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東京・原宿の新スポット「ハラカド」のコミュニティマネージャー、桜木彩佳が取り組む“場の編集”とは?

東京・原宿の新スポット「ハラカド」のコミュニティマネージャー、桜木彩佳が取り組む“場の編集”とは?

雑誌作りとの共通点

桜木彩佳

憧れている人はすでにいそうです。桜木さんはこのお仕事に限らず、これまでもいろいろなアイデアを組織に提案して形にするということをされてきた方だと思いますが、何かコツみたいなものはあるんでしょうか。

わたしは企画書をゼロイチで作るというよりは、場所の人であることが多いので、「ここで何かやりたいけど、具体的に何をすればいいかわからない」という方からお話を聞いて「だったら……」と提案する場合が多いですね。

よくやるのは、場所の制約をいったん取っ払って「やりたいことが100%実現できるとしたら、ここを使うとどんな感じになりますか?」みたいに、それこそ目をキラキラにして妄想を話してもらうんです。それをひと通りお聞きして、「確かにそれは難しいですけど、もっと面白いことできますよ」みたいに、相手のテンションが高い部分に焦点を当てたご提案をするんです。そうするとだいたい「え! そんなことやっちゃっていいんですか?」みたいな感じに着地する気がしますね。

聞くのもお上手なんですね。

聞くのは好きですね。逆に言うと「それだけで満足なんだ。2倍にできるのに」みたいに厚かましく思うときもあります(笑)。それをそのまま言うとびっくりされちゃったりするので、中間を提案したり。

そういう力はここでも発揮されそうです。この場をどう活用すればいいかはまだ模索中、みたいなテナントもあるでしょうし。

「コラボレーション前提!」みたいなお店の作り方をしてるテナントさんから、初めてのリアル出店で「不安だけど頑張る……」みたいなお店まで、温度感もさまざまなので、そういった背景も汲み取りながら、気持ち悪くないタイミングで多少前のめりな提案をする、みたいな感じです。

桜木彩佳

やっぱり聞くことが大事。繊細な作業ですね。

テナントも人がやってるという意味では生き物だと思いますし。

新しいコラボのきっかけにもなりそう。そういう声を桜木さんたちが聞いて、いろいろ提案するみたいな?

うんうん、そうですね。よろず屋感がいまはある気がします(笑)。「誰に聞けばいいかわかんないことも全部、何でもいいんで言ってください」みたいに話していて、例えばお客さまのペットの扱いとか、エレベーターが混む時間帯みたいなことになるとテナントさん同士をおつなぎするっていう本来の役割とは違うんですけど、ちょっとした不満とか疑問みたいなものもできるだけ、こういう役割がいる限り緩和できたらいいなって。

館内を徘徊するよろず屋さんですね(笑)。じゃあ常にエレベーター、エスカレーター、階段を……。

「聞いてきまーす」たったったった、「言っときまーす」とっとっとっと、みたいな感じですね(笑)。

桜木彩佳

桜木さんは前から「場の編集」を標榜されていますよね。その意味もうかがってよろしいですか?

前職が東京ピストルという編集プロダクションなんですけど、わたしが入ったのが、カフェをやってみたり場の運営をしてみたり、「編集」という言葉の意味を拡張させようとしているタイミングだったんですね。そこでわたしは場所を担当していたので、コミュニティなんとかみたいに言い切るしっくり感がまだなかったこともあってそう名乗ってました。編集って適切な組み合わせを作って別の価値を生み出すみたいな言葉だと思ってるんですけど、それを紙の本じゃなくて場所でやるほうが、自分のなかでは「コミュニティを作る」みたいなことよりはフィットしてるなって。

場所を雑誌に見立てて、記事を作るみたいに……。

そうなんです、まさに。実際にBONUS TRACKの運営会社メンバーとは「BONUS TRACKという雑誌があったとしたら、テナントさんは連載記事、我々が作るのは特集記事」みたいに話してます。連載があるからいつもいらしてくださるお客さまがいて、時代の流れを見ながらテーマを前面に出したイベントを特集記事を作るように打って、ときにはテナントさんも巻き込む、みたいな。なので雑誌を作るのとよく似た仕事だと思ってます。

ハラカドも東急さんが「施設はメディアだと思ってる」みたいな話をされているのをお話が決まった後に知ったんですよ。現実にはいま雑誌はどんどん減っちゃってますけど、ハラカドには「COVER」っていう雑誌アーカイブライブラリーもあるんです。銭湯もそうですけど、歴史ある文化を新しい大きな建物に入れるのはすごく面白いと思います。

新鋭のコラムと大御所の長期連載が同居するという。

そのパズルのバランスを考える。立体雑誌みたいな感じですね。

桜木彩佳

みんなが喜んでくれる「間を取る仕事」

桜木彩佳

桜木さんはいつから場を作る仕事をされてきたんでしょうか?

