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高木啓成弁護士が法的観点から語る、クリエイターとAIの今。フリーランス新法の懸念とは?

高木啓成弁護士が法的観点から語る、クリエイターとAIの今。フリーランス新法の懸念とは?

今、やっておくべきは「明言できる根拠」を残すこと

作家が亡くなって未完に終わった作品の続きをAIに描かせるとかも、遺族といった著作権者の許可がなければ違法になります?

マンガの場合はそうですね。ただ、小説の場合は違うんですよ。概念としてのキャラクターというか、登場人物の名前やバックグラウンドや性格というものはアイディアにすぎず、著作権法で保護されるものではないですから、それを利用したからといって問題はない。であれば、未完の小説の続きを書いても著作権侵害ではないという意見が大勢です。逆に、マンガ、たとえば『ドラえもん』の続きを描く場合は、もう、ドラえもんやのび太などのキャラクターのイラストを描かなきゃいけないんで、これは複製権侵害になりますね。

怖いのが、自分に著作権侵害するつもりはなくても、AIが膨大なデータを学習している以上、結果的に既存の作品の盗作になってしまうことがあり得るということですね。例えばAIが生成してきたメロディが既存の曲と同じもので、実際AIがその曲を学習していたとしたら、これは著作権侵害になってしまう。AI企業によっては、そうなった場合に補償はしますと表明していますけど、それはあくまでも権利侵害に対する補償なだけであって、おそらくCDが出荷差し止めになった場合の回収費用なんかは補償してくれない。なので、AIを商用利用するのは怖いと考えている企業も多いです。

じゃあ、今後AIによる著作権侵害に対する訴訟が出てくる可能性も……。

ただ、AIのせいで著作権侵害の裁判が増えたりしたら、たぶん裁判所が回らなくなりますよ。もともと著作権の訴訟ってメチャクチャ少ないんです。たとえば東京地裁は民事で50部くらいあるうちの知的財産の専門部は4部しかないし、その専門部も特許権や商標権の事件が大半で、もしAI回りの訴訟が多くなったら、もっと簡易にできるように仕組みを変えないと無理でしょうね。AIの膨大な学習データを開示してもらって、本当にその曲を学習しているかどうか調査して……とかやってたら裁判所がもたない。まだ裁判例がないので、そもそも開示命令が出せるかどうかもわからないですけど。

そのためにもAIを利用した場合は、キチンと自分の著作物として認められるように、手を加えてオリジナリティを出すことが必要になりますね。

まさにそうです。これは自分の手で作ったものだと明言できる根拠を用意しておくことが大切ですね。ただ、この先AIがどんどん進化して、AIによる生成物が当たり前に存在する世の中になってしまうと、自分が誰かに著作権侵害されたというときに、そもそも著作者が自分であるということを立証する必要が出てくるようになると思います。いくら自分の名前で発表していても、それももとを正せばAIの生成物かもしれなくて、自分は著作権者ではないのかもしれませんから。

結果、誰も著作権を持つことができなくなって、盗作し放題みたいな世の中が訪れるかもしれない。

そういうディストピアになる可能性もあります。なので今後は著作をする際に、それをレコーディングしていくことが必須になるという説もありますね。

なるほど。しかし、フリーランスが多いこともあって今まで目を向けられてこなかった“エンタメ法務”を、こうして文字にしてまとめるのは勇気が必要だったんじゃありません?

そうですね。例えば、音楽業界での二大権利といえば著作権と原盤権なんですが、AIについては、原盤権に関しては文献もないんですよ! 文化庁の素案にも言及がありませんが、やっぱりクライアントやクリエイターから聞かれることが多いので、いろいろ踏み込んで私見も交えつつ書いてみました(笑)。

特に最近は作詞・作曲からDTMでのトラック制作まで全部一人でやってしまうクリエイターが多いので、作詞家や作曲家に属する著作権と、音源制作に携わる歌手やミュージシャン、企業が持っている原盤権を切り分けるのが難しいんですよ。昔は詞や曲を作る作家がいて、レコード会社があって、演者がいて……と全部分かれていたのでわかりやすかったんですけどね。

やはり法律って一般人にはわかりづらいものですから、自分がどんな権利を持っていて行使できるのかを知らないクリエイターも、特にフリーランスには多いと思うんです。そのせいで不利な立場に追い込まれてしまうことを避けるためには、具体的にどうしたらいいんでしょう?

