「代表取締役等住所非表示措置」は、株式会社の登記簿において、代表取締役等の住所を非表示にすることができる制度です。フリーランスや個人事業主が事業拡大を目指す際、「法人成り」は重要な選択肢のひとつ。しかし、会社を法人化すると、商業登記簿に代表者の氏名、住所が表示され、法人設立に伴う個人情報の公開は、大きな懸念事項となっています。本記事では、こうした懸念を払しょくできる選択肢となる、代表取締役等住所非表示措置について解説します。
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代表取締役等住所非表示措置とは?
代表取締役等住所非表示措置とは、株式会社の登記簿において、代表取締役等の住所を非表示にすることができる制度です。商業登記規則等の一部を改正する省令(令和6年法務省令第28号、商業登記規則31条の3)によって創設された制度であり、2024年(令和6年)10月1日から施行されます。
会社法では、株式会社の代表取締役は、その会社の商業登記簿に氏名のみならず住所も登記しなければならないと定められています(会社法911条3項14号)。商業登記簿は公開され、誰でも閲覧できますので、代表取締役は氏名のみならず、住所も公開されるというのが原則です。
代表取締役の住所が公開されている理由は、会社の違法行為により損害を受けた被害者が代表取締役の個人責任を追及できるようにするためや、会社の本店所在地に郵送物が届かないなど、連絡がつかない場合に代表取締役に連絡を取れるようにするためです。民事訴訟では、会社の事務所がないときには代表者の住所をもとに管轄を定めると定められています(民事訴訟法4条)。
このように、会社の商業登記簿に代表取締役の氏名・住所を記載しなければならないという会社法の原則は、社会での重要な役割を果たしています。しかし他方で、代表取締役の個人住所が公開されてしまうということは、プライバシーが危険に侵されるという側面もあります。企業においては、優秀な方を代表取締役に招こうとしても住所公開が嫌だからという理由で就任を拒否される、また、個人が起業して法人化する際の障壁のひとつになっているなどのデメリットが指摘されていました。
そこで、こうしたデメリットを解消するために商業登記簿規則を改正して、一定の要件を満たしている場合には、代表取締役等の住所非表示を認める制度が創設されることとなりました。
フリーランス・個人事業主にとっての非表示措置のメリット
代表取締役等の住所が非表示となることで、該当する人のプライバシーが保護されやすくなるでしょう。
現在の制度の下では、「○○株式会社」という会社の商号しか知らない人であっても、法務局でその会社の商業登記簿を取り寄せることで、代表取締役の氏名と個人住所を知ることができます。これは、個人のプライバシー保護という点では不十分であると言わざるを得ません。
フリーランス・個人事業主が、事業を拡大する中で法人化した場合、顧客・取引先や競業他社などに、個人住所を知られるリスクが常にある状態になります。顧客等となんらかのトラブルになった際、個人住所を調べられて押しかけてこられるかもしれません。こういったリスクから、事業活動に専念できないということも考えられます。代表取締役等住所非表示措置を利用すれば、こうした不安を解消し、安心して法人成りを目指すことができるでしょう。
非表示措置の対象となる情報
代表取締役等住所非表示措置の対象となるのは、株式会社で「登記簿に住所を記録すべき代表取締役、代表執行役、代表清算人」です。そのほかの役員(取締役、会計参与、監査役など)は、そもそも個人住所は登記事項となっておらず、商業登記簿に個人住所は記録されていませんので、非表示措置の対象外です。
また、代表取締役等住所非表示措置が認められるのは、株式会社の代表取締役等だけです。合同会社では代表社員の住所、合名会社・合資会社では社員の住所が登記事項として定められており(会社法912~914条)、今回の商業登記規則の改正では非表示措置は認められていません。
申請方法と必要書類
代表取締役等住所非表示措置の申請は、以下のタイミングに限られます。
- 株式会社の設立登記
- 代表取締役等の就任(重任を含む)
- 住所変更による変更登記等
つまりは、代表取締役等住所非表示措置のみを単独で申請することはできず、なんらかの登記の際に、一緒に申請することになります。
また、申請の際に必要となる書類は、会社の区分によって異なります。具体的には、以下の書面が必要です。
・上場会社である株式会社の場合
以下の書面が必要となります。
- 金融商品取引所に当該株式会社の株式が上場されていることを認めるに足りる書面
具体的には、代表取締役等住所非表示措置の申出をする株式会社の上場にかかる情報が掲載された、金融商品取引所のホームページの写し等です。奥書等は不要となっています。
・上場会社以外の株式会社
以下の1~3の書面が必要となります。
- 株式会社が受取人として記載された書面がその本店の所在場所に宛てて配達証明郵便により送付されたことを証する書面等
- 代表取締役等の氏名及び住所が記載されている市町村長等による証明書
- 株式会社の実質的支配者の本人特定事項を証する書面
1には、以下の書面が該当します。
- 株式会社が受取人として記載された配達証明書(株式会社の商号及び本店所在場所が記載された郵便物受領証も併せて添付)
- 登記の申請を受任した司法書士等の資格者代理人において株式会社の本店所在場所における実在性を確認した書面
2には、以下の書面が該当します。
- 住民票の写し
- 戸籍の附票の写し
- 印鑑証明書
3には、以下の書面が該当します。
- 登記の申請を受任した資格者代理人(司法書士等)が犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号)の規定に基づき確認を行った実質的支配者の本人特定事項に関する記録の写し
- 実質的支配者の本人特定事項についての供述を記載した書面であって公証人法(明治41年法律第53号)の規定に基づく認証を受けたもの(※1)
- 公証人法施行規則(昭和24年法務府令第9号)の規定に基づき定款認証に当たって申告した実質的支配者の本人特定事項についての申告受理及び認証証明書(※2)
※1:ただし、代表取締役等住所非表示措置の申出と併せて行う登記の申請の日の属する年度又はその前年度に認証を受けたものに限られます。
※2:ただし、代表取締役等住所非表示措置の申出と併せて行う登記の申請が当該株式会社の設立の日の属する年度又はその翌年度に行われる場合に限られます。
非表示措置の効果と期間
代表取締役等住所非表示措置が取られた場合、会社の登記簿がどうなるのかという点ですが、代表取締役等の個人住所の全部が非開示になるのではなく、最小行政区画までが記載されることになります。
例えば、代表取締役等の個人住所が「東京都千代田区霞が関〇丁目△番□号」の場合、非表示措置が取られると登記簿上では「東京都千代田区」と表示されます。非表示措置についての有効期間は特に定めがなく、株式会社の本店所在場所における実在性が認められない場合などの例外的な事情がない限りは、基本的には非表示のままです。
非表示措置についての更新手続きもありません。任期満了に伴う重任の場合でも代表取締役等の個人住所に変更がなければ非表示措置が継続することになります。ただし、代表取締役等の個人住所が変更になったときには変更登記を申請しなければなりません。その際には併せて非表示措置の申請も行う必要があります。
登記事項の表示のイメージ
・代表取締役等住所非表示措置が取られる前

・代表取締役等住所非表示措置が取られた後

非表示措置のデメリットは?
