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カスハラ被害を防ぐ! フリーランスも適用対象 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例とは?【弁護士が解説】

カスハラ被害を防ぐ! フリーランスも適用対象 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例とは?【弁護士が解説】

近年、顧客からの過度なクレームや暴力的な言動による被害が社会問題となっています。こうした状況を受け東京都では、2025年(令和7年)4月1日(火)より東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(※)が施行されることが決まりました。業種などを限定しないカスハラ防止条例の制定は全国で初となります。本記事では、この条例の概要や影響について、わかりやすく解説します。

※以下、「本条例」といい、本条例の条文の記載にあたっては条文番号のみを記載。
※参照:TOKYOノーカスハラ支援ナビ

カスタマー・ハラスメントとは?

飲食店や配達員などのサービス業に従事する方は、顧客からの迷惑行為を受けたことがある方もいらっしゃるかもしれません。

2020年(令和2年)10月に厚生労働省が実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」では、過去3年間に「顧客等からの著しい迷惑行為」としてカスタマー・ハラスメント(以下、カスハラ)で相談があった企業の割合が19.5%であったとされ、カスハラが社会問題として意識されつつあることがわかってきました。

過去3年間のハラスメント相談件数/該当件数の傾向としては、セクハラ以外では「件数は変わらない」の割合が最も高く、セクハラのみ「減少している」の割合が最も高かった(「件数の増減は分からない」「把握していない」を除く)。また、顧客等からの著しい迷惑行為のみ、「件数が増加している」の割合の方が「減少している」より高かった。

※引用:令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査 報告書

カスハラの定義

カスハラというのは、端的には「顧客等からの著しい迷惑行為」を指し、本条例上は、「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」と定義付けられています(2条5号)。

「著しい迷惑行為」とは?

カスハラの定義における「著しい迷惑行為」とは、「暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」とされています(2条4号)。

例えば、店員を殴ったり(暴行罪/刑法208条)、店員に対して「殺すぞ」と脅したり(脅迫罪/刑法222条)といった犯罪行為だけがカスハラに当たるわけではなく、「不当な行為」もカスハラに当たります。

「不当な行為」とは?

カスハラに当たり得る「不当な行為」の具体的な判断基準については、東京都産業労働局が2024年(令和6年)12月19日付けカスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)(以下、指針)で下記の通り定めています。

客観的に合理的で社会通念上相当であると認められる理由がなく、要求内容の妥当性に照らして不相当であるものや、大きな声を上げて秩序を乱すなど、行為の手段・態様が不相当であるもの」としつつ、

相当性の判断にあたっては、当該行為の目的、当該行為を受けた就業者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該行為が行われた経緯や状況、就業者の業種・業態、業務の内容・性質、当該行為の態様・頻度・継続性、就業者の属性や心身の状況、行為者との関係性など、様々な要素を総合的に考慮することが適当である」とされます。

つまり、「不当な行為」に該当するか否かは、社会通念に照らして綜合的に判断されることになります。

カスハラの具体例は?

カスハラに当たり得るとされる行為の具体例は、以下のとおりです。

情報通信業

  • 顧客が(サポートデスクに)「可愛らしいね、ずっと話していたいよ」「癒やされるね」「下の名前も教えて」とセクハラにあたる言葉をかけた。
  • 顧客が(サポートデスクに)「徹夜で明日までにバグを開発チームと直せ」「2000万払え」といった過剰な要求を行った。
  • 顧客が(サポートデスクに)「あたまわるいうえに性格悪い」といった人格否定にあたる発言を行った。
  • 顧客が(サポートデスクに)「殺すぞ」「家に火をつけるぞ」と脅迫にあたる発言を行った。
  • 顧客が(サポートデスクに)「死ね」「馬鹿野郎」といった暴言を吐いた。
※引用元:雇用の分野における女性活躍推進に
関する検討会(第9回)カスタマーハラスメント事例集
  • 全く欠陥がない商品を新しい商品に交換するよう就業者に要求する
  • 就業者が販売した商品とは全く関係のない商品を販売するよう要求する
  • 就業者に物を投げつける、唾を吐く、殴打・足蹴りする
  • 就業者を大声で執拗に責め立て、金銭等を要求する
  • 就業者に謝罪の手段として土下座をするよう要求する
  • 就業者に対して必要以上に長時間にわたって厳しい叱責を繰り返す
  • 長時間の居座りや電話等で就業者を拘束する
  • 就業者の服装や容姿等に関する中傷を行う
  • 就業者が提供した商品・サービスと比較して、社会通念上、著しく高額な金銭による補償を要求する
  • 就業者に正当な理由なく、上司や事業者の名前で謝罪文を書くよう要求する
  • 就業者に不可能な行為(法律を変えろ、子どもを泣き止ませろ等)を要求する
  • 就業者に抽象的な行為(誠意を見せろ、納得させろ等)を要求する

