シンガーソングライターの関取花さんが今年2月にユニバーサルミュージックからの独立を発表し、独立第1弾となるアルバム『わるくない』を5月にリリースしました。
関取さんは2010年から2019年までインディーズで活動し、「むすめ」「もしも僕に」「親知らず」などの名曲を残し、2019年に満を持してメジャーデビュー。楽曲と歌声はもちろん、トークや文章にも才能を発揮し、老若男女を問わず多くのファンに支持されてきました。
5年半にわたるメジャーレーベルでの活動でどんなことを学んだのか。久しぶりのフリーランスとしての活動は順調なのか。インディーズ時代に何度もインタビューした筆者(高岡)が5年ぶりにお話をうかがいました。

1990年生まれ、神奈川県出身のシンガーソングライター。2017年にリリースした楽曲「もしも僕に」は「リポビタンD」WEB CMに起用され、CMには本人も出演。MVの再生数は840万回を超え、現在も伸び続けている。2019年5月にはミニアルバム『逆上がりの向こうがわ』でユニバーサルシグマからメジャーデビュー 。
2025年、独立して活動していくことを発表。5月7日には自身のレーベル「NOKOTTA RECORDS(ノコッタレコーズ)」からフルアルバム『わるくない』をリリース。弾き語りツアー〈ひとりぼっちもわるくない〉を開催中。
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“必要な、豊かな”5年間を過ごして

メジャーでの活動をどう振り返られますか?
その前のインディーズ時代は本当に少人数だったので、自分自身とはすごく向き合ってきたつもりだし、自分の見える範囲での自分の見られ方も考えてきましたけど、もっと広い「関取花ちゃんってこういう曲で、こういう人だよね」みたいなパブリックイメージ的な部分とか、自分をどう売ってくかみたいなところは、あんまり考えてなかったんですよね。
今日たまたまファンクラブ用のラジオコンテンツを収録したんですけど、そこでみなさんのアルバムの感想を聞いていてわかったのが、自分の中ではインディーズ時代の尖ったイメージで作っていたつもりが、メジャーを経験したことで、思った以上に温かいメッセージとして届いているということでした。いまは率直に、必要な、豊かな5年間だったなって思います。
聴いてくれる人が増えた?
数というよりも、それまで届かなかった方に届いた感じですね。インディーズで長く活動してメジャーに行くと、応援してくださってた方が離れちゃうこともあるじゃないですか。そういう方たちが戻って来るのかなって思ってたら、メジャー時代に知ってくださった方もすごく多くて。アルバムの中でお気に入りの曲がバラバラなのがすごくうれしいですね。
メジャー時代との違いをあえて言うとすればそこかもしれないです。会社だと「この曲はプロデューサーが誰々さんで、じゃあこの曲でMVを撮るし、ラジオでかけてもらうし」みたいに計画的に作っていくから、「アルバムのリード曲はこれ」って色がわかりやすく出ることが多いけど、インディペンデントだとそういうことはないし、逆に思いつきでいけるんですよね。
「わるくない」のMVも、絵が浮かんでないんだったら無理して作らなくてもいいかなって思ってたんですけど、ギリギリになって「本当に髪切るとかどうかな?」って思いついて、4月末に撮ったんですよ。
僕は2021年の夏に配信された「きんぎょの夢」を聴いたときに「オレたちの関取花が帰ってきた!」みたいに盛り上がった記憶があります。
あれはできたあとに「これ出したいんですけど……」って相談して出していただいた曲です。それまでは年間計画表に則ってやっていたのが、もう少しフレキシブルに動けたらいいな、と思って。
まさに「きんぎょの夢」のレコーディングからスタジオを狭くしてもらったんですよ。5年半、すごく自由にやらせていただけましたけど、わたしは海が広いほど、お金をかけていただければかけていただくほどパフォーマンスを発揮できるというタイプではないんだなって、時間をかけて気づいていきました。
インディーズが長かったので、正直いろいろわかっちゃう部分はよくも悪くもあったんですよ。何にどれぐらいお金がかかっていて、自分にどれぐらい予算を割くとどれぐらい利益が残るのか、とか。それで心苦しくなっちゃう部分もありましたし。
いい経験になったんですね。
すごくなったと思います。お世話になるときから言ってたことですけど、変な意味じゃなく、社会科見学も含めてメジャーレーベルに入ってみたかったところはあって。インディペンデントでずっとやっていると、最低限のやり方はもちろん見えるし覚えられるんですけど、音楽業界の仕組みまでは見えてこないんですよね。
何が起きていて、どういう流れがあって、なぜいまこれが流行ってるのか、なぜこういうアプローチをとるのか、とか。あまりにそういうことを知らなさすぎるのもイヤだったし、「会社ってどうなってんだろう」みたいなことも含めて、所属するということでわかった部分は、すごく自分を成長させてくれたと思います。
「34歳、社会人一年目」の実感

花さんって今のタイミングが完全な独立独歩は初めてなんですよね。
そうなんですよ。厳密に言うとちょっと違うんですけど、19歳のときに出した『THE』っていうアルバムのときはSDっていうソニーの育成の部署にいて、そのあと活動のペースを落として一人で活動していたときに、その会社を通して神戸女子大学のCMのお話をいただいて「むすめ」っていう曲を書いて……という感じです。
なので会社に支えていただいてない時期は全然ありました。ブッキングは自分でするし、ライブハウスにもひとりで行くし、物販も持っていくし。ただ事務仕事は自分ではやってなかったです。
いまは事務仕事もご自分でされているんですね。
そうです(笑)。お仕事まわりのメールに関してはいただけば直接返信しますし、請求書も送ります。そこが一番の違いですかね。
そこまでご自分でやってみて、いかがですか?