非表示措置の申請の際には特に厳しい審査はなく、端的に言えば会社住所(本店所在地)の実在性さえあれば、非表示措置が認められます。逆に言えば、会社住所(本店所在地)が実体のない架空のものである場合、非表示措置が認められない、あるいは、認められても取り消される恐れがあります
また、実務上のリスクやデメリットとしては、非表示措置が認められた場合、商業登記簿等によって代表取締役等の住所を証明することができません。金融機関から融資を受けるに際して不都合が生じたり、不動産取引等に当たって必要な書類(会社の印鑑証明書等)が増えたりするなど、一定の影響が生じることが見込まれます。
加えて、非表示措置が認められた場合であっても、会社法に規定する登記義務が免除されるわけではありません。代表取締役等の住所に変更が生じた場合には、住所変更の旨の登記の申請をする必要があります(会社法915条)。もし、これを怠った場合には100万円以下の過料の制裁を受けるリスクがありますので、注意しておきましょう(同法976条1号)。
本店所在地をバーチャルオフィス、代表取締役の個人住所は非表示
これまでの制度の下では、法人化する際に、会社住所(本店所在地)と代表取締役の個人住所の二つが商業登記簿で表示されていました。
そのため、例えば、自宅兼事務所で営業活動している場合、本店所在地についてはバーチャルオフィスやレンタルオフィス、シェアオフィスを契約して同所で登記したとしても、代表取締役の個人住所は表示されてしまいます。こういったことから、法人成りをためらうというケースも多々あったでしょう。
代表取締役等住所非表示措置を活用し、認められれば、本店所在地をバーチャルオフィス、代表取締役の個人住所は非表示とすることで、プライバシーを確保したうえで法人成りすることが可能です。
個人情報保護のその他の方法
フリーランス・個人事業主の方が法人成りする際、プライバシーを守る(個人情報保護)の点から、以下のような工夫をするのもひとつの方法となります。
まず、定款の定め方について、会社法では定款で本店所在地を記載しなければならないとされていますが、定款での本店所在地は、具体的な住所ではなく、最小行政区の表示で足りるとされています。例えば、「当会社は本店を東京都港区に置く」という形です。
これは、事務所の移転するごとに定款変更することは煩わしいことから現在でも実務上よく取られている工夫ですが、プライバシーを守る点からも有益と言えます。
また、重要な取引の際に契約書への実印での押印と印鑑証明書の提出を求められることがありますが、印鑑登録は営業所の住所ではできません。フリーランス・個人事業主の方の場合、印鑑証明書に個人住所が記載され、この点に不安を抱かれた方もいらっしゃるでしょう。この点において、法人成りすれば、法人での印鑑証明書を作成でき、法人の印鑑証明書には代表者の個人住所は記載されず、プライバシーを守ることができます。
法人成り後のプライバシー管理
非表示措置が認められれば、商業登記簿において個人住所が公開されることはありません。ただ、決算公告や取引先等への定款、印鑑証明の提出など、法人成り後も会社の情報を開示する機会は多々あります。その中で、会社情報のみならず、不要な個人情報まで開示していないかなど、プライバシー管理は常に怠らないようにしましょう。
また、非表示措置については、法務局が調査して会社の実在性がないと判断した場合には取り消されることもありえます。法務局への調査に誠実に対応するなど、継続的な管理が重要です。
まとめ
代表取締役等住所非表示措置を利用すれば、代表者個人の住所を非開示にでき、フリーランス・個人事業主の方にとっては法人成りしやすくなるというメリットがあります。
他方で、この制度は株式会社でしか利用できないという点や、住所変更があった場合には登記申請は行う必要があるといった注意点もあります。また、融資審査が厳しくなるリスクがあるなど、実務上デメリットが生じることもある点に注意が必要です。メリット、デメリットをよく理解し、法人成りするかどうかのひとつの判断材料としてみてください。