最初はまったく違って、美術系の大学でデザインやメディアアートをやったんですけど、勉強したことが社会とか仕事とまるで結びつかなかったんですね。卒業して3年弱くらいはモラトリアムで、実家から週3で靴の販売のアルバイトをしながら映画やライブを見たり、演劇に出たりしてました。

そしたら3.11の震災が起きて、「このままではいかん! 実家の寄生虫だ! なんでもいいから家を出て働かないと!」みたいな追い詰められた気持ちになって、ずっと音楽が好きだったので、青山の月見ル君想フっていうライブハウスの求人を見て入れてもらいました。最初は自分が好きなミュージシャンが来たらテンション上がる、そうじゃなかったら「今日つまんないなぁ」って思ってる、みたいな公私混同した感じでやってたんですけど、月15本くらいイベントを担当しながら4年弱やってるうちに、「どうしたらお客さまがまた来てくれるかな」とか「どうしたら演者やスタッフにこのハコ最高って思ってもらえるかな」みたいなことを考えるようになったんです。

例えば男性演歌歌手のイベントがあって、おばさまがたくさんいらっしゃる。キッチンでは賞味期限間近の牛乳が余ってて、できれば売り切りたい。演歌歌手がカルアミルクが好きだという情報を得た。そういうときに演者さん側の許可を取って「イベント限定ドリンク」と銘打って、カルアミルクを出すんです。お客さまは「いいライブだったし、お酒もおいしかった。また来たいね」と満足してる、キッチンチームは牛乳を売り切れて喜んでる、みたいに、パズルを解く面白さを見つけた瞬間があったんですね。そのときにただ自分が好きなミュージシャンに会いたいみたいなよこしまな気持ちじゃなく(笑)、みんなが喜んでくれる「間を取る仕事」みたいなのがあるのかなって思いました。

それは大きな気づきですね!

最初がライブハウスだったのがよかったと思うんです。趣味性の高い、行かない人は一生行かない場所じゃないですか。それを変えたい気持ちもある一方で、守られてるからこそすごい表現ができるとも思ってて、社会の中に絶対にあったほうがいい場所だといまも思ってるんですけど。そこにいた結果、例えば誕生日イベントをやっても去年とお客さまの顔ぶれがまったく同じで、「興行としては成立してるけど、広がりを作れているのかこれは? 自分は何に関与してるんだ?」みたいに、わからなくなっちゃう瞬間もあって。音楽は自分が恩恵を受けてきたすばらしいカルチャーだと思ってるからこそ、もっと広がりを持たせられる場に関われたらいいなと考えはじめたのは、そういうところにいたからだと思います。

桜木彩佳

それで下北沢をなんとなく歩いてたとき、前職で担当してた下北沢ケージっていう、いまはもうなくなっちゃった場所に出くわしたんです。街中にスケスケの空間があって、「ここでいろいろイベントをやっていきます」みたいなことが書いてあったのを見て、「ここにわたしが地下でやってきたものを持ってきたら、それだけでオープンな感じになるじゃん!」と思って、そこから街づくりみたいな、クローズドじゃない場の運営に興味を持つようになりました。

ケージの後はBONUS TRACK、ハラカドと、スケールが変わっているけれども、基本的には「場の編集」に関わっていらっしゃる感じですね。

あと立地も変わってますね。ケージとBONUS TRACKは同じ下北沢なので、勝手知ったる街で引き続きやってる状態ですけど、原宿で仕事をするのは初めてなので。務まるか不安はあったものの、「このまま一生シモキタにいるのか?」みたいな気持ちもありました(笑)。場の仕事って女将みたいな感じで、「いつ行っても居る」という感じでやってきたのもあって、極端に言うとシモキタ以外のことは何も知らないかもしれない、みたいな。だから別の街に出入りするのは自分にとっては大きいことなんです。

桜木彩佳

しかもBONUS TRACKと合わせてふたついっぺんにやってるっていう。スケジュールの組み方とか、いまは模索中ですけど、うまくできたらいいなって思ってます。いろんな街でこういう役割の人が「あそこにも桜木いるんだ」みたいな感じでうろうろできるようになったら、自分の役割ももうちょっと明文化できそうな気がしていて。

編集する「場」がどんどん変わっていくことに対しては抵抗はないというか、むしろ望むところですか?

「再開発ってどうなの?」みたいなお話もあると思うんですけど、結局、人が何かやりたいっていう気持ちがあるからこういう建物ができたり、お店が入ったり、お客さまが来たりするわけで、人の気持ちの蠢きみたいなものが都会での場作りみたいなことには常にあると思うんですね。そこでやりたいことができるようにしたり、「こんなこともできるのか!」みたいなことをよりブーストさせるみたいな、人の気持ちに変化を起こさせることにたぶん興味があるんですね。そしたら場が生き生きしてくるし、それがいっぱい増えたら街が生き生きしてくる……であろう、っていう仮説のもとやってる感じかもしれないです。

いま、いろんな仕事がAIに取って代わられるみたいな話が出てきていますけども、桜木さんのお仕事は人間にしかできないことという感じがします。フリーランスとして働く方たちの参考になる言葉を最後にいただけましたら。

最近、SNSのプロフィール欄に「バンギャ」を加えたんですよ(笑)。別に何のアピールでもないんですけど、自分的にバンギャであることが大事だって最近思って。さっきお話しした通りわたしはずっと音楽が好きで、自分にとってはすごく大切なものなんです。今後、自分に似た仕事の人が増えても、「自分は何が本当に好きなのか」というのは最後に残るなと思っていて。仕事の場面でいちいち「わたしバンギャなんですけど」とかは言いませんけど、言ったらブーストしそうなら言うし、自分が熱意を持って語れるものがあるといいのかなって気はします。そこはAIに負けねえぞ、こんな人間味溢れる感情はないだろ、っていう(笑)。


撮影/中野賢太@_kentanakano