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創作のコツは「たまには奇行で脳みそをびっくりさせる」。漫画家・清野とおるの仕事論

FREENANCE 清野とおる フリーランスな私たち

清野とおるさんインタビュー。後半では、清野さんが仕事に必要な「勘を研ぎ澄ます」ためにやっていることや、物欲を高めるために買った「あるモノ」、視野や価値観を広げるために大切なことなどをお聞きします。

仕事を続ける上で必要なのは、「勘を研ぎ澄ます」こと

小沢

清野さんって漫画家としてものすごく独自路線を行かれてると思うんですが、芽が出る前は、ほかの売れてる漫画家さんの漫画を読んで研究したりもしましたか?
それが、ほぼしなかったんですよ……。まぶしくて見られなかったというのもあるし、反骨精神みたいなものもあったし。ほかの人を真似るんじゃなくて、自分なりのやり方を見つけたかったのかもしれないです。

清野さん

小沢

漫画家さんの場合、編集者の意見をどのくらい取り入れるかも人によるのかなと思うんですが、清野さんはいかがですか?
作風が現在のエッセイ調の漫画になってから、つまり赤羽の連載が始まってからいまに至るまで、実はそんなに大きい直しをもらったことがないんです。それ以前、フィクションを描いていたときはボツの嵐だったんですけど……。だから自分の描きたいことを重視できてるんですが、不安はありますよ、何も言われなさすぎて。「ほんとに描いていいんですか?大丈夫ですか?」って思う。最近なんてもう、ネームすら描いていませんし。

清野さん

小沢

えっ!?ネームなしで一発で描いてるってことですか?
テキストで書いてるんです。「1ページ目にこういうセリフとモノローグがあって……」って。コマ割りもテキストでなんとなく決めて、それを元に原稿にします。

清野さん

小沢

おもしろい。そういうスタイルもあるんですね。
ネームを描いて、それとは別に原稿を描くとなると、やる気が続かないんですよね。ぬるま湯につかってるのかもしれないな……。ただ、仕事をするにあたって「勘だけは鍛え続けなきゃいけない」というのは、自分のポリシーというか、テーマとしてずっと持ってるんです。

清野さん

小沢

勘、ですか?
最近は電車や街にいる人って、スマホばかり見てるじゃないですか。みんなバーチャルの世界に意識を持ってかれていて、現実世界には無意識の身体だけがおいけてぼり。これって完全に、映画「マトリックス」の世界じゃん、って。かくいう僕もスマホを見ちゃいますので、スマホに意識を持っていかれたぶん、人間として・動物として備わってる勘がどんどん鈍っちゃうんじゃないかと不安になりまして。

清野さん

小沢

なるほどー。
だから外出中はなるべくスマホを見ずに、とにかく周囲の人間を観察することに徹してます。持ち物とか髪型とか、ファッション、皮膚、雰囲気、ぜんぶ。「この人に道を聞いたら、こんな感じの声でこんな感じの対応をしてくれるのかな」みたいなことを想像して、実際にその人に道を聞いて答え合わせしてみたり。

清野さん

小沢

えーっ!すごい……。
いまはコロナ禍だからしてないですけどね。「この人は一見めちゃくちゃ怖そうだけど、話しかけたらやさしいんじゃないか」とか、「この人はちゃんとしてそうだけど、意外とキケンな人かもしれないな」とか、いろいろ想像してます。単体の人だけでなく、人が集まるその空間ごと、細部までスキャンするようなイメージですね。良い空間なのか悪い空間なのか。それが正解か不正解かは別として、とにかく外出時は注意深く観察し、イメージしまくります。

清野さん

小沢

その研ぎ澄まされた勘は、どうやって仕事に活かしてるんですか?
うーん、どこかしらで役立ってると信じたいんですけどね(笑)。仕事で会う人とか、あと飲み屋で初めて会う人とかの判断材料にしたり……。それに、ぼけ〜っとしてると、いきなり知らない人に襲われる可能性もあるじゃないですか。そういう突発的な事件や事故を回避するためにも、勘と観察は大切だと思いますよ。

清野さん

必要のないものを、買いに行ってみる

小沢

清野さんって、仕事とプライベートのオンオフは、きっちり分けていますか? 赤羽の仕事場と、パートナーの壇蜜さんが住む世田谷のお家とで、二拠点生活をされてるんですよね。
週に何日か世田谷に泊まるって感じなので、基本的には一人で赤羽にいますよ。赤羽のダイエーや西友で買い物したりして、今まで通りひっそりと暮らしてます。

清野さん

小沢

こう言ったら失礼かもしれないですが、清野さん、めちゃくちゃ売れっ子なはずなのに庶民的というか、派手なお金の使い方とかしないイメージがあるんですが……。
そんなバカみたいに売れてはいないですもん。ジャンプ作家とかじゃないですし。まだまだ余裕で「マイナーカルト作家」の領域だと自負してます。

清野さん

小沢

でも、もうちょっと欲が出てもおかしくないのでは……と思っちゃいます。調子に乗って派手な買い物とかをしないように、意識的にセーブしていたりするんですか?
セーブはしてないんですけど、いざ漫画で食べられるようになると「ほしいものってそんなにないな」と思ってしまう……。漫画で生活できなかったときのほうが、物欲は強かった気がしますね。なんか、40歳を過ぎてからは「恩返しタイム」じゃないですけど、いままで自分にやさしくしてくれた人にお金を使いたいと思うようになりました。

