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保育士・てぃ先生に聞いた「現役」の意味と「辞める」選択

てぃ先生

“現役の保育士”であることの意味

てぃ先生

YouTubeで子どもの食事だったり、着替えだったり、さまざまな役立つ情報を発信されていますが、それぞれの問題解決自体が目的ではなく……。

単に「ご飯が食べられた、やったね!」という話ではないですね。着替えがスムーズにできるようになったら、3分くらい余裕ができるかもしれないし、普段は30分かかる食事が15分で終わったら、合わせて18分の余裕ができるじゃないですか。その18分が“あと何分で家を出なきゃいけない”とかってときの余裕の有無とか、いろんなところに影響を及ぼしていくんですよ。もし食事が上手くいかなかったとしても、お片付けがスンナリできるようになったとか、別のところで効果があればいい。だから、いろんなアイディアがあったほうがいいんです。

つまり、いかに親の側が“余裕”を持てるか?が、すべてだと。

そうなんですよ。余裕があったら別に叱らないし、自然に褒めることができる。余裕がないから、そういうことができないし、 “子どもが泣いていたら、まずは気持ちを受け止めるのが大事”みたいな話にも、耳を傾けられなくなるんですよね。

わかってるけど、受け止める余裕なんてない!ってなりますもんね。

まさに。だから、受け止められる余裕を作るために、じゃあ、まずは身の回りにある小さな悩みを解決していこう!っていう提案をしているんですよね。ただ、もともとは僕、そういった子育てのHOW TOではなく、保育園で起きた子どもの可愛いエピソードをツイートしていたんですよ。

世の中の保育や子育てに対するネガティブなイメージを変えたいという想いが、てぃ先生として発信を始めたそもそものキッカケだったとか。

はい。もっとポジティブなことを発信するようなものがあったほうがいいんじゃないか……って、それくらい気軽な感じで10年くらい前に始めたんですけど、当時はパパやママがSNSで「自分の子ども、こんなに可愛いよ!」とか発信していない時代だったんです。でも、何年かするうちに自然とみんなが子どもの可愛いところとか面白エピソードとかを、普通にツイートするようになって。

てぃ先生

今は子どものエッセイマンガとかを発表している方たちも、たくさんいますもんね。

そう。だったら別に僕がやる意味はないなと、3、4年くらい前からやらなくなったんです。逆に、子育てのHOW TOとかは発信している人はいたけれど、実用的な話というよりは精神論のようなものが多かったんですよ。でも、それだけでは解決しない問題が子育ての中には山ほどあって、そこにおいては僕が一番具体的な案を出せているなという自負があるし、今のところ周りも求めてくれるから続けているんですよね。

そこで提案するアイディアは、あくまでも“今”の状況に応じた実用的なアドバイスでないと、保護者の“余裕”は実現できない。だから“現役の保育士”であることに、こだわられているんですね。それこそ10年、20年前に保育士の経験があっても、今の親御さんの状態をわかっていなければ、提案も机上の空論になりかねませんから。

そうです。例えば、以前クラスの子のお母さんから「子どもが風邪をひいて熱があるけど、どうしても預けたい」という相談の電話があって、その方いわく、先に自分のお母さんに電話したら「隣の人に預ければいいじゃない」って言われたらしいんですよ。

確かに20年、30年前は、その選択肢もあったのかもしれないですけど、今、隣に誰が住んでいるのかもわからない時代に、あり得ないじゃないですか。でも、そのお母様はそれが正しいと信じて自分の娘にアドバイスしている……っていう、そういうズレは、いろんなところで起きているんじゃないかなと思いますね。

子育てをしてきた人は、特に自分の経験が正しいと信じてしまう傾向があるでしょうから、時代の変化を感じにくいのかもしれない。

それで言うと、僕、子育てにスマホとか動画って、どんどん使ったほうがいいという考えなんですよ。もちろん視力とかに影響がない範囲、お医者さんがOKを出す範囲ですけどね。でも、 「そんなものに頼るなんて! 私たちの時代はスマホなんてなくても、子どもたちを手遊びで楽しませてました!」と言われてしまうこともある。

実際、数年前に「YouTubeとか僕は全然見ていいと思いますよ」ってツイートしたら、上の世代の方から「私は電車の中では子どもに車窓の景色の美しさを味わってほしいです」って言われて、いや、地下鉄だと車窓も何もないのに……(笑)。それも新しいものを肯定すると、自分が親にしてもらったことだったり、自分の子育てを否定することになるからなんですよ。

新しいものが出てきたからって、それが古いやり方を否定することにはならないのでは?