フリーランスや、個人事業主が直面するリスク

上記のような具体例は、現実に生じてきたカスハラであり、このようなカスハラを受けることで、従業者は精神的・身体的な被害を受けることになります。

従業者がカスハラを受けることで他の業務にも支障が生じ、事業そのものが滞ってしまうことになりかねません。フリーランス・個人事業主も、接客が必要な業種の場合、このようなリスクにさらされることになります。

条例制定の背景

本条例が制定されたのは、不当・悪質なクレームにより、従業員が過度な精神的ストレスにさらされ、通常の業務にも支障が出るケースも見られるなど、深刻な社会問題として意識されるようになってきたという背景からです。

このような状況から、条例の制定等、法的な枠組みが必要であると考えられ、2022年(令和4年)2月に厚生労働省によりカスタマー・ハラスメント対策企業マニュアルが作成され、同マニュアルをベースに本条例が制定されるに至りました。

もっとも、カスハラを行うことにより刑法・民法上の責任を負い得るとしても、本条例自体には、罰則等のペナルティは規定されていません。

これは、「カスタマー・ハラスメント」という言葉そのものや、その防止が社会全体の課題であるという考え方を広めることに重きを置いたためです。

条例の目的と基本理念

就業者に対するカスハラは、就業者の安全や健康、尊厳を脅かし、事業活動の安定的な係属にも悪影響を及ぼし、そのような悪影響は巡り巡って消費者への良好な接客サービスの維持にも悪影響を及ぼすことになるという考え方のもと、本条例が制定されています。

そのため、本条例の目的(1条)は、カスハラ防止が社会全体の問題であることを踏まえて、都、顧客等、就業者及び事業者の責務を明らかにし、カスハラ防止施策を定めることにより、顧客等の豊かな消費生活、就業者の安全及び健康の確保並びに事業者の安定した事業活動を促進し、もって公正かつ持続可能な社会の実現に寄与することにあるとされています。

条例の主な内容

本条例では、都、顧客等、就業者及び事業者の各責務が定められています。それぞれ確認していきましょう。

都の責務

都の責務は、カスハラを社会全体で防止すべきとの基本理念(3条)にのっとり、顧客等、就業者及び事業者に対し、カスハラ防止に関する情報の提供、啓発及び教育、相談及び助言その他必要な施策を行うこととされています(6条)。

本条例上の具体的な都の役割は、以下のとおりです。

  1. カスハラ防止施策の実施に当たり、特別区・市町村との連携を図るよう努める(10条)
  2. カスハラの内容、顧客等・就業者及び事業者の責務、都の施策、事業者の取組等に関する事項を含む指針を定め、速やかに公表する(11条)
  3. カスハラ防止施策を推進するため、必要な財政上の措置を講ずるよう努める(12条)
  4. 指針に基づき、カスハラ防止施策を実施する(効果的な推進のため、関係機関等の意見を聴いて施策に反映するよう努める)(13条)

事業者の責務

都内で事業を行う事業者は、本条例に基づき、以下の努力義務(9条、14条)を負います。

  • カスハラの防止に主体的かつ積極的に取り組むこと
  • 都が実施するカスハラ防止施策に協力すること
  • その事業に関して就業者がカスハラを受けた場合、速やかに就業者の安全を確保するとともに、カスハラをした顧客等に対して中止の申入れその他の必要かつ適切な措置を講ずること
  • 就業者がその事業に関して顧客等としてカスハラを行わないように必要な措置を講ずること
  • 指針に基づき、カスハラ防止措置として、必要な体制の整備、カスハラを受けた就業者への配慮、カスハラ防止のための手引の作成その他の措置を講ずること

もっとも、これらは努力義務であり、対応する成果まで求められるわけではありません。ガイドラインには、14条1項に基づき事業者が負う努力義務の具体的な内容として以下の事項が記載されています。

  1. カスハラ対策の基本方針・基本姿勢の明確化と周知
  2. カスハラを行ってはならない旨の方針の明確化と周知
  3. 相談窓口の設置
  4. 適切な相談対応の実施
  5. 相談者のプライバシー保護に必要な措置を講じて就業者に周知
  6. 相談を理由とした不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め周知
  7. 現在での初期対応の方法や手順の作成
  8. 内部手続(報告・相談、指示・助言)の方法や手順の作成
  9. 事実関係の正確な確認と事案への対応
  10. 就業者の安全の確保
  11. 就業者の精神面及び身体面への配慮
  12. 就業者への教育・研修等
  13. カスハラの再発防止に向けた取り組み