すごく楽しいです。わたし、考えてることとか起こってることを一回、全部テーブルの上にバーッて並べてからじゃないと思考が整理できないタイプなんですよ。「資料を作る」とか「請求書を書く」という作業って、そうしてテーブルに並べたものを一個一個片づけてきれいにしていくことなので、やることは増えてるのに生産効率は上がってます。
いままでは「えーっと、どれからやればいいんだっけ……」って途方に暮れがちだったのが、メールが来たりすることで「そうだそうだ、明日これ〆切だ」とか「これがあるからいまのうちに請求書出さなきゃ」とか、優先順位が自然についていくんですよ。ただ、ある程度まではできるんですけど、「ここ超えたら無理だな」っていうラインが絶対あるだろうな、っていうのはすごい感じてます。
そのラインは見えていますか?
いま若干来てるんですけど、わたし最近、スプレッドシートというのを覚えまして。「スプシ」と略するということも知りました(笑)。
インディーズ時代にお世話になったディストリビューターさんとまた組んでるんですけど、プロモーションやブッキングをそれぞれで管理してるとかぶっちゃうので、一望できるようにスプシを作ってくださったんです。
共有して案件ごとに色分けしてると、1〜2カ月分のスケジュールが視覚化されてテーブルに出された状態になるので、「今日はこれをやる」「今週はこれがあるからホームページで告知する」とか、わかりやすくて。ちなみにGoogleドライブって略されますか?
僕はしたことないですね。グードラとか?
違うんですよ。
GDですかね。
そう。誰か忘れちゃったんですけどGDって言ってて、そんなG-Dragonみたいなことある?って(笑)。そういうのも一個一個、勉強中です。「お世話になっております」の使い方とかね。
相手の方がつけてくださった場合はつけて返すようにしてるんですけど、ある方が「つけて送るし、つけて返ってくるけど、いつか『お世話になっております』がなくなった日に『距離が縮まった!』って思うんですよ」って言ってて、難し~!と思って。経験のなかったことなので、学びと発見の連続です。
花さんはこれまでエッセイ的な文章はいっぱい書いてこられましたが、言われてみればビジネス文書を書く機会はなかったですよね。
発表したのは2月でしたけど、12月1日から独立していて、12月はまるまるひと月、1行打つたびに「目上の人にはこれでいいのか」とか「二重敬語になってないか」とかGoogleで検索してました。
いろんな方とやり取りしていく中で「この人の敬語の使い方、ビジネスメールの組み立て方、すごく素敵だな」って思ったら、ちょっと拝借して使うようにしたり。「34歳、社会人一年目」です。
アルバムの資料に書いてありましたね。独立してまだ日が浅いけれど、すでに学んだことがいっぱいありそうです。
いっぱいありすぎて何から話していいかって感じですけど、仕組みを知らなかったから人にイライラしちゃったりしてたこともあったなって反省しますし、いままでお世話になった方たちへの感謝が日々募っていきますね。
いちばんよかったなと思うのは、自分にも人にも優しくなれました。「完璧にはできないんだ」っていうマインドを人にも自分にも持てるようになったというか。
それもあっての「わるくない」ですね。
あ、そうです。そう思えるようになったいまの自分も「わるくない」って思うし、「誰も悪くなかったな」っていう意味での「わるくない」でもあるし(笑)。
NOKOTTA RECORDS=ジリ貧感?

