然なかったんですよ。最初に編集長の話を打診されたときも、「はい」と即答せずに一晩持ち帰って考えましたし。

中瀬さん

小沢

なぜ、即答しなかったのですか?
編集長って、記事を出す・出さないなどの最終決定権を持っている、究極の決断をする存在なんです。私はもともとはAを選んでも、寝ているときに「Bの方がよかったかな」って考えちゃうタイプで気も弱かったので、編集長が務まるのかなって。

中瀬さん

小沢

そこから編集長になることを決意するまで、どんな変化があったんでしょうか。
今は亡きパートナーの白川(作家の白川道)に相談したら、「人生なんてたった1回きりだぞ。編集長をやれるなんて、宝くじが当たるようなものだ。失敗してもいいじゃないか。やらずに『あのときやっておけば』って悔いを残すより、向いてなかったらそうと分かる方が、人生がすっきりするぞ」って言われて。ドーンと背中を押されて、腹を括ることにしたんです。

中瀬さん

中瀬ゆかり

小沢

白川さんも中瀬さんも、かっこいいですね。
で、編集長になってからは「絶対にAだ!」って、はっきり決められるようになりましたね。

中瀬さん

小沢

急にバシッと! 役職が人をつくる、ということでしょうか。
もう、自分の後ろに決めてくれる人がいないから、腹を括るしかないです。もし失敗しても、クビは切られても、命までは取られないと思って(笑)。

中瀬さん

小沢

(笑)。
でもほんと、「あそこでもし引き受けていなかったら今どうなってるだろう。会社も、もしかしたら辞めてるかもしれないな」って、時々立ち返って考えますね。

中瀬さん

小沢

雑誌の名前を知ってもらうために、テレビへの出演を始められたのも編集長になってからですよね。
そうそう。編集部のご意見番みたいな人に勧められてね。当初も自分が表に出ることには葛藤がありましたし、今でも毎回、「うまく話せるかな」とか「変なこと言わないかな」って緊張しますよ。でも編集と一緒で、そういう緊張や恐れがあるうちは表に出ていてもいいのかなと思ってます。

中瀬さん

周囲が揺らいでも「落ち着け」と言える人が上に立つ

小沢

自分を過信せず、適切に恐れを持ち続けることと自信を持つことって、両立できるはずだと思うんです。でも、たまに仕事への自信が揺らいじゃうんですよ。どうしたらいいでしょうか。
私もめちゃめちゃ揺らぎますよ!揺らがない人なんて、いませんよ。内面の揺らぎがあるかないかじゃなくて、それを外に見せるか見せないかだと思うんです。ただ、多くの人に揺らぎがあるからこそ、「落ち着け」って言う人が大事だなあとは思います。年齢や役職が上がっていくってことは、その「落ち着け」っていう係になることなんじゃないかな。

中瀬さん

小沢

たしかに、上の人が見るからに慌てていたら、部下も「どうしよう」となってしまうかも。
だから私も、部下が「トラブル発生です!」って言ってきたときほど、心の中で「落ち着け中瀬私が『ええーっ!』とか言ったらダメだぞと自分に言い聞かせて(笑)。「ああ、それはよくあるよ」「問題ないよ、大丈夫」って一言から入るようにしてますね。

中瀬さん

小沢

そう言ってもらえると、報告した人も少し落ち着けそうです。

嘘をつくくらいなら「デートだから休む」と言える人と仕事がしたい

小沢

中瀬さんが「仕事を一緒にしたくなるのはこんな人!」って、ありますか?
原稿でもなんでも納品されてくるものの出来がいいことは大前提ですけど、ギリギリであっても締め切りを守っていただけると、やっぱりプロだなあと思いますよね。直前まで粘れるのも、胆力があるなあと思いますし。