ご自身で1から法律の知識をつけるというのは確かに難しいので、ぜひ本書みたいなものを利用していただきたいというのと、あとは身近な相談窓口を見つけておくのもいいかもしれないですね。例えば音楽クリエイターだったら、僕の友人たちが『Law and Theory』という音楽家のための法律相談サービスを無料で立ち上げています。みんな音楽をやってきた弁護士ばかりなんで、おそらくボランティア精神でやっているところが大きいんでしょうね。

引用:Law and Theory | 音楽家のための法律相談サービス

フリーランス新法の背景

音楽クリエイターはフリーランスが多いので、権利関係に弱い面もありますし、ミュージシャンとして仲間を助けたいという気持ちもあるんでしょうね。今年の秋にはフリーランス新法(正式名称:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)も施行されますが、今、社会がフリーランスの権利を守っていこうという流れにある理由は何だと思われます?

やっぱり数が増えているからでしょうね。昔はフリーランスって一般的ではなかったですし、数が少ないから大きな声になりにくかったんです。フリーランス新法は、簡単に言うと、できる限り会社員と同じようにフリーランスを保護しましょうというもので、例えば今、企業と業務委託契約をしてインハウス的に働いているフリーランスって大勢いるじゃないですか。勤務形態も会社員とあまり変わらなくて、なのに、雇用ではないということで残業代が出なかったり、ハラスメントが放置されていたりする。そういった不利益を是正しようということですね。企業の側でハラスメントの相談窓口を設けたり、継続的な業務委託をする場合は、妊娠・出産・育児・介護に関しても、両立できるように配慮しなければならないことになっています。

あとは業務を受注する際に、書面を交わしていないために条件がハッキリせず、報酬がなかなか支払われないという問題もあったので、書面もしくはメールで取引条件を明示することも義務化されます。報酬の支払いは納品してから60日以内と決まっていて、それを超えたら違法ですね。下請法が適用される資本金1,000万円以上の企業なら現時点で違法ですが、フリーランス新法は資本金の要件がないので、資本金の額にかかわらずNGになります。

出版の場合だと、どれだけ早く出しても発行日が基準になることも多いですが、それは許されなくなるということですね。

はい。あくまでも“納品”をした日から60日以内なので。たとえ事前に支払日が明示されていなかったとしても、60日以内に支払うのが義務になっています。音楽業界もかなりの口約束文化なので、例えばドラム1曲叩いて何の書面も書かず取っ払いっていうことが、未だに全然為されているんですね。それも今後は事前に条件を明示した書面を交わすことが必須になります。

あとは、納品に至るまでに何度もやり直しをさせられるという不満も、よく聞きますが。

それは難しいところで、クライアント側としても初めて取引する相手であれば無制限に修正できるようにしておきたいでしょうし、でも、クリエイター側からすれば無制限は当然困る。なので明確な基準を設けることは難しいんですけど、例えば修正は2回まで、不当な負担はかけないように配慮する……みたいな規定を事前に設けておくことは有益なのかなと思います。

フリーランス新法は、企業から発注を受けていて従業員を雇用していないフリーランスはすべて対象なので、育児や介護等に関する配慮以外は一回限りのスポット業務でも適用になりますし、フリーランス同士での業務委託も想定されているんですよ。例えば、音楽クリエイターがギターだけは生音にしたいからギタリストに発注しよう……なんて場合にも、条件の明示が義務になるんです。なので受注側だけでなく、発注側としても関係してくる法律なんですよね。

なるほど。とりあえず受注側のフリーランスとして、今、できることは、案件が来ても安易に請けずに、しっかり条件を確認する。そして主張すべきところはして、自分のスタンスを明確にするということでしょうか?

そういうことですね。不要なトラブルを避けるためにも、お互いに条件を確認してから業務にあたる、納得できない場合は請けないというのも大切です。ただ、ちょっと懸念していることもありまして、書面で取り決めていないということは、基本的に権利はクリエイター側に留保されていると認定される可能性が高いんですよ。つまり、どちらかというと発注者側に不利な状況であったのが、書面の交付を義務化することで、何でもかんでも発注者側に権利を譲渡するような契約がデフォルトになると、それは逆効果だと僕は思うんですね。

なので、実際の運用が今後どうなっていくかを僕も注視したいですし、例えば『弁護士ドットコムニュース』とかは割とフリーランスの権利に関する記事も出ているので、見ておくといいんじゃないかと思います。日々状況も法律も変わっていきますから。


撮影/中野賢太@_kentanakano