僕がお付き合いのあるアーティストにも完全フリーで活動している人はたくさんいて、先日渋谷のWWWでワンマンライブをやったラッパーのあっこゴリラさんも、あらゆる費用が個人持ちなので「お客さんが入ってくれるかどうかがマジで死活問題」と言っていました。
本当にそう。だから来年の予定は立ててないです。お客さんが常に入ると思ってたら大間違いだと思ってるので。震えてます、わたし、毎晩(笑)。
最大のコストは人件費ですもんね。かけなきゃいけないお金だし。
本当にそうです。やればやるほど「ここだけは出さないとダメ。ここに払わないでどこに出す?」って思いますもん。
「いくらでもいいよ」って言ってくれても「無理です。だってそれだけのことをやっていただいてるもん」って。ただ、原資が会社の予算ではなく本当に個人の貯金っていう(笑)。
みなさんに共通しているのが、何か動きがあると資料を送ってくれるんですが、すごくちゃんとしているんですよ。スタッフさんたちが作ってくれたものを見て勉強していたんでしょうね。
ああいう書類ってフォーマットみたいなものがあるじゃないですか。AというバンドとBというシンガーソングライターは、ジャンルも売り方も宣伝もまったく違うはずなんだけど、フォーマットがあるとある程度、同じ箱に収まっちゃって、資料から伝わる魅力が半減するということはあると思うんです。
フリーになると「自分だったらこういうのが読んでて楽しいな」みたいな、いい意味での主観が入ってくるのかもしれないですね。そのぶん読みづらくなる部分も出てくるでしょうけど、読んで面白い、ワクワクするというと、本人が作ったもののほうがいいところもあるのかな。
花さんのアルバムの資料でも、普通は「関取花 『わるくない』 2025年5月7日発売」と大書した表紙で始まるところ、その前に「関取花よりみなさまへ」というお手紙のような1枚があることで、フォーマットの限界を超えていいアピールができたのではないかと。
自分の過去の紙資料を参考に作ったんですけど、こういうの入れたいな、と思って最初はいちばん後ろに入れてたんですよ。そしたらディストリビューターの担当の方が「花さん、これ1枚目に持ってきてもいいですか?」って言ってくださって。
誰が何を出したかっていう情報を先に伝えなきゃいけないんじゃないかって思ってたんですけど「何だこれ?」っていうところから始まっていいんだ、みたいな発見がありました。主観だけで言うと「あ、花ちゃん、独立したって聞いたから自分で作ったんだろうけど、すげえちゃんとした資料じゃん」のほうが面白いのかなって思ったんですけど……。
面白い、ですか(笑)。
でもそれって自分の中で面白いだけで、人からしたら無個性になっちゃうって教えてもらえて、やっぱりある程度の客観性はあったほうがよかったなと思いました。インディーズ時代にお世話になったディストリビューターで、恵まれてるなって思います。
知人がNOKOTTA RECORDSというレーベル名を絶賛していました。かつてのインディーズ時代はDOSUKOI RECORDSでしたよね。
わたし、SNSのアカウントは全部dosukoi87(どすこいはな)で、大学のゼミの先生からも「どすこい」って呼ばれてたんで、どすこい系の名称には前からなじみがあったんです。
ただ『どすこいラジオ』に始まって『ごっつぁんラジオ』とか『どすこいちゃんこラジオ』とか『水曜日の土俵際』とか、相撲系の名称はほぼ使い切っちゃってて。「ねこだましとか?」とかも考えたけどちょっと違うし(笑)、どうしようかなって考えて「のこったのこった、がまだじゃん!」と思って。調べたら「まだ土俵の中にいるよ」っていう意味なので、音楽っていうフィールドにわたしはこれからも残り続けたいな、と思ってつけました。
ただ「のこったのこった」ってすっごいギリッギリの土俵際の、本当に負ける寸前ぐらいのところを想像する人もいるみたいですね。友達に「ジリ貧感やばくない?」って言われて、そんなつもりは全然なかったので「え、そうなの?」って(笑)。
いい名前ですよ。ロゴもかわいいし。
たっぷりしたロゴにしたかったんです。横にびよーんと伸ばしてNOKOTTAにRECORDSがつぶされてる感じがいいかなと(笑)。プロのデザイナーさんに頼んだらあり得ないバランスだとは思うんですけど、それも含めて気に入ってます。