そう。別に誰も否定していないんです。ただ選択肢が増えたというだけなのに、一方的に否定されたつもりになってしまって、拒否反応を示してしまう。自分の経験や環境の中だけで物事を考えて、状況が変わるほど“自分のときはこうだった”を押し通そうとする。それこそ紙おむつだって出始めの頃は、“紙おむつ使うなんて愛情のない証だ”って、否定されてましたから。

でも、今は誰もそんなことを言わなくなった。それは紙おむつを使った/使われていた世代が増えたからで、結局、人間って自分が享受できない便利や進歩を、なかなか受け入れられない生き物なんだと思うんです。だから子育てに関しても、自分が子育てしていた時代になかったものは認められないんでしょうね。

だから“楽すること=悪”なんですよ。今でこそ、やっとルンバ使えたほうがいいとか、レトルトもいいよねって話になってますけど、数年前まで超否定的だったじゃないですか。「そんな母親が料理作らないなんて!」みたいな。たぶん、楽させたくないんでしょうね。自分と同じ想いをしてもらいたい。

そうすることで、自分の苦労は正しかった、無駄じゃなかったと確認したいのでは? もはや呪いのよう。

ホントそうですよ! あとは、子育てとか保育とか子どもっていうものを、あまり高尚なものとして扱いすぎないほうがいいと思います。ご家庭の中で、子どもをヒエラルキーのトップに置きたがる人が多いんですけど、お父さんとお母さんの幸せだって、子どもの幸せと価値は同等ですから。子どもと同じくらい自分のことも大事にしたほうがいいということは、子育てしている方々に伝えたいです。

そして、それを実現するためには、やっぱり親の余裕が必要で、そのお手伝いを僕ができたらいいなって。ただ、根本的な解決はお金だとも思っているので、税金とか補助金とかは国にもっと頑張ってもらいたいですね。

今の職場が嫌だったら早く辞めよう

てぃ先生

親の幸せや余裕が、結局は子どものためになりますからね。では、今、保育士として頑張っている人たちに伝えたいことは?

真面目な話、今の職場が嫌だったら、早く辞めましょうってことですね。

ええ! 辞める!?

今、国が頑張ってやろうとしているのは、保育士を辞めさせない方法なんですよね。でも、僕がやりたいのは保育士を続ける方法で、どうやったら辞めないかではなく、どうしたら続けられるかということなんですよ。

例えば、保育士が保育士という仕事を辞めちゃったら、日本全体で見たときに保育士マイナス1になるけれど、別の保育園に移ればプラマイゼロになる。僕、このマインドが大事だと思っていて、どんどん少子化が進んで子どもが減るぶん、保育園の数も必要なくなるから、今後は保育園同士の淘汰が起こるはずなんですよ。だったら、保育士が売り手市場の今のうちに、生き残れる良い園に転職活動しておいたほうがいい。

そこで「子どもが可哀想」とか「親御さんに迷惑がかかる」とかって、年度末まで頑張ろうとする人が多いんですけど、保育園とか幼稚園だからって3月末じゃないと辞めちゃいけないなんて決まりは一切ないですから。なのに、残り半年ボロボロになりながら勤めた結果、保育士自体を辞めます……っていう選択肢を取ってしまう人が多いんですよ。それも自己犠牲を払いすぎている弊害で、それくらいなら途中で辞めて他の保育園で働くというマインドになったほうが、日本全体にとってはプラマイゼロで済む。

誤解なきように補足しますが、年度途中で辞めていることを推奨しているわけではありません。あくまで、保育士そのものを辞めるくらいなら、年度途中で他の園へ転職することを視野に入れてもいいんじゃないかってことです。そもそも辞めるのは本人ではなく、労働環境が原因のことが多いですからね、この業界は。

結果、質の悪い園が淘汰されて、全体のレベルが上がる効果もありそうですよね。

そもそも本来、保護者が保育園を選べることが理想なんですよ。それこそ何か事件が起きて、どれだけ酷い内情だったかが明らかになった園なのに、そこ以外に空きがないから通うしかないとか、もう、その仕組み自体がおかしい。

保育士たちが売り手市場でちゃんと保育園を選べるのと同じように、保護者の側も自分の家庭の状況や子どもの性質に合う園を選んで入れることが、僕からしたら本来の保活なんですね。だから、もっともっと行政は保育とか子育てに力を入れていかなきゃいけないと思います。

そうなると、また年長世代から「私たちのときは、補助金なんて1円も無かったのに!」っていう声が上がるかもしれませんけどね(笑)。

でも、昔とは状況も違いますし。今の子たちには、別に出したっていいですよね?ってだけの話ですよ(笑)。


撮影/中野賢太@_kentanakano