清野さん

小沢

例えば、どんな恩返しを?
別に偽善とかじゃないんですけど、いや、偽善かもしれませんけど、かつて漫画で描かせてくれた還暦越えのおじさんおばさんにスシローのチケットを配ったり。80歳の独居老人に家電を買ってあげたりもしましたね。

清野さん

小沢

スシローのチケット(笑)。
あと、それとは別件で、最近は赤羽でゴミ拾いをしてます。入った飲食店のトイレの水回りが汚れてたらなるべくきれいにしたり。人に見られぬよう、忍びのように遂行するのがルールです。

清野さん

小沢

ゴミ拾い!淡々と、徳を積んでいるんですね。
徳を積むというより、現世で重ねた「業」を少しでも払拭したいんですよね。「徳」で「業」を相殺したい感じです。少しでも「徳」がプラスの状態で死にたいんです(笑)。ちなみに小沢さんは、もし本が300万部くらい売れたら、欲しいものってありますか?

清野さん

小沢

「一度はタワマンを買って住んでみたい」とかですかね……?中古でいいので。やばい、わかりやすい「成功」のイメージがタワマンしかない……。
現実的な夢ですね、なるほどな……。僕もわりと最近、自分にはそういうのないんだろうかって考えてたんですよ。物欲と生命力ってある程度直結してると思うので、あまり物欲がないのも問題だなと思って。物欲を刺激するために、なにか心躍りそうなモノでも買いに行ってみようかと。

清野さん

小沢

何を買われたんですか?
物欲と言えばなんだろうと思ったときに最初に思いついたのが、金塊で。

清野さん

小沢

「金塊」!?
金塊ってサイズによってピンキリなんですけど、調べてみたら、500グラムを越えると税金関係がめんどくさくなるらしくて。「じゃあちょっと100グラムを何本か買ってみるか」と。で、現金握りしめて上野の貴金属メーカーに「すみませ〜ん、金塊くださ~い。」って。

清野さん

小沢

金塊、そんなカジュアルに買えるんですね。
買えちゃうんですよ、金塊。それで帰宅して、金塊を見たり持ったりしながら、いつもよりちょっと高い芋焼酎をロックで飲んだりしてみたんですけど、楽しかったのは最初の1時間くらいで。「俺、何やってんだろう」って急に不安になってきちゃって……。ただ、金はこの先相場が上がる可能性もあるので、別に金をドブに捨てたわけではありません。まあ、めちゃくちゃ損するかもしれないんですけどね(笑)。

清野さん

小沢

すごい、いま金塊を眺めて飲酒している清野さんの漫画のコマが浮かびました(笑)。買い物の結果、物欲や生命力が上がった感じはしますか?
物欲や生命力は何も変わらなかったと思いますけど、「金塊を買う」という、今までの自分になかった発想を、思いついたとほぼ同時に実行したので、脳みそをビックリさせることはできたと思います。自分の脳みそをびっくりさせたぶんだけ、新たな視野や価値観が広がると思うんです。脳みそが想定してる範囲をちょっと超えるような奇行を、いかにとるかが大事なんですよ。超え過ぎちゃっても問題なので、そういう意味ではちょうどよかったですね、金塊。

清野さん

小沢

なるほど、金塊がちょうどよかったと……。清野さんは、そういうご自分の好奇心やプレッシャーに苦しむことってありませんか?私はわりと、精神的なプレッシャーがある程度あったほうが落ち着くというか、自分にいい影響を与えてくれると感じているんですが。
たしかに。適度な、心地いいくらいのプレッシャーは必要ですよね。以前に何かの媒体で、「人ってちょっとしたプレッシャーを乗り越えた瞬間に幸福感を得られる」って書いてあるのを読んで、大いに共感したんですよ。

清野さん

小沢

清野さんにとって、プレッシャーってたとえばどんなことですか?
僕はテレビ出演とか人前でのイベントが昔から大の苦手なんですけど、そういうのを終えた直後に、「ああ、どうにかクリアした」みたいな、開放的で快楽的な気持ちに浸れるんですよね。その後に呑む酒が最高にうまいし。だから「苦手だけど、やれなくはない」くらいのことはこれからも率先してやっていきたいと思います。仕事でもプライベートでも。

清野さん

小沢

それと、脳みそをびっくりさせる奇行、ですね(笑)。
そうですね。……あ、でも、あまりに突飛な行動は赤羽に限定するようにしてます(笑)。ほかの街では要注意ですね(笑)。

清野さん

清野とおる 小沢あや

#編集後記

仕事が苦しくてお金がなかった頃、空き地で見つけた大量のケセランパサラン(ふわふわしたやつ)をヤフオクに出品して生計を立てていたという逸話を持つ清野さん。漫画で披露されているエピソードですが、いち読者として「その発想はなかった!」と衝撃を受けつつ「困っても、なんとでもなる……かも?」と思わせてくれました。

ちなみに清野さん、インタビュー後は「今日もインタビューという適度なプレッシャーを乗り越えられたので、楽しくお酒が飲めそう」と、一人、夜の街に消えて行きました……。

撮影/須合知也 構成/生湯葉シホ

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