いずれも努力義務であり、事業者は各措置を実施する義務まで負うわけではありません

もっとも、飲食店等のBtoCの一部に当たる事業者にとって、カスハラ対策は急務であり、いずれの措置も事業者自身を守るための措置として有用なものと考えられます。

顧客等の責務

本条例上、就業者から商品又はサービスの提供を受ける者(「顧客」)または就業者の業務に密接に関係する者(併せて「顧客等」と定義付けられています/2条3号)は、一定の努力義務を負うとされていますが、あくまでも努力義務に過ぎず、なんらかのペナルティが特別に定められているわけではありません

顧客等の負う努力義務は、具体的には、カスハラ問題への関心・理解を深め、就業者に対する言動に必要な注意を払うよう努めること(7条1項)及び、都が実施するカスハラ防止施策に協力するよう努めることとされます(7条2項)。

このような努力義務は、要するに、カスハラをしないように気を付けてくださいねという都からのメッセージともいえるでしょう。

就業者の責務

就業者はカスハラを受ける側として想定されていますが、その接客態度が引き金となってカスハラを誘発する場合もあり得なくはないでしょう。

そこで、本条例では、就業者は、顧客等の権利を尊重し、カスハラに係る問題に対する関心・理解を深めるとともに、カスハラの防止に資する行動をとるよう努めなければならないとされています(8条1項)。

条例の適用対象

本条例が適用される「事業者」は、都内で事業(非営利目的の活動を含む)を行う法人その他の団体(国の機関を含む)または、事業を行う場合における個人とされます(2条1号)。

法人登記や開業届等により、事務所・事業所が都内にあることが確認でき、あるいは都内で事業を行っている実態がある場合に、都内で事業を行っていると認められます。フリーランス、個人事業主であっても、都内に事務所等を置き、または都内で事業を行っていれば「事業者」に当たります。

同じく本条例の適用を受ける「就業者」とは、「都内で業務に従事する者(事業者の事業に関連し、都の区域外でその業務に従事する者を含む)」(2条2号)とされます。これは、有償・無償を問わず業務を行う全ての者をいうとされますから、フリーランスも「就業者」に当たり得ます

“都の区域外で業務に従事する場合を含む”とするカッコ書きについては、例えば、都内の事業者との取引に基づいてテレワークで都外の自宅で作業するフリーランスも「就業者」に当たり得るとするもので、このようなフリーランスもカスハラから保護されるべきと考えられることになります。

フリーランス・個人事業主は、本条例の適用を受ける「就業者」にも「事業者」にも当たり得ますから、上記の就業者の努力義務のみならず、事業者の努力義務も負い得ることになります。

取引先がカスハラのリスクにさらされる場合、他人事と考えることなく、指針に目を通し、どのような対策が有効かを検討しておくとよいでしょう。

事業者に求められる対応

事業者は、上記のとおり努力義務を負うに過ぎず、違反に対する直接の制裁はありませんが、カスハラ被害を放置して従業員が精神疾患に罹患すれば、安全配慮義務違反として従業員から損害賠償請求を受ける可能性もあります。

また、現時点では努力義務ですが、今後もカスハラ問題が深刻化していけば、各施策が法的義務にまで引き上げられる可能性も考えられます。

したがって、事業者としては、指針に目を通し、カスハラ被害を防止するためにいかなる施策が有効であるのかを確認しておきましょう。

相談窓口なら、「ハラスメント悩み相談室」

カスハラの被害相談窓口としては、厚生労働省の委託を受けて株式会社東京リーガルマインドが運営するハラスメント悩み相談室があります。メールもしくはSNSで相談でき、24時間受付(72時間以内に返信予定)。無料で相談することができます。

ただ、法違反かどうかや労災認定等の断定を伴う判断についての相談には対応していないほか、あくまで厚生労働省委託事業であり、ハラスメントに該当するか否かの判断をすることはできないことに留意しましょう。

Webサイトには、カスハラ対応マニュアルやリーフレット、事例集、研修動画などへのリンクがまとめられていますので参考にしてみてください。

北海道カスタマーハラスメント防止条例は4月1日に施行

東京都での条例の施行と同日、2025年4月1日(火)より「北海道カスタマーハラスメント防止条例」が施行されます。東京都に続く2例目として制定された本条例も罰則規定はないものの、「従業者等に対する顧客等からの要求、言動等のうち、その態様や程度が社会通念上不相当なものであって、当該要求、言動等により、従業者等の就業環境が害される行為」をカスハラと定義しており、顧客等、事業者等、道民に対するカスハラ防止への関心と理解、係る取組の促進を目的としています。

※参照:北海道カスタマーハラスメント防止条例について – 経済部労働政策局雇用労政課

まとめ

フリーランス・個人事業主の方々も、条例の適用を受ける「事業者」や「就業者」に当たり得ます。ご自身や取引先等がカスハラに困っているなどのことがあれば、本記事や指針(ガイドライン)を参照し、カスハラの定義や具体例を踏まえて、どのような対策が可能か、参考にしてみてはいかがでしょう。