私にとっての納得のいく作品とは……
脚本案件その⑤ 2019年・冬/打ち合わせ
今日も訂正が山のように積みあがった。かろうじて通っている芯の周りにつぎはぎのように貼り付けては剥がされる訂正。
私が伝えたいと思った表現を、私が伝えられていない。表現力が乏しい。説得することができない。悔しい。
先方に、今日の打ち合わせで出た意見を全て脚本に落とし込んできてと言われる。家に帰り脚本を直す最中、表現に対する否定的な意見が、自分自身の否定かのように思えてくる。
これまで、強めのダメ出しをされたことは何度もある。トゲのある表現だなあと傷つくのではなく、何を伝えようとしているのかトゲの中から探すと言うことを十何年続けてきた。だから、多少のトゲには耐性がある。
……つもりだったが、日々静かに心の中に確実に積もっていった。
それに気づかないように酒を呑む。呑む呑む。トゲをつまみに酒を呑む。そして直す。
朗読劇案件 2019年・冬/ステージ下見と打ち合わせ
本番の会場は想像よりもかなり広く、客席からの見え方にも問題があることが分かった。演出をもう少し練り直す必要がある。
脚本案件その⑥ 2019年・冬/脚本執筆
脚本を直しながら、過去の自分の行いを思い出す。タカラヅカ在団中、稽古の集合日に製本されていない状態の脚本を配られ、持った瞬間に手のひらに感じる薄暖かさに
「まだ暖かい……刷りたてのようだ」
などと笑いながら受け取っていたあの頃の自分の表情を。今思えば、先生方も稽古の始まるギリギリまで「自分の納得のいく作品」を作ろうともがきあがいていたのだろう。もがきあがいている今、それを強く痛感してる。
私にとっての納得のいく作品とは……
脚本案件その⑦ 2019年・冬/打ち合わせ
第10稿の確認。
言われた通り直した……はずだったが、全否定。私のワープロを通して文字に起こしてみると駄作になるんか?
教えてくれ、教えてくれ。神よ、我にこの物語の正解を教えてくれたまえ。
そして……メリークリスマス。
イベント出演案件その③ 2019年・年末
今日もこの脚本を書く時間はない。見送り。良い御年を。
休日 2020年・ハッピーニューイヤー
新年を迎えた。ビックリするほど状況は何も変わらない。
いや、変わった。体力がゼロを下回った。
地元の神社の石段を、姉弟が軽やかに上る中、恐ろしいほど息を荒げながら一段ずつしがみつくように登った。
なんとか登り切ったあと、
「あれはあたしんだよ!」……そう言いながら神社のベンチに座る。
さながら荒地の魔女(『ハウルの動く城』)だった。
ドンドン追い込まれていくメンタル
脚本案件その⑧ 2020年・初春/打ち合わせ
1週間後に迫る〆切。
ドンドン追い込まれていくメンタル。提出した日の夜だけ少し気が晴れて、次の日の打ち合わせで直されて、また「考える」1週間がきて……。
♪今日も……一日を生き延びた
終る事無き原稿よ
〆切たちはまたオレを追いかける 明日も
心の中でオレのジャンバルジャンが歌う声がする。
♪明日にはわかる先方の御心が
朝が
明日が
くれば……
イベント構成・企画案件その➁ 2020年・初春/構成考案
相手側の意見だけを取り入れても仕事の意味がない。何のために自分が構成に入っているのか。私にしかできない表現方法を突き詰めろ。
脚本案件その⑨ 2020年・初春/打ち合わせ
なんとか決定稿に。鎖から解き放たれたようだ。ここからキャストへ配られる。
……どう思われるだろうか。
先方は、胸を張って良いよと仰った。
でも……すみません。正直今は……不安な気持ちの方が多いです。
イベント出演案件その④ 2020年・立春
今日イベント本番なんだが。
脚本……まだ何も書いて無いんだが……書くしかないんだが!うおお!頼む!持ってくれ!オレのカラダ!!開演30分前になんとか書き上げ、ぶっつけ本番。
……なんとか終わった。
楽しかったと言って下さるお客様の言葉を、素直に受け取れない自分がいた。
……もう二度と、こんな思いはしたくない。しちゃいけない。
エピローグ〜2020年・立春〜
今後の人生を心朗らかに過ごしたいと思って増やした案件が、「魔法使いの弟子」(『ファンタジア』)の切り刻まれた箒のように、キャパの限界を超えても大量の水を注ぎこんでくる。
その大量の水に、呼吸することもままならなくなってしまった。
どうしてこんなことになったのだろう。
「演じる」だけではなく、「創る」ことの過程や仕組みを知りたい。そう思ってタカラヅカを卒業した。
その好奇心は「書く」「出る」「教える」と、網目状に多方面へ向かった。
そしてフリーランスになり、今後の不安も抱え、目の前の全ての案件に手を出した。でも、私はとても大切なことを考えていなかった。
それは……「作品を完成させるまでに必要な時間」だ。
スケジュール帳に記載されているのはすべて「本番」の日程だけだった。本番を迎えるためには「準備」が必要だ。
特に、「書く」というキャリアをスタートさせたばかりの自分は、1本の完成までに割く時間と、それにどれほどのパワーを要するのか。それがわかっていなかった。わかっていないから、考えもしなかった
頭の中に浮かんでいるアイデアを、誰が読んでも共感し、理解される文章を書くなんてこと、簡単にできるわけないのに。
「やりたい」と、「やる」は違う。
それを痛いほど理解する頃には、もう、自分の手には負えない程の案件が溢れかえっていた。今日はコレ、明日はアレ、明後日はソレ……日々追われるように仕事をする。
その都度「これでよかったのか」という不安がついてくる。その不安に対する「正解」を求めるように、ありとあらゆる方法で、自分の関わる作品の感想をサーチした。
喜んでいるコメントもある中、酷評ばかりに目がいってしまう。そっちの方が、自分が抱えている不安に近いからなのかもしれない。……そう気づいた時、史上最大のアンチは自分であることがわかった。
作品の完成を人任せにしたツケはトゲになる。酷評は、トゲとなって静かに心を差していく。
……痛い。
頭の中のアイデアを文字化できない自分の表現力の乏しさに。背負うべき責任としっかりと向き合わなかった自分に。
申し訳ない。本当にくやしいくやしい……
ひとりになりたい
……
(BGM:世にも奇妙な物語っぽいやつ)
日記はここで終わっています。
彼女は一体どうなったのか。
それは……次の話でわかるでしょう。
「フリーランスたそのお仕事日記~小さな旅~」
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