中瀬さん

小沢

早めに出すのもいいけど、締め切りギリギリまで粘るのも大事なんですね。他にはどうでしょう?
返事が早い人かな。重要な仕事の連絡に対して返事が遅い人はやっぱり気になりますね。「メールが届いてないのかな?」「病気なのかしら?」って余計な不安を抱いちゃう。実際に届いてない場合も、普段からレスが早い人なら、「届いてないんだ」と切り替えて、すぐに別の方法で対処できるじゃないですか。普段から返事が遅い人だと、届いていないだけなのに「何の返事も来ないし、他の人に頼むか」ってなる可能性もありますしね。

中瀬さん

小沢

そうですね、返事が遅いといろいろ心配になっちゃいますよね。
あとは、嘘をつかない人!締め切りに間に合わないときとかも、嘘をつかず一報入れてほしいですね。

中瀬さん

小沢

正直に、ですね。体調不良とかご家族の都合なら仕方ないときもあるし。
そうそう。私は「今送ります!」って言われて3日後に届くより、「3日後に送ります!」って言われるほうがいい。「高熱で寝込んでて書けないんです」と嘘をつかれるよりは、「すみません。今日すごく素敵な人にデートに誘われちゃったので、そっちに行かせてください!明日全力でやります」って言われるほうがいい(笑)。

中瀬さん

小沢

正直申告が一番。私も原稿をお願いしていたライターさんから「推しに文春砲が来たので今日は無理です……」って連絡がきて、「そりゃ大変だ!しかたない!」ってなったことがあります。
あはは(笑)。「推し、燃ゆ」か!こちらは言われたことは信じちゃいますけど、後から嘘だったとわかるとがっくり来ちゃうので。仕事で関わる人とも、人間同士の付き合い。本当のことを言い合っているという信頼が根底にあるから、何か問題があったときも許せるし、解決策を考えられると思うんです。普段からの積み重ねが大切だと思います。

中瀬さん

原稿をもらったら、必ず心を込めて感想を伝えるのが編集者としてのポリシー

小沢

この連載の読者には、編集者として働いている方もいるかと思います。アドバイスがあれば、ぜひ!
原稿をもらったら、きちっと感想を伝えること。褒め言葉って実はバリエーションが少ないから、「本当に面白かった」みたいな単純な表現になってしまうかもしれないけど、自分の気持ちに嘘をつかなければ、思いはちゃんと伝わります。

中瀬さん

小沢

すごいものって、「すごい」としか言いようがないときもありますもんね。ほんとに。
いいところはいいと言わなきゃダメだし、よくなかったらよくなかったで、それはちゃんと書き直してもらった方がお互いにとっていいんだから、そう伝えるべきです。それを続けていければ、「この人の『面白かった』は本物だ」と信頼してもらえますしね。

中瀬さん

小沢

編集者からのリアクション次第で、書き手のモチベーションが左右されることもありますよね。これも人それぞれかとは思いますが、フィードバックするときのコツはありますか?
若い頃、ある大作家から「原稿を読んだら、いいところからまず褒めて、次に直しの注文を出してくれ」と言われましたね。「先に修正依頼から聞いちゃうと落ち込んでしまって、その後の褒め言葉が一切、頭に入らなくなってしまう……作家ってそんなもんだよ」と。こんな風に、いろんな人が忠告してくれたことって、すごく自分の中に残っているんですよね。そうやっていろんな方々に育ててきてもらったから、今度は私が人に伝える役割を担いたいと思ってます。

中瀬さん

小沢

「落ち着け」って周囲に言ってあげるのと同じく、それもキャリアを重ねてきた人の務め、という感じでしょうか。
たとえ一時的には「うるさいなあ」と思われてしまっても、10年後に「ああ、こういうことだったのか」と感じてくれたらいいかなと。編集長を経験したことで、嫌な役割をするのにもずいぶん耐性がついてきましたしね(笑)。

中瀬さん

編集後記

メディア業界の中で女性がまだ少なかった時代から、着々とキャリアを重ねてきた中瀬ゆかりさん。恐れや不安を持ちながらも、編集長として腹を括ることで前進してきたことがわかりました。フリーランスでも、どこかで心持ちや立ち回りを変えないといけないタイミングがくるはず。中瀬さんの言葉を思い出しながら、その日に備えていきます……!

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